5-6. 囚われはどっち
調査隊がロクフィムに戻ってから一ヶ月以上が経った。
九月も終わりだが、南部に位置するロクフィムではまだ夏が続いている。
相変わらずハルは、各担当者にグレーな量の仕事を割り振っては毎日溌溂と働いている。社畜を飼い慣らす上司のようだ。もしくは調教師と呼ぶべきか。特殊性癖が目覚めそうである。
イーズは絵師のユイリャンとキャオダンとまったり過ごしながら、タブレットの記録の書き起こしを進めている。
フィーダ、メラ、オレニスは商会運営の準備を進めているし、レアゼルドもいつの間にかそれに巻き込まれていた。
「フィーダ、俺がいつの間にか運搬部門担当になってんだが?」
「船、持ってるし、水龍担当だろ?」
「船はお前らのだろうが」
「そのうち立派なのを作るから、船長になるか?」
「ならねえよ!」
おっさん二人が毎日、何かしらでバチバチとやりあっている。とても楽しそうだ。
そうイーズが言えば、二人同時にファナットーを嗅いだ猫みたいな顔になった。おっさんなのに微妙に可愛げがあった。
家を建てる場所の下見以降、何回か生産者ギルドのメンバーを連れていった。
土地自体は問題ないが、作業員を運ぶのには時間がかかる。
もしかしたらコンテナハウスを幾つか浜辺に設置し、そこで生活してもらう可能性もあるらしい。
タクマとフーカは今までハルが纏めてきた龍とこの世界の関わりを学び、それを物語に起こす作業をしている。
一般的にこの話が受け入れられれば、もっと人と龍、そして勇者の関係が近くなることを目指している。
もちろん、全員が毎日建物にこもっているわけではなく、今も進められている腐海の開拓を見に行ったり、西拓や冒険者の訓練に混ざってストレス発散をしたりしている。
西拓は嬉しそうだが、冒険者はたいがい悲鳴を上げて逃げている。さすがに勇者四人がそろうと恐怖しか感じられないようだ。
そんなある日、この町の代官モーセスの声がけにより勇者に関係するメンバーが集められた。
部屋の中には渋い顔をした代官と、西拓のダムディンを筆頭に調査隊参加メンバーがいた。
「何かあった?」
ハルは彼らの様子を見て、何かしら良くないことがあったのだろうと当たりを付ける。
モーセスは深く頷き、チラリとラズルシードから来た勇者二人――タクマとフーカを見て口を開いた。
「ラズルシードから抗議が来ました」
「抗議?」
「はい。勇者二人が行方が分からない上に生死不明なのは、アドガン共和国がイタズラに腐海を刺激してハグレを大量発生させたことが原因だと。はい」
「ほー、そんな妄想を」
ハルが口の両端を吊り上げて笑う。
目の中に全く温度がなく、対面にいた人たちはスッと視線を逸らした。
トトトトトンと組んだ腕の上でハルが指を叩く。いつもよりスピードが小刻みに感じられるのは、彼が不機嫌になっている証拠だろう。
一方、この場に入ってからずっとこわばった顔をしていたタクマが、意を決したように声を上げた。
「俺たちがここを出たほうがいいなら、俺たちは出ていく」
硬く握られた両手の関節が白い。それが本当の彼の願いではないことは誰もが悟った。
そんな彼を見て、顔に汗を浮かべた代官は眉と唇をキュッと縮めて困った顔をする。
どこかで見たことのある顔だ、とイーズは代官モーセスを細めた目で見つめる。何かが記憶に引っ掛かるのだが。
「いやいやぁ、タクマ様が出るとかではないんで、問題ないです。はい。
どう回答すればいいのかをご相談したかっただけでね、はい。
水龍様がしたことは誰も止められるものではありませんでした。ええ。それにお二人とお会いした状況はダムディン殿からも報告はもらっとりますし。はい。
ただつじつまが合わないといけないので、そこだけ口裏を合わせてもらえればなと。あとは、ハル殿がそういうのが得意だと聴きまして。あはい」
「得意じゃねえし! 誰だよ、そんなこと言ったのは」
いつの間にか黒幕みたいな立場にされていて、ハルは猛烈に抗議する。
モーセスはますます口を尖らせてペンだこができた指を、澄ました顔で座るオレニスに向けた。
「オーレーニースー?」
低い声で、彼の名を呼ぶハル。オレニスは銀の細い眉をわずかに動かして、だんまりを決め込んだ。
仕方なくハルは会議机に頬杖をつき、ちらりと今も緊張した顔のままのタクマを見る。
フーカも彼の事が気がかりなのか、チラチラとタクマの顔を窺っている。
「本音で言ってほしいんだけどさ、タクマはさ、ラズルシードに戻りたいわけ?」
率直なハルの質問に、タクマは舌で唇を湿らせてゆっくり考えを巡らせる。
そんな姿を見てハルは目を細める。
以前、あの召喚の場所で見た彼はもっと衝動的だった覚えがある。
この一ヶ月、フーカに比べて彼はまだ一歩どこか引いた態度でいる。その理由はきっと、ハルが想像しているものから遠くはずれてはいないだろう。
「カズトと、マユがまだあそこにいる。だからいつかは戻らないといけない」
一緒に戦った友人が、まだラズルシードにいる。だから戻るべきと、そう答えるタクマ。
ハルは小さく「ふーん」とだけ返す。
頬杖をついた左頬がつぶれて、変な顔になっている。イーズは深刻な顔のタクマと、どこか投げやりな様子のハルを見比べる。
――何か、ハルは怒っている?
普段のハルならば、即座に解決策を出すはずなのに、タクマに対しては突き放しているようにも思える。
我慢しきれなくなって、イーズはタクマに問いかけた。
「あの、タクマさんは、戻ってどうするんですか?」
「どうって?」
「王城に行ってお友達の世話をするんです?」
「それはできない。専属の医療班が付いているから」
「ですよね。以前、二年くらい会ってないって言ってましたから。っていう事は四六時中一緒にいなくてもいいってことですよね」
「そうだ。でも、国を出るのは良くないだろ」
「そうです? 一緒にいても状況が変わらないなら、たまに会いに行くだけなら、離れていてもいいんじゃないですか?」
「でも、俺たちが国を出たせいで、あいつらの扱いが悪くなるかもしれない」
「そこまで腐ってるんです? あの国は」
その質問にタクマは答えることができず、口をつぐむ。
タクマを頑なにしているのは、責任感か、それとも罪悪感か。
戦いで傷つき動けなくなった友人と、今もこうして生活できている自分。
綺麗な景色を見ても、楽しい食事をしても、どこか辛そうにしているのは――自分をがんじがらめに縛り付けて動けなくしている彼自身のせいか。
「あー、もう! くっそ! よし! 考えた! お姫様救出作戦!」
イライラを発散するようにガシガシと短くカットされた髪を掻き上げ、ハルは叫び声をあげる。
ついでに放たれたよく分からない作戦名に、会議室中の面々が首を傾げた。
イーズだけはその意図を察して、的確な指摘をする。
「お姫様? 勇者様ですけど」
「いいの。こっちにも勇者様がいるし、あっちが囚われの身だから」
チッチッチッと指を揺らすハル。
何かしら案を思いついたらしいので、イーズは一旦背もたれに体を預けて続きを促す。
ハルはタクマとフーカを順番に見て、それから体を代官の方へ向けた。
「ラズルシード王国には、勇者二名は、こちらにいる勇者二名と合流して腐海の調査に入ったと連絡を。
各国、腐海の情報を欲しがっている。これまで俺たちだけしか生身で見てこなかった腐海の現状を、自分たちの国の勇者も入手できるとなれば、あっちも文句はないだろう」
「はい、そうでしょうね。確かに、説得力はあります。はいぃ」
にたりと狐顔で笑う代官。
その表情に、イーズは縁日などで売られているお面にそっくりだと今になって思い出す。
見れば見るほど、お面だ。だがあのおでこのテカリはなんでだ。脂か? 中年油というやつか?
身を乗り出しそうになっていたイーズの足が横からガスッと蹴られ、イーズはスッと姿勢を正す。
そんなイーズをチラリと見て目を細めるハル。
そして深いため息の後、ハルはオレニスと視線を合わせる。
「ファンダリアには情報収集をお願いしたい。ラズルシードの勇者二名の現状を。
自力で動ける状態なのか。もしくは、イーズの治癒が必要なのか」
「分かった。王宮の地図は?」
「是非」
軽く頷くオレニス。そんな重要機密が簡単に手に入るのか。入るのだろうな。なんたってそれがファンダリア商会の実力だ。
「レアゼルド――これは、俺が決めることじゃないかもしれない。だが、もし勇者四名が隠れる必要が出たら、黒の森は彼らを迎える意思はあるか?」
「いつでも」
即座に応えたレアゼルドに、ハルはニンマリとした笑みを向ける。
最後に、ハルの視線が代官の元に戻る。
「出発は二週間後。それまでに約半年分の食料を準備してくれ。休める場所がない場合があることを考えて、手軽に食べられる物を中心に。
これから勇者は表向き半年間姿を消す。前回の調査もそれくらいだったから問題ないはず」
そこで一旦ハルが言葉を止めた。
静かな会議室に僅かな緊張が走る。
「これからの二週間で、作戦の詳細を詰めよう。半年、勇者は誰も届かない場所に行く。
その間に、ラズルシード王城にいる勇者が消えたとしても、それはどの国の責任にもならない。いや、動けないはずの勇者が消えたとなったら、ラズルシードは大っぴらに捜索なんてできないはず。そうだろう?」
最後のセリフは、ハルの輝かしい笑みと共にタクマとフーカに向けられる。
二人は数度瞬きをして、ハルの顔を見つめる。少し経って、ハルの言いたいことを理解したのか、両目が大きく見開かれた。
呆然としたまま、タクマが囁くようなか細い声で呟く。
「あいつらを、助けてくれるのか?」
「物理的には可能だと思う。体はある程度イーズが癒せるし。それ以降療養が必要なら、その場所もある」
レアゼルドが、ハルの言葉にうんうんと何度も頷く。
ハルの強い視線に観念したように、タクマはがくりと肩を落とす。
その時、これまで一言も発しなかったフーカが、弱々しい声を出した。
「なんでもするから。カズトとマユユ、助けてくれるなら、なんだってするから。あたしも、腐海の魔獣ぶっとばすから」
ポロポロと涙するフーカ。
その言葉を遮るように、西拓指揮官のダムディンが信念のこもった声音で彼女に語りかけた。
「フーカ殿、あなたがそこまでする必要などまったくない。
異世界から来た方々を支えるのは、この世界の者の特権。長らくアドガンには訪れなかった栄誉。
なんだってする必要はない。それは我々にお任せください。ただ一言、"お願いする"と言ってくだされば我々が、なんだっていたしましょう」
「……お願い、します?」
涙にぬれた頬をそのままに、フーカはダムディンに教えられた言葉を口にする。
それを聞いたダムディンは、口ひげを蓄えた厚い唇を笑みに変え、トンッと右手の拳を胸に当てた。
「御意!」
「「「「御意!」」」」
ダムディンの返事に続き、会議室にいた西拓隊員たちの声が響く。
そして隊員以外にも、この部屋にいる冒険者やギルド職員、果ては代官までが右手を心臓に当てて頷く。
フーカはそれを見て両手で顔を覆って泣き、タクマはテーブルに頭が付きそうなほど頭を下げた。
テーブルに数滴の雫が落ちたのを、イーズは気づかなかったふりをした。
ハルの企み
ラズルシード、いい加減目障り
→タクマたちの今後もどうにかしないと
→とりあえず腐海に入って姿くらませよう
→その間に王城の勇者に接触しよう
→必要ならイーズの魔法で癒そう
→消息を完璧に断つ必要があるなら、黒の森に押し付ければいいんじゃね?
初登場代官は、ひと昔前の目の細い中国人キャラみたいなイメージです。はい。





