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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第四部 第五章 勇者襲来編

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5-5. 現地確認




 船は腐海の木々を左手に見ながら順調に河をさかのぼる。速さはゆっくり進む自転車よりもやや早いくらい。頬を撫でる風が心地よい。

 時折水龍が岸から離れるのは、魔力が影響しているらしい。


『地面で途切れているように見えても、水の中にまで異界の魔力が届いている場所がある』

「なるほど。以前はもっと河の中にも影響があった?」

『左様。河の中央まで来ていたな』

「ってことは、これでもだいぶ狭まったわけね。もう一回中に入って討伐をしたらもっと縮む?」

『であろうな』


 水龍の声に、ハルは頷く。そして以前腐海に入っていた時に使っていた地図を広げ、何ヶ所か印を入れる。

 龍が岸から離れた場所を記録し、今後の影響範囲の変化を見るポイントにするためだ。


 そうして一時間もした頃、水龍が操る船が徐々にスピードを緩めた。


「実際の距離は三、四時間くらいか?」

「森の中だろ? もっとかかるんじゃねえか?」

「道ができればフィーダの言う通りの時間か、それより短くなるだろうな。ただその道を通すのが問題になりそうだな」


 フィーダ、レアゼルド、オレニスがそれぞれ現実的な意見を出し合っている。

 だがそれ以外のメンバーは口を大きく開けて、水龍が見つけてきた場所を見回していた。


 腐海の森が水の流れによって抉られた洞窟。

 その奥へと水龍が容易く入っていく。

 巨大な龍もすっぽり覆うほどの洞窟の天井には、つららのような石が幾百もぶら下がっていた。


「鍾乳洞だ」


 ハルの声に導かれるように、イーズも天井を見上げた。

 そして息を飲む。

 青く澄んだ水と水龍の鱗の光が反射し、美しい天然のシャンデリアを照らす。


「綺麗」


 ぽつりとつぶやいたのは誰の声か。

 全員口を開けたまま、微かに首を縦に振って同意する。


『さ、着いたぞ』


 二百メートルほどで水龍がそう言った。

 その声に全員が船の前方に視線を向ける。

 それと同時に、誰もが感嘆の声と共に目を見開いた。

 薄暗い洞窟の先に、光あふれる白い砂浜が広がっていた。


「洞窟の先に、砂浜?」

「えー! すっごーい! 広ーい!」


 少しずつ水位が下がり、ついに船底が地面についてわずかな反動の後に止まる。

 全員、足が濡れるのも構わず、船から浅い水辺に降り立って白い砂浜を歩き始めた。


「これはすごいな。あっちは高台になっているのか」


 フィーダが指さす方向、河の上流側は、彼が言う通りわずかに河に突き出している。

 今は草が生い茂っていてその向こうは見えないが、あの場所に登ったら見晴らしがよさそうだ。


「高台の上、家建てたい」

『お主が言った通りの場所であろう? 河が見渡せる高台と、自由に使える川辺じゃ』

「うん、すごい、最高」


 ハルは呆然としたまま答える。

 まさか、鍾乳洞の先にこんな場所が広がっているとは思わなかった。

 イーズもここでサトやアモたちと遊んだら楽しそうだと思いながら、砂浜から森近くまで歩を進める。

 その途中、地面の感触が変わったのに気づいて立ち止まった。

 ザリザリと砂を足で避け、そこに埋まっている物を見つけて慌ててしゃがみ込む。


「ハル! ハル! 来てください! ダンジョン扉があります!」

「え!?」


 イーズの声に、ハルだけでなく他の六人もイーズの下に集まってくる。

 砂を一生懸命どけるイーズに、全員同じようにしゃがんで積もった砂を手でどかしていく。

 巨大な扉を覆う砂は多く、その表面に刻まれた模様が三分の一ほど見えたところで作業の手を止めた。


「これが、ダンジョンの扉。写真で見たやつか」

「水龍の紋章が刻まれているわね。でも、半分だけ?」


 フィーダとメラが、イーズたちが持ち帰った腐海の記録で見たものと同じだと呟く。

 メラの疑問に、全員、目の前に横たわる金属の扉をじっと見つめる。

 水龍の左半分だけが描き出された扉。あるべきもう半分はそこにはない。

 ハルは先ほども見ていた地図を取り出し、そこにダンジョンの印を探す。


「この辺りには無いはずだから……あった。もっと北の川沿いに一つある」

「ここまで流されてきたってことでしょうか」

「多分ね。だから半分しかないのかも。そのうち近くで見つかるかもしれないし」

「とりあえず、今はここに置いておくか?」

「うん。記録には撮っとく」


 そう言ってハルはタブレットを取り出し、砂にまだ一部埋まる扉を撮影した。

 ついでに入り江や高台に続く森の風景も写真に収めていく。


「ねー、ダンジョン扉って何?」

「今腐海になっている国は、ダンジョンを国で管理していたみたいで、一つ一つダンジョンには扉が取り付けられていたんです。ダンジョンが閉じられて、扉だけが残されている町をいくつも見ました」

「へー、こんなにでっかい扉を付けてたんだー。動かすの大変そー」


 フーカの問いに、イーズが簡単に答える。タクマやレアゼルドも納得したように頷いた。

 ハルは周囲の撮影をあらかた終わらせるとタブレットをしまい、腰に手を当ててにやりと笑う。


「水に近いし、森もそこそこ近いし、高台もあるし、水龍も入ってこれる。完璧だね」

「あとは道か。作業者は船で来るしかないな」

「そこは水龍にお任せで」

『我は船頭ではあらぬぞ』


 水辺に鼻先を横たえて、プシっと水を飛ばす水龍。

 そうは言っても、なんだかんだでハルに説得されて手伝わされることになるだろう。メラとイーズは顔を見合わせて肩を震わせる。


「メラは、何か要望はない?」

「全然! 森も近くてエグジールを思い出すわ」

「ああ、確かにそうだな。ここはいい場所だ」


 メラの言葉に、レアゼルドも太い腕を組んでうんうんと頷く。


 イーズももう一度森を眺めて、ソワソワとする。レアゼルドもオレニスもサトに会ったことがある。アモの存在は伝えてないが、今更驚くことはないだろう。


 ちらっとハルに視線を送ると、ハルはわずかに首を傾げた。

 イーズは左手で自分の右手につけている指輪、マジックバッグを指さした。納得したハルが近付いてきて、ついでにタクマとフーカを呼び寄せる。


「タクマ、フーカ、ちょっといい?」

「なんだ?」

「なにー?」

「紹介したい仲間がいるんだ」

「え? ここで? 今?」


 不思議そうにするタクマ。イーズは周囲から生ぬるい視線が集まっているのを感じる。


「実は魔法植物と生物の間みたいな感じの子たちで、普段はマジックバッグで眠ってるんです」

「へー、そんな子がいるんだー。モフモフ?」

「いえ、ツルツルです」

「ふふっ」


 真剣な顔で答えるイーズに、思わずハルは噴き出す。

 確かにツルツルスベスベしているが、もっと他に伝えるべきことがある気がする。


「マンドラゴラだよ。見た目はカブだけど」

「マンドラゴラ?」

「カブ? 野菜じゃん」

「とりあえず出しますね。大きい子と小さい子がいます」


 そう言ってイーズはマジックバッグからサトとアモを取り出す。

 直径十センチのアモは、相変わらずサトの頭の上で葉っぱの間に挟まっている。このままだと、サトの葉っぱが全部根元から開いてしまいそうで、イーズはハラハラしている。


「はい、サトです。で、こっちの小さい子がアモです」

「カブじゃん」

「ケキョー!」

「ピョー!」

「うおおお!?」


 自信満々で紹介したイーズに、思わずタクマが見たままを告げる。それに対してマンドラゴラ二体の抗議の声が上がった。


「きゃはは! 何、その声! え! もっかいやって!」

「ケキョ」

「ピョ」

「うわー、凄いね。こっちの白い子がサト? んで、ちょっと緑がかってる子がアモ? えー、可愛いじゃん!」

「そうなんです! 可愛いんです!」

「まじか」


 フーカの前で、サトが葉っぱで敬礼をする。アモも小さな葉っぱをフリフリと揺らした。

 イーズの顔が溶け、フーカが飛び跳ねる勢いで両手を叩く。

 盛り上がる二人の後ろで、タクマがぽつりと呟く。

 そんな彼の肩をそっと叩き、ハルは小さく首を左右に振った。


 確かにサトと暮らし始めた当初は、ハルもイーズが言う「可愛い」が分からなかった。

 だがマンドラゴラたちの可愛さは、一日二日だけでは伝わらないのだ。


「そのうち、分かるから」

「お、おお」


 真面目な顔で言われ、タクマは微かに体を引きながら頷いた。





 白い砂浜にコンテナハウスを取り出し、屋根部分にタープを取り付けて日陰を作る。

 地面には絨毯を広げ、そしてその上に昼食を並べた。テーブルや椅子を出すこともできなくはないが、ここは地面にそのまま寝ころぶのが最適解。


 サトとアモは水辺で水龍と会話をしている。

 いつもだったら水に流されないか心配だが、今なら水龍が助けてくれるだろうから安心だ。


「バゲットサンド、ピザ、おにぎり、サラダ三種、デザートは後でいいです?」

「そうしよっか。あ、海鮮焼きそばって無かった?」

「あります。肉はから揚げ四種、ボアカツ、ディアカツ、ブルカツ」

「カツばっかじゃん。クラーケンの足の醤油焼きが食いたい」

「さっきからシーフードですね」

「水辺はシーフードっていうルール」


 ハルが自分のポリシーを真面目に語るのを、イーズは鼻だけで返事をしてクラーケンの醤油焼きを取り出す。

 それぞれの要望を聞いたら、あっという間に絨毯の上が料理でいっぱいになった。八人分ともなるとなかなかの量だ。

 冷やしたジュースやお茶を配り終われば、プライベートビーチでピクニックが始まる。


「いただきます!」


 イーズの高らかな声に、それぞれ箸やフォークを手にして続く。

 フィーダはピザ、タクマはおにぎり、フーカはから揚げ、オレニスはサラダ。

 最初に手に取ったものの予想が合っていて、イーズは密かに笑う。


「明日からはどうするんだ?」

「とりあえずは腐海の情報整理の継続かな。西の調査は西拓(せいたく)が主導だし」


 フィーダの問いに、ハルはクラーケンを海鮮焼きそばにトッピングしながら答える。


「分かった。だったら俺も商会立ち上げに戻るか。おい、そろそろ商会の名前を決めろ」

「むぐっ」


 クラーケンが大きな塊のまま喉を通り、ハルは慌てて水を飲みながら胸を叩く。

 食べている途中にその話は振って欲しくなかった。

 オレニスはサラダを食べ終えて、次にバゲットサンドを手に取ってため息をつく。


「秋が来たら王都に移動だ。そろそろ決めてくれないと困る」

「分かってるんだけどさ。あ、レアゼルド、何か案、ない? タクマとフーカも」

「商会の代表はフィーダなんだろ? フィーダで良いんじゃないか」

「やめてくれ」


 レアゼルドの案を秒でフィーダが却下する。

 その横で、イーズに商会を立てることになった経緯を聞いたタクマとフーカは、いくつか案を挙げ始める。


「ニッポンとか?」

「背負うものが大きすぎ」

「んー、二人の名前取って作ったら? “ハル&イーズ”とか。あ、本名の“ハルカ&イズミ”でもいいんじゃない?」

「恥ずかしいです!」

「やだ!」

「えー、注文多いー」


 聞いておいて速攻でダメ出しするハルとイーズに、フーカはブーブーと口を尖らせる。

 たが、少し考えてもう一つの案を出した。


「じゃあ、本名をもじって使ったら? 下の名前が嫌なら、名字とかさー」

「名字?」

「市川と高田をもじるんです?」


 二人の名字を変える案に、ハルがふと目を瞬かせる。

 遠い記憶を探り、そしておもむろに宙に視線を向けた。


「あ! やっぱ、作ってたじゃん」

「何を?」

「名字! ステータスオープン」


 ハルがこの際だからと自分のステータスを広げて、全員に見せる。

 そしてそこに表示された一か所を指さした。



 名前: 高田 遥 / ハル・ターキュア



 本名の後に続く、もう一つの名前。

 そこには、今まで一度も使ったことのないこの世界での名字が記載されていた。


「あれ? いつの間に?」

「ラズルシードの王都で、もし名字が必要になった時のために考えたの、覚えてない?」

「あー、あったような?」

「あったの」


 全く思い出せないイーズの横で、ハルはすべて解決したと満足の笑みを浮かべる。


「どうせずっと使ってなかった名前だし、この際これにしちゃおう」

「いいのか?」

「いいよ」

「ターキュアか。ファンダリアとはかぶっていないから問題ないと思うが、商人ギルドに照会して他に使われていないか確認はとっておこう」

「サンキュ、オレニス」


 これですっきりしたと、ハルは海鮮焼きそばをがっつき始める。


 その横でイーズは薄っすらと頬を赤らめた。

 今思い出したが、確か、二人の名字をくっつけて作った名前だ。兄弟設定の二人ならば同じ名前を持とうと言って。


 あの時はそれが自然だった。

 だが今は意味が違う。


 イーズはそっと自分のステータスを開き、そこに浮かぶ名前を見つめて更に顔を赤くする。



 名前: 市川 和泉 / イーズ・ターキュア



 一般的に名字を使う人は少ない。オレニスのように代々歴史があるくらいだ。

 だからこの名字を口に出して使うことはないだろう。

 それでも、イーズにとってはそこにある名前が二人の絆の証だ。

 ずっと二人が家族でいる証。


 イーズはから揚げを口いっぱいに頬張りながら、にやけそうになる顔を必死で隠した。





ハルが名字を作ったのはなんと第9話!

第一部 第一章 王城脱出編 1-9. 目指す場所


きっと作者を含めて誰もが忘れていたはず。


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逃亡賢者(候補)のぶらり旅3 ~召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます~
コミカライズ1巻発売中!
― 新着の感想 ―
うん、完全に忘れてました
ハルとイーズの本名をとって「ハルカナルイズミ」とかにすんのかと思ってた
あったね!!作った苗字!伏線回収だ!
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