5-3. 秘められた力
朝、調査隊がすでに起きて動き回り始めている頃、コンテナハウスの扉が勢いよく開き、中からタクマが飛び出してきた。
「悪い! 寝坊した!」
同時に大きな声で謝る彼に、テーブルでゆっくりと食後のお茶を楽しんでいた四人は軽く手を上げる。
靴もしっかり履かず、ケンケンと飛びながら靴に無理やり足を突っ込み、タクマがテーブルまでやってきた。
「マジ、爆睡した。フーカも起こしたからすぐ来るはず」
「うー、寝すぎたー」
タクマが早口で喋っている途中、フーカも戸口から顔を出してのろのろと出てくる。髪の毛がぼさぼさでまだまだ眠そうだ。
「おはよ。朝ごはん、どうする? パンとお米どっちがいい?」
「あたし、パンー」
ハルに向かってフーカが小さく手を挙げて主張する。タクマが少し迷った顔をしているのを見て、イーズは彼の意志も確認する。
「タクマさんは、お米とお味噌汁とか?」
「あ、別に、パンでもいい」
「でもいいってことは、お米ですね。大丈夫です。マジックバッグに入れてあるだけだから面倒じゃないので」
「悪い。昨日の味噌汁があれば」
「はーい」
二人のリクエストに応じて、イーズは洋食と和食のモーニングセットをそれぞれテーブルに並べる。
ジュースやコーヒー、お茶もセルフにできるように出して置いた。
二人が朝食を食べ始める横で、ハルは今日二杯目のコーヒーを傾ける。
「今、フィーダたちと話してたんだけど、今日はゆっくり情報共有で問題ない?」
昨日からずっとハルが物事を決めて進めている。
年下であるはずの彼が指示を出すことにタクマが違和感を覚えないのは、ここには彼の仲間ばかり居るせいだろうか。
僅かに眉を寄せながら、それでもタクマは問題ないと首を縦に振る。
隣のフーカもたっぷりとジャムを乗せたパンにかぶりつきながら、素直に頷いた。
フィーダとメラは調査隊を手伝うこともないからと、四人の勇者の話し合い中は土龍の下に行くことにしたらしい。
「あ、フィーダ。どうせだったら、西方面で他に龍が吹っ飛ばした場所がないか聞いておいて。なんか、ここまでの間に他でもやらかしてるっぽいから」
「分かった。しっかりと後始末はさせておく」
「また龍使いって呼ばれるよ?」
「バレないようにやる」
「土龍の背中は楽しそうだったわね」
「安定性ありましたよ!」
途中渋い顔をするフィーダと、龍の背中に登る気満々のメラ。二人がゆっくりと土龍の下に向かうのを見送る。
振っていた手を下ろし、ハルは大きく息を吐きだす。
いつか来ると思っていた勇者たちとの再会。どうやって説明するのが一番良いのか何度も考えた。
相手の誤解は龍によって正されたが、それだけでは説明できないことも多い。
「一つずつ、分かってもらいましょう」
横から聞こえたイーズの声に、ハルは首をそちらに向ける。
僅かに緊張した面持ちのイーズに、ハルは目をわずかに伏せてからニヤリと笑う。
「まずは、年齢詐称と性別詐称からだな」
「私を巻き込まないでください!」
「一蓮托生だ。死なばもろともだ」
「酷い!」
フハハと笑いながら歩き出すハルをイーズは追いかける。
その先には、食事を終えてくつろいでいる勇者二人がいた。
綺麗に片付いたテーブルに置かれた、二枚の小さなカード。
一枚はハルの免許証、そしてもう一枚はイーズの学生証だ。
最初は不思議そうにそれを見たタクマとフーカが、一瞬の沈黙の後に驚愕の声を上げた。
「え? 俺らより年上? マジ?」
「あ、この子! エレベーターで一緒だった男の子じゃん! 足、怪我してた!」
「エレベーター? あ! このおっさん、いた! 確かにいた!」
フーカの叫びに、タクマはもう一度ハルの免許証を手に取って写真をまじまじと見る。
ハルとイーズは苦笑いを抑えて、彼らの驚きが落ち着くのを待った。だがそれよりも前に、フーカから質問されて仕方なくハルは正直に答える。
「えー、ハル? 遥? え、おっさん、何したらそんな若作りできるの? 四十近いんだよね?」
「あー、それは、俺がこっちに来た時に若返ってるから」
「「は!?」」
何を言っても驚かれるならばと、ハルは若返りの経緯や逃げ出した理由を話し始める。
「俺は召喚された時に十八歳若返ってる。三十二歳が、十四歳になっていた」
「まじ?」
「えー、羨ましい」
フーカにまじまじと見つめられてハルは体を後ろに引きつつ、手で二人を押さえる。
「色々ツッコミどころばかりだと思うけど、最後まで聞いてほしい。それから質問してもらえる?」
「分かった」
「いいよー」
二人の返事に、ハルは小さく息を吐いて、深く息を吸い込んでしっかりと前を向く。
話のまず初めは、女神から聞いたこと。
ハルとイーズがたどるはずだった運命。
二人が逃げ出した理由。逃げ出した先で何をしたか。
どこでラズルシードの状況を知ったか。それでもラズルシードに戻らなかったのはなぜか。
話さなければならない事、知ってもらわないといけない事は多い。
龍と勇者フウヤ、そしてタジェリア王国の歴史、水龍とアズリュエス中央国の崩壊。
長く続く話に、最初は驚愕ばかりだったタクマとフーカの顔が引き締まっていく。
「龍が、ダンジョンが氾濫した時に現れるっていうのは聞いた」
「誰に?」
「氾濫の一年後、土龍から」
「そう」
タクマの呟きにハルは小さく返す。
テーブルに置かれたタクマの手に時折力がこもる。何を思っているのか。眉間に深いしわが寄り、強く目をつむった顔からは苦悩が見える。
「二人はさー、スキルもいっぱいあるし、マジックバッグもあるし、ちょっとウラヤマ。女神様、贔屓してない?」
「それは、あるかもしれません。お二人は魔法スキルだけですか?」
「あたしは、補助魔法に歌唱スキルあるよ。勇者全員、戦闘スキル以外もあるけどねー」
「歌唱? 歌です?」
ファンダリアが集めた情報にあった火魔法と補助魔法だけだと思っていたイーズは、フーカの返事に驚く。
ハルも身を乗り出して、彼女のスキルの詳細を尋ね始めた。
「歌が上手いだけじゃないって感じ?」
「聞いた歌は歌えるしー、声量もスキルで変えられるとかー、騒がしい中でも聞こえるとかー?」
「へえ、面白いね。補助魔法と合わせて使ったら、戦闘中でも便利だったでしょ」
「え? どゆこと?」
「え? やってないの?」
ハルが楽しそうにフーカのスキルの使い方をこぼすと、フーカが首をかしげる。
その反応に、ハルの方が驚いて固まる。タクマもハルの言っていることが分からないのか、目を瞬かせた。
「えっと、声が届きやすいんでしょ? だったらさ、討伐でごちゃごちゃした中でも声が届くってことじゃん? ってことはさ、離れた場所にいる人にも、補助魔法を飛ばそうと思えば届くのかなって思ったんだけど」
「え、まじ、分かんない。歌に補助魔法を乗せるってこと?」
「そうそう。ちょっと実践してみる? んっと、フィーダはダメか。土龍のそばにいるから魔力が弾かれそう。
イーズ、ちょっくらひとっ走りしてあっちらへんに行ってよ」
「えー、人使い荒いです。行きますけど」
「よろ」
いつの間にか魔法検証の時間になってしまった。
仕方がないとため息をつきつつ、イーズは調査隊の脇を抜けて二百メートルほど離れる。そんなイーズに調査隊からの視線がチラチラと飛んできた。
気にしないようにしながら、イーズは背伸びをして大きく手を振って合図を送る。
しばらくしてハルの講義が終わったのか、イーズの耳に流れるような歌声が聞こえる。
「こ、これは! なぜ、パンなヒーローの行進!」
届いた歌声に脱力しそうになった瞬間、イーズは自分の中に違和感を覚える。
胸の奥が熱くなるような、強く何かを掻き立てられるような衝動。
「あ、これは、効いてますね」
そう呟いて、イーズは一気に瞬足でその場から走り出す。
その勢いに、周囲の木々が大きく揺れた。
二百メートルを稲妻のように駆け抜け、イーズは三人の下に一瞬にたどり着く。
テーブルの周りに数秒遅れて突風が吹いた。ハルが慌ててそれを風魔法で相殺させる。
「どう?」
「凄いですね! どこまでも走れそうです!」
その場で「駆け足、止まれ」の足踏みをした後、イーズは興奮を隠さずにフーカを見つめる。
フーカは一瞬ぼおっとその顔を見つめ、突然ポロポロと涙を流し始めた。
それに慌ててイーズは彼女の下に駆け寄り、足元にしゃがみこむ。
幾筋も流れる雫にイーズは止めるすべも見つからず、タクマに視線を向けた。彼は渋い表情をして、憎々し気にこぼす。
「ラズルシードでは、他のスキルを使おうとしたら、『魔力を無駄にするな。それより、攻撃力をもっとつけろ』って言われて、メインのスキル以外は全く使わせてもらえなかった。俺も、フーカも、カズトも、マユも! あいつら!」
「歌いたかった! もっと、たくさん、歌を歌いたかったのに! こんな風に、できるって知ってたら、喉が枯れても、歌ってたのに!」
タクマの声に続いて、フーカが絞り出すような叫びを上げる。
両手に顔をうずめて肩を震わせる彼女にかける言葉が見つからず、イーズはそっとその肩を撫でる。
静かな声で、ハルはタクマに他のどんなスキルを持っているのかと尋ねる。
「俺は、複写ってスキルがある。もともとダンスとかコピッてたからだと思う」
「これまでどうやって使ってた?」
「特には。こっちには真似したいダンスもねえし」
「なるほど。ちょっとさ、さっきのイーズのスキル、やってみて」
「は?」
ハルはタクマをじっと見つめて、おもむろにイーズの瞬足を真似してみろと言う。
当惑するタクマに、ハルは言葉を付け足す。
「恐らく、体の動き全般をコピーできる能力だと思う。やろうと思えば、他の人のスキルの動きも限定的だけどマネできるはず」
「でも」
「タクマ、いいから、やってみて」
念押しするハルに、タクマは立ち上がってテーブルから数歩離れた。
涙を流していたフーカも成り行きが気になるのか、両手から顔を上げて彼の横顔を真剣に見つめている。
タクマは強張った顔を引き締め、数回深呼吸した後、一歩足を踏み出す。
そして、突風が吹き、彼の体が消えた。
「うわ!」
「ひゃあ!」
「きゃっ!」
慌ててハルはもう一度風魔法を展開し、舞う風と土を追い払う。
数秒後、スキルが切れたのか、本来の彼の速さでタクマが駆け戻ってきた。
「すげぇ、数秒だけだけど、自分の体じゃないみたいに動いた。マジ、これ、すげえ」
「体術とか、剣術とか、もしかしたら一部の魔法スキルもコピーできるかも。そこは要検証ってとこか」
「あー、くっそ。まじに、ラズルシードの奴ら、ぶっ飛ばしに行きてえ。こんなの知ってたら、もっと使えるとこが……」
興奮した様子だったタクマの声が尻すぼみになる。握りしめた左の拳を顔に当て、体を震わせた。
知らなかったこと、やらなかったこと、出来なかったこと。後悔がタクマの中でぐるぐると回る。
ハラハラと涙を流し続けるフーカの中にも、どうしようもない悔しさと怒りがマーブル状に渦巻いている。
「俺、今、何を、どうすればいいのか、もう分からねえ」
しばらくして、体からすべての力が抜けたようにだらりと椅子にもたれて、タクマは呟いた。





