1-5. ゆ!
次の日から早速木桶を土台にした風呂の製作が開始された。
生産者ギルドに紹介された職人はゾッドアと言い、住居専門の工房を営んでいる。後でゾッドアに聞いたところによれば、生産者ギルドの指名依頼は評価ランクアップにつながり大変名誉なことだとか。喜んでいただけて何よりである。
最初の打ち合わせで二人が依頼の詳細を説明すると、ゾッドアはひたすら困惑した表情から、最後には酷く怯え出してしまった。
なんとか彼を宥めて理由を尋ねれば、まず、旅の間にも風呂を求めるなど庶民ではあり得ない。
――ただの綺麗好き日本人庶民だけど。
次に、外で風呂に入ろうなどと、高価な結界魔法具を持っているとしか思えない。
――隠密スキルマックスを持ってます。
最後に、二つの木桶がつながった大きさの物をしまえるマジックバッグを、たったの十五歳で持っているなど高位貴族、もしくは賢者の末裔としか考えられない。
――賢者のなり損ないですね。
まぁ、貴族だと誤解しちゃうのも無理はないね、と二人で苦笑いするしかない話だった。
それでも恐縮されていては話ができないので、自分たちは貴族でも賢者の血を受け継いでるわけでもないと伝えたが、悪魔の証明レベルに難しかった。
仕方がないので最後には「今はただの冒険者です」と言って、そういう設定で遊んでいるんだから付き合ってくれ的な雰囲気に持っていった。
もう本当に疲れた。
無理矢理ゾッドアを納得させて打ち合わせに戻れば、彼は非常に優秀な職人だった。
シャワーや脱衣側の壁はそのままだと、万一夜盗などに囲まれても気付けない可能性があるため、何箇所かにスリット窓を付けることを提案された。
懸念だったドアの部分も、桶を一度解体してその部分に取り付けてくれることになった。
なんか一から作るより手間がかかってそうだと思ったが、走り出してしまえば止まれない。このまま突き進むだけである。
さらにシャワーの排水だが、シャワーと浴槽をつなぐ配管にスライムを住まわせ、濾過した水を湯船に還元する仕組みになった。聞いた瞬間ハルが「盲点!」と目を輝かせて叫んでいたのは気にしないでおこう。
一応生物なので、マジックバッグに入るか試したら全く問題なかった。でも時折配管から出して散歩させてあげてほしいと言われた。
スライムの散歩……縄でつなぐのか? とてもシュールな絵面だが、数ヶ月に一回数分で満足すると言われたので安心だ。何が安心か自分たちでもよく分からないけど。
そんな感じでゾッドアの提案も混ぜつつ、その日のうちに早速分解や補強作業が始まった。
ゾッドアが作業をする間、二人は冒険者ギルドや生産者ギルドの依頼を毎日こなしていた。
どちらの依頼も林業に関係する作業が多く、山に入って実りを収穫してきたり、伐採した木の枝を集めたり、時にはマジックバッグを利用して木の運搬なども行った。
ハルは“冒険者っぽい”厨二病が疼くような依頼を受けてみたかったようだが、生憎今回もタイミングが合わなかった。誠に残念である。
ハルは時間があるうちに体力を付けるんだと、毎日筋トレや素振り、ランニングをするようになった。ただ、何の目的もなく走っている姿は異世界では異様に映るらしいので、ランニング前にはイーズが隠密をかけてあげている。
そうして滞在一週間が経った頃、ついに、ゾッドアから風呂が完成したと連絡が入る。
「ゾッドアさん! 作業お疲れ様でした!」
「ハルさん、ようこそいらっしゃいました。さ、こちらへどうぞ」
工房に着いてすぐ、イーズたちは風呂が置いてある作業場へ通される。
「おおおお!」
「ツヤッツヤ!」
「長く使えるように防水の釉薬を塗布してあります。扉は風呂の左手側です。中もどうぞ」
「では、失礼して」
ハルが中に入り、奥側にあるシャワーの下へ移動したので、イーズも続いて入る。
入ってすぐの脱衣所はシャワーより一段高くなっており、足元に水が流れてこないような工夫がされていた。もちろん、壁に衣類を置く棚も取り付けられている。
「あれ?」
「ハル、どうしました?」
「浴槽が斜め?」
「え?」
そう言われて覗いてみると、ハルが言った通り浴槽は手前側が高く、奥が深くなるように若干傾斜が付けられている。
「はい。お二人の話では中に箱などで段差を付けるというものでしたが、腐食の可能性も考慮して、桶の土台に傾斜をつけることにしました。一応湯船に沈める用の土台も準備してあります」
「なるほど、素晴らしいですね。奥側は水平になってますし、これくらいの傾斜であれば全く問題ないです」
「ありがとうございます」
湯船の奥の壁も水が溢れないように高さは少し残しつつ、外の景色が楽しめるようになっている。
「お二人に見てもらいたいものがあります。まあ、見てもらうというより、嗅いでもらうと言ったほうが正しいですが」
「嗅ぐ?」
「匂い?」
そう言ってゾッドアは、工房の見習いに桶に入ったお湯を持ってこさせた。
「漏水がないかの確認でお湯を入れた時に気づいたんです。今日は少しだけかけてみますね」
そう言いながらゾッドアは湯船の壁あたりにお湯をかける。
「お二人とも、この辺りを嗅いでみてください」
勧められたので二人とも湯船に近づき、恐々濡れた壁の匂いを嗅ぐ。
「これは、甘い?」
「少しお酒のような感じもします」
「分かりますか。おそらくこの桶で作られていたという果実のお酒の香りだと思われます」
「それが桶に残っていた?」
「はい。水だと気づかなかったのですが、お湯を入れると香りが出ましたので、入浴の際に楽しめると思います。回数を重ねると薄まって消えてしまうとは思いますが」
「いや、十分すごいよ! 思ってもみなかったオマケがついてきた」
「早くお風呂入りたいです!」
水が徐々に冷めて乾いていくと、確かに匂いは薄らいだ。
ハルもイーズも実際に使ってみたくってウズウズニヤニヤが止まらない。
「代金は生産者ギルドを通してお支払いいたします。こちらの要望だけでなく、使い勝手を考慮した細やかな工夫に感謝します」
「そう言っていただけて大変恐縮です。これまでやったことのない仕事で、とてもワクワクしながら作業しました。見習いの頃に戻ったようで、とても楽しませていただきました。またメンテナンスが必要でしたら、いつでもお越しください」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
「ありがとうございました!」
大きな声で二人はお礼を言うと、飛び出す勢いで村の中を駆け抜けていく。
「イーズ、あっち! ランニングの時に人があまり来ないエリア見つけといた!」
「ハル、素晴らしいです! マップに魔獣なし!」
「行くぞ!」
「はい!」
急げ、急げ!
持久力が続く限り山の小道を駆け抜ける。冬が迫る山に積もった落ち葉が、二人が走り抜けると風で舞い上がった。
「イーズ、あそこ! 小さい池があるとこ!」
「意外に広いですね。地面もちゃんと平らです」
「じゃ、出すぞ!」
そう言ってハルは池のそばにそっとお風呂を出すと、湯船側の低い壁の上から腕を差し入れてお湯を注ぎ出す。
温かな湯気を上げてどんどん湯船にお湯が溜まっていく。
「約四ヶ月半ぶりのお風呂ですよ!」
「だな!」
「ハル、極セット出せます? シャワーの所に置いておきます」
「お、ありがとう。ついでにタオルとかも渡しとく」
こっちの世界に来たら何故か美容セット“極”になっていたシャンプーやリンスをハルから受け取り、洗い場の棚に置く。
同じように脱衣所の壁にある棚に自分とハル、それぞれのタオルを乗せた。
イーズは、あともう一つの今は空っぽの棚をそっと撫でる。ここはフィーダ用だ。彼が風呂好きかは知らないが、シャワーくらいは使うだろうと思って用意したのだ。
洗い場のフックにあらかじめ買っておいた湯桶もぶら下げ、足元には小さな椅子も置く。これで日本風なお風呂場の完成だ。
「イーズー、あとちょっと〜」
「了解です。一番風呂はハルがどうぞ」
「え? いいの?」
「はい、ここは年長者にお譲りしますよ」
「うぇーい。その間イーズはどうしとく?」
「この辺りをのんびり散策しておきますよ。テーブルとかも出しておきます?」
「よろしく〜」
ハルが浴槽側から脱衣所に周り、靴を脱いでからドアを開けて入っていく。
イーズは少し離れた場所にテーブルや椅子を並べ、その上に簡単な軽食を置いて少し摘む。
このテーブルセットは、ベズバロで購入したものだ。
せっかく木材加工が盛んな村にいるので、旅の間でも使えそうな家具や食器、木箱大小各種を一通り集めることにしたのだ。
小さなビスケットを口に入れながらハルから借りたタブレットをいじっていると、風呂場から時折“ふぃ〜”とか“あ゛〜”とか聞こえてきて思わず笑ってしまう。
空を見上げるとだいぶ高い所に雲が浮かんでいる。
地球と気候が全く同じだとは思えないが、季節は確実に冬に入った。
風呂も無事できたので、これからはなるべく早くジャステッドに向けて移動すべきだろう。
辺りにふんわりと漂うポルペッタの香りと湯の揺れる音を聞きながら、イーズは今はゆっくりとした時間を楽しんだ。
その日、街に戻って大興奮でゾッドアにお礼を言うと、彼から一つお願いをされる。
貴族や大商人に、ハルたちに作った風呂よりは小さいが簡易の風呂を提案してみたいというのだ。
通常、彼らは街で泊まるため野宿などはしないものである。それでも旅が順調にいかないことなど多々あり、その際の備えとして売り込みをしたいらしい。
「お湯はどうするんですか?」
「湯を出す魔道具があります。旅先でも茶を飲めるように侍女たちが使うもので、出るのは高温のお湯ですが、湯船に溜める際に薄めれば問題ないでしょう」
「なるほど。僕たちとしては全く問題ないです。好きに売り込んでください」
そんなこんなで、またお金が貰える事になった。
しかも、元々風呂のアイデアはイーズだという事で、保証人はハルになってもらってイーズが契約を結んだ。
さらには振込用の口座まで作ってもらってしまった。相手が相手なので、商談が成立すると一回の取引が高額になることが予想されるからだ。
「イーズ、十四歳にして不労所得ゲットだな」
「堕落しそうなので、口座はあまり確認しないようにします」
「もし、美味しい幻の肉が目の前にあったら?」
「お金を全て注ぎ込みます」
「堕落しきってるな」
どこに行ったってお金の威力とは怖いものである。





