4-3. 売り込み
本日の話し合いは終了となり、会議室を出るとオレニスが待っていた。
横には知らない大柄な男性が付き添っていたが、オレニスが声をかけると一礼してその場を去っていった。どうやらケンシンの後任らしいが、オレニスは彼に関しては何も触れずに話を始めた。
「久しいな。無事に腐海から戻ってこられて何よりだ」
「久しぶり。こんなとこで会うとは思わなかった。王都はいいの?」
「商会長から、西へのルートを任されている。だが一部建前で、勇者とのつなぎを強固にしておきたいのだろう」
「あー、正直だね」
「君たちとやっていくには、策を弄するよりもその方がいいと学んだ」
「ご名答」
わずかに口の端を上げて答えるオレニスに、ハルは両手の人差し指を鉄砲のように彼に向けておどける。
建物の外へと歩き出し、自然と四人の足は水辺へと向かう。
昨日は上空からしか見えなかった町の様子を見回し、イーズは感心する。
水龍の代替わりの際、イーズたちはフェラケタニヘル河の対岸にいた。
だから実際にこの場所に立つのは初めてで、ハグレがあふれ出した時の様子も詳しくはまだ聞いていない。
しかし、この辺りは半年前までは六堤のように強さを誇る者でなければ近づけなかったのは知っている。
それが今では「戦闘能力は持っていない」と自認するオレニスも自然体で歩くことができる。
もちろん、有事の際に避難しやすいように動きやすい服装ではあるが、彼のような立場の人が動くよりも前に、冒険者たちが喜んで原因に対応するだろう。
「素材の鑑定は冒険者ギルドだったな。ファンダリアから販売担当を付ける。
素材の鑑定と一緒に、どの部分をどう売るか、解体の段取りも含めてギルドと足並みをそろえよう」
「助かる。ぶっちゃけ、魔獣の死骸は大量にありすぎなんだよね。
一気に流出させると迷惑だろうから、とりあえずリストだけは作ってもらう感じでいいよ。焦らないで、二十年かけて売るって言われてもこっちは大丈夫だから」
ハルがざっくりと説明するとオレニスは相槌を打った後に、声を潜めてハルに問いかけた。
「ハルは、商会を作る気はないのか?」
オレニスの突然の提案に、全員の足が止まる。
冗談だろうと茶化そうとした口をハルは閉じて、真剣な表情のオレニスと向き合った。
「それはどういう意図で?」
「意図というと悪く聞こえるが……君たちが戻ってくることは分かっていた。その後に何が起こるかは当然予想がついた。この町、ロクフィムは今後君たちを中心に回っていく」
身分を隠して彷徨っていた賢者はもういない。
勇者としての力を龍に認められ、そしてそれは人々にも知れ渡った。
火龍には、もう一度あの中に入ることへの協力を宣言されてしまっている。
「そうだね。俺とイーズは、この町に腰を据えようと思ってる」
ハルの言葉にフィーダとメラは一瞬目を見開いたが、言葉を挟むことなく二人の会話を見守る。
「そうであれば尚の事、君たちをサポートする者が必要だ。
今回のような差配をする存在。いつか君たちがまた腐海に挑み、その中にいる間も外で些事を滞りなく進められる者が」
「それは、売り込み?」
にやりと口の端を上げてハルが尋ねると、オレニスは思った以上に真剣な顔で頷いた。
「もし君たちが信頼してくれるのであれば、ぜひ私がその役を担いたいと願っている」
一度息を吐き出し、薄い唇を湿らせて緊張した面持ちでオレニスは言葉を続ける。
「ファンダリアは元々、亡命をした賢者たちが大島ゴルグワンにたどり着けるように手助けをしていた。我ら一族は、そのことを誇りに思っている。だがこれは私のファンダリアとしての思いではない。
二人がこの地に根差すのであれば、君たちの決定に沿って動くことのできる商会が必要だと思う」
「ファンダリアではなく、新たに商会を作る理由は?」
「ファンダリアの決定権はまだ商会長である父にある。私がその後を継ぐのはまだ十年以上先だ。それに、ファンダリアは大きすぎて君たちの活動ばかりに焦点を当てられない」
「オレニスは後継者だけど、それはいいの?」
「直系にこだわらなくとも、マクウェイン家には人材が幾らでもいる。アイリーンが婿をとってもいいだろう」
すらすらと言葉が返ってくるのは、それだけオレニスがこの件に関して熟考した証だろう。
ハルは彼の顔を見つめ、首をゆっくり左右に曲げて考える。そして小さく頷いて答えた。
「うん。これはとりあえず保留で」
「まぁ、そうなるとは思っていた。突然だからな」
苦笑いを浮かべるオレニスに、ハルも「だよね」と軽く答える。
真剣な話が終わったのを察して、他の三人も再度歩き始めた。
オレニスの話は突然ではあったが、納得のできる内容だった。
この国のルールに疎い四人では、いずれ誰か信頼できる窓口が必要になっていただろう。
それが商会を作る話になるとは思わなかったが、管理する側としては一つに集約したいのも分かる。
「それでは、私は今日の会議の内容を父に知らせておく。商会の件は疑問などがあれば一つずつ話し合って解決して進めていけばいい。もう旅はせず、ここにとどまるならば急ぐ必要もないだろう」
「分かった。ありがとう、オレニス」
ハルの礼の言葉に小さく頷き、去ろうとするオレニスをイーズは慌てて引き留めた。
「あの!」
イーズの声に、オレニスが体半分だけ振り返る。
薄い青の瞳を見つめ、イーズは急かされるように言葉を紡ぐ。
「あの、未来。私たちが水辺で笑っている未来。そんな未来があると教えてくれたこと、お礼を言いたくて。腐海で彷徨っている時でも、いつか外に出て幸せな日々があるんだって思えました。だから、本当に、ありがとうございました」
そう言ってイーズがガバリと頭を下げる。
ジャリッと小さく砂を踏む音がしてイーズが顔を上げれば、オレニスが体の向きを戻し、正面からイーズを見ていた。
色素の薄いプラチナブロンドの髪が初夏の陽を浴びて光る。その光は濃い影を作り、オレニスの表情を見えにくくさせた。
「――自分の意志でコントロールすることもできない、視えているものが何を示しているのかも分からない、そんな夢ばかり視てきた。全く役に立たないスキルだと思ったこともあった。
だがそんなスキルでも、過酷な状況に置かれた君たちの支えになれたのであれば嬉しく思う。私の方こそ、ありがとう」
オレニスはそう告げた後、どこか照れ臭そうな、下手くそな笑みを作った。そうして視線を下げて誤魔化すように一つ咳払いをして体を反転させる。
「それでは」
ポツリと挨拶をしてそそくさと、まるで逃げるように足ばやに去っていくオレニスの背中を四人で見送る。
顔を見合わせて肩をすくめ、全員で言い表せない感情にモニョモニョと口を歪めた。
なんだかんだ、オレニスとは長い付き合いになりそうだ。歴史ある商会の後継の座を捨てることすら覚悟した彼に、どうしたら誠実に向き合えるか、真剣に考えなくてはいけないだろう。
「また他の人の人生を大きく変えてしまったようですぞ?」
イーズがふざけて両手の人差し指をハルに向けてぐるぐると回す。
その指に懐かしの宇宙人映画のように自分の指先をくっつけて、ハルは向きを調整する。その先にいるのは、眉間の間に深い溝を作ったフィーダだ。
「人生変わっちゃった第一号はフィーダだけどね」
ニヤリと笑うハルに、フィーダは鼻で笑う。
「自分で選んだのであれば、きっかけは関係ない。たとえそれを後悔したとしても、その責任はそれを決定した自分だ。オレニスなら、責任の取り方は分かってるだろ」
口の端を上げ、低い声で淡々と言うフィーダ。
その横顔をそっと見上げてメラも笑う。メラが黒の森を出るか迷っていた時も、フィーダに同じ言葉をもらった。流されるのではなく、自分の意志で決めた。それはメラの中でどんな嵐にも負けない大木のように息づいている。
「この町がどんな風に変わっていくか、ますます楽しみね」
ファンダリアという巣を離れる決意をした、まだ生まれてもいない卵。
この町の成長と共に、大きく育っていくのだろう。
「あー、やることがいっぱい。みんなも手伝ってよ?」
「ご褒美があれば頑張れます」
「食いもんか?」
「あ、肉! 魔獣肉が大量にあるんだった!」
「ハルの鑑定ではなかなか美味しそうなんですよ?」
“褒美イコール肉”な二人が顔を輝かせる。
ウキウキした声でイーズが付け足すと、フィーダが眉を顰める。
「腐海最奥のか。でかいんだろ?」
「そうだね。前、バドヴェレスがタジェリア側で狩ったハグレの十倍はありそう」
「あ、ついでに今回の魔獣に紛れ込ませちゃいましょう」
「それはいいんだが……どうやって捌くんだ?」
「んん? 普通に捌けない?」
フィーダの疑問に、ハルも疑問で返す。
でかくとも魔獣は魔獣。問題ないのではと思ったのだが、フィーダはますます眉間の溝を深くする。
「腐海の魔獣は、普通の剣だと傷をつけるのもやっとなほど耐性がある。解体するにはもう少し小さくしねえと作業にならないぞ?」
「そっか。解体スキル持ってても、流石に背中に上るにも一苦労な大きさだと大変か」
むむっと顔を顰めるハル。その服をちょいちょいっと引っ張り、イーズはニンマリと目と口を細めた。
「大将、いい人材が余ってまっせ?」
「ん?」
首を傾げる面々を見回してイーズは笑みをさらに深める。
河岸に魔力が近づいてくる。その存在を指差して、イーズは言う。
「ハル、交渉はよろしくお願いしますね?」
それを聞いて、ハルもイーズにそっくりな笑みを浮かべた。
薄青く輝く、滑らかな水龍の体が水の中から浮かび上がる。
鬱蒼と茂った木々で常に仄暗い腐海の中より、こうやって陽の光と川の流れの中にいる方が、アズリュシェドの姿は美しいとイーズは目を細める。
「よ、昨日ぶり」
手を上げておどけて声をかけるハルに、水龍がブシュッと水を飛ばす。
どうやら昨日話したお仕置き内容にまだ納得していないようだ。まぁ、そうでなければお仕置きにはならないのだが。
「オレニスがね、赤い布を手配してくれるって言ってたわよ。一週間くらいかかるって。楽しみにしててね」
『黒の子よ。どこをどう考えたら吾が楽しみにすると思うのだ?』
「あら、そう? 絶対に似合うのに」
『そういう問題ではない』
どこか天然の入ったメラの言葉に、アズリュシェドも返す言葉がないのかブブブブと水の中で口から溜息を出した。
人間臭い仕草に四人の口から笑いが漏れる。
「ってかさ、アズリュシェド、今、暇でしょ?」
『突然何を』
ハルの台詞に、イーズは口から空気を吐いて慌てて手で押さえる。
なんだ、その下手なナンパ男のような声の掛け方は。交渉スキル、いったいどこへ行った。お散歩中か。お昼寝か。
そんなイーズの胸中が分かるはずもなく、ハルは水龍との会話を続ける。
「偉大な水龍アズリュシェドに、手伝ってほしいことがあるんだけど」
『なんだ? キングクラーケンの足をもいでくるか?』
「え、何それ。ちょっと興味ある……じゃなくって。魔獣は魔獣なんだけど、ほら、腐海の奥でアズリュシェドが首チョンパしたのがいっぱいあるじゃん?」
『ふむ』
「あれってさ、大きすぎて人間で解体しようとするにも場所も道具もないんだよね」
『ううむ? 待て、何か嫌な予感が』
「それをさ、解体しやすいように、小さく切るの手伝ってくれない?」
『吾を道具扱いするか! 水の勇者! 不敬ぞ!」
「うっさいな。でっかい図体して、魔法も得意なんだからちょっとは手伝ってよ。そもそもあんたが狩ったやつじゃん」
『吾は狩っただけで放置してきてもよかったのだぞ』
「あ、それ言っちゃう?」
頑として手伝う気を見せないアズリュシェドの返事に、ハルは片眉を上げて冷たい視線を向ける。
水龍はたじろぎながらも、後に引けないのか意地を張る。
「バドヴェレスはこれからも腐海の調査に付き合ってくれるって。その時にアズリュシェドはここにいたら邪魔だからどいてね」
『な! 邪魔扱いとはどういうことだ!』
「だって働かないならここにいる必要ないじゃん?」
『誰も働かないなどとは言うておらぬだろう!』
「さっき嫌だって」
『嫌とは申しておらん! 吾であればそんなもの一瞬で終わらせてやろう!』
「えー、本当? 適当にやって必要な素材とかぐちゃぐちゃにするんじゃないの? 皮を変なとこで切ったりとかさぁ」
『せん!』
「今度やってみせてよ。そうしたら信じてあげる」
『ふん! 完璧にこなしてやろう!』
水龍がそう言った瞬間、ハルの口の端がぐにゃりと曲がったのを三人はしっかりと見た。
ハルの見事な口車に乗せられた水龍は、今後は巨大すぎる魔獣の解体に喜んで手を貸すらしい。
イーズは隣に立つフィーダを仰ぎ見る。
「ってことは、解体する時には水龍を恐れないで指示してくれる解体スキル持ちが必要そうですね」
「だな。冒険者ギルドには通達をしておこう」
その後もギャアギャアとハルと口喧嘩をしつつ、水龍は細かな雑用を押し付けられていく。
対岸に伐採した木を運ぶとか、いったいどうなったらそんな交渉が成り立つのか。
イーズは呆れつつ、ハルが後ろ手で親指を上げるのを見て笑う。
水龍も、これで何千年と生きているのだから、やはり精神年齢と肉体年齢はイコールではないのは確かだ。
そんなことを声に出したら約一名と約一体が文句を言いそうなので、賢明なイーズは口を閉ざした。





