3-10. 龍と人
読んでくださりありがとうございます。
第四部第三章 最終話となります。
明日のサイドストーリーを挟み、明後日からは第四章「賢者帰還編」となります。
引き続きよろしくお願いします。
火龍はどんな飛行機よりもスムーズに二人を乗せた籠を運ぶ。
魔力で周囲を覆っているのか、山の上で感じていた冷たい風も届かなくなった。
火龍が最速で飛べば一時間もかからずに腐海の外に出られるようだが、周囲の記録も取りたいと伝えてゆっくり飛んでもらう。
人の足で半年の道のりを一時間で着けると言われ、二人の目が死んだのは仕方がない。世界中を飛び回る飛行機だと思い込めば、心に突き刺さった何かを感じなくなるはずだ。
それはさておき、二人は腐海西方面に異様なものを見つけた。
あまりの異質な存在に、ハルは思わずその場所を指差す。
「げ、あれって」
「え? あ、もしかして土龍が作ったっていう?」
『そうじゃ。土龍が地下からぶち当たった場所じゃ』
「山どころじゃないじゃん。壁じゃん」
バドヴェレスに頼んで少しルートから外れてもらい、見えた場所に向かう。
そこには、ハルとイーズがさっきまで登っていた山に匹敵するほどに高く直立した壁があった。
しかも近づいて分かったが、それはドーナツ状になっている。
「絶対登れないやつです」
「地下からの衝撃が円形になって、そのまま地面を押し上げたって感じかな」
「真ん中、水がいっぱいたまってますね」
「カルデラ湖っぽい感じ」
火山の火口に水が溜まってできた湖のように、直立の壁に囲まれた中に澄んだ水がたまっている。
火龍にその上空を旋回してもらいながら、ハルは中の様子や周囲を入念に記録していく。
「かっこいいけど、こんなのがでかでかとあったら、迂回しなくちゃいけなくて交通には不便だな」
「穴を無理に開けて通そうとしたら、中からの水で災害が起こりそうです」
「確かに。上空からなんて見れないし、気づけないよな。ねえ、バドヴェレス。これって、腐海の魔力が弱まった頃に、土龍に地面に戻してもらうとかってできるの?」
『できるであろうな。あ奴は土地の改良は得意なはずじゃ。そもそも自分で作りだしたもの。責任をもって直させるが良いであろう』
「それがいいかな。この場所まで魔力が弱まるのはまだまだ先だろうけど、人が来れるようになるのはもっとかかると思うし」
この荘厳な美しい湖が無くなってしまうのはもったいない気もする。
全てを無くしてしまわずに、一部を湖のように残すのもありかもしれない。それは、その時になったら人と龍で決めればよいだろう。二者の関係が良好であれば難しくないはずだ。
「西は、なだらかな丘が続きますね。ラズルシードの東側って、乾燥してて砂漠っぽくなってるんでしたっけ?」
「そうそう。あの丘陵地帯を抜けたらラズルシードだと思う。やっぱりあの壁が無ければ距離としては近いな」
写真と地図を比べて、ざっくりと現在の地形の特徴を書き込んでいくハル。
イーズはスマホのカメラで拡大しては、下の魔獣や魔植物とみられるものを撮影して地図に反映する。
こうしておけば、また調査を再開するにしても、情報が全くない状態でひたすら歩くよりは楽だろう。
「空の旅ってのはいいねぇ。飛行機より景色が楽しめるし。面倒な搭乗手続きもないし」
「しかも無料で! 飛行機よりもお得ですよね」
『我を乗り物扱いするでない』
「ごめん! でもすっごい快適!」
「翼が治って飛べるようになって、本当に良かったです!」
『口は達者よな』
バサリと両翼を力強く羽ばたかせ、火龍はフンっと鼻で笑う。
太陽の煌めきを受けて赤と青と紫が飛び散る。
穏やかな空の旅に、ハルとイーズは自然と目を細めて微笑みあった。
マンドラゴラ二体をマジックバッグから出したり、周囲の観察や撮影をしたりと忙しい二人に、火龍の声がかかった。
『見えてきたぞ』
「あ!」
「端だ!」
「ケ!」
「み」
視界の先、延々と続く木々の緑が途切れている。
左手には雄大なフェラケタニヘル河が青く光る。急速に建てられているという町の様子はまだ見えない。
今のスピードであれば、十分もかからずに到着するだろう。
ドコドコと音を立てる鼓動に、ハルは大きく深呼吸をする。
「ちょっと緊張」
イーズも籠の縁に置いた手に力を入れ、じっと腐海の切れ目を見つめる。
あの場所で、自分たちを待っている人たちがいる。
火龍があそこに降り立つのを、自分たちと同じ気持ちで待っている。
瞳の奥が熱くなり、イーズは何度も瞬きを繰り返して熱を散らす。
「やっと、会えますね」
「うん。いち、にー……ほぼ半年ぶりくらい?」
「ですね」
十一月に入ってすぐに腐海に飛ばされた。今はもう五月に入ろうとしている。
二週間で再会できると思っていたら、水龍に置いていかれて結局半年以上を腐海で過ごした。
行き当たりばったりに巻き込まれた、忙しい半年だった。もしかしたら、召喚された最初の半年よりも濃密だったかもしれない。
『ふむ。人の子らが多く集まっておるが、お主らはフィーダとメラに一番に会いたいのであろう?』
「そうだね。六堤やら、最近町に常駐するようになったお偉いさんとかはどうでもいいかな」
「そのうち会うでしょうけど、感動の再会をぶっ壊されそうですね」
渋い顔をする二人が見えていないにもかかわらず、火龍は体を揺らして笑う。太い笑いは、念話ではなく、バドヴェレスの口から直接響いた。
「グルウオオ!」
「おお、勇ましい」
「迫力満点です」
『であれば、河のそばが良いであろう。ここからであれば我の声も届くが、黒の子も声が聞けるのではないか?』
「あ! そうかも!」
「最高です!」
火龍の提案に、二人は飛び跳ねる勢いで食いつく。
確かにフィーダとメラに一番に会うためには、彼らに移動してもらうのが良いだろう。
「じゃ、俺から連絡するけど、いい?」
「はい、お願いします」
もうあと数分で着く距離になり、火龍は速度を緩めた。
「メラ? そうそう! もう見える!? うん、でね、そっちに邪魔な人たちいっぱいいるでしょ。そう、邪魔なの。河のそばで会わないかってバドヴェレスが。うん。目立たないように移動できる? お願い。うん。それじゃ。またね!」
明るい声で手短かに会話を終え、ハルはイーズに向けて親指をぐっと立ててみせる。イーズもそれに同じように返した。
「バドヴェレス、それじゃ、河のそばに降りてくれる?」
『問題ない。さて、直前までは広場に降りるように見せてやろう』
「楽しんでんなー」
「性格出てますね」
他の人たちを翻弄する気満々のバドヴェレスに、ハルとイーズは肩を震わせる。
イーズはそろそろ感知にも映るころかと、二人の前に半透明のマップを表示させた。
「あ、移動開始してますね」
「大丈夫そう。それにしても、広場にいったいどれだけ人がいるの。多すぎ」
「そんな中に火龍で降りるって罰ゲーム……」
隠密をかけるのは流石に申し訳ないということで、隠れての帰還ではない。
ただ着陸場所は少し離れた、川辺になる。いつも水龍がフィーダに会いに来ている場所だ。その事実を知らないハルとイーズは気づかないが、火龍から水龍へのちょっとした嫌がらせである。
「あ、二人、着いたね」
『ふむ。では、そろそろ広場に向かうとしよう』
「フリね」
「フリですね」
火龍の言葉に、ハルとイーズは付け足す。
その時、下を見ていたイーズがヒュッと首をすくめ、籠の下に座り込む。
「どした?」
「何か、目が合いそうになって」
「手、振っときゃいいのに」
「イヤですよ。どこのアイドルですか」
「昭和時代の結婚式みたいじゃん。ゴンドラで入場とか」
「ハルが新郎ですか? 私が新婦で?」
「……やめとく」
目を逸らして呟くハルに、イーズはぷくっと笑いを漏らす。
結婚の話を出すのは早かったようだ。
「フィーダとメラの方が先ですね」
「メラは美人だし、今は黒髪になってるし、料理上手だし、モテる要素盛りだくさんだからなぁ。フィーダもちょっとは焦ればいいんだ」
『フィーダの嫁っ子か。なかなかに良い嫁であったぞ』
「嫁になる予定ね」
チッチッチッと指を揺らしてハルは言う。
ハルもそろそろ人の目が気になって腰を下ろした。
見えるのは火龍のごつい脚と爪、そしてふっくらとしたお腹。
赤く煌めく鱗に青い空。
広場が近くなったのか、地上から歓声が聞こえる。
だがそれもすぐに遠ざかった。
二人はもう一度立ち上がり、籠の縁を握りしめる。
眼下に広がるのは、ゆったりと流れるフェラケタニヘル大河。
その岸辺に二人の人影が見えた。
「フィーダ! メラ!」
「フィーダー! メラー!」
腹の底から大きな声で彼らの名を呼び、二人は手がぶつかり合うのも気にせずに両手を左右に振る。
地上にいる二人も火龍を見上げて、手を振っている。両手を上げてぴょんぴょん跳ねているメラとは対照的に、フィーダは片手を高く伸ばしてゆったりと揺らしている。
「メラ、こけそうです」
「あ、フィーダに腕を掴まれてる」
「ふふふっ、メラ、焦ってる」
「フィーダに肩支えられてる。あれ、絶対、フィーダはナチュラルにやってますよね」
「天然だな」
こっちが照れそうなやり取りを見せる二人に、ハルとイーズは笑みを隠せない。
ゆっくりと火龍が降下を始め、籠が徐々に地面に近づいていく。
「もう下りられそうじゃないです?」
「え? イーズ?」
「ダメです?」
「ダメ、じゃない、かな?」
「それじゃ、行きましょう!」
『これ、我が下ろすまで待たぬか』
「あと二メートルだから大丈夫」
「木登りで特訓したので!」
腐海で何度も木に登っては降りてを繰り返すうち、数メートルの高さなら難なく飛び降りられるようになった。
今こそ、その成果の発揮時だと言うように、ハルは籠の縁に手をかける。
「お先に失礼!」
「ずるいです!」
「しゃ!」
ハルは勢いよく籠から飛び出し、スピードを風魔法で殺して地面に足を付ける。
すぐ先でフィーダとメラの驚く声が聞こえた。
「イーズ!」
「行きます!」
ハルはすぐに後ろを向いて、イーズの名を呼ぶ。
それに引っ張られるように、イーズも籠の端を乗り越えて飛び降りた。
フワリとハルの風魔法がイーズを覆い、優しく川べりに着地させる。
そしてハルとイーズはすぐさまそこから駆け出す。
フィーダとメラも、二人が籠を飛び出した時には足を踏み出していた。
先に二人の下にたどり着いたのはメラ。
「イーズ! ハル!」
高い声が響き、イーズの体が柔らかなぬくもりに包まれる。
「お帰り! お帰り! 無事で良かった!」
「ただいま、メラ! 戻ってこれて、嬉しい」
メラとイーズ、二人とも大粒の涙を流しながら、お互いを強く抱きしめあう。
その後ろにいたハルの肩には、フィーダの太い腕が乗った。
力強く引っ張られた直後、ハルはフィーダの肩にしたたかに鼻をぶつけた。
「へぶっ!」
「……この、馬鹿野郎」
「酷い!」
「勝手に行きやがって。馬鹿が」
「二回目!」
「無事に戻ってきたからいいものの、勝手が過ぎる、馬鹿」
「三回目!」
感動的な女性陣の再会とは違い、フィーダの呪詛のような言葉にハルは涙目になって叫びを上げる。
それでもハルはフィーダの力強い腕を振り払うことなく、バシバシとその背を叩く。
そんな二人を見て、メラとイーズは抱き合ったままクスクスと笑う。
「相変わらず仲いいわね」
「ああいうのを尊いっていうんですよ」
「そうなの?」
「そうです」
変なことをメラに教え始めたイーズに、ハルは慌ててフィーダから離れる。
くしゃりとハルの頭を掻き回してからフィーダはイーズに近づき、ハルの時とはうって変わって優しくイーズを胸元に抱き寄せた。
「イーズ、お帰り。頑張ったな」
「ただいま、フィーダも、待っててくれてありがとう」
たくましい腕の中で、イーズはまた涙を流して礼を告げる。
フィーダとメラがここで待っていてくれると分かっていたから、腐海の中の旅も心細くはなかった。
必ずこの先に自分たちの帰る場所があるのだと、明るく照らす光のようにフィーダの存在があった。
涙にぬれた顔を上げ、四人はもう一度お互いを抱きしめあう。
「お風呂、入りたいです。浄化はしてたけど、手足をゆっくり伸ばせるお風呂がいいです」
「山だと風呂は出せなかったんだよね」
「この辺じゃ、簡易風呂しか無いぞ。軍の施設に浴場はあるようだが」
「三日先の町の宿にはあるわよ」
「えー、待てない」
「これ以上風呂のない生活は無理」
喉奥でフィーダは笑う。こんな会話をどこかでした覚えがある。
フィーダの腕の中でお互いに寄り添った三人も肩を揺らして笑った。
「今回は、バドヴェレスが大活躍だった。フィーダもちゃんと褒めといて」
ハルの言葉に、フィーダは顔を上げて火龍へと向き合った。
「そうだな。バドヴェレス、二人を連れてきてくれて感謝する」
『ぬ! フィーダ! よく言った! であればその鬱陶しい水の護りを取るがよい!』
「なんでそんな話になるんだよ」
『感謝の証を態度で示すべきであろう』
「それはまた別の話だ」
水辺から離れてノシノシとやってきた火龍に、フィーダはあきれた目を向ける。
両翼を開いて文句を言う火龍に、フィーダは遠慮なく首元をバシバシと勢いよく叩く。
つい一瞬前には感謝していたというのに、あっという間にいつも通りになってしまった。
火龍が広げた両翼の下、四人で笑い合う。
離れていた時間と距離は、四人の関係を少しだけ変え、そして四人の絆を確かに強くした。
無事帰還です!
龍が回収失敗するとか、帰還中のハプニングも考えましたが
・魔獣: そもそも龍が怖いから出てこれない
・他の龍: 腐海上空に来れるのは風龍だけだが、来たら二体の龍の魔力×腐海の魔力の衝突で普通にハルとイーズが死ぬ(逃亡賢者 ―完―)
・うっかり転落: いや、ないっしょ。サルだし。そのための(?)サル訓練だし。
あと、プロット段階では二人には三年くらい腐海を彷徨わせて、帰ってきたら川べりに家が立っててフィーダとメラが出迎えてくれて、XXXでさらにXXXで、XXXXからのXXXって感じでそのまま完結予定だったんですが呆気なさすぎて帰還を早めました。
XXXはご想像にお任せします(乱暴)
明日のサイドストーリーは勇者回はお休みして、水龍サイドのお話です。





