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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第四部 第三章 賢者飛翔編

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3-8. 高みを目指す



 山を登るにつれて日中でも気温は下がり、夜はさらに冷え込む。そしてコンテナハウスはもちろんのこと、テントを広げられるスペースすら見つけにくくなっていく。

 なんとか傾斜の緩い場所を見つけて、マジックバッグから取り出したテントの中に二人は転がり込んだ。

 強い風が吹いている。明日はもしかしたら雨が降るかもしれない。そうしたらこの場所から動くことは難しくなるだろう。


「山頂まではあと二週間くらいか。んー、そっから降りるのにまた一ヶ月。思ったよりも時間がかかるけど、急いでもしょうがないか」

「雪山とかエクストリーム系の動画を見るのは好きでしたけど、自分が装備なしに登山するとは思いませんでした」

「食料はいっぱいあるし、水も出せるし、回復もできる。十分恵まれた登山じゃね?」

「確かに」

「んでもって、やっぱラーメンは正義だ」

「正義です」


 毛布や寝袋に包まれて温まり、眠気に誘われてうとうととしながら会話を交わす。

 回復魔法で体力は戻せても、一日中冷たい風にあたり続け、足を踏み外さないように気を張りながらの移動は疲れる。


 いつもより近い場所にあるハルの存在に安堵していると、ふとハルがピクリと虚空を見上げた。そしてすぐに会話を始める。

 フィーダとメラが腐海に入る日ではないのに、何かあったのかとイーズは不安に眉を顰めた。だがすぐにハルの明るい声に体の力を抜く。


「あ、うん、大丈夫。天候悪くて早めにテントに入ったから。そう。あと二週間で頂上ってとこ。

 え? あ、え! マジ! うわー、うん。うん。そっか。まぁ、そうだよね。分かってる。期待はしないでおくけど。うん。

 そっか。分かった。ありがと。めっちゃ嬉しい。帰り気を付けて。うん。バイバイ」


 ぼてっと頭をもう一度地面に横たえ、ハルが息をつく。数秒強く目をつむり、そして再度開けた。

 魔力が戻るまで休んだ方がいいとイーズが止める間もなく、ハルは口を開いた。


「イーズ、帰れるかもしれない」

「え?」

「もしかしたら、この山のてっぺんなら、火龍が降りられるかもしれない。そうしたら、火龍に乗せてもらって、南に、腐海の外に、フィーダたちの所に、帰れるかもって」

「本当に?」

「まだ、バドヴェレスが山頂に降りられるか確かめないといけないけど、可能性は十分にあるって」

「そっか。そう、ですよね。そっか……そっかぁ」

「嬉しい?」

「うん」


 滲み始めた涙を隠すように、イーズは毛布に顔をうずめる。

 そっと伸ばされたハルの手が、ゆっくりとイーズの髪をすく。

 イーズが告白をしてから、ハルはイーズに触れるのを控えるようになった。意識してくれているんだと思いつつも、それを寂しいと感じていた。

 こんな時に、ずるい。優しいハルの手つきに、イーズの眼からどんどん涙があふれだす。


「ハルとね、旅するのは楽しいの」

「うん、俺も楽しんでる」

「でも、みんなに……フィーダとメラに会いたいなって思う」

「そうだな。あの二人に見せたいものがいっぱいあった」

「メラの料理にフィーダが笑って、メラが顔を赤くして、それを二人でからかうの」

「楽しいやつだ」

「楽しいよね」


 ふふっと二人で小さく笑う。

 好きな人と二人でいる状況なのに、もっと他を求めてしまうなんて、自分はまだ幼いのだろうか。

 貴方だけいればいいなんて、どこかの大人の女性みたいなセリフはイーズには早いのかもしれない。


「二人に会いたいな」

「会いたいね」


 イーズの瞳から流れ落ちる涙を、ハルの指先がそっと拭った。

 イーズもモゾモゾと毛布の中から手を伸ばして、ハルの髪に触れる。

 横向きになって寝ていて額にかかった前髪を避けると、ハルがわずかに目を伏せた。

 眉間が少し寄っているのに気づき、イーズは小さく笑う。そしてツンツンと指先でハルのおでこの真ん中を突く。


「ハルも、我慢しないでいいのに」


 その言葉に、ハルは目を閉じて深く息を吐いた。

 目頭から一粒の雫が溢れて、そのまま横に流れていく。


「ははっ、俺も、ちょっと気が抜けた」

「うん」


 胸の奥が熱い。

 イーズがもう一度前髪に触れると、ハルの手が伸びてイーズの指に絡まる。

 温もりが二人の間を巡る。

 大きく息を吐いたあと、何も言わずに目を瞑ったハルに、イーズは手をクイっと引っ張って名前を呼んだ。


「ハル? 寝てます? 寝ると死にますよ?」

「いや、死なないし。てか、無事に帰れそうで良かったって、思って」

「まだ期待しすぎてもいけないですし、気も抜けないですけど」

「うん、そうだね」

「分かってます?」

「分かってる、分かってるって。いてっ、いててて」


 絡めた指を思いっきりゴリゴリと揉むように動かされて、ハルは悲鳴をあげる。

 思わず引こうとするハルの手は、これまた強いイーズの指の力に引き止められた。


「指力、強い」

「元バスケ部ですから」

「関係ある?」

「ありますよ。大きなボールをコントロールするのに指の力は重要です」

「へぇ」


 むぎゅむぎゅと手を握ったまま会話を続ける。

 緊張感のない、いつもの二人だ。

 イーズは口の中で小さく笑い、指の力を緩める。


「お願いがあるんですけど」

「うん? この時間からスナック菓子はダメだぞ? ニキビが出るぞ」

「違います。あの、今日だけでいいから、手を握っていてくれます? えっと、手が無理なら小指だけでも」


 そう言ってイーズはハルの右手の小指だけを掴む。

 ハルが思わず手を浮かせると、イーズの手がプランと小指に巻き付いて垂れ下がった。

 それを見てハルがプフッと息を漏らす。


「赤ん坊かよ」

「ばぶ?」

「やめて。なんか、めっちゃ背徳感が出る」

「変態ですね」

「ちゃうし。ほら、手でいいから。小指じゃなくってちゃんと繋ごう」


 そう言ってハルはイーズの手をしっかりと握り直す。

 先ほどのように正面から向き合ってではなく、横に並んで寝転んで互いの指を絡めあった。

 するりとハルの指がイーズの手の甲を撫でる。

 くすぐったさにイーズが笑うとハルも小さく笑った。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 山を去り、腐海を出たとしても、この温もりをイーズは忘れないと思った。

 そして欲を言うならば、ハルもそうであってほしいと願った。









 一週間後、山頂が見える場所まで二人は到達していた。

 その先に赤い影が見えて、立ち止まる。


「バドヴェレスだ」

「下見でしょうか」


 体のバランスを崩さないように、手を山肌に触れて空を見上げる。

 しばらく山頂上空を旋回していた火龍は、ゆっくりと高度を落として一度止まる。


『ふむ。少しばかり足りんな』


 頭の中で響いた声に、ハルとイーズは顔を見合わせて小さく笑う。

 息を詰め、緊張しながら見上げていたのに、なんとも気の抜けた声だった。


「やっぱり、下りられなさそう?」


 声を大きくしてハルは火龍に呼びかける。

 火龍は山頂から一度離れ、二人がいる場所の上空に移動してきた。


『あともう少しと言うところだな。だが商人の子が手配しておる箱ができればよいだろう』

「商人の子?」


 誰の事かと首をかしげると、火龍から思わぬ名前が返ってきた。


『オレニスとフィーダは呼んでおった』

「オレニス!? オレニスが来てるの!?」

『そうじゃ。我が降りられなかった場合に、嬰児(みどりご)が乗れるように箱を作っておったぞ。先ほど会った時は、我の足回りの太さなどを測っておった』

「うーわー、まじか。ってか、オレニスが腐海の外に来てるってことは、だいぶ町が大きくなったってことか」

「ファンダリアはどんな小さな町にも店を開きますからね。腐海が開発されるなら絶対にいそうです。でもわざわざオレニスさんが来るとは思いませんでしたね」


 頷きながら二人は再度火龍を見上げる。

 あの太い脚で、二人が乗る箱か籠かを掴んで移動するという計画なのだろう。

 なかなかにファンタジーな光景になりそうだ。


「やべ、ワクワクしてきた」

「楽しみですね」

『我が人を運ぶなどこの龍生で初めてだ。光栄に思うがよい』

「光栄の極みだね。もう、バドヴェレス、最高!」

「最高の龍ですよ! どんな勇者よりもかっこいいです!」

『そうだろう。そうだろう。それをフィーダにも言ってやるが良い』

「あ、また喧嘩したんだ?」

『しとらん』


 食い気味にバドヴェレスの声が返ってきて、思わずハルは噴き出す。

 イーズも岩肌から手を離さないように気を付けながら、肩を震わせた。


「何があったんです?」

『何もない』

「何もない感じじゃないけど」

『……フィーダが』

「うん」

『水の護りを受けておった』

「まもり? 何か魔法みたいなの?」

(いな)。水の奴が気に入ったものに渡す、守護の証を受け取っておった。我が! すでに! 護りを与えておるというのに!』


 空高くで口を大きく開けて吠える火龍に、ハルとイーズは顔を見合わせる。

 そして二人の視線は自然と、ハルの胸元のアミュレットに向けられた。


「水龍に、何かもらったんですね」

「ってか、嫉妬じゃん。フィーダを取り合って嫉妬してんじゃん」

「フィーダ、モッテモテ」


 喧嘩ではなかったらしいが、内容が龍にしては低レベルで笑えてしまう。

 いや、龍たちがハイレベルかと言えば、今までの言動を思い返して否定する。ハイレベルであったことなど一瞬たりとも無かった。


『そういえば、イーズの護りは失われておったの。今度また護りをやろう。

 良いな。水の奴からは受けるでないぞ?』

「えっと、はい、楽しみにしてます」


 イーズの返事に火龍は何度も頷く。独占欲が強すぎて、顔が引きつる。

 もしかしたら龍同士の対抗心というやつかもしれない。


『では、我は一度戻る。次は箱をもってこよう』

「了解。俺たちはあと一週間でさっきの場所にたどり着けると思うから」

『あい分かった。一週間後にあの場所に迎えに来よう』

「ありがとうございます! 本当に! ありがとう!」


 遠ざかっていく火龍に、手を振れない代わりに大きな声で礼を叫ぶ。こみ上げそうになる涙を、何度か深呼吸して追い払った。


「少し先で休もうか」

「はい」


 気を抜くのはまだ早い。

 山頂に近づくにつれて難所が多くなる。慎重にお互いの足取りを確認しながら移動を続ける。

 岩と岩が重なり合ってできた隙間に二人は体をねじ込み、小さく息を吐いた。


「あー、疲れた。早くフカフカのベッドで寝たい。風呂入りたい」

「ミートゥー」

「あと一週間の我慢だな」

「ですね。気が抜けちゃいそうなので、ビシッとしないと」

「気持ちは分かる」


 手元にカップを取り出し、小さくぶつけ合う。

 気が早いが、腐海脱出のお祝いだ。


「旅行を思い出す」

「ん?」


 湯気を立てるカップに口を付けたところで、ハルの呟きが耳に届き、イーズは首をかしげる。

 ハルは両手でカップを持ち、正面に広がる景色を見ながら目を細めた。


「旅行に行って、こんな厳しい登山じゃないけど、有名なお寺とかって山の上にあるから、ちょっと登ったりして。そういう場所とか観光地を回って、楽しんで、それで温泉も入ったりして。

 楽しいんだけど、家に帰った後に狭い風呂でリラックスして、旅行疲れした体をベッドに投げ出して、やっぱ家が一番って叫んでさ。そういうの、思い出すなって」

「ハルが、最初に言ってたやつですね。そうやって、安心する場所を作りたいって」

「うん。この世界に、そういう場所を作るんだって思ってた」


 ハルの言葉が過去形で、イーズはその横顔に視線を向ける。

 ゆっくりカップのお茶を飲んで、ハルは手元を見つめた後にイーズと目を合わせた。


「きっと、分かるよ。イーズも」


 いつも以上に、柔らかく紡がれたハルの声。

 イーズはじっとハルの眼を見つめた後、さっきハルがしていたように遠くを見つめる。


「家が温かいって感じたことがなかったんです。でも、今なら、分かりそうな気がするんです」

「うん」

「早く、会いたいなぁ」

「そうだな」


 二人そろって、温かなカップに口を付けて微かな笑みをこぼした。






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逃亡賢者(候補)のぶらり旅3 ~召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます~
コミカライズ1巻発売中!
― 新着の感想 ―
2-4. お届け物です 百メートルよりももっと上で 3-3. 火龍便 二人から程近い地面に荷物が下ろされた 1:百以上だから千メートルでも別に間違いではない。でも火龍便では地面に届いている。上空何…
[良い点] ハル&イーズの捜索を頼まれてから、バドヴェレスの『我は出来る龍なのだ!』アピールが面白い(笑) フィーダさんを名前で呼んで親密さを誇示してるのが、無自覚だと更に微笑ましい(笑) ……めん…
[一言] スタンバイ中のアクシデントさん「そう上手くはやらせねえよ?」
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