3-3. 火龍便
中継都市ヴェロヴォロフを出て一ヶ月。二人と一体と、まだ目覚めないままの一体は順調に旅を進めていた。
二月の大半が過ぎたが、森の中は相変わらずひんやりと寒く、まだまだ春は遠く感じる。
朝、目が覚めてイーズは布団の中で一度丸く縮こまり、そしてグイッと大きく伸びた。目を開けてベッド脇を見ると、ベッド代わりの籠の中でサトが小さく揺れる。
「はよ、サト」
「キョ」
そっとサトのつるりとした頭に触れて、挨拶と一緒に回復魔法をかける。ついでに、寝てる間もピッタリとサトの葉っぱの根元に埋まったままのモンクフルーツマンドラゴラにも。
一ヶ月で茶色だった実の大部分は灰がかったくすんだ緑に変わり、大きさも直径一センチから二センチまで成長している。鑑定ではまだ休眠状態だが、ハルもイーズもこの緑が実全体に広がったら自我が芽生えるのではないかと考えている。
「後もうちょっとかな。楽しみだね」
「ケキョ」
葉っぱを器用に動かして葉の根元にある実をやさしく撫でるサト。マンドラゴラの直感でこの実の状態が分かるのか、ここ二、三日サトの機嫌がとても良い。
このマンドラゴラの自我が芽生えたらどんな声を出すのか、目下ハルとイーズの間で候補が幾十通り出されている。「モンモン」と鳴いてほしいだなんて思っていない。ちょっと期待はしているけど。
「あよー」
ハルの声がして、イーズはサトの葉っぱとぴこぴこ指で戯れていたのをやめて顔を上げた。
「おはようございます」
「ケキョ」
「あよぅ」
もぞもぞと布団の中で「ぐおおおう、うごおお」と奇妙な声をあげながらハルは体を曲げ伸ばしする。これはハルの朝の儀式で、これで気合をチャージしているのだとか。何かを冥界から喚んでいるわけでは決してない。残念。
唸りをやめて数秒静止したかと思うと、ハルはバサリと布団を跳ね上げた。
「いよっと」
腹筋の力で勢いよく上半身を起こすハル。遅れてバサリと目元を覆った前髪を、うっとうしそうにかきあげる。
黒の森で二人の髪結い見習いを狂気に追いやってまで短髪にしたのに、一年経ってまた顔にかかるようになった。
あまりに文句を言うハルに、イーズが丸刈りにするか毛根を根絶やしにするかを提案したら、以降はすっかり大人しくなっている。そのうちハル自身で前髪くらいは切りそうだ。
朝はご飯と目が覚めるパンチの強い赤味噌、干物と茹で卵、それからナムル数種類。お昼は雨の日に開催した、おにぎりパーティーの残りを食べる予定だ。
干物を頭からバリバリと噛みながら、ハルは空を見上げる。
「バドヴェレス、マジにもうそろそろ来ないのかな?」
「前回メラには火龍がしばらく来てないことは伝えてあるので、大丈夫じゃないですか?」
「じゃなきゃ、フィーダがまたブチ切れそう」
「思いっきりバドヴェレスを馬鹿呼ばわりする姿が思い浮かびます」
二人の脳裏に、馬鹿呼ばわりされたバドヴェレスが地団駄を踏む姿まで浮かび、声にならない笑いを漏らす。
地図があるし、南に進めばいいので火龍と会わなければいけない訳ではない。だがちゃんと空から見て、大丈夫だと教えてもらいたくなる。
そうやって噂をしていたからか、もしくはフィーダの嫌味が届いたのか、まばらに木が生える草原を歩いていた二人の前方に、炎が天から降ってきた。
「うおおお、ビビった」
「地球滅亡のシーンです」
空の一部を一瞬赤く染め、異界の魔力に阻まれて縮んだ火の塊が地面に届く。白く煙をあげる場所から距離をとり、二人はなるべく高い木を探して登った。
「バドヴェレス、おひさー」
「久しぶりです!」
『うむ。久しいの。息災であったか?』
「うん、二人とも元気」
「サトも元気です。あと、休眠中のマンドラゴラを見つけましたよ」
『ふむ、相変わらずのようで何よりだ』
空中で翼をかすかに揺らして笑うバドヴェレス。赤い鱗がきらりと光る。
「だいぶ進んだんだと思うけど、どうかな?」
『そうさな。順調であろう。あともう少しで半分か』
「おー、半分。嬉しい。だけど、まだ半分」
「順調なのはいいですけどね。半分かぁ」
嬉しさと落胆で二人は大きなため息をつく。だいぶ進んだと思っていても、まだまだのようだ。
『だが、南からも道が延びてきておるで、最後は楽になろうよ』
「そっか。完全に森から出る前に、もしかしたらフィーダたちが会いにきてくれるかもってことか」
「おお! それは嬉しいですね!」
森を完全に出なければいけないと思っていたが、それよりも前に二人と合流できるかもしれない。期待に二人は手を叩いて喜ぶ。
『今日はの、お主らの友人という奴らから荷物があるのだ』
「え?」
「友人?」
突然のバドヴェレスの言葉に、ハルとイーズは顔を見合わせる。
確かに、火龍バドヴェレスが普段いる場所はタジェリア王国で知り合いはたくさんいる。だがまさか荷物が届くとは思ってもいなかった。
『我もの、すぐに出ようと思ったがの、奴らが荷物が全部揃うまで待てというのでな。決して、我が、忘れていたとか、日を数えていなかったとか、そういう訳でない。良いな? 我のせいではないのだぞ?』
「う、うん。そうだね。バドヴェレスのせいじゃないね。今度フィーダには言っておくよ」
『うむ。くれぐれも、忘れるでないぞ』
言い訳のように繰り返すバドヴェレスに、イーズは肩を震わせて笑う。これは、間違いなく忘れていた。
だが、タジェリアから荷物が届いたというのも事実だろう。
いつの間にか、空中にそこそこ大きな包みが現れ、スルスルと天から下ろされる。
『うむ。うーむ。うむ。良いな。今度は長さが足りそうだ』
「ありがとー。めっちゃ嬉しい」
「ありがとうございます!」
今回はちゃんと、二人から程近い地面に荷物が下ろされた。今はまだ木から降りられないので、後で回収することにする。
『ヴォルからも何か来ておったようだ』
「ヴォルってヴォルヘムさん? うわぁ、懐かしいなぁ!」
「そんなこと言われると、早く中を見たくなります」
火龍が寝ぐらにしているフウユヤで出会ったA級冒険者ヴォルヘム。風魔法と弓を使い、何よりも甘い物が好き。ソーリャブの休眠作戦も一緒に戦った、大切な冒険者仲間だ。
ソワソワと木の下にある荷物を見るイーズ。もしかしたら、他の知り合いの情報も入っているかもしれない。
「あ、そうだ。バドヴェレスに聞きたいことがあったんだ」
ハルは荷物から無理やり視線を空に戻して、火龍にずっと尋ねたかった質問をする。
「南に行くより、西に行った方が腐海からの脱出は早そうに見えるんだけど、違うの?」
『ふむ。それは空を飛べる我であれば容易いが、人の子では無理ではないか?』
「え? そうなの? 地図では何もないけど、何かあるの?」
ハルは手元に地図を取り出し、旧中央国の西側をもう一度確かめて首を捻った。
イーズも一緒に覗き込んだ後、首を傾げる。
『土龍のせいじゃな』
「え? 土龍? ラズルシードの?」
『そうさ。あやつもこの中に入ろうとしたのじゃろ。下から攻撃を加えたようだな。そのせいで、山が高く、谷は低く、水が流れ込んでおる』
「地形が変わっちゃったんだ。土龍のほうは怪我はなかったんです?」
水龍のつぶれてしまった顔半分を思い出しイーズは眉を寄せる。
それを聞いて火龍は大きく翼を揺らした。
『ないない。あやつは龍の中でも一番の慎重派。怪我などはしとらんだろう。今代の勇者の前には無策で出て傷つけられたようだがな」
「西に勇者と来てたっていうのは本当?」
『真よ。今もまだ腐海の端で見張っとる』
「そっか。それは良かった」
共闘している時点で問題はないと思うが、勇者と龍が良好な関係を築けているのは良いことだ。
地図をしまい、ハルは空を見上げる。
「それじゃ、俺たちは予定通り南下を続けるよ。旅の進め方もだいぶ慣れてきたし、バドヴェレスがつけてくれた印をたどれば問題ないと思う」
『そうか。だがまた春が来る頃には顔を出そう。堂々と空を飛び回れるのは爽快な気分になれるでな』
「俺たちも、話し相手がいると嬉しいから、来てくれるなら大歓迎するよ」
「荷物、ちゃんと受け取ったって伝えてくださいね。それから、ここから出たら絶対に連絡入れますって」
『ふむ。我はそんなに気安い存在ではないゆえ、ヴォル以外とはあまり話したりはせぬがの。良いじゃろう』
くいっと首を上に掲げて胸を張るバドヴェレス。
確かに水龍に対する六堤の態度はとても恭しかった。
火龍もフウユヤに行って依頼を受けた冒険者以外にとっては、それこそ伝説級の存在になっているのだろう。たとえ最近鱗が出回るようになって、その存在が確かにあるものとは理解できたとしても。
『それでは行くかの。さらばじゃ、嬰児たち』
「ありがと!」
「ありがとうございます!」
二人で大きく手を振り、離れていく火龍を見送ってから地面に降りる。
目指すはすぐそばに置かれた小包。以前フィーダとメラから届けられた物よりもはるかに大きい。逆にいったい何が入っているんだと訝しく思うほどの大きさだ。
荷物を広げやすいように、先ほど通ってきた草原傍に戻りさっそくロープや梱包を解いていく。
「げ。手紙の量多くない? ヴォルヘムさんと、あとこっちはエンチェスタのトゥエンさんとか生産者ギルドの人たち」
「うわー、私たちが腐海に飛ばされたのがエンチェスタの人たちにもバレたってことですか」
「だよね」
緩衝材代わりに入っているクッションや毛布などをしまい、その中に丁寧に詰められた品々を一つずつ出す。
幾つかはエンチェスタで作られている魔法具のようだ。使い方は後でじっくり読むことにする。
他にはなぜかスイーツのレシピ。これは確実に甘党のヴォルヘムからだろう。薬草の図鑑はもしかしたら、エンチェスタの生産者ギルドからかもしれない。いったい何を期待しているんだ。
「何か珍しいものを見つけてこい、という無言の圧を感じます」
「やっぱり?」
苦笑しながらもどんどん荷物を広げていく。今のハルの体型に合わせた剣も二振り入っていた。
「お、助かる。手入れの道具はあるけど、鍛冶屋でメンテできないし。そろそろ替え時だったんだよね」
「たぶんトゥエンさんかホウセンさんあたりですね」
「だな。こっちは何だろう」
金属の筒が入っていて、ハルとイーズはまじまじと見つめる。
端を止めていた蓋を開けると、中から太さの違う棒がいくつも滑り出てきた。
「釣り竿?」
「そう、見えるね」
「腐海で釣りをしろと?」
「まさかぁ」
二人で苦笑いしながら、筒の中に入っていた説明書をざっと通し読みする。手順に従って組み立て、もう一つ入っていたパーツを先端に取り付ける。
出来上がったのは三メートルほどの長い柄のついた――ハサミ。
「高枝ばさみ、ですね」
「だよね。これで高い所の物を採取しろってこと?」
「まさかぁ」
さっきのハルのセリフを真似して、イーズは笑う。
先ほどの書籍類といい、食料を入れられない代わりに、食料になる物を手に入れやすいようにという心遣いだろうか。
ちょっと方向がずれているように感じるが、ありがたくいただいておく。どのみち返品交換不可だ。
小包の中に入っていた手紙は一日で読める量ではないので、まずは優先してエンチェスタの“盾波”クランヘッドのトゥエンの手紙を開く。
「あ、なるほど。フィーダがエンチェスタに宛てて手紙を書いて、バドヴェレスが届けたからこんなに多いんだ」
「大騒ぎになってないか心配です」
「まぁ、なっただろうね」
どうやら火龍バドヴェレスは、前回フィーダに会いに行った時に手紙の配達を頼まれていたらしい。確かメラの手紙にそう書かれていたと思い出す。
あれほど自分は馬などではないと言っていたのにと、イーズは小さく笑いを漏らす。
こんな場所にいる自分たちが心配することではないが、それぞれが元気にしている様子を知ることができるのはとても嬉しい。
遠くの場所で自分たちを心配し、気遣ってくれる人たちがいることも、支えになる。
「ここを出たら、また会いに行きたいですね」
「そうだね。イーズが転移魔法を覚えたらサクッと会いに行けるんだけどね」
「あと数年はかかりそうですね」
「仕方がない。あ、でも、転移魔法覚えたら、腐海の中も戻ってこれるってこと?」
「うーん、どうなんでしょうね。フィーダも前言ってたように、感知スキルのマップがベースなので、転移先は地点じゃなくて、そこにいる魔力を持っている人が対象になるんだと思います」
「でも、感知できる対象なら何でもいいんじゃない?」
「つまり?」
「魔力を持っていない動物でも感知には映るじゃん。個別の認識は魔力がないと駄目だけどさ」
「ほーお、なるほど」
そう言いながらイーズはマップを表示させ、そこに映るかすかな赤や黄色の点を眺める。
腐海の中はほとんどが魔獣で動物はいない。赤の点はすべて魔獣だ。
そして黄色は魔植物であることが多い。
確かに感知できる対象が人だけではないのならば、転移先の目標にしても問題はないのかもしれない。
「ま、最初は知り合いを目標にした方がいいと思うけどね。フィーダとか、メラとか知ってる人に協力してもらってさ」
「確かにそうですね。転移中に体の半分忘れちゃったりとかも嫌ですし」
「そんな怖いこと想像しないでくれる!?」
ハルは叫んで、怯えたように自分の両腕をさする。
地中を探索することでイーズの闇魔法の熟練度は一気に上がってきている。
感知マップも、フィーダとメラが腐海に入る日はずっと共有するようにしている。
毎日の戦闘に支障が出ないようにしつつ、スキルをバランス良く成長させていけば、いつか転移魔法に手が届くだろう。
「手紙は少しずつ読んでいこっか。一気に読んじゃったら勿体ないし」
「そうですね。毎日の楽しみができました」
分厚い手紙の束を大切にマジックバッグにしまう。
日本にいた時でも、めったに受け取ることのなかった手書きの手紙。
こうやって異世界の全く知らない土地で受け取る手紙は、温かな心であふれていた。
おまけ
ハル「あの木の上の方についてる果物、高枝バサミで取ってみる?」
イーズ「いいですけど……」
ハル「どうした?」
イーズ「いいえ、やってみましょう」
――二十分後
ハル「長いとコントロールしにくいな。あと、先についてるハサミへの力が伝わりにくい」
イーズ「……ですね」
ハル「どした?」
イーズ「いいえ? 決して自分で登った方が早かったなんて思ってません」
ハル「全部言ってるし!!」
高枝バサミ封印。





