1-10. 道を示す者
読んでくださりありがとうございます。
第四部第一章 最終話となります。
明日のサイドストーリーの後、明後日からは第二章「賢者冒険編」となります。
引き続きよろしくお願いします。
遠くから見えた煌めきに、ハルは慌ててスマホをマジックバッグにしまう。
イーズはすぐに上空に向かって、テンポよく光球を打ち上げ始めた。
「まだイーズの感知マップ内じゃないってことは、あの距離は五キロ以上ってことだね」
「距離感が掴めませんね。気づいているんでしょうか」
いつまでも大きさが変わらないように見える赤い点に、イーズは首を傾げる。
ハルはマップを見つめ続け、そこに入り込んだ青い表示に声を上げた。
「良し!」
「やった!」
続いてイーズも歓声を上げる。
これで腐海をいつまでも彷徨うことは避けられる。
徐々に近づいてくる赤い点を待つこと数分。
ハルたちが腰掛ける木から程近い場所に、火龍がたどりついた。
『久しいの、嬰児よ』
「久しぶり! 会えて良かったぁ! めっちゃ嬉しい」
「お久しぶりです。来てくださってありがとうございます」
二人と一体は口々に挨拶を交わす。
二人の興奮した様子に、火龍は口を開けて笑った。
『とんだ災難じゃったの』
「もう、本当にそれ! バドヴェレスにも酷い目に遭わされたけど、あいつも相当だよ。現在進行形で酷い目にあってる!」
『我をあやつと一緒にするでない。あれは水のくせして氷より硬い頭をしとる。勇者がおったらなんでもダンジョンに連れて行こうとする奴じゃ』
「それ! まさにそれ! 俺はまだしも、イーズまで巻き込むし! 死にかけるし!」
「バドヴェレスが加護をくれてなかったら危なかったみたいです。ありがとうございました」
憤慨したハルの叫びが森に響く。バドヴェレスがそのあまりの怒りように笑うように翼をすぼめる。
イーズが座ったままペコリとお辞儀をすると、火龍がフワリともう一度翼を広げて揺らした。
『そなたが我の翼を治した対価じゃ。それに、翼が治っておらねば、我が今日ここにたどり着くこともなかったであろう。そなたの行いが、そなたを助けただけのこと』
「情けは人の為ならずってやつだね」
「そうですね」
「分かってないっぽいな」
「ですね」
ハルの言葉に適当に頷くイーズ。
ペシリとその後頭部を叩き、ハルは本題に入る。
「んで、さっき飛んできた方がタジェリアとの国境?」
『うむ。そうさな。最後に会った場所からそう遠くない所で魔獣を狩っておった』
「おー、ありがとう。楽しめた?」
『そこそこにはな』
フンッと鼻息を飛ばして、火龍は胸を張る。
やはり龍は戦闘狂揃いのようだ。
「んで、俺たちってまだ最奥に近いとこにいる感じ?」
『それよりか少しは南に来ておるようだぞ』
「まじ? あー、ちょっと安心」
「フィーダのいる方向は分かります?」
『問題ない』
大きく頷く火龍に、ハルとイーズは両手でハイタッチを交わす。
どちらの方向へ行けばいいか分かれば、少なくともいつか腐海から脱出が叶うだろう。
ハルはマジックバッグから紙とペンを取り出して、火龍を見上げる。
「今いる位置からどっちに向かえばいい?」
『お主らから見てやや右寄りじゃの』
「その方向に、大きな川や湖、山脈は?」
『いくつか川はあるが問題ではないだろう。山は一つそこそこ高いのがある』
「山か。ま、仕方がない」
ため息をつきつつ、ハルはタブレットで右手側の景色を写真に収める。
東西南北どこを見ても同じ風景に、後で見ても違いは分からないだろうなと肩を落とした。
『ふむ。ちょっと待て』
そう言って火龍は一気にその場から飛び去り、あっという間に赤い点となった。
ハルとイーズは顔を見合わせて火龍が何をしようとしているか見守る。
その時、火龍が高度をどんどん上げ、そして上空から巨大な炎を吐き出した。
「ええええおおおお!?」
「うひゃあああああ!」
赤く燃え上がる森に、二人は木の上でバランスをとりながら体を震わせる。
遥か視界の先で上がった火は、この場所には全く影響はない。火は大きく燃え広がらなかったのか、森の奥で白い煙が見えるだけだ。
火龍は満足したのか、しばらくしたら先ほどの場所に戻ってきた。
『印をつけておいた。人の子の足であれば、あの距離は五日ほどかかるであろう。もっと先でも良かったが、今回は分かりやすいようにな』
「あ、印ね。そういうこと。豪快すぎるけど、分かりやすくはあるか」
「森林大破壊ですけど、また人が入る頃には再生してますよね」
イーズは遠い目で煙を見つめながら呟く。
しかし火龍はどこか不満げに白い煙が登る場所を見て、バサリと両翼を揺らす。
『やはり、異界の魔力にあたると威力が落ちるの。全くもってふがいない。
よいか、我の炎はあの程度ではないからな。本来ならば山でさえ焼き尽くす業火じゃ』
「焼き尽くそうとしないでよ」
「こんなのと戦ったフウヤが、どれだけ変態だったか改めて分かりました」
狐よりも細い目で、ブスブスと白い煙を上げる方向を見つめる二人。
そのうちにあの煙すら消えてしまうだろうが、こうやって高い木に登れば焼け跡ならば見つけられるだろう。
『ふむ。そうさな。今日のところは、半分くらいは印をつけておいてやろう。一年の半分くらいであれば残っておろう』
「ん? んん? ちょっと、待って?」
「何か、不穏な言葉が聞こえた気がしました」
イーズは目をつむり、両人差し指をこめかみにぐりぐりと当てて首をかしげる。
ハルも張り手のように空中に手を突き出して、目をつむった。眉間に深い渓谷が出現している。
『どうかしたのか?』
「半分の距離の印をつけるって言ってた?」
『そうさな』
「それを進むのに大体半年かかるって?」
『人の子の歩みは分からぬが、恐らく。おぬしらも休みなしに歩き続けるわけではあるまい?』
「まぁ、途中で休憩したりとかもあるし、遠回りもあるだろうし……えええええええ、もう、えええええ」
「言葉がでないですねえ。半年で、半分……冬越えは確定ですね」
声にならない声を出しながら、ハルは両手で頭をかきむしる。
イーズはそっと彼の体を影魔法で支えながら、虚空に向けてため息をついた。
明日から、一日のほとんどを移動に費やすのは決まっていた。
無理するつもりは毛頭なかったが、それでも早く帰りたいと思っていた。
だが脱出に一年かかると言われた今、イーズはやる気が翼を得て空に羽ばたいていく幻影を見た気がした。
火龍はハルとイーズが無事だったこと、ルートの目印を付けたこと、そして脱出におよそ一年かかることをアドガン共和国とタジェリア王国の国境に戻ったら報告してくれるらしい。
報告は六堤が取りまとめてくれているそうだ。
「たぶん大丈夫だとは思うけど、もし食料とか物資が足りなくなったら言うよ」
「捌けない魔獣の死骸ならいっぱいあるんですけどね」
『お主ら、人を馬のように使うな。我は箱を引く気はないぞ』
「ははっ、分かってる。来てくれただけでも嬉しい」
どんな不思議魔力か、翼を動かすことなく上空の一か所にとどまり続ける火龍。
人の目では魔力の境目などは分からないが、あの足元までは異界の魔力の影響があるのだろう。
「またゆっくり、今回どんな活躍したかを聞かせてくださいね」
空に煌めく赤い龍の姿を見ながら言うイーズ。
あの冷たくて温かい鱗に触れられないのはとても残念だ。
「あれから仲間が一人増えたんだ。メラルシカっていう女の人。フィーダといい感じなんだよ」
『ふむ。フィーダにの。からかいに行きたいが、あっちには水龍がおるか。つまらん』
「ふふっ、いつかメラルシカさんにも会ってくださいね。その頃にはお嫁さんになってるかも」
イーズの言葉に火龍はふんと鼻息を飛ばす。
名残惜しいが、いつまでも火龍をこの場にとどめておくことはできない。
バドヴェレスはこれから一度南下して目印をつけ、そして北上しなくてはいけない。
自分たちも、脱出したいのなら足を動かすのみだ。
「今日はありがと。まだお世話になるけどよろしく」
「火を噴く時、下に美味しそうな果物とかあったら焼かないでくださいね」
『……嬰児は難しいことを言う。まぁ、気を付けるが絶対ではないぞ』
「仕方ありません」
どこか偉そうな態度になったイーズに、ハルは肩を震わせる。
肉が獲れないならば果実を採ればいいじゃない。そんな声がイーズの後頭部から漏れ出ている気がする。
『では、行く。勇者であれば魔獣に後れはとらぬと思うが、十分に気を付けろ。また来る』
「うん。ありがと!」
「ありがとうございます!」
木の枝に座ったまま二人は大きく手を振る。話を大人しく聞いていたサトもバサバサと葉っぱを振った。
遠ざかっていく赤い点をしばらく眺め、二人はよしっと気合を入れる。
時間をかけて地面におり、とりあえずは休憩のためにそのまま木の根に腰を下ろした。
手元にナッツを出してボリボリとかじり始める。木の下でこんなのを食べているとリスになった気分だ。
「しょっくだわー」
「まぁ、大国を歩いて縦断しようとしてるようなものですもんね」
「でも最奥よりは南って言ってたよね。火龍の計算が間違ってるんじゃない?」
「確かにその可能性はありますね。んー、最奥の位置が思ったより北だったとか?」
「あー、そっか。中央じゃなくって最奥か。一級ダンジョンがあった位置ってことかぁ」
ガリっとナッツをかみ砕き、ハルは少し咽る。
二人はしばらくぼおっと木々の間から見える空を眺めて現実逃避をした後、重い腰を持ち上げた。
土に潜らずイーズの膝の上で揺れていたサトがぎゅっとイーズの腕につかまった。
「帰る方向も、脱出するルートの見つけ方も分かった。あとは足を動かすだけ!」
「数日に一回は木に登ってルート確認ですね。サルになれそうです」
「上からの景色も都度写真に撮っておこう。俺たちの生命線だから、目印が消えても進められるようにしないと」
やらなければいけないことを整理し、二人は体をほぐす。
「食料も寝床も風呂もトイレもある。ばっちりじゃん」
「異世界トレッキングですね」
「道なき道を行く旅のな。これからは二人と一体だ。改めて、よろしく」
そう言ってハルが手を前に差し出した。
これまでとは少し違う新しい旅。
イーズも右手を差し出し、ハルの手に添える。
ぎゅっと強く握り、だいぶ上になったハルの顔を見上げた。
「これからも、よろしくお願いします」
「ケキョー!」
サトがイーズの腕の中で高い声を上げた。
勇ましいその声に二人の口から笑い声が漏れた。
火龍は魔力ではなく純粋な火を吐いているので、衝撃は発生しません。ただ魔力の層は違うので威力が落ちます。
水と空気で抵抗が違うみたいな感じと思って貰えば良いです。
ちなみに「勇者がおったらダンジョンに連れて行こうとする」は、ハルとイーズのことだけでなく、黒の森に何人もの勇者を連れて行ったことも揶揄しています。分かりにくくて申し訳ありません。
第四部第一章が終わりました。
水龍と腐海、そして腐海の国の調査への流れはずっと思い描いていた場面で、やっとお届けできて嬉しいです。
離れて過ごすことで、ちょっとずつ恋愛方向にも進展が……ある、はず……おっさん、はよ、なんとかせい。
では、引き続きお楽しみください。
BPUG





