9-11. 順番をお守りください。
言葉を紡ぐ時、自分の魔力を乗せる。
いつも近くにいるのに、こうやって話すのはほんの少しだけ気恥ずかしい。
(こちらイーズ、先頭到着。今いる魔獣の討伐を優先して進めてもらってます。ワイバーンの場所は?)
(助かった。お疲れ様。ワイバーンは先頭集団から見て左方向、三頭。二十分後には接敵)
(ありがとうございます。準備進めます)
会話を終え、ブラッドベアを倒し終えたゲディラに近づく。
赤髪の彼は小さく手を挙げ、まずはイーズを心配する言葉を出した。
「一人でこんなとこまで来て無茶をする。怪我はないか?」
「大丈夫です。ああ、ゲディラさんたちのほうがお疲れですね。治癒、と、回復」
ゲディラを含めた六人パーティーは、深手は負っていなかったが至る所に細かい傷ができていた。治癒と併せてこれからの戦闘のために回復を行う。
「ワイバーンが左手から二十分ほどで三頭来ます。どうされますか?」
先ほどフィーダから届いた情報を告げ、高い位置にあるゲディラの顔を見上げる。
一瞬ゲディラの顎に力が入ったのが見えた。
「ワイバーンを誘い込もう。魔獣の死骸を一か所に集める。まだ焼却前のクズ魔獣があるはずだ。
ウォンウェイ、他の冒険者に情報を伝えてきてくれ」
(イーズ、その位置からまっすぐ三百メートルの所が迎え撃つのにはいいかもしれん。確認を取ってくれ)
(はい)
「あの、フィーダがここから三百メートル先くらいが、ワイバーンを誘い込むのにいいんじゃないかって言ってました」
「そんなことまで見えるのか。すごいな。よし、ロイ、ちょっと見てきてくれ」
「まじかよ。行ってくるけどさぁ」
指名されたロイという冒険者は渋々走りだした。
イーズは見渡して、この辺りには六堤がいないことに気づいた。
「六堤の皆さんは?」
「あっちはもう少し西側で戦ってるはずだ。ワイバーンがそっちに行く可能性は?」
「西側だとワイバーンの飛行経路にはかぶらないと思います」
「だよな。分かった。三頭か……厳しいな」
「一頭ずつだったら?」
「あ?」
「三頭が一気に来るから大変なんですよね。一頭ずつならいけます?」
「まぁ、そうかも?」
「ちょっと待ってください」
一旦話を止めて、イーズはハルに呼びかける。
(はーい、ハルさんや、ワイバーンを三頭じゃなくって一頭ずつ来させるって何か案があります?)
(へい、イーズさんや。んー、翼を氷でぶち抜いて、ばらばらに落とすとか。イーズの目つぶしと浄化で弱らせてから落とすとか。とりあえず、全部弱らせて落としてからフルボッコでいいんじゃない?)
(乱暴ですけど、それがいいですかね)
(イーズ、俺たちもあと五分ほどで着く。それから、弓使いがいたら一か所にまとめて攻撃させるのもいいかもしれん)
(はーい、伝えておきます)
会話を終え、ゲディラに向き直る。
周りにはいつの間にか戦闘を終えた冒険者たちが集まって イーズを興味津々な目で見下ろしている。見下ろしている!
屈辱に唇をかみしめながら、イーズは引きつった顔でゲディラにいくつかの提案を伝えた。
「ハルと私の魔法で叩き落としてそれを順番にフルボッコ案と、あとは弓や遠距離のスキル持ちを一ヶ所にまとめて墜落させてフルボッコってのでどうでしょう?」
「どっちにしてもフルボッコかよ。まず一頭は餌で釣れる。その後の二頭をそれで行くか。そっちで一頭は行けるか?」
「一頭は確実に対処できます。こっちの戦力によっては二頭目にも参加します」
「分かった。ロイの行った場所に、今死骸が入ったマジックバッグを持っている奴らを向かわせた。
この付近に残った魔獣はノートンが残って指揮を執る。さ、俺たちも移動するぞ」
「了解です。フィーダたちもあと五分ほどで追いつきます」
「了解」
ぞろぞろと移動を始める集団の最後尾で、一度後ろを振り返ってイーズは進みだす。
そんなイーズの前にいた冒険者が振り返り、声を掛けてきた。
「ハルってやつの妹?」
「はい」
「兄ちゃん来るの?」
「もうすぐ来ます」
「魔法見れる?」
期待するようにワクワクした視線を向けられ、イーズは小さく笑う。
「はい。ワイバーンを落とす時に使うと思います」
「おお、楽しみだな!」
「ワイバーン三頭来てるのに、楽しみなんです?」
「そこは、別! まぁ、なんとかなるなる。俺はできる範囲で頑張るさ」
あっけらかんと返され、イーズも体から力を抜く。
イーズの仕事は情報を届けること。ここから先は戦闘を指揮するゲディラの役目だ。
あとはフィーダ、ハル、メラと合流して、割り当てられた分のワイバーンを撃ち落とせばいい。
「ありがとうございます」
「ん? 何が?」
「いえ、ちょっと気が楽になったので」
「お、おう!」
イーズは少し恥ずかし気に笑って冒険者を見上げる。
冒険者はびくりと体を揺らし、慌ててイーズに向かって返事をした。
その後もハルの魔法エピソードで盛り上がる二人。結局イーズは彼のことを「ハルの大ファン」と結論づけた。
しかし一方の冒険者は後日、「何の話題を振っても兄貴の話になって、本人情報を聞き出せなかった」と嘆いたと言う。
その後数分で冒険者たちはワイバーンを迎え撃つ場所に辿り着いた。
窪んだ場所には、すでに魔獣の死骸が積み上げられている。
冒険者はそこから数十メートル離れた大岩の陰に集まるようだ。
ゴロゴロと転がる岩の後ろに、三十人近い大柄な冒険者たち。なかなかな密集具合。
冬のサル団子とはこんな感じなのだろうか。もしくはゴリラ団子。激しく不味そうだ。
「あ、フィーダ」
ずっと目で追っていたマップ上にあるフィーダたちの青い点が近くなり、ついにイーズも視界にその姿が入る。
高く手を挙げてイーズが自分の場所を知らせれば、三人の手が振り返された。
「お疲れ。よくやったな」
「準備が整って良かったです。さて回復っと」
「ありがと」
「私までありがとね」
「一緒にやっちゃえば早いですから」
全員をまるっと回復させて、イーズは集まっている冒険者の方を指さす。
そちらを見てハルはゲッと顔をしかめた。
「あの密集地帯には入りたくねえな」
「分かります」
「イーズは押しつぶされそうね」
「……行くしかねえか」
リーダーと話し合わないといけないフィーダは、ため息をつきながらもゲディラの下へと進む。
「ゲディラ、フィーダだ。準備を整えてくれて感謝する」
「フィーダ、こっちこそ情報に感謝する。奴らは?」
「あと十分もない。遠見のスキル持ちなら見えるだろう」
「そうか……確か誰かいたな」
そう呟いて、ゲディラは一人の冒険者を手招く。
呼ばれた人物が近くに来てから、ゲディラはフィーダにワイバーンの場所を尋ねる。
「フィーダ、奴らの方角は?」
「ここから直線だ」
大岩から南をまっすぐに指さすフィーダ。
遠見スキル持ちの冒険者は、目をすがめてその方向を確かめた。
「……確かに、三頭の影が見える。この距離であの速さなら十分もないと思う」
「確認ありがとう。イーズの話だと一頭はそっちが落としてくれるって?」
「ああ、それはできる」
「餌で一頭を釣るとして、戦う場所がないな」
ゲディラは目の前の窪みを見てぼやく。
確かに、ここにはワイバーンが三頭降りた上に、冒険者三十人が戦闘を行う広さなどない。
「一頭が終わったら、次っていう風には無理です?」
「それ見たら、二頭目以降は逃げるんじゃない?」
「縛って転がせておければいいのにね」
「ん?」
メラの言葉に、ハルは首を傾げる。
「どういう意味?」
「え? だから、一頭目を倒し終わるまで、どこかに縛って転がせておければいいのになって」
「なるほど……」
ハルは顎に手を当てて何かしらを考え始めた。
その横で、メラとイーズは目を見合わせて小さく笑う。
その時、ゲディラと話し合いを続けているフィーダから一瞬訝しげな眼差しが向けられた。イーズはフィーダに向かって、わざとらしく難しい顔を作り、伸ばした指先で頭をトントンする仕草をしてみせる。
それを見てフィーダは息を吐き、手を顔の横に立ててゲディラを一度止めた。
しばらく経ってから、ハルは一人で「うん」と頷いて顔を上げた。
イーズは口の中でハッカ飴をコロコロと転がしながら首を傾げる。
「何か思いつきました?」
「うん。大魔法使いハル様だったらやってもおかしくない技かなって」
「また厨二病の症状が悪化しましたね」
「ちゃうわ。俺の心のお師匠様はな、ワイバーンを倒すのに氷の槍で翼を貫いて地面に縫い止めたんだ」
「ハルのお師匠様? すごく強いのね!」
感動するメラの横で、イーズの目が極限まで細くなる。
この世界に来てそんな存在ができたことはない。いたとしたらそれこそ心の中、もしくは妄想の中だ。
恐らく、心のバイブルの中に存在しているのだろう。
「お師匠様は水魔法の天才だからな。んで、それをやってもいいんだけど、残念ながら俺の魔法じゃ、飛んでるワイバーンを地上に落とした上で地面に縫い止めることはできない」
拳を固く握り、口を悔しげに引き結ぶハル。何やらハル・オン・ステージが始まった。
それでも彼の言いたいことは分かる。
イーズは頷いて、彼の計画の続きを促す。
「それに、地面に縫い止めても一頭ずつ倒さないと場所がないだろ?」
「そうね。そこが一番問題なのよねぇ」
真剣にハルの話を聞いていたメラが相槌を打つ。
そんな彼女の目の前にハルの人差し指がピシッと向けられた。
「その通り。だから上空に縛り付けておけばいいと思って」
「はい?」
「えっと、どういう意味?」
イーズとメラが同時に首を傾げる。
「ほら、イーズと一緒にドロップ回収する時さ、竜巻作ってその中にドロップを入れるじゃん。あれと同じことすればいいかなって」
「えーっと、竜巻の中にワイバーンを閉じ込めておくってことです?」
「ビンゴ!」
「わー、あたったー、うれしー」
ハルの手が拳銃のようになり、正解を出したイーズを撃ち抜く。
イーズは感情のこもらない感激の声を上げた。
だが追加の案を思いつき、ハルを小さく手招きする。わずかに屈んで耳を寄せるハルに、イーズは口の横に手を当てて内緒話のフリをする。
「あのですね、一頭ずつ小さめの竜巻にしたら順番にできると思います。あと、竜巻の中にいる間、光魔法と闇魔法で弱体化させれば決着もつけやすくなるかと」
「ふむ、イーズ君」
「なんでしょう、大魔法使いハル様」
「君を私の参謀に指名しよう」
「謹んでお断りいたします」
「断らりた」
「ぶふっ」
二人のやりとりを聞いていたメラの口から空気の塊が噴き出す。
何はともあれ、対ワイバーン戦の戦略は決まった。
――大魔法使いハルの伝説はここから始まった。
「なんて記録が残ったりして」
「あれは大魔法使いって柄じゃないだろ」
「え? じゃぁ、フィーダならなんてつけます?」
「……暗躍賢者ってとこか?」
「あ、いいですね。それとも暗黒賢者ってどうです?」
「二人とも、その響きって悪いイメージがついちゃうわよ?」
「だから合ってるんだろ」
「そうです。だから合ってるんですよ」
「うーん、そう言われると合ってる気がしてきたわ」
「メラ、納得しないでくれるかなぁ!? それに、本人の目の前でそういう会話はどうかと思うよ!!」
意気揚々とワイバーンを迎え撃とうとしていたハルが、声を潜めようともしない三人の会話に涙目で叫ぶ。
ワイバーンとの戦闘開始まで――残り五分。
ハルの心のお師匠様……あのラノベの方です。ほら、水魔法のね……





