9-8. お届け物
それまでだらりと体を斜めにして、背もたれに肘をかけていたアマリカ少佐。
本題に入るにあたり軍人らしい、鉄パイプでも背中に入っているんではないかと言うくらいに、ピンと背筋を伸ばして座りなおした。
「この度、六堤がこの南部に来たのは、ファンダリアがもたらした情報による。
水龍の継承が確実になったことにより、魔獣の異変の理由がすぐに判明した。そして小型魔獣の移動だけで事態は終わらぬことも。
ここマファスージに我々が来て、準備を万全に整えて事に当たれるのは、ひとえにファンダリアと君たちのおかげだ。
この国の者として代表と言うにはおこがましいが、その一人として礼を言う。この度の協力、心から感謝する」
少佐はそう言い、両膝に手を当てて頭を下げた。
フィーダが口を開いてそれに返事をしようとしたその時、アマリカはガバリと顔を上げて「よし!」と叫んだ。
四人がポカンとしている間に、アマリカはさっさと話を進める。
「それじゃあ、本題だ。さっさとジェシカ中佐からの預かり物を渡さなくては、私の評価が下がってしまう」
先ほどまでの神妙な顔つきはどこへ行ったのか。
顔中を笑みに変えて、うきうきと傍に置いたカバンから書類を出し始めた。
「いやぁ、ジェシカ中佐直々にお呼び出しがかかった時には、心臓がつぶれるかと思ったよ。しかも、あの方と狭い部屋で二人きりの会話! 別の意味で心臓つぶれそうになったね。私の命もここまでかと。
この任務、興味はなかったけどあんたたちには本気で感謝だ。あー、早く終わらせて報告に戻りたい。ジェシカ中佐、褒めてくれるかなぁ」
取り出した紙の表面を何度も指先で撫でるアマリカ。
ハルとイーズは首を横に向けて互いを見た。
――この人、やばい人だ。
視線だけで会話し、もう一度彼女を見る。
日に焼けた顔からは気づきにくいが、口の端に歪な笑みを浮かべている姿は気味が悪い。
フィーダとメラも、アマリカ少佐の豹変ぶりに顔から表情が消えてしまっている。
仕方なく、ハルは書類を抱きしめて匂いを嗅ぎ出しそうな彼女に声を掛けた。
「それをジェシカ中佐から預かってこられたんですか? 内容は?」
「ん? ああ、そちらから要請があった内容を取りまとめたものらしい。下っ端がしばらく書庫にこもってひっかきまわしてたぞ。
主な内容は二種類。六堤に残っていた水龍に関する記録と、ハグレに関する情報だ」
アマリカは書類の束を順番に指し、その中身を簡単に説明する。
ハルが視線で手に取ってもよいかと確認すれば、彼女は鷹揚に手を振ってみせた。
「ありがとうございます」
そう言ってハルが手に取ったのは、ハグレに関しての情報。
今までずっと追ってきた水龍の情報を優先しなかったことに、イーズは違和感を覚える。
早速中身をパラパラとめくり出したハルが、視線を上げずに少佐に問う。
「――アマリカ少佐は、ハグレと戦ったことは?」
「あるさ」
「この情報に目を通されました?」
「ああ」
「どう、感じられました?」
欲しいものが見つかったのか、ハルは一点を見つめたまま質問を続ける。
アマリカ少佐は伸ばしていた背筋をまたダルっとソファに預け、ため息とともに言葉を吐き出した。
「六堤は六堤のままではいられないだろう。今のままでは、崩壊する」
紡ぎ出された言葉に、イーズは固まる。
この国の中で一番の戦力を持つ六堤が崩壊するとは、どうして?
それが起こるとしたら、原因は腐海にしかない。
それに気づいたのは、イーズだけではなかった。
「ハル、その情報の中身を説明しろ」
フィーダはすぐにハルに指示を出す。
彼にしては強く、固い声。
ハルは書類から顔を上げて、順番にこの場にいる一人一人を見つめる。
最後に、イーズと視線が重なった。
「腐海からハグレが出る頻度、そしてその強さが変化している。人間にとって悪い方向に」
「頻繁にハグレが出ていて、それが強くなっている。そういう事だな?」
ハルの言葉をフィーダは即座に理解し、確認を取る。
「うん」
「それは、腐海の中で何かが変化しているということか?」
「うーん、そうと言えばそうなんだけど、以前からあったものが顕著になって来たって感じかな」
ハルの表現に、フィーダは眉を寄せた。
チラリとアマリカ少佐を見れば、彼女もハルが言いたいことが分からないのか怪訝な顔をしている。
「イーズ、腐海ができた後、そこにあったダンジョンはどうなったか覚えてる?」
「ダンジョン? ダンジョンは……」
イーズは思い出す。
女神が言っていた言葉を。
ダンジョンの崩壊後、それはどうなったか。
「ダンジョンのエネルギー供給は止まった」
今も大陸の各地で稼働しているダンジョンは、異界からエネルギーを受け取っている。
だが腐海のダンジョンは、あの災禍が起こった後に女神がエネルギー供給を止めるように異界の神に頼んだ。だから、あとはダンジョン内に残されたエネルギーが自然と無くなっていくのを待つだけだと。
「そう。あのダンジョンはもう死んでいる。人には見えないけれど」
初めて聞く情報に、アマリカ少佐は訝し気な視線をハルに向ける。
それを気にすることなく、ハルは話を続けた。
「例えば、人間が生きるのに水や空気が必要なように、ダンジョンに棲む魔獣にだって必要なものがある。ダンジョンから供給される魔力エネルギー。それが、いつか枯渇すると分かったら?」
「え? まさか、中で奪い合ってる?」
すぐに、イーズはハルが何を考えているかに気づく。
「奪い合う? エネルギーを? いや、殺し合いか!」
フィーダも、イーズの言葉から答えを導き出した。
連鎖するようにアマリカ少佐とメラも両目を見開いた。
「そう。徐々にエネルギーが減る。新たなエネルギーは生まれない。
それならば、消費する者――自分以外の魔獣を減らせばいい」
トントンとハルの人差し指が紙を叩く。
ハグレの数が増えている。そしてはぐれ出る魔獣の強さが増している。
「恐らく本能で動いているとは思う。でも、腐海の中には戦いに勝った者だけが残る。
そして、負けた魔獣は居場所を失い、腐海からハグレ出るんだ」
アマリカ少佐はこのまま数字が増加すれば、六堤が崩壊すると言っていた。その原因を知らなくとも、このまま数字が止まるとは思っていなかったのだろう。
すぐそばで腐海を見続けてきたからこそ、直感が働いたのか。
「それが続けば、腐海は強者だけが残るという事か?」
フィーダの問いに、ハルは頷きだけで返す。
それを見てフィーダは天井を仰ぎ見た。
何を探すわけでもない。そこに女神の姿があるわけでもない。
それでも、天を仰がずにいられない。
「一級ダンジョンの最奥級の魔獣だけがゴロゴロと残るってわけか。人間にとっちゃ脅威だな」
「――そして、いつか、そいつらもハグレとなる」
低く、絶望を含んだアマリカの声。
今でさえも、ハグレが出れば六堤は無傷でいられない。
それほど、かつての一級ダンジョンに棲む魔獣は強いのだ。それが、弱者などとは思えないほど。
「希望は、ある」
小さく紡がれたハルの声。
手が、もう一方の紙束に伸びた。
そこにあるのは、水龍に関する記述。
「希望は、まだあるんだ」
繰り返された言葉。
確信なのか、願いなのか。
イーズは唇を引き結び、両手を硬く握りしめた。
最初の討伐拠点は、マファスージから一日半の場所に置かれる。
そこから、まずは先発隊が小型魔獣の討伐をしながら二日ほど西に移動。
小型魔獣の討伐があらかた済んだら拠点の場所を更に進め、そこから攻撃隊が出発となる。
段階的に西へ進み、四日後には攻撃隊と大型魔獣の先端がぶつかる予定だ。
「拠点の移動の荷物運びと、拠点の設置、食料の配分、負傷者の手当てとあとは素材回収班の手伝い。ゆっくりしている暇はなさそうだな」
「解体場所は土魔法使いが拠点から離れた場所に作るから問題ないって。救護班と離さないといけないからね。
メラは配給の方で料理の手伝いがあるのと、イーズも最初は救護はそんなにいらないだろうからそっちで」
「はーい。大人数の料理よ! イーズ、頑張ろうね」
「はい! 頑張って野菜刻みます!」
「間違っても肉を盗み食いすんなよ」
「しませんよ! まぁ、焦がしちゃったら自分で責任もって食べますけど」
「目が泳いでるし!」
フィーダの注意に、イーズの目が小蠅よりもせわしなくウロウロとさまよう。
ハルはふはっと吹き出しながら、編成の紙を確認して共有漏れが無いかチェックする。
明日の朝には西門から出発する。
馬を所有している冒険者は思ったよりも少なく、ギルド側からは餌の補助をするから出してくれと言われた。そのため今回はヒロとタケも立派な討伐隊メンバーだ。
箱型馬車には、ギルドから頼まれた荷物をすでに一部保管してある。一部と言うのは、見えるところのもの以外はほとんどマジックバッグの中だからだ。
この都市を拠点とする冒険者は、普段の移動には貸し馬を使う。そういった馬も、マファスージの議会からの補助金で今回の討伐隊に借り出される。
街のあらゆる所で討伐に向けた会議や調整が進んでいた。
明日からの忙しい日々に備えて、今日は早く寝ようなんて言っていたその時。
イーズはこの部屋に向かってくる人物に気づき、顔を上げた。部屋に隠密をかけてあるが、サトにジェスチャーで隠れているように伝えた。
「女将さんが来るみたいです」
「こんな時間に?」
訝しげにしながら、ハルは自分が出ると言って立ち上がった。そのタイミングで、部屋のドアがノックされる。
「メラさーん、あんたにお客だよー」
扉の向こうからかけられた声に、メラは自分を指差して首を傾げる。
この町に知り合いは多くない。誰だろうか。
そんな彼女の横で、イーズは感知に入っている人物の存在に気づいた。
「あ! ハチさんみたいですね」
「え? あ、あの! 今行きます!」
慌てて立ち上がってドアに向かうメラに、三人もついていくことにした。
ハチであれば、全員知り合いだ。彼であればゾロゾロとついていっても、何も文句は言わないだろう。
「なんだ。ゴブリンのクソみたいに連れ立って」
四人を見た途端、文句を言われた。
しかもなぜかゴブリン。金魚はいないのか。もしくは金魚のフンを優雅に観察する趣味はないのか。いや、フンの鑑賞は優雅な趣味ではないけれど。
「こんばんは。ハチさんだと聞いて、みんなで来ちゃいました。今日はどうされたんですか?」
困った笑顔を浮かべながら、メラはハチに尋ねる。
他の三人の視線は、横のカウンターに置かれたものに注がれていた。
近づかなくとも、中を見なくとも、分かる。
宿の一階に漂い始めている濃厚な香り――タコ焼きソースだ。
「ふん。特に用はねえがよ」
絶対にタコ焼きを届けに来たとしか思えないのに、ハチは鼻を鳴らして面倒臭そうに言う。
「街で、あんたとこの、坊主の名前を聞いた。あんたらが討伐に出るってよ。本当か?」
「え? そうです。そんな噂になってるんですね」
ハルの名前から、メラも討伐に参加することを知ったのか。納得しつつ、ハチの次の言葉を待つ。
「料理人がそんなとこに行くなんて、馬鹿なことはやめとけと言っても、あんたみたいなのは行くんだろな」
「そうですね。仲間がいるので、一緒に行きたいです」
「ふん」
ハチは鼻を鳴らした後、スンっと啜る。
視線を今は誰もいない食堂に向け、そしてため息とも自嘲とも分からない息を吐いた。
「俺の馬鹿息子は十年間自由に冒険したら家を継ぐと言って、馬鹿をしに出てった。八年たってあいつの冒険者登録証だけが届いた。来年でもう十三年だ。バカは馬鹿のまま、帰ってきやしねえ。
俺の味はあいつを除けば、あんたにしか教えてねえ。あんたが死んだら、俺の味も死ぬ」
「そんな! 私、死にません! 絶対に、この街に帰ってきます。それで、またソース作って、ハチさんにダメ出ししてもらいに行きます」
「ダメなソースなんか持ってくんな、バカ」
渇いた喉を誤魔化すように、ハチは咳払いをする。
そしてカウンターに置いた荷物をボンボンと荒く叩き、四人に背を向けた。
「これ、腹減ったら食いな。じゃあな」
「え? あ! ありがとうございます!」
慌ててその背中にメラが礼を言う。
ハチは細く骨張った腕を上げてヒラヒラと振り、振り返ることなく宿のドアを出ていった。
「タコ焼き、届けに来てくれたんですね」
「心配してくれたんだろ」
「いい親父さんだね」
がんこ親父の不器用な気遣いに、三人の口元に笑みが浮かぶ。
ふと、フィーダはドアの方向を見たままのメラに気づいた。
「――メラ?」
声をかけると、メラが体半分振り返る。
その頬を、一粒の涙がこぼれ落ちた。
タコ焼きの入った袋を覗き込んでいたハルとイーズの動きが止まる。
フィーダは一歩近づいて、メラの肩に手を置いた。
ポトリと、もう一粒、透明な雫が流れる。
「生きて、また、ちゃんと会いに、行きたい」
「ああ、そうだな」
「お礼を、言いに行かないと」
「俺たちもだ」
ぽんぽんとフィーダの手がメラの頭を撫でる。
俯いたメラの瞳から水滴が床に落ちた。
「嬉しい」
ふふっと吐息だけで笑ってメラは言う。
そして少しくすぐったい。
片手を胸元に添えて、ぎゅっと握る。
「嬉しいなぁ」
笑いながら、幾つもの涙をこぼしてメラは呟いた。





