9-5. 立場
「なぜ、攻撃隊に加わらない?」
両肘をテーブルに置き、ずいっと身を乗り出して日に焼けて浅黒い顔を前に出すベオルフェ。
ハルはカップの取手を持ち、その中で揺れる琥珀の液体を眺めながらなんでもないことのように返す。
「パーティーには攻撃力を持たないメンバーもいますので」
「後方に置いてくればいい。力があるものは前に出るべきだ」
「そんな力、ありませんよ? C級冒険者、まだ十九歳の若造です。二十年以上スキルの研磨を重ねた方と肩を並べるには、とてもとても実力不足です」
「まだ成人して二十年も経ってない」
「失礼」
サラリと相手の年齢を多く見積もるハル。絶対に年齢を分かっていてやっている。
プルプルと震える口元をイーズはカップを近づけて隠す。
「力をふるえば、それで自身のパーティーを守ることにもつながると思わないか?」
ベオルフェに続き、今度はサンティーゴが口を開く。
ハルはお茶を一口含んだ後、カップをテーブルに戻して視線を上げる。
「自分の身は?」
「何?」
「俺の力が周囲を守る。それで、俺の身は誰が守ってくれるんです?」
「それは自分自身だろう」
「不正解。俺は一人では戦いの場に立たない。戦うのは信頼し、自分の命を預けようと思える仲間がいる場合だけ。そして今回その仲間は前線に立たない。だから前に行かない」
イーズはその言葉をグッと噛み締める。
ハルだけを戦いの場に立たせることは、絶対にさせない。
もし前に出る時は、イーズも一緒だ。
戦う時も逃げる時も一緒だと、そう決めている。
「我々は仲間になれないと?」
思わぬ返しに、ハルは驚きに目を開きサンティーゴの顔を見る。
明るい小麦色の髪の毛と同じ色の眉、その下のチョコレートのように濃い茶色の瞳がハルに向けられている。
「優秀な者であれば、六堤に来れば良い。そこで思う存分力をふるい、あの場所で仲間を作れば良い」
その言葉に、ハルは開いた口からハッと息を漏らす。
「本気で、言ってます?」
「この場で冗談を言う訳がない」
「まぁ、そうだよね」
まさかのスカウト、引き抜き、ヘッドハンティング、リクルーティング。
ハルの頭の中で余計な言葉がぐるぐると回る。
「あの、ハルはこの国出身じゃないってご存じですよね?」
おずおずと手を挙げて発言をするイーズ。
三人は当たり前だろうと言う顔で彼女を見た。
その反応にイーズは目をパチパチと瞬かせる。
アドガン共和国出身でない冒険者が、どうして六堤のスカウトを進んで受け入れると思うのだろうか。
軍とは、変わった考え方をする人間を量産する場所なのか。それか、皆が六堤を憧れの場所と思っているのか。
小さなため息が聞こえ横を向くと、ハルが真剣な表情で口を開くところだった。
「とりあえず! 攻撃隊に入る気はない、です。五十人の六堤に加え、冒険者パーティーも四十組いる。
氾濫みたいに一気に溢れるのとは違う。バラバラで移動している奴らを見つけ次第、駆除する作戦になる。つまり、適時休憩や回復もできるはず。誰か特出して強い戦力が必要なわけではない。俺の考え、間違ってますか?」
そう言ってハルが確認を取ると、三人とも反論ができないのか口を強く引き結んだ。
「――では、せめて隊長に会ってもらえるだろうか?」
サンティーゴは笑みを消したお面のような顔で尋ねる。
「隊長? ジェシカ中佐じゃなくて?」
「ジェシカ中佐は滅多に持ち場を離れない。ただ、南部での魔獣の移動に関する情報を掴み、作戦を指示されたと隊長から伺っている」
彼は淡々と上官から聞かされた情報を語る。
ハルは頭を抱えたくなる衝動を抑え、先ほどのサンティーゴの要望の真意を紐解く。
「では、隊長はそのジェシカ中佐の指示があったから、俺を指名したってこと?」
三人からの無言の肯定。
またしても面倒ごとの背後にいたジェシカ中佐。
しかし、彼女の出した指示がハルの指名だけであれば、隊長と会わないでも良いのではないか。
だがその期待は、ベオルフェによって砕かれた。
「隊長は、作戦以外にも別の指示を受けていると俺は思う」
ベオルフェは、元からの吊り上がった目と眉間の皺で不機嫌に見える。
だが冷静な口調に、このしかめ面が彼のデフォルトなのだろうとイーズは結論づけた。
ずっと微笑みを浮かべているサンティーゴの対極にいる存在なのだろう。
あれか、北風と太陽か。飴と鞭か。陰陽ペアか。
「隊長は、作戦自体は自分たちの力でも抑えられると言っていた。だがその表現が気になる」
そう言ったベオルフェの言葉を引き取り、闇魔法発動以降ずっと黙っていたムーナラットが口を開く。
「異常な魔獣大移動の原因。それを恐らくジェシカ中佐は危惧しておられる。隊長はその情報を預かってきておられるのかもしれない」
「あー、そういう事」
ムーナラットの考えを聞き、ハルは納得した声を上げる。
他の三人もこわばらせていた体から力を抜いた。
原因に関する情報とは、恐らく水龍に関わる物だろう。そうであれば問題ないとフィーダは了承する。
「それなら隊長と会うことは問題ない。その場には四人で行くが、よいか?」
「隊長はC級のハルだけを指名しているが」
「どのみち情報は仲間と共有するから、一緒に行った方が早いと思う」
「分かった。隊長と掛け合ってから回答させてもらう」
サンティーゴの返しに、四人はそれぞれ頷く。
作戦は四日後に開始だが、それまでの滞在先の情報を渡したところで、ムーナラットが魔法を解いたのが分かった。
「あ、明るくなりました」
「闇魔法で音を吸収ってすごいね。体力とか魔力だけじゃないんだ」
「ムーナラットのおかげで腐海の魔獣に気づかれず移動もできる。優秀な隊員だ」
「サンティーゴさん、六堤に優秀じゃない隊員なんていないですよ」
「それもそうだな」
話が終わり、六堤の三人の雰囲気がやや砕けたものになる。
ハルたちを隊長と引き合わせることがおおむね確定したからだろう。
彼らが笑みを浮かべて会話をする姿を見て、イーズはポツリとこぼす。
「怖い上司を持つって大変ですねぇ」
それを聞いて、大きな体の三人がシュンと縮んだのは目の錯覚ではないはずだ。
作戦開始は四日後。二日準備期間があり、三日後にはギルドに荷物を取りに行き、四日後に西門から順次部隊が出発となる。
隊長に会うのであれば、この二日間の準備期間中となるだろう。
「あの隊長って人、俺に会う意思があるって分かったら突撃してきそうじゃない?」
そんなハルの言葉がフラグになったのか――ギルド招集の翌日、朝食のために一階に降りた四人の視界に 昨日見た浅黒い顔をした短髪の隊員、ベオルフェの姿が入った。
「おはよーございまーす」
少しばかりうんざりしながら、ハルは欠伸をしつつ挨拶をする。
ベオルフェが来ていることはイーズから聞いていたので、驚きはない。
彼のデフォルトの鋭い目の間に、わずかに皺が寄る。不機嫌と言うより、恐らく申し訳ないとか思っているのだろう。だいぶ表情で損している御仁だ。
「おはようございます。朝早いですね」
「朝早くから、失礼する。今から食事だろうか。それが終わってから話がしたい」
嫌味を言ったつもりではないが、ベオルフェは全員に向かって謝罪する。そして続けてピンと立てた躰の後ろに手をやり、緊張した面持ちでフィーダに視線を向けた。
フィーダは無言で一番の席を指さし、ベオルフェについてくるように促す。
すでに一階にいる客から注目を浴びている。遅いとは思うが、なるべく目立たない所で食事をしたい。
「食べながらでいいなら、話を進めてくれ。早い方がいいんだろう?」
「助かる」
四人の後ろからついてきたベオルフェ。
席につき、フィーダたちはそれぞれ食べ慣れたモーニングセットを注文していく。
それを手元のメモに注文を書き込み、女性店員は最後にベオルフェに視線を向けた。
「そちらのお兄さんは?」
「私はいい」
「せっかくだから何か頼みなよ。ここの食事は全部美味しいよ?」
「では、フレンチトーストセットというものを」
「はい。ではしばらくお待ちください」
強面が甘党とはいいギャップを持っていると思いながら、イーズはちらりとベオルフェを見上げる。
なぜか彼もイーズを見ていて目が合った。
小首をかしげると、彼も少し首をかしげる。なんだ、鏡ゲームか。受けて立つぞ。
挑戦を受け入れようとしていたイーズに、彼が先に口を開いた。
「昨日、光魔法を使っていたが、君は魔法使いか?」
「はい、そうです」
「詠唱は常にあの一節か?」
「あー、あー、えっと、そうですね。短いです」
節とは詠唱の長さを表す単位。
昨日のムーナラットのような詠唱の長さが一般的だが、イーズはほぼ一言で発動させた。
すでに聞かれてしまっているので、イーズは素直に認める。
「兄と同様に優秀なんだな」
「兄ほど魔法の研究に熱心じゃないですけど、そこそこ優秀です」
「余計な情報は足さなくていいから」
その兄からの軽いツッコミを無視して、イーズは気になっていたことを尋ねた。
「連絡係の三人の中で、サンティーゴさんがリーダーですか?」
「ああ、そうだ。あいつが一番腐海で長い」
「皆さんどれくらいなんです?」
「十年から十五年だ。十年でやっと下っ端を卒業になる」
「意外と長いんだな」
思わずフィーダの口から漏れた言葉に、ベオルフェは肩をすくめる。
「一年から三年が一番離脱が多い。一年もたない奴が半数だ。そこから五年でやっと見習い、十年で正規隊員として任につける」
「なるほど。厳しいな」
「そこまでしないと、ただ死人を増やすだけだからな」
朝から重い。
イーズがちらりと視線を動かすと、店員がいくつかのプレートを見事なバランスで持ってくるのが見えた。
「朝ごはん! 食べましょう!」
「そ、そうね!」
次々に運ばれてくるプレートが所狭しとテーブルに並べられ、五人は目の前の食事に集中することにした。
イーズが頼んだフレンチトーストは、厚切りのバゲットをしっかりと焼いたタイプ。
端っこのカリカリと、じゅんわりと柔らかな生地のバランスが最高な逸品だ。
「んっふ。美味しいです」
幸せを顔いっぱいに表しながら、イーズはゆっくりと朝食を堪能する。
ふと気づけば、ベオルフェが細い目を更に細めてすでに半分を食べ終えていた。早い。一口がでかい。
人を睨みだけで殺しそうな目をしているが、どうやらフレンチトーストがお気に召したらしい。
口の端が満足そうに吊り上がった。それと同時に顔面凶悪度が増す。朝から軽い運動と称して、五人くらい川の向こうに送ってそうな人相だ。
「それで、隊長から何か話があったのか?」
「ん? ああ、そうだ」
フレンチトーストの世界に入りこんで本来の用件を忘れていたのか、ベオルフェはナイフとフォークを動かしていた手を止める。
「予定では、君たちに部隊の待機場所に来てもらうつもりだったが、今日隊長は俺たちとギルドまで来ている。どっちみちギルド上部と部隊隊長の面会は必要だったから、それが終わるころに会って話がしたいそうだ」
「分かった。昼前くらいか?」
「ああ、二時間後くらいに来てもらえれば問題ない」
「了解。必ず行くと隊長には伝えておいてくれ」
「分かった」
会話終了と同時にフレンチトーストを食べ終えたベオルフェは、メニューをチラリと見て、さらに他の四人の進捗状況を確認してから従業員の女性を呼ぶ。
「パンケーキ、単品で二皿」
「はい! 少々お待ちくださいね!」
どうやら宿の朝食メニューをお気に召されたようである。
その後、彼は追加のパンケーキも他の四人と同じタイミングで完食した。さらには、この店名物のマフィンを買い占める勢いで全種類購入。
それを片腕に大事そうに抱えて、鋭い目をキランと光らせ、
「それでは」
と言って颯爽と去っていった。
「甘い物好きには悪い人はいないと思います」
去っていく姿にゆらゆらと手を振りながらイーズは呟く。
「偏見だけど、悪い人ではなさそうだね」
「あとは、隊長がまともな人物であることを願う」
「軍の上の人に会うなんて、ちょっと緊張する」
そう言って胸元に手を当てて深呼吸を繰り返すメラ。
イーズは指を左右に振ってから、その先をハルに向けた。
「大丈夫です。相手の標的はハルなので、それ以外は有象無象のモブです」
「うぞうむぞうのもぶ」
「背景と同じですね」
「背景……よく分からないけど、ハルの後ろにいれば大丈夫ってこと?」
「そうです、そうです」
「じゃあ、ハルの後ろで存在感なくしておくわ」
無理矢理自分を納得させるメラを見て、ハルがしょっぱい顔をする。
「俺って猛獣の前の餌かよ」
「まぁ、ジェシカ中佐に目をつけられたんだから、あながちその表現も間違ってないだろ」
「酷え」
自分の扱いにがくりと肩を落とし、ハルは泣き真似をする。
その肩をポンポンと叩いて、イーズは親指を上げた。
「大丈夫。ハルは異世界産最高級熟成肉並みに美味しそうです」
その後、立てた親指をハルに渾身の力で握られ、涙目になっているイーズがいた。





