9-3. 招集
冒険者ギルドの訓練場に集まった、五十名ほどの冒険者たち。
前方にはこのマファスージを長く拠点としている冒険者が並び、その後ろには近辺を回る冒険者、そして一番端に詰めているのは最近マファスージに来た者たちだ。
訓練場の一番壁に近い位置に立ち、周りの冒険者の様子を確認しながらハルは僅かに眉を寄せる。
思ったよりも少ない。
そして、前方にいる冒険者の様子がどうもおかしい。なんとも表現し難いモヤモヤした気分になり、そっとフィーダの名を呼ぶ。
「フィーダ、あの前の方の人たちの様子、どう思う?」
その問いに、フィーダは事前に配られたこれまでの状況をまとめた資料から顔を上げて前を見る。
「やる気が見られないな」
「そうだよね。この討伐隊を進んで引っ張ろうって感じはしないよね」
再度、紙に視線を落とし、フィーダは口元に手を当てたまま潜めた声で告げる。
「弱い魔獣は旨味がない」
訓練場前方に進み出た職員に気を取られていたハルは、その言葉に首を回してフィーダを見る。
旨味がない。
つまり、高ランク冒険者にとっては参加してもメリットがない。参加意欲が湧かない案件ということになる。
「え、じゃあ」
「皆様、お集まりくださりありがとうございます」
ハルの言葉にかぶさるように、職員が挨拶を始める。
訓練場にいた冒険者たちはそれぞれ話すのをやめて、職員の方へ意識を集中させた。
「数日前にギルドから発表した通り、最近マファスージの西側で魔獣の大規模な移動が確認されております。
今回調査を進める途中、新しい情報が入り、今後この移動は小型の魔獣から大型の魔獣へと、規模や被害が拡大することが確かとなりました」
ザワリと空気が揺れる。
先週の発表ではラビット系、ゴブリン、ウルフ系といったD級、下手したらE級でも対応ができるほど弱い魔獣ばかりの名が書かれていた。
被害にあった商人や乗合馬車は、何十頭もの魔獣に襲いかかられ逃げるしかできなかったらしい。
だが、この群れがもっと大型の魔獣で発生したら?
冒険者たちの顔が強張った。
「どこか、ダンジョンが氾濫したのか?」
前方の冒険者から質問が出る。
彼の発想も分かる。
大量の魔獣との交戦など、それこそ氾濫でしか起こらない。もしかしたらどこかに新しいダンジョンでもできたのかと、冒険者の間から不安とそして僅かながらの興奮が湧き上がる。
「いえ、ダンジョンではありません。これはダンジョン外に生息する魔獣です」
「その根拠は?」
「根拠は――」
説明を続けようとする職員。
しかしその先を言おうとした時、訓練場に入ってきた数名に冒険者の意識が向き、そしてその場が静まり返った。
「まじかよ」
ハルの口から声が漏れる。
そこに現れたのは、三人の男性。
彼らに見覚えはない。
だが、その制服に嫌というほど見覚えがあった。
「軍が出たか」
フィーダは呟く。
入ってきた三人は同じ制服に身を包んでいた。
黒に近い紺色のかっちりとしたジャケットと同色のズボン。ウエストをベルトで締め、襷掛けのようにもう一本剣を支えるための革ベルトを着用している。
それは、かつてタジェリア国境で見た第六堤防警備隊、通称六堤の軍服だった。
「この情報はこちらの第六堤防警備隊の方々が届けてくださいました。ですので、大型魔獣の移動は必ず起こると考えてください」
軍服の三人に向けられていた冒険者たちの意識が、職員の言葉で前に引き戻される。
そして理解したと同時、静寂が消え、訓練場内は騒然となった。
「まじかよ」
「六堤が出張ってきてるって?」
「んなの、でかいのが来るって確定じゃねえか」
「俺たちじゃ絶対足りねえぞ」
六堤の力がどれだけかは知らない。
だが彼らが出てくるということは、アドガン共和国に住む者たちにとっては最悪な状況が控えているということに等しい。
冒険者たちが、にわかに緊張感を持ち始めた。
「安心でもあり、恐怖でもあるってか」
「とっととマファスージから出てた方がよかったか?」
「今更。それに西にはどうしても進まなくちゃいけないんだし」
「そうだな」
ざわつく空気の中、予想外の軍のお出ましに驚きつつ二人は冷静に会話をする。
やる気がなさそうだった主力級の冒険者たちは、六堤の登場で俄然闘志を燃やし出す。
六堤が偽の情報を持ってここまで来るわけがない。
冒険者よりも強いと言われる六堤の実力が見えるかもしれない。
ここマファスージに拠点を置く俺らが、六堤だけにいいところを持っていかれてはたまらない。
それぞれの思惑は少しずつ異なれど、場の空気が一つになろうとしていた。
「討伐隊は三部隊で編成します。
一つ目は先行で出発する予定の先発隊。すでに都市周辺に出没している小型魔獣の駆逐。
続く二つ目は六堤を中心とした主力攻撃部隊。主に大型魔獣の討伐。
それに加えて、治癒師やマジックバッグ持ちのパーティーを中心とした後援部隊」
職員の説明に、冒険者たちがソワソワとする。
六堤と同じ部隊に組み込まれることを望んでいるのだろう。
「ギルドの成績、六堤の要望やバランスを考えて、一部はこちらでどの部隊に入るか編成済みです。
今から名を呼ばれたパーティーリーダーは、この後の部隊ごとの話し合いに参加してください。
呼ばれなかった方達はこの場に残っていただき、希望する部隊および辞退意思の確認を取ります」
前列の冒険者たちの間にピリッとした緊張感が走る。
まず誰の名が呼ばれるのか。
ここマファスージに長くいる彼らにとって、一番に指名を受けるということは彼らの名を高めるのに絶好の機会。
全員、正面に立つ職員をまるでテスト結果を発表する教師を見るような目で見つめる。
自分の名がそこにないとは知っている冒険者でさえ、自分の先輩、後輩、憧れの存在、ライバルの名が、そこにあるかもしれないと固唾を飲んだ。
「攻略部隊メンバーを呼ぶのでまずは全員着席を。呼ばれたら返事をして六堤の皆様の下に移動をして下さい」
その指示を受けて、冒険者はガチャガチャと音を立ててその場に腰を下ろす。
一番後ろにいるフィーダとハルも、壁にもたれるようにして座り込んだ。
このギルドでまだ実績がない自分たちは最後の後援部隊で呼ばれるか、もしくは聞き取り対象になるだろう。
「誰かA級で知ってる人いる?」
「いや、宿にはA級はいないからな。家持ちばかりらしい」
「そっか。B級も?」
「三人知ってるが、リーダーじゃないからこの場にはいないな」
座ることで開けた視界をぐるりと見渡し、フィーダは首を振る。
どうやらアドガンで冒険者の知り合いを増やすのはまだ少しかかりそうだ。
二人の会話の間、すでに三人の冒険者の名が呼ばれ、それぞれガッツポーズをしたり他の冒険者に手を振ったりしながら前に進み出る。
周りも名前が呼ばれるたびに歓声を上げ、大きな拍手を送る。
――総選挙かよ。
ここにいる誰も元ネタが分からないことを呟きつつ、ハルは盛り上がる様子をぼうっと見つめる。
「――以上が攻撃部隊となります。では次に」
ついに攻撃部隊の発表が終わり、職員は続く先発部隊の発表に移ろうとした。
その時、六堤隊員三人のうちの一人が一歩前に進みでる。
「この中に、C級冒険者のハルという者はいるか」
その言葉に訓練場が、ボス部屋前のようにズシリと重い緊張に包まれた。
静寂を破ったのは職員の高い声。
「ベオルフェ殿! それは認められないとお伝えしたはずです!」
職員の言葉に、ベオルフェと呼ばれた男性は眉をひそめる。
そして濃茶色の髪を短く刈り込み、細く鋭い目をした彼は淡々と言葉を返した。
「だがこっちはすでに戦力として組み込んでいる。本人がいないなら、パーティーリーダーが来ているはずだ。名前は何だったか。B級のフェダ?」
間違ってはいるが、フィーダがリーダーであることまで知られている。
ハルはため息をつき、フィーダと視線を合わせる。
彼はガリガリと乱暴に後頭部をかいてから、その手を挙げた。
「B級のフィーダだ。ハルもいる」
全員の視線が、ぐるりと訓練場の後ろに集まった。
座ったままの二人が見えないのか、膝立ちになっている人もいる。
「すぐに返事を。攻略部隊の話し合いをするから前へ」
「それは命令ですか? 冒険者ギルドは反対しているようですが。私は冒険者です。ギルドの命令違反はしたくありません」
ハルが座ったままでベオルフェに問う。
すぐ前に座っていた冒険者が、慌てたように「六堤に逆らうな」と小声で言ってくる。
そこには視線を向けず、ハルは真っ直ぐに前を、ベオルフェを見つめ続けた。
「――フィーダさんとハルさんの攻略隊への参加は、冒険者ギルドは許可していません」
職員が毅然とした声で告げる。
ベオルフェは何か言おうとしたが、それよりも先にフィーダが意思を表明した。
「では、うちのパーティーはそちらの部隊への参加は辞退する」
その言葉に職員は頷きを返し、ギルド側の希望を伝える。
「フィーダさんたちには後援部隊に入っていただく予定でしたが、そちらは大丈夫でしょうか?」
「ああ、それだったら問題ない」
「ありがとうございます。では攻略部隊の方々は先に別室へご移動をお願いします」
職員がしっかりとベオルフェを見て告げる。
先ほどはそのまま先発隊の発表をしようとしていたが、ベオルフェの様子からさっさとここから追い出すべきだと思ったのだろう。
優秀な職員に、ハルとフィーダは揃って目礼をする。
ベオルフェは視線を二人に送ってから、訓練場から出ていった。
六堤の三人が見えなくなった瞬間、訓練場に残った冒険者たちの口から気の抜けたため息が出る。
そして直後には騒然となった。
「皆さん、静かにしてください」
職員の声がかき消されそうなほどうるさくなった訓練場。
これが分かっていたから最初はそのまま発表を続けるつもりだったのだろう。ハルは職員へ申し訳なさを感じながら彼を見つめる。
「静かにしてください。名前を呼ばれても返事がない場合、この場に不参加のパーティーと同じ扱いにいたします。よろしいですね?
では、先発隊の発表をします。B級デューバ。B級デューバ? いませんか? 不参加ですね。では次に――」
「いるいるいるいる! 俺、俺! 俺、デューバ!」
「すぐ前に出てください。では次に」
危うく不参加扱いになりそうになった男性が、座っている人の間をヒョコヒョコと避けながら慌てて前に出る。
その様子を見て笑いが広がるが、職員が容赦なく名前を読み上げるのに気づいて全員姿勢を正した。
「強いな」
「できる人って感じ」
すでに自分たちの所属部隊が決まった二人は余裕だ。
「どっちだと思う?」
ハルは前を向いたまま尋ねる。
フィーダは胡座をかいた足の上に肘を立てて、チラリと視線をハルに向けてから前に戻す。
「ファンダリアだったら事前に接触があるだろ」
「やっぱ? ってなるとおばちゃんの方か」
あの人の名前を口にして、周りの冒険者の注意をひきたくない。若干の悪意も込めて、ハルはおばちゃん呼びをする。
「この後、呼び出されそう」
「だろうな。ちょっと待て」
そう言ってフィーダは口を閉じる。
(メラ、イーズ、聞こえるか?)
隣にいるフィーダの声がハルの頭の中で響いた。
(はい、こちらメラ! 説明終わった?)
(いや、まだだ。もしかしたら長引くかもしれん)
明るいメラの声が今度は聞こえきて、フィーダはそれに答える。
少し苦味の入った口ぶりに、メラの心配そうな声が返ってきた。
(何かあったの?)
(六堤が来ている。主力の攻撃部隊に組み込まれそうになったが断った。
ギルド側は俺たちを後方支援に割り振ったから、そっちの説明が済んだら六堤に捕まるかもしれん)
(うげっですね。六堤ってあの人も来てます?)
今度はイーズの苦い声が入る。
きっと顔も苦い野菜を食べた時のようにクシャッとなっているだろう。
(こっちには三人しか来てないみたい。街の外で待機している部隊の中にいるのかも?)
(分かりました。西側は感知範囲外なので見えないですね。六堤に呼び出される前に、私たちも下に行きます)
(ああ、そうしてくれ)
(はいはーい。それじゃ、リーダー、副リーダー、頑張ってくださいね!)
(頑張ってね!)
(ああ)
(そっちも頑張って。ばいばーい)
会話が終わり、ハルは気を抜いて壁に体重を預ける。
今日、イーズとメラはギルドの資料室でダンジョンのC級階層の情報を集めている。
討伐隊が組まれたらそのまま西に移動する可能性もあるが、もし戻ってきた時のためだ。
マンドラゴラ採取記録があるかどうかも調べると言っていたが、きっと美味しい魔獣がいないかも探しているだろう。
俺もそっちが良かったと、ハルはゴチンと後頭部を壁に当ててため息をついた。





