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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第三部 第八章 南部移動編

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8-11. 小さな世界

読んでくださりありがとうございます。

第三部第八章 最終話となります。


明日のサイドストーリーを挟み、明後日より第九章「討伐作戦編」となります。

引き続きよろしくお願いします。




 タコ焼きが入った皿を男性から受け取り、イーズは最初に座っていたテーブルに戻る。


「メラ、マヨネーズはこれで大丈夫か?」

「ばっちりね。これからもお願い!」

「攻略前後以外なら」


 疲れた腕をぐるぐると回し、フィーダは答える。

 彼の正直な返しに全員の口から笑いが漏れた。


 そう、全員だ。


 いつの間にかテーブルに座っていた男性も、目を細くして小さく笑っている。

 それに気づかないふりをして、イーズは箸を手に取り、作ってくれた二人に礼を言う。


「店長さん、メラ、美味しそうです! ありがとうございます!」


 そこになって初めて、男性は自分が自己紹介していなかったのを思い出したのか、バツが悪そうな顔になった。


「もう店をやってねえんだから店長はやめろ。ハチでいい」

「ハチさん?」

「ああ、ギンパチだが、皆ハチと呼ぶ」

「ハチさんですね。イーズって言います。今日はありがとうございます」


 思わず頭に浮かんだおかっぱ頭の熱血教師の姿を振り払い、イーズは改めて礼を言う。

 そのあとフィーダとハルも名前を告げ、冷めないうちにとタコ焼きをそれぞれの皿に移す。

 ネギやマヨネーズ、ポン酢は各自お好みスタイルだ。


「よっしゃ んじゃ、タコ焼き、いただきます!」


 待ちきれない様子で、ハルは箸で一個丸ごと口に入れる。

 その先に何が待っていようと、これがハルのタコ焼き作法。


「あっふぇ、あっふ、あっふゅ、あふゅふゅ、ふぇ、ふぁ! 美味い!」

「もう! メラもフィーダも、一気に行くと中が熱くてハルみたいになるので、一度割って熱を逃してからのほうがいいですよ」

「確かに熱そうだな」

「ありがと、イーズ」


 お手本のように、イーズは箸を真ん丸のタコ焼きに差し入れる。

 少しの抵抗の後、湯気と共に中からごろりとタコの姿が現れた。湯気が落ち着くのを待って、半分を口の中に放り込む。


 ポン酢の酸っぱさと、濃厚な自家製マヨネーズの味。

 とろりとした生地の次には、カリっと焼かれた外側の食感。


 口の中にあふれ出す唾液を飲み込み、イーズは感激の声を上げる。


「美味しい! 美味しいですよ! タコ焼き!」

「だよな。あー、美味い。ネギマヨポン最高。ソースと交互に食べたかった」

「贅沢です」

「分かってる。これが食べられただけでも十分」


 んふんふと不思議な声を出しながら至福の顔になるハル。

 イーズも目を細めて、同じ顔になる。


「これは、面白い料理だな。一つの中に具材と味、食感が詰まっている。バラバラに思える要素が重なりあって、一つの世界を作っているようだ。こんなに小さいのに卓越した技術が溢れている」

「材料は簡単に見えるけど、コツがいるわね」


 宝石箱が近づいてきたフィーダのグルメレポート。

 ハルとイーズが驚愕している横で、メラはタコ焼きの断面を検分しながら真面目に発言をする。

 一方で難しい顔でタコ焼きを食べていたハチが、「食べれなくはない」と呟いた。

 メラは不安そうに彼を見て、何がいけないのかを問う。


「公開したレシピには書いてない材料が幾つかある。それが入ってないからな」

「そう、なんですね」


 秘伝なのだろう。無理に教えてもらうこともできず、メラはしょんぼりした顔で頷いた。

 だがハルとイーズはお互いに顔を見合わせて、その足りない何かを予想する。


「出汁ですかね?」

「あとは天かすとか入れるとこもあるね」


 密やかな声で話す二人。

 とりあえず基本の生地の材料は分かったので、後は焼く練習を重ねればいいだろう。


「旅の間にタコパですよ!」

「そうなると千枚通しもいくつか買っておかないと」

「俺はあんなちまちました作業無理だぞ」

「あら、一回くらいやってみないと分からないわよ」

「素人が作る分には、火が通ってさえすれば問題ねぇだろ」


 最後、ハチの辛辣な言葉が飛ぶ。

 それでも彼は、残った生地を四人が順番に焼くのをじっくりと見て、時々アドバイスをしてくれた。


「どうしても回らねえ時には指使ってもいい。どうせ食うのはお前らだ」

「最初は形にならなくてもいい、転がしていくうちに丸くなる」

「崩れやすいやつは、こっちの火が強いとこのと入れ替えな」


 ぎゃあぎゃあと声を上げ、いびつなタコ焼きに笑う四人に自然とハチの口元も緩んでいた。



 昼前から夕方まで続いたタコ焼き実食会に、イーズのお腹が限界を迎えた。

 烏龍茶を飲み、小さくケフッと息をつく。


「苦しいです。けど幸せです」

「マヨネーズもいっぱい作ったし、満足」

「これは定期的に食いたくなるな」

「全員で楽しめるのもいいわね」

「あんたら、鉄板は持ってんのか?」


 ハチの言葉に、四人は顔を一斉に首を振る。


「んだよ。鉄板もねえんじゃ、作れねえじゃねえか」

「これから買いに行く予定でしたけど、ダメなんです?」


 通りにあった店でも、家庭用サイズの鉄板を置いているところがあった。

 十個ほどしか穴が無かったが、数台買えばよいのではないか。


「あれは菓子用だ。穴が小せぇし浅いから、具材が入らねえんだよ。あと、うちの鉄板は完全な丸じゃなくて、表面をデコボコにしてあるんだよ。カリッとさせるためにな」


 よっこいしょと言ってハチは立ち上がり、杖をついて厨房に入っていく。

 四人は顔を見合わせて、その後に続いた。

 ハチは鉄板の前に立ち、その一つに向けて顎をしゃくった。


「そこのデカいのとヒョロイの。この鉄板持ち上げな」

「へ?」

「分かった」


 首をかしげるハルのお尻に軽く蹴りを入れ、フィーダは前に進み出る。慌ててハルも手伝い、今日は使わなかった端の鉄板を台から取り外した。


 ハチはその下にある点火台のような物も確認し、ハルとフィーダに指示してそれも移動させる。


「これ、もってけ」

「え!?」


 短い彼の言葉に、全員が驚きの声を上げる。

 その反応を予想していたのか、ハチはめんどくさそうに言葉を続けた。


「もう店も畳んだ。道具だけ残しておいても仕方ねえ」


 そんな彼に、ハルは伺うように尋ねる。


「でも、残しておきたい人がいるんですよね?」

「……いねえ」


 僅かな逡巡の後の答え。明らかな嘘。


 この店に着いた時、ハチはこの看板を下ろさないし、場所も売り払わないと言っていた。

 つまりは、この場所を守っておきたい理由があるのだ。


 杖を握る手に力がこもっている。

 ぐっと奥歯をかみしめた彼の顔に、ハルはそれ以上の追及はあきらめた。


「それじゃ、この鉄板はありがたくいただきます。まだ他にも鉄板があるから、再開しようと思えばできるってことでいいですか?」


 わざとらしく朗らかな声でハルが尋ねると、ハチは鼻を鳴らす。


「鉄板だけ何枚もあっても仕方がねえってんだ。

 ああ、千枚通しも好きなだけ持ってきな。そこの棚にゴロゴロ入っとる」


 言われた場所を開けると、綺麗に整えられた千枚通しが何本も入っていた。

 そしてその中の一本に目が行く。

 引き出しの中に裸で並ぶ他の千枚通しと異なり、しっかりした仕切りの中に一本だけ。そしてそれは他の物より持ち手がしっかりしており、誰か大柄な人のために作られたものだと分かった。


 チラリとお互いを見てから、四人はそれぞれ自分の手のサイズに合ったものを選ぶ。

 ハチは、フィーダたちがあの千枚通しを見たことに気づいただろうに、顔を別の場所に向けて見ようともしない。


「一人一本ずついただきました。ありがとうございます」

「使わねえからどんだけでも持ってけ。他にはいいのか?」


 ハルの声に振り返ったハチは、メラへと視線を向けて確認する。

 メラは少し迷った後、質問をした。


「穴に油を塗るのはハケでも大丈夫ですか?」

「それでも問題ねえ。さすがにそれは新しいのを買ったほうがええだろ。専用のは一般の店で売っとるやつでもいい。ただ穴が小さい用だから油があまり乗らねえ。何回か塗らんとあかん」

「分かりました。なるべく大き目のを探してみます」


 しっかりと答えたメラに、ハチは「よし」というように小さく首を縦に振った。




 巨大タコ怪物の足の間から通りに出て、店の間口に立つハチに向き直る。

 まずは一番教えてもらったメラが、代表して彼にお礼を告げた。


「朝から、こんな時間まで居座っちゃってすみませんでした。またこの町を出る前に挨拶に来ます」

「んな面倒なことはすんな。勝手にどっか行け」


 しっしっと追い払うように手を振るハチに、全員の口から苦笑が漏れた。

 それでもなんだかんだ言って、挨拶に来たら出迎えてくれるような気がする。


「しばらくはダンジョン攻略でこの町にいる。少しは、上達するはずだ」


 今日は結局上手に丸くできなかったフィーダが、言葉に詰まりながら言う。

 ハチの鼻がフンと鳴る。


「ソースをメラと一緒に作ったら、味を見てくださいね!」


 イーズの明るい声が響く。


「仕方ねえな。不味いもん持ってきたら承知しねえぞ」


 嫌そうな顔でハチが答えた。


「チーズとかキムチ入れてもいいですか?」

「お前、今度来たら叩き出してやる」


 ハルがふざけて言えば、ハチはブンブンと杖を振り回した。

 ハハハと笑うハルの後ろに隠れて、イーズも肩を震わせる。頑固おやじはアレンジタコ焼きはお気に召さないようだ。


「それじゃ、今日はありがとうございました」


 そろって頭を下げる。

 その上から、ハチの声が降ってきた。


「攻略、気を付けて行ってきな」


 その後に続くカラカラと戸が引かれる音。

 四人が顔を上げた時には、ハチの姿は閉められた戸の向こうに消えていた。

 イーズはその奥に向かって大きな声を出す。


「はい! 行ってきます!」


 カタリと小さな音が返ってくる。

 驚いてしかめ面をするハチの姿が思い浮かび、イーズはシシシと笑う。

 その頭をポコリとハルが叩いた。


「さ、帰ろっか。もう今日は幸せいっぱい、お腹いっぱい」

「変な時間に腹減りそうだ」

「そうしたら部屋で軽食ね」


 ちょっと進んだ先で、ハルはイーズに頼んで隠密をかけてもらう。

 そして取り出したタブレットで、今も周囲に睨みをきかせるタコの怪物の写真を撮った。


「異世界タコ焼きでラノベないのかな」

「それ一本は難しそうですよ」


 撮れた写真を満足気に確認してから、ハルとイーズはその場から離れる。


「タコ焼きを伝えた勇者はなんて呼ばれてるんでしょうね」

「んー、“ゲテモノ食い”」

「文字数多すぎです」

「確かに。“変食(へんしょく)”、ヘンは変わってるの変ね」

「おー、いい感じ」


 イーズはパチパチと口に出しながら指先を合わせる。

 メラも楽しかったのか、手の中の千枚通しを見てニヤニヤしている。

 しかし、通りを歩いている他の人の目から隠すように、フィーダは大きな手をその上に重ねた。


「さっさとしまえ」

「そ、そうね」


 確かに、凶器になりうるものを持って笑っていたら怖い。

 慌ててメラはそれをバッグにしまい、フィーダを見上げる。


「楽しかった?」

「そうだな。自分で作ったのを食うのは楽しかった」

「またみんなでやろう?」

「ああ」


 口をくいっと上げるフィーダ。その顔を見て、メラも楽しそうに笑う。


 先を行くハルとイーズが振り返り、目と口を消えそうな月のように細める。


「いい感じ?」

「いい感じです」

「いいねぇ」

「いいですねぇ」


 二人の囁くような声と笑いは、夕暮れが迫る街に消えていった。





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逃亡賢者(候補)のぶらり旅3 ~召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます~
コミカライズ1巻発売中!
― 新着の感想 ―
[良い点] ご店主の名前が『ギンハチ』さん……異世界&カタカナ表記だからセーーーフ!! いやホント、系列店じゃなくても多いのよ、『銀八』って名前のたこ焼き店…… ウチの近所にも個人店舗で2軒あるし………
[一言] 短編ならありますね異世界たこ焼き 後追いで読み始めてやっと追いついた
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