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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第三部 第八章 南部移動編

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8-2. 友人以上のその後



「今回、どれほど滞在されるご予定ですか?」


 最上階である七階の部屋で、四人を白茶でもてなしながらエルゲは問う。


「ファンダリアの情報をもらってから、どう動くかを決めるつもりだ。南へは海岸線を通るルートを取りたいと思ってる。

 馬の調子を確かめて……少なくとも十日はここを使わせてもらいたいと思っている。大丈夫か?」

「ええ、問題ありません。本日はゆっくり過ごしていただいて、明日から準備を進めて参りましょう。

 それと、こちらを先にお渡ししておきます」


 そう言った後、エルゲは一枚のカードをメラの前に置いた。

 メラは体を少し倒してそれを覗き込み、「冒険者登録証だ」と呟く。驚いて顔を上げる彼女に向かって、エルゲは目尻に皺を浮かべて微笑む。


「メラルシカ様の以前の登録は消滅していましたので、再発行いたしました。F級ですので、半年以内に上の級に上がるための依頼をこなすか、ランクアップの試験を受ける必要があります」


 エルゲの説明に、フィーダたちも頷く。

 最低ランクのF級は、半年以内に上がらないと登録が消されてしまう。今後のことを考えれば、早々にランクアップをしないといけないだろう。


「エルゲ、こっから最寄りのダンジョンは?」

「二週間ほどで行ける南に四級がありますが、ここは王都で人気の上質なオイルが採れるため、管理が厳しくなっています。

 ランクアップ試験を受けるのであれば、一ヶ月半ほどの距離の二級ダンジョンがよろしいかと」


 エルゲの言葉を聞きながら、フィーダは取り出した地図で場所の確認をする。

 海岸線を辿り、ダンジョンの印を探す。


「――マファスージだな」


 指をそこに当てたまま顔を上げる。

 エルゲが頷くのを見て、フィーダは他の三人にも確認を取る。


「海岸線からは離れていない。ここに着くまでにメラのスキルと連携を取れるようにして、実戦をここで行う。目標はとりあえずD級でいいか?」

「大丈夫。ありがとう」


 最後の質問を向けられたメラは深く頷いて返す。

 次の目的地が決まれば、ルートや日程もおおよそ見当がつく。

 エルゲはそこまで確認を取ると、続きは明日と言って早々に部屋を退出した。




 

 翌日、朝からエルゲと話をするのかと思えば、彼に午前は自由にお過ごしくださいと言われる。

 メラ以外の三人が、その笑顔の裏を探ってしまったのは仕方がない。なぜか引き延ばして楽しんでいるという確信がある。


「行ってらっしゃいませ」


 笑顔で送り出してくれたエルゲには悪いが、帰ってくるのがこれほど恐ろしいホテルなど存在しただろうか。いや、ない。


 イーズは丸まりそうになる背筋を意識して伸ばし、街を行く。

 目的地はメイヤの勤める裁縫店。

 裁縫店がある三番通りは、洋服店や古着屋など服飾関連の店が立ち並ぶ通りだった。


「あ、あそこですね。テンガジュー」

「……聞こえ方は合ってるけど、天鵞絨(てんがじゅう)だし」

「点が十?」

「違う。ビロードとかベルベット」

「おー、裁縫店っぽい」


 通りの先に見えた店の看板を指差し、ハルとイーズの会話が続く。

 メラは通りの他の店の絹を見て、「黒の森の絹の方が上質だわ」と呟きどこか自慢げに胸を張った。


「目が肥えてると買いにくくないか?」

「あら、普段使いで取り入れるなら高すぎない方がいいのよ。あまりに上質だと気後れしちゃうでしょ」

「そんなものか」

「冒険者になったらあまり関係ないでしょうけど」

「冒険者の方が移動しても不自然じゃないってことと、移動先で金策が楽だから冒険者をやってるだけだ。今みたいに着たい服を着て、好きな髪型にして楽しめばいい」

「そっか。それもそうね」


 冒険者だって、四六時中戦闘用の装備を付けているわけじゃない。男性冒険者はそういった人も多いが、女性冒険者たちは休日は自由な服装をしていた。

 それを思い出してフィーダが伝えると、メラも顔を綻ばせて何度も頷いた。




「いらっしゃいませ」


 チリーンと涼やかな鈴の音と共に店に入れば、落ち着いた声が四人を迎える。

 そこにいたのは目的の人物メイヤではなく、白髪を綺麗に結い上げた女性。

 彼女は店奥のカウンターの向こうから挨拶をした後、微笑んでから刺繍をしている手元に視線を戻す。決してぶっきらぼうなのではなく、客がゆっくり見て回れるようにという優しい配慮を感じる。

 裁縫店を利用したことなどない四人は、棚に並ぶ商品を思い思いに楽しみ始めた。


「ボタンがいっぱいです」

「海が近いから貝でできてるのが多い? あ、魔物素材のボタンもある」

「並んでる布は冒険者の装備店とは全く違うな」

「そりゃそうよ、フィーダ。普段着に防御力は関係ないでしょう」


 外れたことを言うフィーダに、メラは肩を震わせる。

 イーズが興味津々で刺繍道具などを見始めた横で、ハルはその上に飾られたサンプルを見て「あ」っと小さく声をあげた。


「どうしました?」

「これ、メイヤが着てたブラウスにも刺繍されてた気がする」


 ハルが指差す先を見て、イーズも同じように小さく声を出す。

 確か、最初に会った時にブラウスの襟に刺繍されていた模様だ。四葉のクローバーに似た緑色の鮮やかな刺繍が繋がって複雑な模様を描いている。


「――メイヤのお知り合いで?」


 二人の会話が聞こえたのか、店の女性が手を止めてこちらを見ていた。

 イーズが小さく頷いて「はい」と返せば、彼女は薄く化粧を施した頬を綻ばせる。


「まぁまぁ、それでしたら、メイヤを呼んできましょうね。お待ちくださいね」


 そう言って手に持っていた針などを机に置き、ふわりと長いスカートを揺らして奥へ入っていった。


「申し訳なかったかな」

「会いに来たんだから、どの道呼び出すことになっていただろ」

「そっか」


 ハルとフィーダが小声で会話していると、奥から二人の女性が店側に入ってきた。

 そのうちの一人であるメイヤは、フィーダを見つけて驚いた顔をする。


「お待たせしました。あ、フィーダさん?」

「久しぶりだな」

「え? こんな所まで、どうしました?」


 茶髪になっているハルとイーズには気付かないのか、メイヤはそのままフィーダと会話を続ける。

 イーズは小さく口の端を上げて、フィーダの背中の後ろからひょっこりと顔を出し、彼女の名前を呼んだ。


「メイヤさん、お久しぶりです」

「えっと? ……イーズちゃん!?」

「俺もいるよん」

「ハルさんまで!?」

「私は初めましてです! メラと言います」

「ええええ、ええ、初めまして? メイヤ、です」


 イーズの反対側から顔を出したハルに続き、メラもどさくさに紛れて自己紹介する。

 目を白黒させて驚くメイヤに、フィーダは気の毒そうな視線を向けた。


「ゴルグワンから戻ってきたから、挨拶にと思ったんだが仕事中に悪かったな」


 チラリと作業に戻った女性を見てから、フィーダは声をかける。

 メイヤは額に手を当てて自分を落ち着かせた後、もう一度ハルとイーズを見て挨拶をする。


「みなさんお久しぶりです。わざわざ来てくださってありがとうございます。今は急ぎの仕事は入っていないので大丈夫です。

 えっと、ハルさんとイーズちゃん、髪の毛はどうしたんです? というか、ハルさん、髪の毛が無くなってますけど」

「無くなってないって。切っただけだって」

「元の色だと目立つので、普段はこの色で生活してるんです」


 短くなった自分の髪を引っ張って笑うハル。イーズも、編み込まれてコンパクトになった髪を差して説明する。

 メイヤは小さく口の中で「はぁ」と頷きとも呆れとも取れる声を出して、気づいたように女性の方に振り返った。


「ベルーさん、こちらの方たちがあのルキュレの服を下さった方です」


 メイヤの言葉に、ベルーと呼ばれた女性は目を見開きガタンと音を立てて立ち上がった。


「まぁまぁまぁ! まぁ! あなたたちが! あの新作のドレスを!? あれはとても素晴らしい作品で、店の従業員全員で研究させていただきましたわ。

 あの布の使い方と刺繍の入れ方はさすがです。あれだけ布が使われているのに、ゴテゴテした派手なデザインにならないのは、針の刺し方を何通りも組み合わせているのが分かりました。それに事前にサイズ合わせされていないのに、メイヤの体のラインを美しく見せることができるのも素晴らしいとしか」

「ベルーさん、ベルーさん」

「まぁまぁ! 私ったら。すみませんね、お客様にこんなこと。でも本当にあんなに間近でルキュレの作品を見ることができるなんて夢のようでしたから。

 この子のためにあんな素敵な服を用意してくださった皆様に、本当に感謝しております。恋人もできて、お祭りから一ヶ月以上、ずっと浮かれっぱなしで」

「ベルーさん!」


 おっとりとした様子のベルーから、柔らかな口調で絶え間なく言葉が紡ぎ出され、四人は口を挟むことができない。

 だが、最後にベルーから出たセリフに、全員の視線がメイヤに向いた。


「恋人、ですか?」


 目を三日月型にしたイーズが呟く。

 それにハルも口を細く左右に広げて続く。


「俺たちの、知ってる人かな?」

「あのタイミングだと、知っている人だといいんだが」


 最後にフィーダも片眉を上げて重々しく頷いた。

 詳しく事情を知らないメラでさえ、顔を輝かせて彼女の発言を待つ。

 メイヤは頬を薄っすらと赤く染め、口元を綻ばせて皆が欲しかった答えを告げた。


空燈(くうとう)祭の夜にネイソフに告白をされて、お付き合いを始めました。皆さんがネイソフの背中を押してくれたと、彼は今でも感謝しています。

 夢のような時間と大切な人が出来たあの祭りは、一生忘れられない思い出となりました。本当に、ありがとうございました」


 そう言ってメイヤは丁寧なお辞儀をする。

 その奥で、彼女の上司の女性ベルーも小さく頭を下げた。

 四人はメイヤの言葉に満足気に頷いて、口々に祝福の声をあげる。


「おめでとう、メイヤ。ネイソフを観戦に引っ張り込んでよかった」

「おめでとう。あの時ネイソフを最初に捕まえたのは俺だからな」

「おめでとうございます! あの日のメイヤさんの姿、ネイソフさんずっと見てましたからね! きっと惚れ直させちゃいましたね!」

「おめでとうございます。これからも二人お幸せに」


 フィーダが自分の手柄を主張すると少し目を瞬かせていたが、メイヤは最後は弾けるような笑顔になって、再度朗らかな声で感謝を述べた。


 この街にはあと十日ほどは滞在する予定だと伝えれば、メイヤからネイソフと一緒にもう一度会いたいと言われて快諾する。

 数日後の昼食を約束し、装備のほつれなどを簡単に直すのに使えそうな裁縫セットを購入した。


「これをお二人に」


 会計の後、ベルーが小さな包みをイーズとメラに渡す。

 二人が首を傾げると、彼女は柔らかな笑みを浮かべて「ハギレで作ったリボンなの」と答えた。

 見習いの従業員が練習用に作るもので、購入者にサービスとして渡していると言う。


「髪を結んだり、服や小物に合わせてお使いください」


 そう微笑むベルーに、女性陣二人は何度も礼を言って店を出る。


「いいお店でしたね」

「メイヤさんもベルーさんも素敵な方ね」


 ふわふわとした温かな気持ちで、足取りも軽くなる二人。

 ハルもイーズの手の中を覗き込み、目を細めた。


「さ、昼食ったら、ホテル帰るぞ」


 そうフィーダが言った直後、ハルとイーズの表情がピシリと固まる。

 そして同時にため息をつき、


「午後のことを考えて軽めで」

「肉は諦めます」


 昼食メニューの要望を出したのだった。





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