6-11. 聞こえていますか
読んでくださりありがとうございます。
第三部第六章 最終話となります。
サイドストーリーを挟み、明後日からは第七章「黒森伝承編」となります。
引き続きよろしくお願いします。
数日、基本誰かが家にいてメラルシカと過ごしながら、三人は黒の森の中で自由に過ごしている。
レアゼルドによれば、メラルシカの両親は家にこもりっぱなしで出てくる様子はない。もう殴り込みをかけることはできないだろう、とのことだった。
楽観視はできないが、少なくともハルとイーズがいる場所に近づくことはないと言われた。
そんな中、遠い目をしながら背中を丸めてハルとイーズはポツリポツリと愚痴をこぼす。
「賢者ですノートは、あれですね。うっかりすると精神が死神に刈り取られます」
「ちょこちょこ地雷が埋まってるのがやばい。ちょっとずつにしないと、羞恥心で死ねる」
「分かった。ゆっくりでいい」
半分心が死んだ目で二人に訴えられ、フィーダは重々しく頷く。
「なんでハーレム男の苦悩を読まなきゃいかん」
「ツンデレ嫁への垂れ流される愛も辛いです。砂糖が目から流れ出そうです」
「……えっと、頑張ってください」
二人が何をしているのか分からないが、メラルシカは遠慮がちに応援の言葉をかける。
メラルシカの食事はすでに通常食になっている。
それにイーズやフィーダがいて周囲を警戒できる時には家の外を軽く歩くようにもなった。
徐々に体力も戻ってきており、もうすぐ普通の生活に戻れるだろう。
ただ彼女のこれまでが普通の生活とは異なっていそうなので、どう過ごしたいかは彼女や村長に確認する必要がありそうだ。
「二週間以内には第五の攻略を開始したいそうだ」
「レアゼルドが?」
「いや、トナバンから。年末年始は大きな祝いがあって忙しくなるらしい。その前にもう少し階層を進めておきたいんだと」
「確かにもう十二月だね。久々に実戦で体動かしたいから俺はいいよ」
「私も大丈夫です。機織りのお姉さまたちに先に伝言しておけばいいので」
「分かった」
いつも通りの食事の場で、その日にあったことを共有しているとフィーダが切り出した。
イーズとハルの予定は問題ない。
問題となるのは、メラルシカだ。
「五日間ほどの攻略になるがどうする。トナバンの嫁の所に行っておくか? トナバンからは了承を得ている」
三人の視線がメラルシカへ向く。
メラルシカは持っていたブリトーを皿に置き、横に座るフィーダのほうへとわずかに体を向けた。
「私も、連れて行ってください」
覚悟を決めた顔でメラルシカは切り出す。
そう言われるだろうと予想していたフィーダは、彼女の目を見て真意を探る。
黒い瞳の中には、これまでにメラルシカが見せたことのない頑なな意志が見えた。
「攻撃用スキルはありませんが、剣は扱えます。魔獣からの攻撃を回避することもできます」
フィーダが口を開こうとすると、メラルシカは反対されることを恐れるように矢継ぎ早に告げた。
数秒視線を合わせて動かなくなった二人に、ハルは手を顔の横まで挙げてメラルシカの名を呼ぶ。
「メラルシカさん、俺から一つ、聞いていい?」
「はい。どうぞ」
「メラルシカさんの、スキル。残りを教えてもらっていいかな?」
ハルの質問に、メラルシカの表情が硬くなる。
「俺、基本的に人の鑑定はかけないようにしてる。
でも、メラルシカさんに関しては体調管理のために何度か鑑定させてもらってる。他の部分は極力見ないようにしながらだけど。
それで料理スキル以外も持っている気がしている。これは、正解?」
「はい。硬化と伝達というスキルです」
「ということは、一般スキル一つと、特殊スキル二つっていうことか」
「はい、黙っていてすみません」
フィーダがわずかに驚きとともにこぼせば、メラルシカは申し訳なさそうに体をすぼめた。
「いや、こっちも聞こうとしなかったんだから謝ることはない」
「そうそう。教えてくれて逆にありがとうってくらい。それで差支えない範囲で、スキルの効果を聞いても?」
ハルの言葉に、彼女は首を縦に振って説明を始める。
「硬化スキルは、魔力で体の一部を硬く変質させることができます。魔獣からの攻撃を身に受けても、ある程度は抵抗することができます。盾役に最適なスキルかと」
「そこは、ちょっとまだ確定じゃなくっていいかな、うん」
ハルはテーブルをコツコツと指で叩きながら、答える。
盾役……魔獣の前に立ってその攻撃を彼女に受けさせ、兄と弟がそのまま彼女ごと攻撃を魔獣に当てる光景が容易に思い浮かぶ。
胸糞が悪い。
「もう一つの、伝達のスキルは?」
「……使えないんです」
メラルシカが肩をすぼめて答える。
三人は同時に首をかしげた。
「スキルの効果は、知ってる?」
通常、スキルを授かると、どのようにすれば発動するか自然と理解できる。
もちろん訓練は必要になるが、基本的な使い方は練習なしでも発動するのだ。
メラルシカは小さく頷く。
「はい。他の人へ声を届けるというスキルです」
「おー! それはかっこいいですね!」
「……使えれば、ですけど」
イーズが顔を輝かせる一方で、苦い顔で笑うメラルシカ。
フィーダは顎をこすりながらさらに踏み込んだ質問をする。
「成人してから一度も使えたことが無い?」
「無いです。ずっと使いたいとは思っているんですけど」
「そうか。それは辛かっただろう」
「いえ……」
一度村長がメラルシカと話し合った際、スキル訓練のことについて触れていた。
彼女の家での扱われ方は、スキルが発動できないということも一因だったのかもしれない。
「何か、使えない理由とか、思いつくものはありますか?」
イーズからの質問に、メラルシカの表情が曇る。
イーズはそれは、何も思い当たる物が無いせいだと思った。
だが、彼女は苦し気に吐き出す。
「本当に、ただの、可能性になるのですが……」
そう言ってから、ぐっと何かを飲み下すように喉を上下させる。
「このスキルは、信頼しあっている人でしか、つながらないと思います」
苦しみの原因はメラルシカの人生で、信頼しあえる人が現れなかったことだった。
「条件はおそらく私の信頼を得ていること。そして、相手が私を信頼していること。これが当てはまれば、スキルを活用できます」
覚悟を決めたように、メラルシカは顔をまっすぐに上げてフィーダ、イーズ、ハルを見つめる。
フィーダの口の端が上がる。
「そうか。では、きっとスキルはすぐ使えるようになる」
イーズも顔を輝かせて頷いた。
「スキル、どんなふうに聞こえるんでしょうね!」
ハルもそわそわとしながら、メラルシカにあることを相談する。
「メラルシカさん、最初の言葉は『聞こえていますか? 今あなたの心に直接呼びかけています』ってのがいいと思う!」
「え? あなたの、心に?」
「『聞こえますか? 今あなたの心に直接呼びかけています』っていうやつ。心がつながる魔法の呪文! あたっ!」
「何、あほなことを教えているんですか。メラルシカさん、ハルの戯言は無視していいですからね」
「本当に……絶対碌でもないことだろ」
「えー、言ってみたかったのに」
ポンポンと飛び交う矢継ぎ早な会話に、メラルシカは目を白黒させる。
そこそこ重要なことを打ち明けたはずなのに、三人にかかればおしゃべりのネタにしかならない。
「ふふっ」
堪らず、メラルシカの口から軽やかな笑いが漏れる。
「ふふふっ」
抑えられない声が転がり出る。
手で軽く口を覆っても、なかなか止まらない。
「ふふっ、お、おかしっ」
「あー、ハル、笑われてますよ」
「え? 俺? 俺のせい?」
「ハル以外おらんだろ」
「ふふふふっ、ご、ごめんなさい、ハルさん」
笑い続けながら、メラルシカはハルに謝る。でもなかなか笑いは止まらない。
「ね、メラルシカさん、やってみてよ。ほら『聞こえますか?』だよ」
「え? こうです?」
(聞こえていますか?)
「おお!」
「ふぁあ!」
「うわっ!」
頭の中に響いた軽やかなメラルシカの声に、三人の口から驚愕の声が漏れる。
「え?」
「も、もう一回!」
ハルが指を一本立ててアンコールをねだる。
「え? ええ?」
(えっと、今、みなさんの頭に呼びかけています?)
「惜しい!」
「いやいや、それ関係ないですって!」
「これはすごいな」
「本当に、三人同時に聞こえました?」
何度も頷く三人の興奮した様子に、メラルシカは胸元を押さえて込み上げる熱を必死に抑える。
眦が熱くなり、トロリとわずかにこぼれた雫をさっと手の甲で拭う。
「これはすごいな。念話のようなものか」
「念話? どなたかのスキルですか?」
目を数回瞬かせたメラルシカの質問に、フィーダの顔が曇る。
答えない彼の代わりに、イーズがにやつきながら言う。
「フィーダの口喧嘩相手です。頭の中に直接声が聞こえるんですよ」
「そうなんですね」
「それで、魔力が減った感じとかは?」
ハルが魔力消費を尋ねれば、メラルシカは少しだけ視線を宙にさまよわせてステータスを確認する。
「消費量は少ないようです」
「良かった。んー、こうなるといっぱい検証したくなるよね」
ハルの発言に、フィーダは腕を組み真剣な顔つきをする。
「検証か……そうだな。数日中に四人で少し攻略に行っていいか、レアゼルドに確認を取る。第四でメラルシカの肩慣らしに行くと言えば、問題なく許可は出るだろう。どうだ?」
ぐるりと見回すフィーダに向かい、三人は深く頷く。
もう一度メラルシカに視線を合わせ、フィーダは彼女の覚悟を尋ねる。
「攻略に本当についてくるのか?」
「はい。行かせてください」
「体調は?」
「万全とは言えません。でもこの島は私の庭です。最奥の攻略に参加したことはありませんが、第六まではあります。足手まといにはなりません」
「分かった。スキルの検証で魔力枯渇を起こす可能性もある。その兆候が出たらすぐ休ませる。言わない場合には」
そこでなぜかイーズとハルをチラリと見て、フィーダは悪巧みを思いついたように笑って言葉を続ける。
「とびっきりの罰が待っているから、覚悟しとけ。いいな?」
「は、はい。ちゃんと枯渇する前に報告します」
「それでいい」
しっかりと頷くメラルシカ。フィーダはくしゃりと彼女の髪をかき回す。
その横でイーズが「ポテトスナック」とか、ハルが「醤油さし」とか呟く声は耳に入らない。
きっとその意味も、彼女が公約した通りに報告を行えば知ることはないだろう。
渋い顔をするレアゼルドとの戦いを制し、フィーダが攻略許可をもぎ取ったその夜。
サトとの対面も無事果たして、イーズとメラルシカはベッドの上で小声で女子トークをする。ここではサトも女子の仲間入りだ。性別不明ではあるが。
ちなみにこの家にベッドは四つなので、一つを階下に移動させてそちらは男組になっている。
「第五は砂地が多いんですよね?」
「そうです。うまく歩かないと体力が奪われますね」
「そっか。それはハルが要注意かなぁ。第六は?」
「樹海なので、森よりも歩きにくく、足元から蔦植物が這い上がって掬い上げられたりするので注意です」
「おー、それは怖いですね。そうすると、サトのお友達は第六になりそうだね」
「ケキョ!」
「お友達見つかるといいですね」
「キョー!」
ぱさぱさと葉っぱを揺らし、楽し気に声を上げるサトにイーズとメラルシカはクスクスと笑い声をあげる。
「メラルシカさんは」
「メラでいいですよ」
イーズがメラルシカの名を呼ぶと、彼女は柔らかな笑顔でイーズの言葉を遮る。
「名前、長いでしょう? それに“さん”もいらないですよ」
「いいんです? じゃあ、私もイーズって呼んでください。それから、メラはもっと砕けた話し方でもいいんですよ」
「イーズは?」
「私のこの話し方は癖なんですよね〜」
「そっか。じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「そうそう。それでいいです」
もう一度ひそやかに笑いあい、小さなボウルに乗せたキャラメルナッツをつまみ、話を続ける。
「メラは、今何歳です?」
「今年三十二ね」
「本土に行ったのは二十代ですか?」
「そう、二十の時。私の事情、知ってる?」
「レアゼルドさんから大体は。外でお婿さん探しに出たって聞きました」
「そう。二十五で結婚して島に戻ってきたの。だけど思いっきり失敗しちゃった」
そう言ってメラは肩を軽くすくめる。わずかに目を伏せたが、そこに大きな揺れはない。
僅かに滲むのは後悔と、かすかな自嘲。
「家族と離れたくて外に出て、家族を作って見返そうって戻って、家族にすらなれなくて、そして家族に利用されて。本当にずっと振り回されてきたの」
「そう……」
「死にそうになって、やっと何やってるんだろうって。自分のために生きたいって思った」
「うん。それが一番ですね」
「でしょ。生きたいって思った時にね、フィーダさんと目が合ったの。それで、フィーダさんがね、運んでくれる間、ずっと死ぬなって言ってくれたの。嬉しかった」
「さすがフィーダです。私が褒めておきます」
「ふふふっ、そうね。たくさん褒めてあげて」
なぜか得意げにするイーズに、メラは目を細めて笑いを漏らす。
「自分で生きようって思った時に、生きろって言ってもらえて。なんて言ったらいいのかな、認めてもらえた気がしたの」
「生きることを?」
「そう。諦めないで生きることを。だから、これからはもうちょっと我儘になろうと思って」
「いいですね。我儘! 大丈夫ですよ。うちはみんな我儘ばかりですから」
「そう?」
「そうです。この旅もハルと私の大いなる我儘です。フィーダは自分からそれに飛び込んできた可哀そうな人です」
「可哀そうって……」
顔を枕に当てて肩を震わせるメラ。
日々、彼女の笑顔が増えて、イーズとしては誇らしい。
そこに、何かを察したのか、階下からハルの声が飛んできた。
「こらー! 女子どもー! 明日攻略だから、そろそろ寝なさーい!」
「はいはーい!」
「はいはー?」
「いっかーい!」
「よろしー!」
大きな声で答えてから、イーズはわずかに灯していた光魔法を徐々に暗くする。
ハルとイーズのやり取りが面白かったのか、隣からはまだ微かに笑い声が聞こえてくる。
「さ、お嬢さん。夜更かしは肌に悪いですからね。若さで乗り切れるのも今のうちだけですよ」
「ふふふっ、はい、分かりました。ちゃんと寝ます」
「よろしい。では、おやすみなさい、メラ」
「おやすみなさい、イーズ」
笑いで震える声が返ってくる。
イーズは小さく微笑んで光魔法を消した。





