6-5. その言葉だけで
三人と一体でテーブルを囲み、その前に並ぶ物を指さしては次へと作業を進める。
黒の森特産の糸で織られた、色とりどりの小さなラグ。
コンテナハウスの小物棚に敷いたり、ランチョンマットの代わりにしたりできそうだ。
「うーん、青だとかぶっちゃいます」
「じゃ、黄色?」
「華やか過ぎません?」
「でも、緑でもないよね」
「ケキョ」
「緑はサトだもんね」
「キョー」
「やっぱり、フィーダは紫でしょう」
「そうだね。やっぱそうかな」
「勝手に決めるな」
「でもさ、フィーダのアミュレット、紫でしょ」
「そうなると、ハルのアミュレットは緑だろうが」
「ギョッ!?」
「サト、そんな目で見ないでよ! 出された色の中から選んだんだから仕方ないじゃんか!」
「ギョー」
「そうなると残りは黄色ですね」
「そうだな。一番分かりやすい」
イーズは赤、ハルは青、フィーダは紫、サトは緑、そして黄色はまだ眠っているメラルシカに。
彼女が運び込まれてからすでに二日。
未だに眠り続けているが、ハルの鑑定では問題ないとのこと。
無理やり魔法で修復された身体機能が、健康な状態に適応しようとしているらしい。
そのあたりの詳細は分からないが、ハルが大丈夫と言うのなら信じよう。
「じゃ、他には何がいります?」
「服は村の人がくれたし、食事も今後はいいし、あとは女性特有の持ち物?」
「そこもお姉さま方が気を利かせてくれました。手鏡とか、綺麗なのをくれましたよ」
そう言ってイーズは、マジックバッグからかつて若かった女性が使っていたという手鏡を取り出す。銀細工が施され、曇りなく磨かれた鏡は大切に使われてきた証だ。
「しばらくここで生活するには支障なさそうだな」
「うん、大丈夫そう」
レアゼルドから、今回の件でメラルシカの家族の処遇が決まるまで彼女をかくまってほしいと言われた。
実際にメラルシカを傷つけた兄と弟は、すでに投獄されている。
だがその両親はまだ健在であり、自分たちや息子への罰に異議を申し立てているという。
しかもすべてメラルシカ本人が悪い、メラルシカが望んだこと、兄弟の代わりにメラルシカを投獄しろとまで言っているとか。
「本当に、クズだよな」
「毒親っていうやつですね」
薄い笑いを口元に浮かべつぶやく二人に、フィーダは背筋を震わせて目を逸らす。
あの日、イーズの力のすごさを思い知ったレアゼルド。
その前のマジックバッグの鑑定の件でハルの賢者としての力を見たこともあり、ファンダリアが賢者という名目で送り込んだ二人を、完全に本物であると認めた。
「明日、言い伝えを知っている人が、資料をもってきてくれるって」
「なんだかんだでいい方向に転びましたね」
「それでも攻略は行くんだろ?」
「んー、肉がないのは残念ですけど、美味しい肉料理に使えるなら行きますね」
最奥攻略が完了したら教えてもらえる予定だった情報だが、結局どう転んでもトレント戦は行くことになりそうだ。
「あ……」
荷物の整理の後、リビングでのんびり過ごしていると、イーズがふと顔を上に向けた。
「あ、起きたっぽい?」
「うん。どうします? 私? それか、助けたフィーダ?」
「……俺が行こう」
少し考えてフィーダは立ち上がる。
小さく手を振る二人に頷き、中二階へ続く階段をゆっくりと上った。
最上段に足を踏み出す前に、潜めた声を掛ける。
「入るぞ」
カサリと布団がこすれる音がする。
しばらく待ってから一歩前に進み、体をメラルシカが休んでいるはずのベッドへ向けた。
「……何をしている?」
フィーダは思わず眉をひそめる。
そこには床にうずくまり、頭を下げるメラルシカの姿。
フィーダの質問に体を震わせ、答えようとしない彼女を驚かせないように、ことさらゆっくりと前に進む。
「体がまだ本調子じゃない。ベッドに戻るんだ」
潜めた声で、相手を怯えさせないように、そっと告げる。
彼女の丸められた背がピクリと動いたのをみとめ、フィーダはその横に膝をつく。
「床は体が冷える」
イーズが着せた薄い寝巻のままの彼女。
その背を温めるように、隣のベッドからブランケットを引っ張って彼女の体にかける。
少しだけ、メラルシカの顔が上がった。
だが、まだ彼女の顔は見えない。
「俺は、フィーダ。あの時、会ったのを覚えているか?」
名前を告げ、自分とは会ったことがあると言えば、彼女の顔がついにゆっくり上げられる。
おずおずと下を向いていた視線が、床に膝をつくフィーダの胸、首、顎と徐々に上がる。
「あ」
やっとフィーダと視線が合い、メラルシカの口からかすれた声が漏れる。
その後に何も言わないメラルシカだが、フィーダの顔に見覚えはあったようだ。
「覚えているみたいだな。今はそれでいい。
ここは俺と仲間が滞在している家だ。体が本調子になるまではここを使ってくれ。仲間の一人をここに呼んでいいか? 光魔法使いの女だ」
フィーダがそう告げると、メラルシカの首がかすかに上下に振られる。
「よし。それじゃ、もう一度ベッドに戻すぞ。んなとこにいたら、体に悪い」
毛布の上からメラルシカの体を支え、数歩でベッドへとメラルシカを運ぶ。
一瞬だけ彼女の体がこわばったが、すぐに力が抜ける。そっとベッドの上に横たわらせ、フィーダが体を反転させるとかすかな声が耳に届いた。
「……の」
体半分だけ振り返ると、ベッドから頭を浮かせたメラルシカの黒い瞳と視線が合う。
一歩戻り、床に片膝をついてそっと彼女の体をもう一度ベッドに横たわらせる。
横を向いた彼女と視線を合わせ、フィーダは首をわずかに傾ける。
声にするよりも、そのほうが彼女にとっては良いと思った。
「はこ……でたの」
「ああ、俺が運んだ」
途切れる彼女の声に耳を寄せ、フィーダは頷く。
メラルシカの瞳が揺れた。
「し、なって」
「ああ、死ぬなと言った」
もう一度頷く。
彼女をここまで運ぶ間、何度も声をかけた――死ぬな、生きろと。
「よか……た?」
「うん? 何がだ?」
良かったと聞かれたのは分かったが、その意味が分からずフィーダは聞き返す。
メラルシカの長い黒いまつげが、悲し気に伏せられる。
「いきて、よかった?」
「ああ、生きてて、助かって良かったよ」
消えてしまいそうな声。
質問の意味を悟り、フィーダはもう一度深く頷く。
「しっかり休め。治癒師はまた後で見に来させるけど、寝ていたかったら寝てていいから」
「あ……」
「ん?」
「また、くる?」
弱く、すがるような黒の瞳。
フィーダは焦茶色の瞳を細め、確実に頷く。
「ああ、ここにいる。大丈夫だ。休め、メラルシカ」
手を伸ばす。
この黒の森では、家族にしか許されない行為。
だが、短く雑に切られた髪と、彼女の家庭環境を考えればそんな優しい存在はいなかったはず。
そっと触れた髪は、何度も触れたあの二人の髪とは比べようがないほどに傷んで、手入れされていない状態。
それでも、フィーダは何度も撫でる。
彼女が安心して、もう一度眠りにつくまで。
ここが、安全だと。
守る者が、ここにいるのだと。
「フィーダ?」
小さな声が階段から聞こえる。
フィーダは首だけを回して、ベッドの向こうへと視線を向けた。
「え? なんで床に座ってるんです?」
「何かやらかしたの?」
階段の上部から積み重なるように二つの頭がのぞいている。
聞こえた言葉に、フィーダは眉を寄せる。なんでそんな発想になるのか。
「そっち、行って大丈夫です?」
「ああ」
静かな声で許可すれば、まずはイーズだけ隠密を使って音を立てないようにしてやってきた。
「ハルに、鑑定かけてもらっても?」
「そうだな。あと、喉が枯れているようだ。水分もいる」
「ハル、パパの許可が出ましたよ」
「パパ、ありがとう」
「おい」
ふざけたことを言いながら、ハルはなぜか腰をかがめて「ニンニン」と言いながら足早にベッドに近付く。
ベッドそばの床にフィーダ、イーズ、ハルの順番で腰を下ろし、そこからメラルシカの顔を見上げた。
「顔色はいいみたいです。少しだけ回復魔法かけますね」
イーズがさっと回復魔法をかけたのに続き、ハルが鑑定で体調を確認し、水魔法を器用に操って彼女の口から水分補給をする。
「ん、一日も経てば起き上がれるでしょ」
「フィーダはここに?」
「ああ、そうする」
フィーダの返事に、ハルとイーズはフィーダの周囲にクッションや食べ物などを広げる。
そしてフィーダの指先を見つめ、同時に目も口も薄い三日月のように細めた。
「では、騎士様、頑張って。ここでガツンといくんだ」
「ヒーローですよ。虐げられたお姫様を助けるヒーロー。大丈夫です。きっと三割増しでカッコよく見えていると思います。毛量も増し増しです」
「お前ら……」
次々と飛んでくるアホなセリフに、フィーダの口から地を這うような低い声が出る。
「うひっ、お館様がお怒りだ。ずらかるぞ。ニンニン」
「そうっすね、兄貴! 行きましょう、ニンニン」
二人はくるりと踵を返し、中腰でサカサカと足を素早く動かし階段へと去っていく。
その後ろ姿を見送り、フィーダは深いため息をついて自分の左手へ顔を向ける。
フィーダの左手の中指と人差し指を握りしめる、細く白い指。
どうしても振り払えずにそのままになってしまっていた。
「あいつらに見られたなら、もうどうでもいいか」
この際、好きにさせておこうと、フィーダは絡められた指を親指でそっと撫でる。
指先の温かさが、胸の奥を熱くさせた。





