5-10. 隠された神々
読んでくださりありがとうございます。
第三部第五章 最終話となります。
次の日の朝、腕にラオンを抱いたウメカがフィーダたち三人の下を訪れた。
「今日はこの子を連れて五番の神殿街に行くんです。みなさんもご一緒にどうかと思って」
そんな誘いにのってやってきた五番。
神殿街――彼女の不思議な表現はまさにその言葉通りだった。
「うわー、色んな国の建物ですね!」
「一緒にあると違和感だらけ」
「これは凄いな。見たことのない形の物もある」
ハルとイーズは目に入る衝撃的な光景に唖然とする。
そこには見る限りでは地球でもありそうな建物が数多く並んでいた。
時代背景も建築様式もバラバラな建物。だがその共通点に二人はすぐ気づく。
「もしかして教会とか、お寺です?」
「キリスト教は十字架だから分かるし、仏教も仏陀だから分かる。あとは、モザイクが貼ってあるのはモスクとか寺院ってことしか分からない……」
「積み上がってる感じなのと、玉ねぎっぽいのしか……」
お互いの浅い知識ではどうにもならず、ここまで案内してくれたウメカに助けを求める視線を送る。
「ここは、勇者様や賢者様が故郷で信じていらした神様を隠した場所です」
「隠した?」
堂々と立ち並ぶ教会、寺院、神殿などに「隠す」という言葉が合わず、ハルは聞き返す。
その問いを予想していたのか、ウメカは綺麗に整えられた建物の間を進みながらその成り立ちをかいつまんで説明する。
「勇者様は女神様のお力を通してこの世界にいらっしゃいました。そのため、この世界では女神様の使徒とも言う方がいます。
ですが勇者様ご自身が地球で別の神様を信仰している場合には、それを表立って否定することは難しくなります」
ウメカは、鮮やかな原色が配置された木彫りの像の前で足を止める。
その様式に全く見覚えはない。だがここにあるということは、勇者が信仰していた宗教なのだろう。
「こちらの賢者様は、本土で行われる教会の式典に参加することを拒み、逃げ出してこの島に辿り着きました。
他にもここに隠されている神殿を見て、やっと自分の神様に会えたと涙を流された賢者様もいらっしゃったと聞いています」
そう言ってから、ウメカは思案げにハルとイーズを見つめる。
その時になってやっと、ハルは彼女が今日二人をここに連れてきた意図を理解した。
「お気遣いありがとうございます。えっと、そうですね……僕は特に何かを信仰していたわけではないので、どの宗教にも思い入れが無くって。
でも、その、お気持ちには感謝します」
途中しどろもどろになりながらも、ハルはウメカの気遣いに感謝を示す。
ウメカの視線は続いてイーズに向き、イーズも僅かに首を左右に振った。
「そうですか。私の勝手な思い違いでお二人を困らせてしまい、すみませんでした」
そう言って頭を下げるウメカを二人は慌てて止める。
「あの! 私たちが育った国って最近は信仰自体が珍しいんです。もう色んな宗教のお祝いとかグッチャグチャなので。
それに私たちはこの世界に呼んでくださった女神様に感謝しているってのもあって……」
「ありがとうございます、イーズさん」
矢継ぎ早に手をブンブンと振って説明するイーズに、ウメカは目を細めて微笑む。
「そうそう。日本でやってる宗教のイベントなんて、若者はみんな起源なんて知らずに騒ぎたいだけだし。イベントごとにかこつけて騒ぎたいだけだし」
「なんですか、突然。妙に実感こもってますけど」
「別に? 何千年も前の人の偽の誕生日をわざわざ高級レストランで祝おうとか思わないし。
原価十円くらいの手作りのふにゃふにゃのラスクに安いチョコを垂らしただけのものに、見返りを五千円以上で求められるような暴利なイベントもいらないし。
なんだったら、横文字だらけのブランド物を買えと脅迫される誕生日という悪魔の日も元をただせば異教の――」
「あー、分かりました。分かりました。ハルがぼっちでモテない無駄に身長が高いだけの悲しい社会人生活を送っていたということが」
矢継ぎ早に繰り出されるハルのアンチイベント思想をイーズは途中で止め、白けた目を向ける。
するとその目の間に一本の指がずいっと伸ばされた。
チッチッチと左右に振られるのを、イーズは思わず首を動かして追う。
「ぼっちではない。友人はいた。ただ、年々減っていただけだし」
「あれですね。どんどん結婚していったからってやつですね」
「仕方がない。家族をないがしろにしろとは言えない。たとえそれが根拠も起源も何も理解されていない、社会の勝手なプロパガンダによる支配的思想に侵されたものであろうとも、それを家族で祝う権利を奪うことはできない」
「拳を固く握りしめて言うことですか、それ」
「時に人は主張したくなるものなのだ。黙って聞きなさい、若人よ」
「はいはい」
よく分からない持論を延々と語るハルを押しとどめて、イーズは周囲の建物をじっくりと観察する。
手入れがきちんとされており、それぞれの賢者たち、そして彼らが信仰した神への敬意が感じられる。
ふと、ハルの言葉の中に異様に実例が細かかったところがあったと思い出す。
「高級レストランやブランド物をねだったのは彼女さん?」
「いや? 妹の彩。バレンタインも妹。バゲットを薄く切ってトーストして、そこに百均のまずいチョコを溶かして乗せて、バレンタインチョコと言い張った悪魔」
「おー、強い」
「それを渡す本人の目の前でやっておいて、一ヶ月後に高級限定クッキー詰め合わせとかアホじゃん」
「買ったんです?」
「買ったさ。それ以外の選択肢なんてないんだもん」
口を尖らせて情けない顔をするハルに、イーズの口からプフッと空気が漏れる。
なんだかんだ言ってお兄ちゃんは妹に弱かったようだ。
彩――さやかさん。高田遥の七歳下の妹。
何か苦しい出来事があったのは、アイリーンにボールペンを渡したときに知った。
でも今はこうやって軽口に乗せてエピソードを話してくれる。
色々抱えてきたものが、異世界の旅の途中で少しずつ重荷を手放してすっきりした気持ちで前に進めているのなら良い。
イーズはだいぶ上になったハルの顔を見上げて、口元を緩めて笑った。
一方、ぎゃあぎゃあと相変わらずよく分からない内容の話で盛り上がる二人の後ろで、フィーダはウメカに建物の特徴やそれにまつわる賢者のエピソードを教えてもらっていた。
賢者大全に収められていない賢者たちの話。旅の間にいくつも拾い集めてきたが、ここはまた知られざる賢者の話の宝庫だ。
何時間でも聴いていられるが、それは案内するウメカも辛いだろう。
そう思ったところで、ウメカがずっとラオンを抱っこしていたことに気づいて慌てて声を掛ける。
「ウメカ、すまない。ずっと抱いているのは大変だろう。俺が代わろう」
「あら、フィーダさん。ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えちゃいます」
三番から二番に三人を迎えに来て、それからさらに五番まで歩いてきた。
抱っこ紐のようなもので支えてはいるが、ずっと一歳児を抱えているのは辛いはずだ。
少し汗をかいたラオンを受け取り、太い腕の上に乗せて肩で頭を支える。
そうしているとイーズが気づいて、フィーダの腕の中のラオンの顔を覗き込んだ。
「人見知りしたりしてないんですね」
「そうですね。村にいると人が入れ替わり立ち代わりで様子を見に来てくれるので、それで慣れてるんだと思います」
「この子は将来村長に?」
「いえ? 村長のお役目は私の夫で終わりです。次は別の家に移ります」
「え? 村長の家って代わるんです?」
ウメカの言葉に、驚いてイーズはラオンを見ていた顔を上げる。
フィーダとハルも話の内容が気になるようで足を止めた。
「ええ。村長は持ち回りなんです。今は“海洋”の賢者の直系である夫の家が担っていますが、それも五十年間だけです。
次は、“測量”の賢者さんの家系になる予定ですね」
「賢者の直系が村長を継ぐってこと?」
「一応、そうなっています」
「一応?」
曖昧に濁すウメカの言葉に、ハルは首をかしげる。
ウメカは少し困った表情で笑ってから、どうにも黒の森の住民らしい理由を告げた。
「村長になりたがる人は少ないんです。だから、直系でもうすぐ自分の番になりそうな場合には外に逃げちゃう人もいて。
なので、村長が代わる時の次の順番は五十年を目前にしてくじ引きで行われるようになりました。そうなると、直系じゃないおうちも当たったりします」
「うわーーー」
「確かに他にやりたいことがあったら、村長になるのは嫌ですね」
「飛び出すやつがファンダリアに迷惑かけてそうだな」
三人の反応を見て、くすくすと笑いながらウメカも頷く。
「私も、本当は村長宅に嫁ぐのなんていやだったんですけど、夫が自分たちの子供は村長にならなくていいって言ってくれたので」
「ははっ、そっか。自分の子供の将来が村長一択ってのは嫌だったんだ?」
「嫌ですよ。それに、村長にするためにはそれ相応に厳しく教育しないといけないでしょう? 私もそんなこと面倒くさいですから」
「ふふふ。面倒くさいんですね」
「ええ、面倒くさいです。自由に育てられるのが一番です」
優しそうなお姉さんだと思っていたウメカだが、やはり話してみるとちょっとだけ変わっている。
これが黒の森住民の気質なのか、それともウメカ本人のものなのかは分からないが不快ではない。
「ああ、あと、この持ち回りの理由はもう一つあって、いつ賢者様が逃げ込んでこられるか分からないからっていうのもあります」
「ん? どういうこと?」
「過去、逃げ込んできた賢者様を村長にしようとした動きがあったそうです。
でも賢者様ご本人はいろいろなしがらみを振り切ってきたのに、この中の事なんか分からない状態で村長なんてできないと言うご本人と、賢者様の上に立つのを拒んだ村長で揉めたとか」
「あー、気持ちは分らないでもないけど、うーん、賢者側としても嫌だろうな」
召喚される勇者や賢者が毎回逃げ込むわけではないが、それでもこの島の成り立ちとしてそういう日がいつ来てもおかしくはない。
そのため、村長は任命されたら五十年は逃げられないという、ある意味罰ゲーム的な輪番が出来上がったようだ。
「もう、本当に、黒の森って中に入っちゃうと、イメージ崩れまくり」
呆れた顔で呟くハル。
顔が異様に長く、不思議な動物たちが鎮座している祠のようなものをまじまじと観察しながら歩き出す。
その他にも、モザイクの代わりなのか、小さく色が塗られた丸い石を綺麗に敷き詰められた建物は中東にありそうだ。
イーズも宗教は分からずとも、その建物一つ一つに込められた賢者の厚い信仰と郷愁の念を感じ取ることができた。
時折ラオンをあやしながら、フィーダもゆっくりとその後に続く。
「最初、黒の森ってファンタジー映画にでてくるエルフみたいなイメージだったんだけどなぁ」
「あー、分かります。こう、髪を長く伸ばして、ツンってして、人を寄せ付けないエリート意識高めな感じ」
そう言いながら、イーズは鼻を上向きにして、すまし顔でスッスッと足を進める。
「許可された人しか入れない森に住んでるっていうとこもそうだし。いい意味で裏切られたって感じだけど」
首をかしげるフィーダとウメカに、地球の創作物語の中に出てくるエルフについて二人で説明する。
最初は多くの共通点に驚いていたが、最後に「細身で美形が多い」と言うところでウメカは口をあけて笑い、
「それじゃあ、お義父さんはすぐに失格ですね。お顔は悪くないですが、細身とはほど遠いですから」
と言った。
それを聞いてハルとイーズも顔を合わせ、
「村長がエルフじゃなくって良かったです」
「それこそエルフイメージががた落ちだって」
と肩を落とした。
宗教の祝い事云々に実感がこもっていますが、バレンタイン以外は作者の実体験ではありません。モテない男の代弁者ハルが頑張っただけです。
明日はサイドストーリーです。
その後は黒森騒動編です。タイトルが不穏ですなぁ。





