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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第一部 第三章 王国脱出編

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3-9. ぬくもり



「ハル君、イーズ君」


 呼ばれてる。

 起きなきゃいけないけど、起きたくない。

 布団からはみ出てるトコはひんやりしてるけど、布団の中はぬくぬくで、何この絶妙なバランス。


「おおおい、ハールーくーん、イーズーくーん」


 ああ、まだ呼ばれてる。

 でもこのけしからん布団が悪い。

 人をダメにする布団だ。本当にけしからん。

 

「うーん、だめかな? ハル! イーズ!」

「ひゃっ」

「うごっ」


 大きな声で呼ばれて目を開けると、イーズの目の前にハルの顔があった。

 慌てて飛び起きれば、思いっきりハルの顎に頭を強打し悶絶する。

 ハルも顎の衝撃で脳天を揺さぶられて悶えているがどうでもいい。いや、どうでも良くないけど、今はそれどころじゃない。


「お、やっと起きたね。みんな集まったから、もうそろそろここを移動しようと思ってね」

「みんな? 移動?」


 イーズが周りを見渡すと自分たちが乗っていた馬車の乗客、襲われた馬車の乗客と思われる見慣れない顔の人たちと、護衛や御者がこちらを見ているのに気づく。


「す、すみません!」


 ガバッと立ち上がってふらつきそうになったイーズを、いつの間にか復活したハルが横から支えてくれた。


「……すみません」

「おう。こっちも悪いな。いつの間にか寝てたわ。んで、俺も今目が覚めた」


 ハルはそう言って顔をしかめて顎をさすりながら、しっかりとした足取りで起こしてくれた護衛の方へと歩いていく。

 イーズがその姿を目で追っていくと、その先にこちらを心配そうに見ている女性が見えた。

 馬車の中で何かとイーズを気遣ってくれた女性だ。


「エリーさん! 無事だった?」

「それはこっちのセリフよ。イーズ君、怪我はなかった? 木のそばで眠ってるの見た時は、大きな怪我でもして意識がないんじゃないかって本当に心配したのよ」

「うっ、すみません。初めて魔獣と戦って疲れて寝ちゃって」

「こんなチビじゃ体力ねぇわな」

「ぐぅっ」

「もう、あんたは。なかなか起きてこないから、魔力枯渇起こしてるんじゃないかと思ったけど、大丈夫そうね」

「魔力はまだ大丈夫。枯渇すると危ない?」

「気持ちが悪くなったり、意識がなくなったりするわよ」

「そっか。もしかしたら少なくなってて、寝ちゃったのかも。こんなに一気にいっぱい魔法を使うのは初めてだったし」

「そうかもしれないわね。

 ――さっき倒された魔獣を旦那と見てきたの。あんなのに襲われていたかと思うと、ゾッとしたわ。

 イーズ君、私たちを助けてくれて本当にありがとう」

「俺からも、ありがとう。よくやったな。護衛代金出してやりたいくらいだ。金ねぇけどな!」

「とんでもない! みんなを守れて良かった!」


 お礼を言いながら、エリーはぎゅっとイーズを抱きしめる。

 イーズの頬に当たる粗い綿の服のチクチクが、心をふわふわさせる。頑張ったんだと、自分が守った温もりがここにあると、教えてくれているようだった。


「イーズ、こっち来れるか?」

「あ、すぐ行く! ごめんね、呼ばれてるから行くね」


 ハルに呼ばれたため、エリーたちに断りを入れてからその場を抜ける。

 復路便の乗客も一旦アブロルに戻ることが決まったため、護衛や御者たちと集まって移動の方法を考えていたらしい。

 襲われた馬車は使えず、馬も二頭のうち一頭怪我をしている。

 さらには倒した魔獣も出来れば回収していきたい。


「ここからアブロルまで距離は?」

「馬の早足で二時間と言ったところか。一番いいのは早馬を出して、国境警備隊か冒険者、それが無理なら、組合の余っとる馬車と護衛をここまで引っ張ってくることだろう」

「それは護衛の誰かを送ろう。どこに頼むにしても、一番話が通しやすい」

「んじゃあ、その間にゆっくり進んどくかの。獲物はどうすんで?」

「このままにすると獣に食われるかもしれんな。壊れた馬車の中に突っ込んどけばマシだろうか」

「じゃ、残りの護衛でやろう。他には……特に大丈夫そうだな。では、馬車は襲われた方々と女子供を優先して、歩けるものは歩こう。できれば今夜中に街に入りたい」


 御者と護衛たちが結論をつけた後、銘々が動き出す。ハルとイーズは壊れた馬車を魔獣のところまで動かすのを手伝うことにした。

 馬車を横に並べてみると、今更ながらに魔獣の巨躯に圧倒される。


「それにしてもこんなでっかいブラッドベアがいたとは。前回討伐されたのは六本腕だったが、これも相当だぞ」

「討伐隊から隠れてたのなら、知能が高かった可能性がある。進化する前の個体で良かったな」

「確かに。進化していたらこんな少人数じゃ絶対無理だった。というか援護が来る前に、俺らは粉々になってた。本当に助かった、ありがとう」

「やめてくれ。俺たちは……俺は、最初自分の馬車護衛任務を優先した。だから、お礼を受け取る権利はない。実際、着いてからそんなに役に立ってない」

「違いない。ハルとイーズがいなきゃ、馬車を離れられなかったし、お前たちを助けられなかっただろう」

「そうか、では改めてハルとイーズに礼を言わねばな」


 護衛たちの作業を手伝いながら彼らの会話を聞いていると、話の流れが自分たちに向く。

 護衛全員が二人に向き直り、そしてそろって深々と頭を下げ口々に礼の言葉を述べ出した。


「君たち二人の協力に、心から感謝と、そして敬意を」

「二つの馬車の乗客と俺たち護衛の命を救ったのは、確実に君たちだ。誇りに思っていい」

「仲間の命を救ってくれてありがとう。仲間を見捨てる判断を下さずに済んだ自分の心も救われた。本当にありがとう」

「本来なら護衛の俺たちが責任を持って対応すべきところを、子供の君たちに負担をかける作戦をとらせてしまった。申し訳ない。組合からは協力の御礼を出すように上に掛け合っておこう」


 ガタイのいい大人から雨のように浴びせられる謝辞に、イーズは驚いて反射的にハルの後ろに隠れようとする。


「こらこら、せっかくお礼してくれてるんだから、隠れないの。失礼でしょうが」

「で、でも……」

「ほら、きちんと向き合って。こういうことは大事なことだ」


 わちゃわちゃしている二人の様子を微笑ましく見られていることなんて、自分のことに必死で気づかないイーズ。

 無駄な抵抗をするが結局、ハルの隣に立たされてしまった。

 ハルは満足気にイーズを見下ろしてから、まず先に護衛たちに向き合い姿勢を正す。


「温かい言葉をありがとうございます。俺たちがとった行動が、皆さんの任務を妨げるものにならなかったことに安心しています。

 正直、人の生死がかかっている事態に直面したのは初めてでしたので、無茶をしてしまったと反省していますが。

 あ、でも、お金もらえるなら嬉しいです!」


 最後、場を和ませるようにお金のことを出すハルに、護衛たちから笑いが漏れる。

 “ほら、イーズも”とハルに促されて、トトッと少しだけイーズは前に出る。

 護衛たちの目が一斉に自分に向き、緊張と気恥ずかしさでイーズの顔が赤く染まる。


「……怪我は、もう大丈夫?」

「ああ、問題ない」

「なら、よかった。あと――スキルのこと、黙っててくれる?」

「!! あ、ああ。調書は取られるだろうが、できる限り君のスキルは伏せておこう。大丈夫だ。スキルは冒険者にとって切り札だから、突っ込んで聞かれたりしないだろう」

「良かった! それに、全員助かって良かったです!」


 照れた顔から心配そうな表情、そして最後、満面の喜びを見せるイーズに、護衛たちの心臓が高速で撃ち抜かれる幻影をハルは見た。


 ――タラシめ。


 後に、護衛たちはイーズが冒険者見習いだと知っていながらなぜか十歳くらいだと思っていた、というのをハルは知る。

 そして、本人には絶対に言わないほうがいい、という賢明な判断を下したのだった。





 魔獣襲撃現場周辺をあらかた片付け、並足で馬車を進めて一時間もすると、警備隊と二頭立ての馬車が合流する。

 こちらの馬車に乗客が優先して乗り、もう一台の乗合馬車と共にそのまま国境都市へ向かう。

 護衛の一部はここで警備隊と共に襲撃現場に戻り、魔獣の死骸を回収してくるらしい。

 辺りが薄暗くなる頃、二台の馬車は無事国境都市アブロルに到着した。


 その日は警備隊が所有する宿舎に泊まり、明日護衛メンバーと共に警備隊詰所に顔を出してほしいと警備隊員に言われ、二人は快諾する。

 宿舎は飾り気も何もない簡素なものだったが、一晩だけであれば不都合はないだろう。

 イーズが案内された部屋を見回していると、ハルがゴキゴキとおっさんのように首を鳴らしながら声をかけた。


「イーズ、温かいお茶と甘いもん食いたい。お菓子は出すからお茶頼んでいい?」

「はい。今から夕食を食べに外に出るのもめんどくさいですもんね。軽食もいります?」

「うーん、微妙な時間だからな。お菓子だけにしようかな」

「今日だけですよ」

「母親みたいだな」

「こんな大きな子供はいりませんね」

「イーズはチビ……」

「お茶、どうぞ」


 ドンッとお茶を少し飛び散らしてハルの前にカップを置く。

 マジックバッグの時間停止で保存されていたため、まだ温かい。自分のカップの温もりで手を温めながら、イーズはポツリとつぶやく。

 

「冒険者として生きるのは……大変そうですね」

「そうだな。デビュー戦がいきなり高ランクの魔獣だったってのもあるが」

「ああ、そうでした。普通は低ランクの魔獣から慣らすもんでしたね」

「そうそう。ちびっ子ウサギとかな」

「その表現をされると、ウサギの魔獣と戦えなくなりそうです」

「慣れが必要なのは仕方ない。ジャステッドでフィーダを待ちながら、ゆっくり経験を積み重ねていこう。

 戦う技術はこの世界では必須だし、スキルも使いこなせていないと、いざという時に的確な判断が下せない」

「そうですね。今日の戦闘で二人の戦い方の方向性は分かりましたし? 絶対に女神様には前衛に役立つスキルをもらわなくては」

「あー、その話はまた今度にしような。疲れてるし」

「仕方がありません。第四十八回スキル選定会議は延期とします」

「ありがとうございます、議長」


 ラズルシード国内最後の馬車旅は波瀾万丈ではあったが、なんとか無事に乗り越えられた。

 今日のところは自分たちの頑張りを褒めて、久々のベッドで眠りにつこう。

 この都市に入った時に見えた、北に敷かれた城壁。

 あれを越えれば、自分たちの最初の目的は果たされる。



 二人のラズルシード王国脱出まで――あと六日。



 


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