4-3. 流燈祭
ゴルグワンで行われる流燈祭で使われるランタンは、空燈祭のものより遥かに小さい。
空燈祭のランタンは三人で持って支えるほど大きかったが、流煙祭のランタンは一人一つで持てる五段お重サイズだった。
「うーん、言い方は悪いけど、お葬式の骨箱っぽい」
「こつばこ?」
宿の前に並べられたランタンを見ながら呟いたハル。
首をかしげるフィーダに言葉の意味を説明する。
「故郷は基本火葬だからね。遺体を焼いた後に、お墓に入れるんだ。焼いて残った遺骨を壺に入れてしばらく保管しておく箱。その骨箱のサイズがちょうどこのランタンくらい」
「なるほど。そのこつばこを埋めるのか?」
「埋めるとも違うかな。骨の入った壺だけを、お墓の中のしまう場所に入れるんだ」
「こっちでは死んだらすぐ埋めて終わりだから、そこまで丁寧にする理由が分からんな」
「そこは宗教が違うし、文化も違うから。あっちでも葬儀の仕方は色々違ったよ」
ランタンの話から、日本のお葬式文化の話に流れていってイーズもじっくりとハルの説明を聞く。
確かに、この世界では人が亡くなった時の対応は埋めてしまって終わりのようだ。
もちろん代々墓を持つ者もいるが、それは広い屋敷を持っている貴族や一部の金持ちくらいにとどまっている。
「ランタンを流すのも、何となく燈篭流しみたいな死者を弔うイメージと重なりますね」
「確かに、お盆っぽい」
「おぼん?」
「死んだ人の魂が夏に戻ってくるっていう言い伝え。燈篭を川に流すのは、死者の国まで迷わずに帰れるようにって願いを込めるんだったと思う。俺も参加したことはないからあいまいな知識だけど」
「いや、今日の流燈祭と似ているということは分かった。死んだ人の魂が残るというのは、ゴーストやアンデッドとも違うんだよな?」
「違うね。どっちかって言うと、アイリーンさんが視たものみたいな、強い願いとか意思だと思ってもらえば」
「そうか、普通は視えない存在に近いということだな」
「そうそう。そんな感じ」
フィーダの怪談に幽霊が出ないのは、この世界ではゴーストが魔獣として出現することがあるからだ。
そのせいか幽霊系の話は全然怖がってくれない。死者の霊が怖いものと思っていないから、仕方がないのかもしれないが反応が薄すぎる。
ストーリー内容を分析する前に、ハルのリアクションの三分の一くらいは反応を見せてほしいものだ。
勇者文化に興味を持つのは良いが、何故トイレは三番目じゃないとダメなのかとか、花子さんはどうしてそんな所にいるのかなんて説明させないでいただきたい。
あと、コックリさんは寝ているわけでは決してない。コックリコックリしているわけではない。起源を知らないけど、多分、違うはず。
ホテルの従業員、正確にはファンダリア商会の従業員がそれぞれランタンを手にして、流燈祭が行われる川まで三人を先導する。
ゴルグワンに渡ってから、この流燈祭に参加する黒髪の人々を多く見るようになった。
通りを歩いている人たちの四人に一人は黒髪、もしくは黒に近い髪色。日本を出て以来の光景に、思わずきょろきょろしてしまう。
「神事には黒髪の人以外もいるんでしょうか?」
「さぁ、どうなんだろ?」
「黒髪じゃないオレニスも出られるんだ。ある程度許容されているんじゃないか?」
「そうだね。確かに、フィーダも参加許可出たし」
「ああ」
目を細めるフィーダに、ハルとイーズも安心した笑みを浮かべる。
祭りは参加したかったが、続く神事は見られたらいいなくらいの興味だったので参加の許可が出て純粋に安堵した。
三人ならば、楽しい時間を過ごすことができるだろう。
「皆様、こちらから先が皆様のお席になります。足元に注意してお進みください」
先導していた従業員の一人に促され、それぞれランタンを受け取ってから席へと進む。
川べりに広い座敷が組まれており、招待客は思い思いの場所に腰を下ろしているようだ。
本土の空燈祭よりも参加者が少ないためか、自由でゆったりとしている。
川のせせらぎと、秋のひんやりした空気。
地球とはおそらく種類は違うのだろうが、涼やかな虫の声も時々聞こえてくる。
「優雅だなあ」
「雅ですねぇ」
「お貴族様っぽいな」
ゆったりとした時間を無為に過ごすのは貴族の特権なのか、フィーダの口から笑いを含んだ声が漏れる。
最近はほとんど自由な時間を過ごしているから、自分が貴族のような待遇を受けることをおかしく思っているのだろう。
ほどよく周囲からの間隔があいた場所に、ランタンをそっと置いてから三人とも腰を下ろす。
風に揺れる髪の毛をそっと押さえて、イーズはなるべく女らしく座れるように努力する。
「タイトな作りの服で腰を下ろすのって、拷問に近くありません?」
「いや、俺に言われても分からないんだけど」
「着てみます? ハルなら行けると思いますよ」
「いらんわ」
「じゃ、フィ」
「いらん」
「卑怯なり」
午前に話していた通り、絹の光沢が入った詰襟風の上着を羽織った以外、あまり代わり映えのない二人の服装。
同じ苦しみを分かち合いたかったのに、無情にも提案は速攻で却下された。
仕方がないので、前に足を伸ばして少しでも苦しくない体勢を作る。
マジックバッグからショールを取り出し、足の上にかければ見苦しくないはずだ。
どこかで演奏をしているのか、笛と太鼓の音が遠くから聞こえてくる。
やはり、この風景に合うようなスローで優しい音色だった。
しばらくすると、金や赤の刺繍が施されたきらびやかな装いの集団が川沿いに等間隔に並び始める。
ランタンに火を灯す火魔法使いたちだ。
「揃いの衣装とは、なかなかだな」
「本土のほうは腕章だけでしたからね。こっちのほうがかっこいいのに」
「あっちは人数的に仕方がないんじゃない?」
参加者からの視線を浴びる火魔法使いたちだが、今はこちらに背を向けて真剣な表情で川を見つめている。
本土の空燈祭で使うランタンは大きい一方、数人で一基打ち上げるため点火する数は少ない。
しかしこちらでは一人一つのランタンとなるため、魔法を行使する数が多くなる。もしかしたら人数制限が入った事情にも関係するのかもしれない。
そこに、川上のほうから筏のように大きな飾りのついたランタンが流れてきた。
火魔法使いたちは一度それに向かって深く礼を取った後、観客のほうへと体を向けた。
「あれが合図かな?」
「凄いですね。人も乗れそうです」
川の流れに沿って、光を放ちながら去っていくランタンを見送る。
それをきっかけに観客たちは一人ずつ、魔法使いの下へとランタンをもって並び始めた。
「しばらくランタンが流れるのを見て待つか?」
「そうですね。列に並んじゃうと、せっかくの綺麗なランタンが見れなくなりそうです」
「小さ……視界が遮られるからね」
「そうですね!」
「ぐぎゅう」
ハルは失言を最後まで言う前に、取り繕うように言葉を紡ぐ。
しかし、結局はイーズからわき腹チョップという制裁を受けることになった。
一つ、また一つと川に浮かび、先に流れてきたランタンを押しのけるように、川の流れを下る赤い光。
クルクルと回転して、あっちにふらふら、こっちにふらふらするランタンもあっていつまでも眺めていられる。
「そろそろ行くか?」
列が半分ほどになった頃、フィーダの促す声がする。
大勢の人がいるのに、どこかしら厳かな空気に自然と声は潜められた。
ランタンを持ってもらい、服のすそに気を付けながら立ち上がる。
川べりに沿って列につき、川上から流れてくるランタンを楽しみながら順番が回ってくるのを待つ。
火魔法使いが灯す火は、イーズのライトボールよりも遥かに小さくピンポン玉のようにふらふらと揺れる。
フィーダの次に、そっと両手に持ったランタンを差し出すと、赤い火がランタン中央を照らし出した。
「綺麗……ありがとうございます」
ランタンの中を必死に見つめていた顔を上げると、火魔法使いと目が合う。
フィーダと同じくらいの年齢に見える男性は、イーズの言葉に目を細めて小さく頷きを返してくれた。
「お願いします」
最後にハルのランタンに火が灯されるのを待ち、三人で川の淵まで降りる。
すでにランタンを流し終わった人たちは、これから流す人へ道を空けてくれていた。
前の人がランタンを流して立ち去ってから、三人でゆっくりと水面ヘランタンを下ろす。
水面に着いた瞬間、グンっと大きく揺れる。
横転しないように少し支えてから、イーズはそっと指を放した。
「行ってらっしゃい」
何となく女神さまへのお礼ではなく、別れの挨拶が口から洩れる。
人に魂があって、川を流れて異界にたどり着くというのならば、イーズの思いも異世界に届くのだろうか。
ふいにそんな思いに駆られながら、流れ去るランタンを見つめる。
死んで魂になっているわけでもないし、届けたい思いがあるわけでもない。
それならばすべてのわだかまりを、異世界への思いを乗せてランタンごと流れ去ってしまえばよい。
イーズの手から離れ、フィーダとハルのランタンと一緒に寄り添い、そして他のランタンと混ざりあってキラキラと輝きながら遠ざかる。
目を細めても他のランタンと区別がつかなくなった頃、イーズは大きく息を吐いてすっきりとした思いで薄暗い夜空を見上げた。
「さ! 次は豚の丸焼きです!」
「切り替え早いな!」
「もう少し……余韻はないのか?」
「火を見ているとお腹がすいてきません?」
「気持ちは、分かる、けども」
「残念だな」
「そうだよね、残念だね」
くすくすと笑いながら、川べりから歩き出す。
まだまだ火の灯ったランタンを持って降りてくる人たちに道を譲り、元の観覧席付近まで戻る。
遥か彼方の海までつながる川は、赤く煌めく光に覆われている。
「綺麗だ」
「綺麗ですね」
「綺麗だなぁ」
口々に同じ言葉が出て、同時に笑いに変わる。
「まともな名前がついているお祭りは初めてじゃありません?」
「ハラドーリとソーリャブだからね。あ、もしかして日本人が関係していないお祭りのほうがまともってこと?」
「それは言葉の伝わり方じゃないか? そのままの言葉が残っていると違和感があるが、こっちの言葉に変えられて伝わっているからまともに聞こえるのかもしれん」
「なるほど。じゃあ、今後の勇者、賢者には忠告ですね。『異世界の言葉を無理に使わないこと』」
「不思議変換される可能性があるからね」
「どうやって忠告するんだよ」
「まぁ、できたとしても、ラズルシード王国の勇者様宛に手紙を書くくらいですね」
「……そうだな」
一瞬言葉に詰まってから頷くフィーダ。
ラズルシード王国の王都は一級ダンジョンから離れた場所に遷都されている。だから、彼が生活をしていた王都には大きな影響はないはずだが、国に大きな打撃が入っている可能性もある。フィーダとしては心配だろう。
エルゲからは、ラズルシードのダンジョンに関してはお祭りが終わってから、話を聞くことになっている。
――そのほうが、祭りを心から楽しむことができると思いますので。
そんなことを言っていたエルゲが怖い。
そもそも、聞いたら祭りを楽しめなくなる情報とはいったい何なのか。
「これ以上、心配事を増やしたくないけど、心配だよね」
「水龍の事もありますしね」
「今さら何か知ったとしてできることは少ない。今、やらなければいけないことを優先するぞ」
顔を上げて、宿に戻る道を歩き出すフィーダにハルとイーズも続く。
一つ一つ解決していくしかない。
人の意思は川の流れのように不安定で、逆らって進もうとすれば溺れてしまう。
多くの荷物を抱え込みすぎても、その重みで沈んでしまうだろう。
まずは、今自分たちがいるこの国に迫る危機、水龍の代替わりの情報を集めることが最優先。
リーダーの揺らがぬ意志。
そして、勇者としてラズルシードに残らないという決意を下した自分たちの責任。
その結果を受け止める覚悟は、もうとっくにできている。
昨日の後書きに「活動報告を書く」と言うメモが入っていました。本編と関係のない、余計な文字を載せてしまい申し訳ありませんでした。





