3-11. おもてなしの極意
結局、選考会の優勝者は少年。そして二位は少年の対戦相手だった筋肉モリモリ選手となった。リーダーの最後の一人には、別の組で対戦した火魔法使いとなる。
大興奮の選考会が終了し、ネイソフとメイヤを誘って街の小料理屋に入る。
二人は最初遠慮していたが、結局ハルに押し切られる形で一緒に来てくれた。
にこやかなハルの「ホテルに戻って着替えなきゃいけないんだよね。ここからその格好で歩いてホテルに行くの?」という言葉が押しの一手となった。
順調に黒さを増してきているようで何よりだ。黒の森に行かずとも真っ黒だ。
今日のご飯は“泰食”の賢者が広めたという料理、ジャンルはそのままタイ料理。
「この前食べた海鮮焼きそばは美味かった。あの麺はなかなかないよな」
「ちょっと平たい麺でしたね」
「甘辛い味が良かったな」
メニューを見ながら、地元民のおすすめも聞きつつ注文を進める。
高級店と大衆食堂のちょうど中間ほどにあたるのか、お綺麗な服装の集団がいても浮きはしない。かと言って堅苦しすぎない雰囲気。
エルゲが勧めてくれただけある。きっとネイソフとメイヤにも配慮してくれたのだろう。
「ワンピースを汚しちゃいそうで怖い」
「じゃあ、俺のジャケットをかけとく?」
「それも良い布地なのよ? この合わせと内側のライニングが」
着ている服がいかにすごい技術で作られているか語りだすメイヤ。
ネイソフは慣れているのか、適当に相槌を打ちつつなんだかんだで脱いだジャケットを彼女に押し付けている。
本人はジャケットの刺繍やボタンなどを見るのに必死で気づいてすらいない。
二人の関係が見えて、三人はちらりと視線を交わして密かに笑い合った。
「それにしても、いい試合だった。行って良かった」
先に出されてきた飲み物を手に取り、ハルはネイソフに向かって軽く掲げる。
お酒でないので格好付かないが、感謝の意は伝わるだろう。
「こちらこそ、本当に一生に一度の機会をありがとうございました」
「ネイソフだけじゃなく、私まで。ありがとうございます」
ネイソフの言葉に、メイヤも慌てて下を見ていた顔を上げてハルに礼を言う。
「私は、メイヤさんが来てくれて嬉しかったです。いつも同じ顔ばかり見ていると飽きちゃうから」
「美人は三日で飽きるって言うからな」
「そうそう。だから、もうとっくに飽きてて」
さらっとハルの言葉をスルーしてにこりと笑うイーズに、メイヤは顔を引きつらせる。
がっくりと肩を落とすハル。隣に座ったフィーダはガハハと笑いながら彼の背中をバンバンと叩いた。
食べるのに邪魔になりそうな髪の毛を簡単に一つに結び、イーズが気合を入れているとネイソフと視線が合う。
「皆さんは、祭りが終わったら黒の森に行かれるんですか?」
二人が黒髪であることから、クラッテラに来た目的を予想したのだろう。
ハルは出された前菜に箸を伸ばしながら、少しだけ首をかしげる。
「流れによっては、かな。最初はクラッテラの祭りだけが目的だったんだけど、そうはならなさそう」
「ほぼほぼ、連れていかれるだろうな」
「連れていかれる? まさか、強制的に?」
小さい子供を脅す常套句のように、本当に黒髪はさらわれるのかとメイヤは不安げにイーズを見る。
「フィーダ、言い方が不穏ですよ。ただ、権力に流されるだけです」
「変わらなくねえか?」
「色々な事情が重なって、とりあえずゴルグワンの神事に出席は決まってる。
その後はファンダリア商会のオレニスと、あっちの長たちの反応次第ってとこ」
「オレニスさんって人と一緒に行くんですか?」
「そうそう。ファンダリアの跡取り息子」
「「跡取り!?」」
商会の名は知っていても、その経営者一族の個人の名前までは知らないのだろう。
ネイソフとメイヤが同時に驚きの声を上げた。
「そ、そんな人に知り合いがいるなんて、お二人、本当にすごい人なんですね」
そんなネイソフの発言に、ハルはサラダに乗っていた青パパイヤを飲み込んでフルフルと首を振る。
「あっちはすごい人だけど、こっちは普通の一般人だよ。この街を出たらただの冒険者に戻るし」
「え? 冒険者なんです?」
着替える前には冒険者の恰好をしていたが、忘れているのか、もしくは実際に使用しているものとは思わなかったのか、二人には驚かれてしまう。
「C級ですよ。ほら」
そう言ってイーズが冒険者登録証を見せると、まじまじと見て揃って「本当だ」と呟いた。
「今回は黒髪で行動してるけど、普段は髪の色を変えてるので」
「髪の色を? それって、黒の森にばれたらものすごくやばいんじゃないですか?」
「うん、多分やばい。もう知られてるかもしれないけど、一応内緒ね」
「ええええ……」
まさか肯定されるとは思わなかったのか、ネイソフが口を丸く開けて呆れた声を上げる。
「それより、さっきの火魔法使いの少年の事は知ってるのか?」
フィーダは箸をあきらめて、フォークで揚げ麺とゆで麺が一緒になった一品と格闘しながら二人に尋ねる。
カオソーイと呼ばれるこの料理にはココナッツミルク入りのカレースープが使われており、フィーダの好みど真ん中。
しかし残念ながら今日はグルメレポートは無さそうだ。非常に残念極まりないと、ハルとイーズは視線を合わせた後にフルフルとかぶりを振った。
「私は初めて見たけど、ネイソフは?」
「俺も。成人して数年に見えたから、去年は選考会に出てなかったのかもね」
「そうか。もしかしたらエルゲが知ってるかもしれんから、そっちに聞いてみよう」
スズキを丸々一匹使った蒸し焼きに目を輝かせているハルとイーズを一瞥してから、フィーダはスープを豪快に飲む。
ケホッと小さく咽てから、ホテルに戻った後にハルから、もしくはあの暗躍が好きそうなエルゲから何を聞かされることになるのかと、どんよりと目を濁らせた。
ホテルの一階で着替えをし、ネイソンとメイヤと別れる。
また滞在中に会いたいが彼らにも日常の生活がある。祭りが終わった頃に連絡して、都合が合えば会おうということになった。
エルゲの先導で宿泊している七階に戻ると、早速イーズはサトをマジックバッグから出して床に立たせる。
「はい、お待たせ」
「ケキョ! キョーゥ、ケキョ?」
「ん? どうしたの?」
出てきたサトは一度イーズに挨拶をした後、部屋の中をキョロキョロと見回して不思議そうな声を出した。
その様子にイーズも首を傾げると、エルゲが一歩前に進み出る。
「イーズ様、サト様にご覧いただきたいものがあるのですがよろしいでしょうか?」
「サトに? ええ、いいですよ?」
イーズが軽く返事をすると、エルゲはリビングスペースを横切り、三人が使っていない部屋のドアを開けた。
「ケキョ!」
「あ! サト!」
ドアが開いた途端に走り出すサト。あっという間に部屋に飛び込んでいってしまう。
慌てて追いかけて部屋に入れば、置かれていたはずのベッドが片付けられ、なぜか畳一枚分はありそうなプランターがいくつも並んでいた。
「キョキョキョーッケ!」
興奮した様子でプランターの周りを駆け回るサト。
どうやら先ほどの反応はこのプランターのせいらしい。
「エルゲさん、これは?」
後から部屋に入ったハルも唖然としつつ、エルゲにこのプランターの用途を尋ねる。いや、用途は分かりきっているので、なぜこれが用意されたのかを聞きたい。
「私は客室係ですので、お泊まりになられるお客さま全てにご満足いただきたいと願っております」
「はぁ」
胸に手をあてて朗々と語るエルゲに、ハルは感情のこもらない返事をする。
「サト様、まず、こちらにいらしてください」
「キョ」
エルゲの招きに、サトはまず部屋の一番奥のプランターの前に立つ。
「こちらは、クラッテラの海岸の土です」
「ケキョ」
確かめるように葉っぱを突き刺し、サトはエルゲを見上げて斜めになる。
「ふむ。お気に召さないようですね。では次はこちら――こちらはゴルグワンの土です」
「ケキョ……」
「こちらがスパイスダンジョンの土」
「ケキョ!」
「こちらは南にある二級ダンジョンの森林の土です」
「ケッキョ!」
「こちらは腐海から流れる川の上流部の土です」
「ケッキョー!」
「こちらは川の下流部の土です」
「ケキョ」
「そしてこちらが、腐海外苑の土です」
「ケキョキョキョキョキョ!」
葉っぱを刺しては土を判定するサトに、エルゲは頷きを返しつつ次々とプランターを移動していく。
最後、部屋に残されたのは「腐海外苑の土」が入ったプランターのみとなった。
「いったいこれだけの土を入手するのにどれだけかけたんだ……」
「時間も人も金もかけてそう」
「サトが満足してくれて嬉しいです!」
窓際に移動されたプランター横に、サトが入りやすいように小さなステップを置き、どうやらおもてなしの用意は完成したらしい。
「では、こちらですね。出られた際に土が気になるようでしたら、こちらのお風呂をお使いくださいませ。タオルもご自由にどうぞ」
「ケキョ! ケケッキョーケ、キョッフー!」
エルゲはプランター横にサト専用の風呂を設置し、その他のアメニティ――桶代わりのお猪口や小さなグラス各種とタオル――をサトに勧める。
高い声で礼を言い、ピシリと葉っぱで敬礼をするサト。
エルゲは深く腰を折って礼をした後、笑顔で何度も誇らしげに頷いた。
「サト、良かったね。早速入ってみる?」
「キョ?」
「いいよ。入りたいんでしょ?」
「キョ! キョー!」
イーズが許可すると、サトは早速ステップをかけ上げあり飛び込み選手のように一気に土に潜った。
「ギョ、ギョ、ギョブブブブゥゥゥゥ……ぶぶぅ」
土の中からしばらく嬉しそうな声がした後、あっという間に寝てしまったサト。
どうやらそれほどまでに心地よい土だったようだ。
「サトがここまで土にこだわるとは知らなかったな」
「ダンジョンの中でも休憩中によく潜ってるけど、ダンジョンの土が心地いいのかもしれないですね」
「腐海もダンジョンの魔力の影響があるからだろうな」
葉っぱの揺れが止まり、本格的に寝出したサトを残して全員部屋を出る。
リビングに戻ると、エルゲは一度部屋から廊下に出てすぐに戻ってきた。
そして一枚の封筒をハルに手渡す。
受け取ったハルは何も言わずに中を確認して、それから顔を上げた。
「ありがとう、エルゲさん」
「いえ、この街に住む者として当然の事です」
「でも、本当に助かった。俺たちが表立って動くことはできないから」
封筒を元に戻して、ハルはそれをフィーダに渡す。
無言で中を開き、フィーダはそこに書かれていた情報に目を見開いた。
「あの時のメモは、これを予想して?」
低い声で尋ねるフィーダに、ハルはエルゲが入れたお茶を手に取って揺らす。
「なんとなく、不穏な感じがして」
三人のやりとりを黙って聞いていたイーズは、ハルをじっと見つめてコテンと首を倒す。
「サードアイが開きました?」
「違うわ!」
間髪入れずにハルが叫ぶと、イーズはニシャッと笑ってフィーダの手の中のメモを取り上げる。
そして、サッと目を通して納得したように頷いた。
「優勝した少年君を、あのでっかい男の人が襲おうとしたのを取り押さえたんですね。何かやらかす感じはありました」
「嘘つけ。何も気づいてなかっただろ」
頭を叩く代わりに、足でボスッとイーズにツッコミを入れるフィーダ。
視線をエルゲに向けて、事の詳細の説明を求めた。





