3-1. パッケージツアーご招待
読んでくださりありがとうございます。
本日より第三部第三章「祭り準備編」です。
引き続きよろしくお願いします。
アドガン共和国北東に位置するクラッテラ。
十一月には国内最大のランタン祭り、正式には空燈祭が開催される。
なお、クラッテラ側は空燈祭と呼ばれるが、大島ゴルグワン側では流燈祭と呼ばれる。
由来はクラッテラはランタンを空に打ち上げ、ゴルグワンではランタンを川に流すからである。
この二つの祭りは、水や海の恵みに対する感謝を天にいる女神に届けるためのもの。
提唱者は水稲の賢者。稲作を広くアドガンに広めた賢者であり、この国では一番人気がある。
ランタンは子供一人が入れてしまうほど大きく、打ち上げる際には家族や恋人など二名以上で持って一緒に祈願を行う。
また、ランタンに使用する火は女神様から頂いたスキルである火魔法で灯すのが良いとされている。
祭りの季節になると都市が臨時で多くの火魔法スキル持ちを雇うため、小遣い稼ぎにこの町を訪れる者もいる。
さらには、万一の事故を防ぐために水魔法スキル持ちも祭り期間中には腕章をつけていることが多い。
クラッテラ側の空燈祭は誰でも参加可能だが、ゴルグワンでは神事が執り行われるため、流燈祭期間中の渡航は制限されている。
――B級冒険者フィーダ 旅の記録より
クラッテラの門へまっすぐと延びる街道を、一台の大きな箱型馬車がゆったりとした速度で進む。
御者台に座る男性は護衛の装備を付けており、少しおどけた口調で馬車の中にいる人物に声を掛けた。
「ご機嫌はいかがで? 坊っちゃん」
それに対して、中から不機嫌そうな返事が返ってくる。
「最っ悪!」
その潔く、機嫌を的確に表した返事に、手綱をもったままフィーダはプッと噴き出す。
「いい加減、あきらめたらどうだ?」
「嫌だ!」
再度返ってきた子供のような発言に、フィーダはもう一度小さく笑って肩をすくめる。
「ハル……どうしても、どーーーしても嫌だったらいいんですよ?」
「ぐっ、イーズ……分かってる。分かってるけれど、人の心は白と黒だけじゃないんだ!」
「なんか厨二臭漂う言い回しですね」
「鋼の心だ。捨て身の漢魂だ」
「訳分からないです」
「ケキョケキョ」
イーズとサトが同時に乾いた笑いをこぼす。
開け放たれた馬車の窓から入ってくる風に乱れる黒髪を押さえながら、ハルは憂鬱そうにため息をつく。
一年半以上伸ばしっぱなしの髪の毛はいい加減うっとうしいが、伸びきってしまえばひとくくりにできるのでそれはそれで楽かもしれないと思い始めている。
思考をとりとめもなくさまよわせ、ハルは御者台に座るフィーダの背中のさらに先へと視線を移す。
あの日、オレニスから受け取った手紙と空燈祭のチケット。
チケットのインパクトも大きかったが、手紙に書かれた内容にハルとイーズは驚愕し目を見開いた。
そこに書かれていたのは、たった一文。
――この言葉が分かるのならば、もう一度会う機会が欲しい。
そしてその下に書かれていた数々の歪な文字。
見本を見て書き写したような幾つかの言葉。
地球で使われていた異なる言語の単語。
そして恐らく、全て同じ意味を持つ。
そのうちの一つ――
その言語を知っている者が見て、やっと判別できるような歪んだ漢字。
そこには、「代替わり」と書かれていた。
クラッテラの正門では、金のチケットを見せるだけでほぼノーチェックで審査を通された。
「お宿までの道はご存じですか?」
尋ねてくる門番に、フィーダは軽く首を振る。
すると門番は指笛を高らかに鳴らし、奥から十歳過ぎの少年を呼んだ。
「こいつが先導します。馬車前を歩かせますか?」
「――乗ってもらって」
「畏まりました。俺の隣に乗ってくれ」
「ありがとうございます!」
外から聞こえた会話に、ハルはフィーダに声を掛けて少年に御者台に乗って案内してもらうように言う。
元気な声で少年は礼を言った後、フィーダの隣に座って街の中を案内し始めた。
「乗せていただきありがとうございます。お宿までの案内をさせていただきます、ウプリャです」
「はい、よろしくー」
「お願いします」
「頼んだ」
「は、はい! えっと、とりあえず、道はずっとまっすぐでお願いします!」
まさか車内からも声がかかると思っていなかったのか、ウプリャ少年はビクッとしてからフィーダに進行方向を指し示す。
フィーダは後ろからの気配、もしくは圧を感じて、少年に話を振る。
「いつも馬車の案内を?」
「いえ、この時期だけです。外からのお客さんが増えて、馬車の渋滞が起こるので必要に応じて道を変えたり、お客さんにばれない程度に遠回りしてもらってます」
「……それは、言っていいのか?」
「いけないですね!」
あっけらかんと笑う少年に、三人は思わず気の抜けた笑いを漏らす。
黒髪のハルとイーズに恐れを抱かないということは、それなりに街の中で黒髪の人たちを見たことがあるかもしれない。
ハルは気になってウプリャに声を掛けた。
「この時期には黒髪の人たちが多く集まるの?」
「ええ。大島に渡るために集まられる方が多いですよ。お客さんは黒森には行かれないんで?」
「……黒森は大島の中に?」
少年の発言から、いくつか確かめたい情報が出てフィーダは話を遮る。
「大島のもう一つ向こうの島にあるって聞いてます。でも、大島の周りには数百個島があるから、黒森の人しかたどり着けないって」
この辺りの住人にとっては常識なのだろう。少年は気にすることもなく答えた。
「この季節には大島の祭事に参加するために、黒髪がたくさん集まるのか?」
「そうですね。毎年はさすがに帰ってこられない人もいるらしいんですけど、数年に一度は渡るって聞いてます」
祭りに合わせて黒髪の人たちが街に多く訪れるのであれば、少年が驚かないのも納得できる。
ハルも納得したように顎に手を当てて数度頷いた。
「昔は、黒髪の人たちをさらってるなんて噂があったらしくって、おばあちゃんは黒髪で生まれたら黒森に連れ去られるぞなんて、脅したりとかするんですよ」
ハハハと笑うウプリャだが、ハルとイーズはお互いをチラリと見て、本当にあったことかもしれないと考える。
過去には黒髪を守ろうとする思いが強すぎて、人をさらうという暴挙に出てしまった可能性はあるだろう。
もしかしたら、あのピンバッジができあがるまでは、黒髪の人が森から出ることもできなかったのかもしれない。
ピンバッジは、その人が危険な目に遭っても助けに行けるという支えになる。
「……物事は一方から見ただけじゃ分からないよな」
「そうですね。それを知るためには、会って今度こそちゃんと話さないといけないですね」
イーズの言葉に、口をつぐんで無言になるハル。
オレニスと初めてちゃんと会話をしたのは、プリヴィの湖畔で魚料理を待っている時。
あの時はオレニスに挑発されてイーズがキレて、物別れに終わった。
二度目はレビゼブの宿で。
訪ねてきた二人が、ハルとイーズの黒髪を信じなかったことで、二度と会わないという決定を下した。
三度目、このクラッテラに黒髪の人たちが多く集まる祭りで、オレニスと再び顔を合わせる。
ハルは手紙に書かれた言葉から予想される騒動と、祭りへの期待感でぐちゃぐちゃな心を鎮めるように、そっとため息をついた。
遠回りをさせられたかは不明だが、ウプリャの案内で馬車渋滞に巻き込まれることなく目的地であるクラッテラグランドホテルに到着する。
ウプリャ少年は幾らかの礼をフィーダから受け取り、御者台から飛び降りて颯爽と走り去っていった。
馬車のステップを降りて通りに立ったハルはあるものを見つけ、続いて出てきたイーズに手を貸しながら耳元で告げる。
「ホテルのエントランスの横、ピンバッジと同じ紋が刻まれてる」
イーズはホテルを眺めるふりをして、チラリとそちらに視線を向ける。
円の下に小さな点が四つ。
あの日、ケンシンが胸につけていたものと同じマークだ。
確認したのをお互いの視線で確かめ、イーズはことさら明るい声を出す。
「すごい高い建物ですね! 五階建てですか?」
「そうだな。この建物の上からなら、海まで見渡せそう」
二人で並んで見上げていると、従業員に馬車を預けたフィーダが後ろに立つ。
「ここで合ってるか?」
「うん。チケットに載ってたホテルと同じ名前だから」
送られてきたチケットには滞在先まで指定されていた。
花火大会観覧席とホテルがパッケージになったツアーみたいだ、とイーズが思ったことは内緒だ。おそらくハルにはバレている。
外に立っていた従業員に案内され、鮮やかな連携で三人はすぐに最上階に案内された。
そう、最上階。
「しかも、五階じゃなくて七階建てかよ!」
文句を言うハルの後ろから護衛に扮したフィーダが時折圧を掛けつつ、オーシャンビューとなっている最上階の部屋へ案内される。
従業員数名がダミー荷物を部屋に運び込み、最後に一番上等な制服を着た初老の男性が残った。
「この度は、当クラッテラグランドホテルをご利用くださいましてありがとうございます。この部屋はファンダリア商会が借り上げておりますので、祭りが終わった後もお好きなだけ滞在いただいて結構です」
その言葉にハルは海が見える窓辺から振り返り、姿勢良く立つ男性をサッと見る。
「あなたはホテル支配人ではなく、ファンダリアの人?」
「はい、そうでございます。この部屋を含む、ファンダリア所有の部屋担当をしております、エルゲと申します。
御用がある際にはお気軽にお呼び付けくださいませ」
そう言って完璧なお辞儀をするエルゲ。
ハルはフィーダと顔を合わせ、この役目に忠実そうな男性からできる限りの情報を聞き出すことを決める。
「あーっと、少しお尋ねしたいことがあるんですけど」
「はい、かしこまりました。今応接室にご案内します」
そのまま立って話すつもりだったハルは、エルゲに手で隣の部屋を示され、仕方なくそちらへ進む。
そしてエルゲは三人を案内した後、お茶を用意すると言ってすぐに出て行ってしまった。
「まじか。執事かよ」
「貴族のお家の待遇ですね」
「サトはどうするんだ?」
「四六時中部屋にいるわけではないので、大丈夫じゃないですか? もしずっといるとかだったら、隙を見つけて回復魔法をあげることになると思いますけど……」
最後の言葉を濁すイーズ。
声にならない「寂しい」がハルとフィーダの耳に届く。
六脚椅子が並ぶテーブルに、三人とも同じ側に並んで座るとすぐに部屋の扉が開かれる。
「――お待たせいたしました」
美しく磨かれたサービングカートを押してエルゲが戻ってきた。
手慣れた仕草で入れられた香ばしい香りのお茶が、三人の前にそれぞれ置かれる。
白磁の器に注がれたお茶は、普段見ている烏龍茶より色味が薄く見える。
「これは、烏龍茶?」
「似ていますが、この辺りでは白茶と呼ばれております」
「白茶……いただきます」
初めて聞く種類のお茶に、イーズは興味津々でゆっくりと香りと味を楽しむ。
鼻に抜ける青い茶の香り。若干の甘さがあり、烏龍茶と比べると全く渋みがない。どちらかといえばハーブティーに近い軽やかさだ。
フッと吐く息からも、白茶の優しい香りが漂う。
「美味しいです。ありがとうございます」
イーズが茶器を置いてエルゲを見上げると、彼は柔らかな笑みを浮かべて礼をした。
その横でハルは白茶をぐいっと一息に飲み、底に僅かに残った茶をくるくると動かす。
どこかの国の占いのように、そこから何か未来が視えるわけではない。だが、このクラッテラで動きを間違えると、今後のアドガンでの旅に大きな影響が出ると勘が言う。
「エルゲさん、長くなりそうなので座っていただいてもいいですか」
「よろしいので?」
「ええ、どうぞ」
エルゲはハルの願いをすぐに受け入れ、横並びに座っている三人の向かいに座る。
イーズは少し考えてから、プリヴィで買った怪獣型クッキーと、怪獣が作り出す渦潮を模した絞り出しクッキーをテーブルに並べる。
それを見たエルゲは目元を和らげて、わずかに顔を下げて礼をした。





