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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第三部 第二章 三級ダンジョン編

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2-8. トキメキは島にある


 今回のダンジョンではイーズは完全に被害者だった。

 一方で、先ほどのジェシカ中佐とのエピソードから、ハルはトラブルの元と認識されているようだ。

 よって、イーズはハルに振り回される可哀そうな妹扱いされている。


 だが真実を知る者も、少なからずいる。

 イーズが闇魔法を使うと知っている冒険者だ。


 まだまだ盛り上がっている冒険者たちを見ながら、ちびちびとお茶を飲んでお腹を休めているイーズに近づいたのは細身の男性。


「レビゼブを出たらどっちに行く予定?」

「ムフラドさん! 一回海に出ようって話してます。秋の終わりは海のほうでお祭りがあるって」

「ああ、そうか。大島のランタン流しと、陸のほうでもランタン上げかな」

「ランタン流しとランタン上げ?」


 浅黒い肌に、ふわふわとうねる茶色の髪の毛、優しい口調で話すムフラドは、イーズと同じく闇魔法の魔法使い。

 ボス戦では様々な闇魔法を同時発動させるなど、繊細な魔力コントロールを得意とする。


 事件のごたごたの間に何度かイーズとムフラドは闇魔法のアイデアを共有し、お互いに強い魔法使いだと認め合っている。


「そう。特別な紙でできたランタンを大島を流れる川に流すランタン流しと、陸でそれを打ち上げるランタン上げがある。

 大島のほうは祭事に関わる人しか行けないけど、陸のほうからでも川に流れるランタンは見れる。

 空と川にランタンが浮かんで幻想的で雰囲気がいいから、告白祭りっていう奴もいる」

「最後の情報だけ、身も蓋もねえな」


 ドロッと甘いジュースに咽せながら、フィーダが呟く。

 その横ではいっぱいになったお腹をさすり、ハルが首をかしげた。


「それって、もしかしてどこかの賢者様が伝えたお祭り?」

「ああ、そうだね。水稲(すいとう)の賢者様で、大島だけじゃなくて大陸でも一番有名な賢者様になる」

水稲(すいとう)ってことは、お米関係?」

「そうだ」

「「おお〜」」


 ハルとイーズが同時にあげる声に、ムフラドは口元を緩めて笑顔を浮かべる。

 お祭りよりも米への反応が格段に良い二人。


「ハル、お米ですよ」

「イーズ、それより先にロマンチックな祭りに食いつけよ」

「お米には食いつけます」

「祭りでも美味いものあるかもよ?」

「それだったら食いつけます」


「……ムフラド、祭りの注意点とか、何か知っておくべきことはあるか?」


 わちゃわちゃと騒ぎ出す二人の横で、フィーダはいつも通り情報収集を始める。

 ムフラドは斜めに視線を上げて思い出すように、いくつかの注意点を挙げた。


「祭りが近いと宿が混むから、早めがいい。あとは、陸から祭りを見るときは、貴族や金持ちの観覧席がある。傍に行き過ぎないように。

 他には……ああ、色か。黒は神聖視されるから着ないほうがいい」

「神聖視? 貴族の色だから?」


 最近になって次々と黒に関わる注意事項が出て、ハルは眉の間に皺を寄せる。


「さっきの話じゃないが、黒色を持つ賢者様はタジェリアから逃げてくることが多い。

 そういった賢者が、タジェリアへの意趣返しのように、“黒を貴重で守るべき存在”として広めたのが始まりだと言われている」

「なるほどね」


 そう言われると、ケンシンが色を偽装しているということに不快感を示した背景が分かる。

 崇められる対象になろうとして、過去に黒色と偽って近づいた存在がいたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、あの場で色を自在に変えられるのを知らせたのはこちらの悪手だった。


 やはり、歴史的な背景や価値観は自分たちには知識が圧倒的に足りない。

 冒険者として移動している間はいいが、どこかに腰を落ち着けるのであればきちんと学び直す必要があるだろう。

 チラッと、お腹がいっぱいになって眠たげな顔をしているイーズを薄目で見つつ、ハルは意地悪そうに笑った。





 イーズはでろんでろんに溶けた顔で、足元のマンドラゴラを見つめる。


「ヒュフィフィフェ」

「ポッポルッファ、ファ〜〜」

「……ドゥッス、ドゥッス」

「ケッキョ、キョーキョ!」


「これまた、変わった声だな」

「この細い体からなかなかの重低音が出たね」


 地面からワサワサと這い出るマンドラゴラの声に、苦笑いするハルとフィーダ。

 近くにしゃがみ込んで、マンドラゴラの様子を観察する。


「ここがスパイスダンジョンだからかな。ホースラディッシュマンドラゴラだよ。道理で細いわけだ」

「ホースラディッシュ? 西洋わさびの?」


 これまでのカブに似たフォルムとは違い、ごつごつした根っこのような見た目のマンドラゴラをつつきながらイーズはつぶやく。


「ポピョ! ピョ!」

「ああ、ごめんね」


 バランスが崩れ、ぺちょっと倒れるマンドラゴラを抱き起こし、イーズは揺れる葉っぱを撫でて謝る。


「……きょ」

「サト、そこで焼きもち焼かなくてもいいじゃん」


 拗ねたような声を出すサトに笑いかけて、ハルは両腕で抱き上げる。

 肩口に顔を押し付けて葉をバサバサと揺らすサトに、ハルはくすぐったそうに小さく声を出した。


「こいつらの効能も一緒か?」

「一緒だね。嗜好も一緒」

「そうか」

「……ドゥッフ、ドゥフフフ」


 フィーダの太い指で体部分をくすぐられて、マンドラゴラから低い笑い声が出る。


「……特徴的だ」

「ドゥフ」

「……そうだね」

「ケケ」


 二人の率直な感想に、サトまで一緒になって頷く。

 冒険者ギルドには、このダンジョンでマンドラゴラが採取されたという記録は無かった。

 だが三十八階でサトが反応したので、周囲に誰もいないことを確認したうえで出てきてもらったのだ。


 しかし、採取ではなく、ただのご挨拶。


「ん〜、このゴツさも、見慣れればかわいいですね」

「サトは、いつも一人でさみしくない? 友達に来てもらう?」

「……ギョゲェ」

「「「プッ」」」


 とても嫌そうな顔をするサトに、三人は同時に吹き出す。

 三人の反応に、拗ねているのか照れているのか葉っぱで顔を覆うサトを見て、イーズは頬を緩ませた。


 今回の攻略が終わったら、スパイスダンジョンがあるレビゼブ村を出ることになっている。

 攻略の目的はもちろん、前回は観戦だけになってしまったボス戦をクリアすること。


 できれば、ガオーマガヘドレスの肉をゲットしたいと、約一名がメラメラと真夏の太陽のように燃えていた。




 ボス部屋前の広間は相変わらず薄暗く、円形の壁に沿うようにしていくつものパーティーが順番待ちをしていた。

 冒険者ギルドに出入りしたり、前回の事件で関わった冒険者に食事をおごったことでフィーダたちの顔はそこそこ知られている。


 待ちの冒険者たちの幾人かが、ボス部屋階に入ってきた三人に向かって軽く手を挙げる。

 フィーダたちも手で挨拶を返して列の最後尾に付く。

 顔見知りがいれば、事件は起きないだろうとイーズは緊張していた息を吐いた。


 並んでいるパーティーの数から、今回のボス戦は真夜中になる。

 三人はテントとテーブルを並べた後、軽い食事をしながらレビゼブ村を出てからのルートの確認を始めた。


「まっすぐ行けば一ヶ月の距離。途中のルートはほとんど直線で障害となる箇所はないな」


 地図と仕入れた情報を比較しながら、間違いがないか確認してフィーダは頷く。

 ハルとイーズもルートを見ながら、どのあたりで宿泊になるかを計算する。


「大きな寄り道はなさそうですね」

「今回は祭り前に着かなくちゃいけないから、寄り道がないほうがいいんじゃない?」

「確かに。えっと、お祭りがある街は……クラッテラですね。ダンジョンは無くて、大島に渡るための港があるそうです」


 地図に描かれた大陸側の海岸線をなぞりながら、イーズがつぶやく。


 すっと指をずらした先には、大島と呼ばれるアドガン共和国に属する群島の中でも一番大きな島ゴルグワン。

 この世界の地図精度は不明だが、見る限り大陸側のアドガン共和国国土の四分の一ほどの面積がありそうだ。


「お祭りの間に渡れるのは祭事の人だけってのは聞いたけど、お祭り後はどうなんだろう?」


 ハルの質問に、フィーダは腕を組んで苦い顔をする。


「分からんな。現地に行って情報を追加で仕入れたほうがいいだろう。祭りの前に着いて、祭りがあって、それから島に渡るとなると滞在が長くなるぞ?」


 フィーダのその質問に、二人は肩をすくめて問題ないと告げる。


 秋になれば南に向けて移動ができるが、急ぐ旅でもない。

 秋の海では泳ぐことはできないだろうが、その代わり海の幸は多そうだ。


「水田のお米栽培を伝えた賢者なら、お米がいっぱいありそうですね。ホカホカごはんに美味しい魚は最高です」

「米どころ……お酒あるかな」


 イーズの言葉に、ハルは今だに諦めきれない酒への期待を口にする。

 フィーダはいくつかのメモを書き留めて、地図と一緒にバッグへしまった。

 そしてスパイスが練りこまれたチーズを一切れつまみ、今度はボス戦で使う剣の手入れを始める。


「……島側は、本土よりさらにお堅い連中が多いかもしれんぞ」


 ぽつりとつぶやかれた言葉に、ハルとイーズは顔を見合わせる。

 イーズは説明をハルに丸投げして、程よい塩味が利いたチーズとドライフルーツを口に入れて目を細める。


「フィーダは“異史(いし)”の賢者の話は読んだ?」

「ああ、賢者様の中でも基本だな」


 すぐに頷くフィーダに、ハルも軽く頷き返す。


 “異史(いし)”の賢者は、異世界の国々の歴史や地理をまとめた賢者。

 異世界――この場合で言う地球――の地図を作り、これまでこの世界に降り立った賢者の出身地やその文化を書き残した賢者だ。

 この賢者以降に召喚された勇者や賢者も、彼の残した資料に肉付けをして、正確な異世界地図、歴史、習慣などを記録し続けている。


「それじゃさ、知ってると思うけど、俺たちの出身も島国なんだよ」


 そう言いながら、ハルは取り出したノートにざっくりとした日本地図を描く。

 そして、その周囲に思い出せる限りの島を付け足した。


「大きな島が四つ。その周りに人が住んでる島は数百個、無人の島は万を超えるんじゃなかったかな」


 ハルの説明にフィーダは剣から視線を上げて、驚きとともに「そんなにか」とつぶやく。


「島国だから、大陸とは違う文化が発展した時代が長いのも特徴。あとは、他の国との交易を二百年くらいやめてた時期もあったりとか」


 くるくると手に持ったボールペンを回しながら、ハルは思い出せる日本の歴史をつらつらと喋る。

 フィーダは知っている情報もあるのか、小さく頷いた。

 ハルは、客観的な意見だけど、と前置きをして話を続ける。


「日本は島国で、歴史も長いから、古くから根付いた慣習とか価値観が多いんだ。

 だから、んーっと、上手くは言えないけど、拒否されても仕方ないってのは理解できるつもり。

 でも、そうだね……そこに、地球を感じられる文化があったら嬉しいな」


 最後に小さく「うん」と頷いて、ハルはテーブルにペンを置いて視線を落とした。

 そこにイーズの明るい声が響く。


「あとは、純粋に、島って聞いたら行きたくなりません?」

「ん?」

「だって、南の島の〜とか聞くとワクワクします」


 手をフラダンスのようにフリフリさせて聞いたことのある歌を口ずさむイーズに、ハルはプハッと息を吐く。


「王様はいないでしょ」

「どっちにしても、独自に発展した文化って面白そうです」


 少し渋めに入れた温かなお茶を両手で持って、ニカリとイーズは笑ってみせる。


 光が届かないほど高いダンジョンの暗い天井を眺めながら、イーズはこの村を出た後のことを思う。

 何がなんでも行かなくてはいけないというわけではない。だが、ちょっとした変わった文化があるなら見てみたい。


 でもちょっとだけ期待はある。

 ハラドーリとかソーリャブのような、ハルが勇者への呪詛を叫びたくなる文化があるかもしれない。

 そうしたら、ハルは今度はどんな反応を見せるのだろう。


 クフッと小さな笑いを、イーズは手の中のカップに落とした。


 





ランタン祭りと言えば、タイのコムローイ祭りですね!

タイ出身の賢者が居そうです。



ホースラディッシュマンドラゴラ

辛い方向にいってみたらちょっと変な名前に……でも「ラディッシュ」が名前に入ってるしなぁって感じで登場です。

「ドゥッフ、ドゥッフ」の子を仲間にしようと一瞬思ったんですが、ゴツい見た目のホースラディッシュマンドラゴラはなんとなくサトと相性が悪そうでやめておきました。


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― 新着の感想 ―
はめはめは〜
[良い点] 『ランタン祭り』と聞けば、長崎の中華街が先に出てきます。 異国情緒が異世界っぽいし、屋台料理も美味しいんですが、気付いたら名前を取られて湯屋で働いてそうで、ちょっとドキドキします。 そこ…
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