3-5. 立った!
フィーダの場を読まないセリフのせいで締まりは悪かったが、とりあえずの結論は出た。
一緒に旅をするならもう少し話したいことはある。しかしいい加減食堂の個室に長く居座るのもどうかということで、二人が泊まっている宿に場所を移すことになった。
「おー、これが異世界の食いもんか。てか、この透明な器はさすがだな。賢者の遺物を飾ってる博物館にも行ったが、本でもペンでも賢者の持ち物は精度がすげぇ」
「フィーダ、容器に感動してないでさっさと中身を開けてください。というか、あんだけ食べてまだ食べるんですか、二人とも」
「イーズは見た目と同じで胃袋もちっちゃ……痛いからつねるのはやめてください」
「温かいお茶が欲しいので、さっさとお湯を出してください。銭湯のカエルのようにゲロッと」
「マーライオンの次はカエルかよ」
「ライオンの湯口もありますが、ハルにはカエルで十分です。はい、ここにゲロゲロゲーッと」
そう言ってイーズは茶葉の入ったポットをハルの前に差し出す。
そんなイーズに呆れながら、ダバダバとそこに適温のお湯を注ぎ込んでいくハル。水魔法をもらって最初に出したお湯は熱すぎで、大切な茶葉をダメにしたとイーズにしこたま怒られた。最近は本人も感動するくらい絶妙な温度設定ができるようになった。訓練の賜物である。
「そんなとこも異世界人だな。普通はお湯は出せない。温度調整するなんて考えたやつもいないだろうな」
「おーう、これもダメか」
「ダメダメだな」
小さな落とし穴がいっぱいですねと呟きながら、イーズは未だ水饅頭のプラスチック容器を各方向から矯めつ眇めつしているフィーダからそれを取り上げ、入れたお茶の横に並べる。
「んでな、今日組合の窓口に顔出して、辞めるにはどうするかって話はしてきたんだわ」
今度はプルプルと揺れる水饅頭に感動してフィーダがいつまで経っても食べようとしないので、焦れたイーズが水饅頭の天辺から楊枝をブッ刺して一悶着あった後、フィーダはやっと話し始める。
昨日の午後に二人と別れた後、彼は宿舎に戻ってずっと二人の旅に関して考え続けてくれたらしい。
組合のネットワークを活かして他の人にサポートをしてもらうとか、冒険者の護衛を雇うとかも考えた。
だが信頼できる人を見つけられる保証もない上、さらにはその人が長期で一緒にいられるなんて奇跡を当てにしてもしょうがない。
そうして、自分が仕事を辞めてついていくのが一番良いという結論に至った。それで今日中のうちに組合で退職の際の手続きまで確認済みという。
なかなかに行動が早いおっさんである。
「お前たちがこの街にいる今夜までに、出来る限りの準備はしておきたかった。結局、王都までの復路の護衛と本部での手続きが必要ってことになったが」
「そこは仕事を放ってついてこられても、信用できなくなるんで、しっかり最後まで務めてください。
――王都に知り合いもいっぱいいるんだろ? きちんと挨拶して来た方がいい」
「そうだな。荷物のこともあるが、仕事仲間や上司とかに顔見せてくるわ」
「そうなると、一旦ここで別れるとして、合流はどこになります? 国境都市ですかね?」
満足気に温かいほうじ茶に息を吹きかけながら、イーズは尋ねる。
タジェリア王国に少し近づいたお陰で、高いがほうじ茶の茶葉を少量手に入れることができた。
女神にあって以来の、イーズ的ベストマッチがようやく完成したのである。
これで緑茶がチョイスに加われば、さらにパーフェクトだ。
「合流よりまず国を出ることを優先しろ。そうすると国境を越えて二つ先の都市で合流がいいかもな」
「なんて名前の都市だ?」
「確か……ジャステッドだったかな。過去の賢者が拠点を置いていた街で、彼らの名前から付けられていたはずだ」
「ジャステッド……ジャスティンとテッドかな?」
「美味しい食べ物があるなら問題ないです」
「イーズの頭の中は、それだけか。可食魔獣が多く出る二級ダンジョンがあって、ダンジョン産のうまい肉はいっぱい食える筈だぞ。自分達で潜って取ってくるのもいいだろう」
「串焼き! 串焼きはありますか!」
「もちろんだ」
「ハル、決定です! そこでフィーダが来るまで待ちましょう!」
即決定の判断を下すイーズに、二人の視線が痛いほど突き刺さる。
だがしばらく滞在する可能性のある都市に、美味い食べ物があるかないかは死活問題なのである。イーズにとっても、おそらくハルにとっても。なので自分の考えは正しい筈である。
「ダンジョンがあるなら、見習い冒険者もたくさん集まっていて紛れ込みやすそうだな」
「ハルは勘がいいな。多少冒険者の動きに不慣れでも、田舎から出てきたとかにすれば誤魔化しが利きやすいだろう。冒険者ギルドに定期的に顔を出してくれれば、俺も居場所を掴みやすい」
「そういうことか。了解。期間としてはどれくらいの見込みになる?」
「そうだな。担当する復路便を少し早めて明後日にしてもらった。そっから王都に戻って色々済ませて……二か月もかからない筈だ」
「急がず、安全に旅してくれ。マジックバッグがなければ多く荷物は持ってこられないだろう? そこはどうするんだ?」
「元々旅暮らしに近いからそんなに荷物は多くない。本が数冊と、防具、服くらいだろう。なんとかなる筈だ。あとは、組合を通して馬が買えるかもしれない」
フィーダの話では、年をとって都市部の辻馬車担当になると、それぞれに馬が貸し与えられる。そして退職時に馬をそのまま買取り、個人で辻馬車を回す人もいるらしい。
そういうことで、組合で馬車用に訓練された馬を買うのはよくあることだそうだ。今回フィーダもそうする予定だという。
「本当なら馬二頭ついた馬車ごと買い取ってきたいんだがな。そんな金もねえし、空馬車で国境越えは検問に引っかかりそうだ」
「怪しまれるんですか?」
「特に理由はない。強いて言えば、荷物を大して積まずに国境を越えるのは、あっちの国から何かを持ち出す予定があるんじゃないかとか疑われる可能性があるってくらいだ」
「なるほど。もう一頭の馬と馬車はジャステッドで探すことになりそうか。フィーダが来るまでに見つけといた方がいいか?」
「いや、連れてくる馬との相性もあるし、お前たちは馬車に詳しくないだろう。操るのも俺だから、合流してから皆で探そう」
「確かにそうだな」
「やっぱりフィーダは頼もしいですね」
「だろう?」
そう言って悪い顔でニヤリと笑うフィーダだが、イーズに煽てられて照れているのを隠せてはいない。
隣で“需要が……”と呟くイーズを放置して、ハルはフィーダから離れて旅をする際の注意点を尋ねる。
「そうだな……ドゥカッテンから次の都市リンズーダまでの護衛は俺の顔見知りで、お前らのことは素性は伝えてないが目を配ってもらえるよう頼んでおいた。
リンズーダも小さな町でそこまで問題ないだろう。
そっから次だが……少しヤバそうな情報が二つ入ってる」
そう言ってから、フィーダはチマチマと小さく切りながら食べていた水饅頭の最後の一切れを、名残惜しそうに口に含む。
そういえばマジックバッグのものが減らないと教えてなかったな。
そんな事を考えながら互いをチラリと見、イーズとハルはフィーダの次の言葉を待つ。
「一つ目は、リンズーダと最後の国境都市アブロルの間に最近強力な魔獣が住み着いたらしい。姿は確認できていないが、何台か乗合馬車が行方不明になっているって事で噂が出てる。
それから、二つ目だが、春にうちの組合に入った若い奴、名前はへキルトっつーんだが、もしコイツが護衛担当馬車に当たったら便を変えろ。ちょうどいい便がなければ、うちの組合じゃなくっていい。他の所のでもいいから、別の馬車に乗るんだ」
「ヘキルトっていう人に何か問題でも?」
「大有りだ。証拠は出てないが、魔獣が出た際に乗客を残して逃げたっていう噂がある。
もしこいつが護衛する馬車に乗ってる時に、問題になっている魔獣にぶち当たってみろ。自分だけ助かろうと、乗客を囮にして逃げるかもしれない」
「ただの噂ということもあるのでは?」
「噂が出る人物ってだけで信用ならん。自分の命を守りたいなら、悪い噂は真実だと思って動け」
「分かりました。あふょっ! なんだよ、イーズ!」
フィーダに向かって神妙にうなづくハルの脇腹をイーズが突然突っついたため、ハルの口から情けない声が出る。
「ハル、フラグです」
「ええ!?」
「盛大なフラグが立ったのが見えました」
「なんだ? 予知か何かか?」
「いや、そうじゃな……」
「これはフラグという、予知に近いかくしん……でっ! ハル、痛いです」
「イーズ、黙ってなさい」
「ハイ」
拳骨を落とされた頭をさすりながら、イーズは大人しく二人の話を聞くことにする。
その後もフィーダに細々とした注意点を聞き、質問をして詳細を確認していくハル。
フィーダによれば、国境検問は二人なら問題なく通れるだろうが、嫌な担当にあたるとお金を要求されることがあるという。特に、貴金属をつけていると金を持っていると思われるから検問の時に指輪や腕輪は外しておけ、と二人の手元を指差した。
その場で“これはどうですか”と言って指輪を木製に状態変化させたイーズに呆れながらも、フィーダは大丈夫と太鼓判を押したのだった。
次の日の朝、約束した通りにフィーダが馬車乗り場まで見送りに来てくれた。
「朝早くからありがとう」
「ありがとうございます、フィーダ」
「組合の宿舎から出ればすぐだからな。お前たちが出たら寝直すさ」
肩をすくめながら軽く答えるフィーダに、二人は笑顔で別れの挨拶をする。
敬語は要らないと言われていたが、ここはケジメのためハルも敬語でお礼を言う。
「ここまで本当にありがとうございました。沢山の知識、俺たちにとっては何よりも貴重な宝です。
合流するまで、安全を優先してゆっくり進みます。フィーダも、無理せずに来てください」
「フィーダ、きちんと知り合いに挨拶してきて下さい。別れは大切です。
……もし、もし向こうに戻った後で、旅に出たくなくなったら、追っかけてこなくてもいいんですからね?」
「ばーか、余計なこと考えるな。お前はきちんと食べて寝て、俺が追いつくのを待ってろ」
フィーダのゴツい手で頭を勢いよく撫でられ、イーズの頭がグワングワン揺れる。あまりに強いので、イーズがタタラを踏みそうになっているのをハルが慌てて後ろから支える。
「……気をつけて行くんだぞ」
「ん、フィーダも」
「ああ」
少し照れながら軽い抱擁を順番に交わし、二人は馬車に乗り込む。
二人で頭をぶつけ合いながら小さな窓を覗き込むと、少し離れたところでフィーダが手を振っているのが見える。
「フィーダーーー! 行ってきます!」
「行ってきます!」
「おう! 行ってこい!」
大きな声で挨拶を告げ、二人が満足して座席に座り直すと、周りの乗客から微笑ましい目で見られているのに気づく。
恥ずかしくなって下を向いてお互いを肘でつつき合いながらも、二人の顔にはニヤニヤとした笑みが浮かぶ。
王都を出てからの初めての街までで、二人は大切な信頼できる仲間を見つけた。
さあ、新たな旅が始まる。
次にフィーダに会うまで、どんな驚きや楽しいことが起こるんだろう。
動き出す馬車に揺られて微かに触れる肩を感じながら、イーズは次の再会までの旅に思いを馳せていた。





