15-6. さらば、タジェリア!
「それでは! タジェリア王国にて最後の会議となります、第八回目標設定会議を開催いたします!」
「待ってました!」
「ケキョ!」
前回の黒光りする歴史を払拭するように、気合を入れてキリッとした顔で宣言をするハル。
イーズとサトは掛け声と共に盛大な拍手をする。フィーダも分厚い手でポンポンと低めの音を立てている。
「まず最初は、目標設定の振り返りでございます」
ババンッと効果音を付けて、タブレットを全員に見えるようにテーブルに置く。
【目標: 一年間】
・エンチェスタでハルの杖作成
・エンチェスタ以南でアドガン共和国の情報収集
・ハルの体力底上げ(移動中毎日鍛錬の時間を確保)
・商会リストに沿った地方観光(目的地変更可)
「杖は完璧にできてるからいいね」
「情報はツェッリからので十分に集まっている。移動しながら情報のすり合わせは必要になってくるだろうが、これは達成だ」
「最後のところも、もういらないですね。ラズルシードでもらった商会リストは、タジェリア王国のものだけでしたし」
「そうだね。そうすると一気に減るけど」
そう言いながら、ハルは三番目の目標からフィーダに視線を移す。
「どうでしょうか?」
なぜか丁寧語でフィーダに聞くハル。
ポクポクポク、カッポーンとイーズの頭の中で木魚と鹿威しの効果音が一緒に流れる。
フィーダは腕組みをして、まじめな顔を作ってハルをじっと見つめる。
イーズの腕の中で、なぜかサトも葉っぱをぐにゃりと腕組みポーズにしてハルを睨みつけている。
――なんなのだ、この状況は。
ハルの背中をツルリと汗が流れた。
「これからも鍛錬は欠かさないな?」
「はい」
「魔法スキルばかりに頼らないな?」
「はい」
「ならばいいだろう」
「ありがとうございます!」
お礼を言ってガバリと頭を下げるハル。
イーズとサトはそんなハルに心から称賛の拍手を送る。
「十八歳目前にしてついに、軟弱の看板が下ろせますね」
「そんな看板掲げてたつもりないし!」
「背だけがひょろひょろと伸びていくのには憎しみを覚えましたが、筋肉は相変わらず薄っぺらいでしょう」
「そんな目で見ないで!?」
いやんっと高い声で叫んで、ハルは自分の胸元を隠すように腕を交差させる。だがその両手の指はロックバンドみたいなポーズになっている。
それを見てイーズは我慢できずに噴き出した。
「そうなると、一気に目標が減るな。何かあるか?」
話が脱線するのはいつもの事。フィーダは冷静にそのまま会議を進行させる。
議長役が間違っていることにイーズは今更ながらに気づいた。だがどうしようもない。
「国境越えて南下すればそのうち腐海だけど、あの人に会ったばかりだとちょっとなぁ」
「しっかりアドガンを回ってから、腐海に向かいたいですしね」
「もう一度海岸線に出て、そこから南下。渡れる島があれば渡ってみるか」
「二ヶ月でスパイスダンジョン、一ヶ月で海岸って言ってたね。ちょうど秋終わりくらい?」
「冬でも旅はできますものね。サト、冬前には海に着くって」
「ケキョ!」
わさわさと葉っぱを揺らして楽しそうにするサト。
毎日泳ぐ練習をイーズとお風呂の中でしているので、特訓の成果を見せなければいけない。
流れるカブとはもう呼ばせない。なんと、サトは浮くカブになったのだ!
フンッと気合を入れる二人をいぶかし気に見ながら、フィーダは地図でルートと日程を提案する。
「スパイスダンジョンまでは最大三か月で行って、そこから海だと今度の春まで……期間は多く見積もって八か月だな。この国では和食が多く作られているんだろう?」
「お米と味噌、醤油があるからね。どうせなら産地に行きたい」
「そうすると、和食関係の情報を集めるのは重要です」
ハルはふんふんと頷きながら、タブレットに次の目標を打ち込んでいく。
【目標:八か月】
・和食関連情報収集 (産地、種類など)
・腐海警備隊の詳細
・黒髪勇者の扱い
・ダンジョン攻略
国が変わったため、タジェリア王国で広く浸透していた黒髪勇者への感情がどうなっているのかを調べる必要がある。
和食に似た食文化が広まっているということは、過去にアジア系の勇者が流れ着いている事は確か。
産地が分かれば、おのずと勇者、賢者関係の情報が入ってくると思われる。
警備隊に関しては、いずれ腐海を目指すことを考え、予備知識として集める予定だ。
また、ガットはあまりあてにならないが、一級ダンジョンを持たない国として誇りもしくは劣等感から、他の国出身の冒険者に対して偏見がある可能性が出てきた。ダンジョン攻略をしてみて、周りの反応を調べる必要があるだろう。
「妥当なとこだな」
「考えてみれば、ジャステッドから始まって、ずっとA級冒険者の方と関わってましたからね。国を出たら、人間関係も何もかもリセットですね」
「そうなんだよな。でもC級になれていたのは良かった。一人前っていう扱いだし、B級のフィーダと一緒に組んでても違和感ないしね」
蜂蜜がかかったナッツを箸でつまみながらハルは満足そうにする。手を汚したくないらしい。女子か。
何かを感じ取ったハルにおでこをペシリとされつつ、イーズは窓の向こうに視線を移す。暗くて何も見えないが、国境はすぐ近くにあるはずだ。
「明日はついに国境を越えるんですね」
「ついに、だね。ちょうど七月っていうのも感慨深いな」
「ケキョ」
「サトは初めてだね」
「キョ!」
「全員そろっても、初めてか」
「前回はフィーダは後からでしたね」
「馬車じゃなくって、馬がいいよな。なんとなく」
「サトはどうするんだ?」
「うーん、偽装かけておけば見られないと思いますけど」
「大き目のカバンに入って、俺と一緒に馬に乗る?」
「ケキョ!」
葉っぱをピンと伸ばして答えるサト。
「じゃ、国境越えは皆でだ」
「「はーい」」
「キョ!」
全員の声がそろう。タジェリア王国で過ごす最後の夜はのんびりとゆっくり更けていった。
ベルファサは国境都市だが、国境へは都市の門からしばらく進まねばいけない。
街道を進み、途中でタジェリア王国側の検問所がある。それを越えると、アドガン共和国の検問所があり、そこを通過するとやっとアドガン側の国境都市に入ることができる。
一直線に延びる太い道に、ぽつんと二ヶ所だけ建物が建っているのは何とも寂しい風景だ。
「意外と遠い?」
「都市と検問所までの馬車も出ているようだな。歩きは大変だろう」
「ここにだけ検問所があっても、他の場所から全然渡れちゃうと思うんですけど」
「だよねぇ」
「できるとは思うが、まともな職に就けなくなるぞ」
「そうなの?」
国境都市じゃない場所から国境越えした場合、検問での証明書がもらえない。
そうすると、渡った国で正式な仕事に就こうとした時に証明書なしでは断られることが多いという。
「国境を越える理由は限られている。移住したとしても、仕事が必要だ。
お前たちのように他の国が見たいなどという理由で長距離移動はしない。だから、正式な証明書を求めて国境都市に来るんだ」
「そっか。観光旅行で国外に行くってないっての忘れてた」
「ちょっとそこまでって感じじゃないんですね」
いまだ馬が移動手段の主流であれば、観光も楽ではない。自分の馬を持っている市民は少ないし、乗合馬車は乗り継ぎに失敗すると一週間待ちということもある。
数か月、自分の街や仕事を離れるということは簡単ではないのだ。
ベルファサの門を出て、ひたすらまっすぐな道を前の馬車を追い越さない程度の速度で進む。
検問所では、ラズルシード王国から出た時と同じように、持っている証明書の種類で並ぶ列が振り分けられていた。
国境を越える貴族がほぼいないため暇そうなのに、暑い中着飾った服でビシッと立っている職員には感心する。
「俺たちは貴族からの推薦書があるから、そこまで待つことはないだろう」
そう、なんたってスペラニエッサ領主のラウディーパはもちろんのこと、ソーリャブでも冒険者ギルド経由で身分を保証する証書を受け取った。
そしてエンチェスタでもトゥエンが掛け合ってくれたのか、同様に証書が発行されている。
「とてつもなく偉い人になった気分」
「ここまでがっちり保証されすぎていると、逆にどんな人だって感じですよね」
言うなれば、功績をたたえる勲章を大量にぶら下げた軍人というところだろうか。
そんなことを考えていたせいか、イーズの視界の端にある人物が映った。
「あ、ジェシカ中佐です」
「え!?」
そこには、同じような軍服を着た人たちがちょうど特別な窓口から検問を通っていくところだった。
後ろ姿しか見えなかったが、杖をついていたのでジェシカ中佐だろう。
「ハグレの調査が終わったのかな」
「かもしれんな。被害が出ていないからそれ以上の調査はしても意味ないと結論したか」
「どうしたの、イーズ? 何か気になる?」
ずっと軍服の集団が通っていった方向を見ているイーズに気づき、ハルは声をかける。
イーズはそちらに視線を向けたまま、不可解な顔で首をかしげる。
「あの人の……ジェシカ中佐のマップ上の表示が、黄色なんです」
その言葉に、ハルとフィーダは驚きに目を見開く。
「え? 赤じゃなくて?」
「赤じゃありません。あの集団に赤い人は誰もいませんでした」
「ということは、敵ではないということか。ハルがあそこで止めたことに関して、敵対行動とは見なさなかった?」
「そうなのかもしれません。悪意を持っていないというだけかもしれませんけど」
「なるほどね。ま、怖いおばちゃんが敵じゃないのはいいことだ」
思いがけないニアミスはあったものの、検問は無事に通ることができた。
ちょっとだけ不愛想な職員が、不思議な機械に書類を入れて、ガションガションと音を立てる。
これが、フィーダが言っていた国境を正式な手順で渡ったという証明になるのだろう。
じーっと見ていたハルとイーズの視線を受け止め、職員はいぶかし気な顔をする。
そろってニカッと笑った二人に、彼もぎこちない笑みを返した。
「勝った」
「何にだ?」
「勝ちましたね」
「……何にだよ」
建物を出て、それぞれヒロとタケに乗る。
ハルはおもむろに赤ん坊を運ぶスリングのような肩掛けの布を出す。そしてその中に大事そうに、カブを入れた。
「カブを抱えて国境を越える人って珍しいですよね」
「きょ」
「しーっ、少し揺れるくらいは馬でごまかせるけど、あまり喋っちゃだめだから」
「きょ」
「ん、分かったならよろしい」
本物の赤ん坊に声をかけるようにカブに声をかけるハル。
まわりに人はいないが、不思議な人にしか見えない。
「よし。行くぞ」
フィーダの声とともに、ヒロとタケがゆっくり歩き始める。カッポカッポと進むスピードは、人の歩く速さとさほどかわらない。
「国境を渡ったら、少しだけ道の端に寄るか?」
「いいの?」
イーズはフィーダの顎に頭を当てないように注意しながら、後ろを仰ぎ見る。
「そのまま素通りっていうのは嫌なんだろう?」
「うん……ありがとう」
ポツリとイーズが言うと、フィーダは一旦手綱から手を放してガシガシとイーズの頭をかき混ぜる。
「ハル、そこの国境線渡ったら左に寄るぞ」
「お? いいね。サト、国境もうすぐだぞ」
「け」
後ろから人が来ていないことを確認し、道の端に寄る。
同じようにする人がいるのか、そのスペースには馬を繋ぐ杭や簡易の丸太なども置かれていた。
「さて、一旦降りるぞ」
「け」
スリングの中から小さな声が聞こえる。
イーズはほほ笑みを浮かべて、フィーダに続いてタケの背から降りた。
「もう、アドガンなんですよね」
「そうだね」
「そうだな」
「け」
あまりにも何もない国境に、あっけなさを感じる。
遠くに見えるベルファサの壁が、じわりじわりとイーズの胸の中に達成感とわずかな寂しさをもたらした。
声もなく、遠くを眺めていると、突然隣で大きな声がした。
「グッバイ、タジェリア!」
「ひゃっ!」
ビックリしてイーズの体が跳ねる。
隣をキッとにらむと、ハルがしてやったりといった顔でニンマリ笑った。
「ほら、イーズも。湿っぽいのより、カラッと行こうぜ」
「情緒というものがないですね。さすが」
「け」
「サト、裏切り者」
「けけけけ」
体をくねくねと揺らして、スリングをわざと揺さぶるハルに、サトから不思議な声が出る。
「あまりポケッとしてても仕方がない。行くか?」
「待って。はい」
そう言ってイーズは左右の手を、ハルとフィーダに向かって伸ばす。
ハルは何も言わず手をつなぎ、フィーダはハルに倣うように手をつないだ。
「やっぱ、ここはフィーダだよね」
「ですね。お願いします」
「何をするんだ?」
「ラズルシードから出る時は、『ありがとうございました』だったよね」
「はい」
イーズは国境を渡る時を思い出して、ハルの言葉に頷く。
「分かった。じゃぁ、いつも通りに」
そう言ってフィーダは、イーズと繋いでいない左手を全員が見える位置に掲げる。
ダンジョンの時とは違い、緊張感は特になく、フィーダはリラックスした様子で指をゆっくりと折り曲げる。
――スリー
――ツー
――ワン
「「「ありがとうございました!」」」
「ケキョーーーーー!」
「「「あ!」」」
高らかに響いたサトの声に、三人は同時に慌てて辺りを確認する。
遠くを走っていた馬車は騒音に紛れて聞こえていなかったのか、止まる様子はない。
顔を見合わせてほっと息をつき、三人頭を突き合わせてスリングの中のサトをのぞき込む。
サトは葉っぱをピッタリと口に当てて、挙動不審に目をウロウロさせていた。
「ぷふっ」
「くくっ」
「ふふふっ」
「……け」
小さく鳴くサトの頭をポンポンと順番になでて、もう一度ヒロとタケの背に乗る。
ポンっとタケの腹を蹴って、ゆっくり進みだす。
三人とも、さっきの慌てようが面白くて小さな笑いが止まらない。
「なんとも締まらんな」
「俺たちらしいけど」
「楽しいですね」
「け」
ハルとイーズがこの世界に来て三年。そのうちの二年七か月を過ごしたタジェリア王国。
二人だった旅に大切な仲間が増えた。タジェリア王国にも大切な、また会いたい人たちができた。
だから、いつか戻ってくる日まで。その時までしばらくのお別れを。
「は!? 今気づいちゃいました!」
「何を?」
「転移って、国境を違法に越えていいんですかね?」
「いけない気がする」
「……ダメだろう」
「でーすーよーねー!?」
いつか、きっと、戻ってくる日まで。
第二部タジェリア編、ついに完結です。
ここまでフィーダ、ハル、イーズ&サトの旅にお付き合いありがとうございました。
明日は第三部プロローグとなる短いSide Storyと、登場人物一覧を投稿します。
その後、第三部執筆のため数日お休みします。再開は4月29日となります。
ほんのちょっぴりお待ちくださいませ。
BPUG
※本日、活動報告もアップしています。





