3-4. 三人
様々な誘惑に時には打ち勝ち、時には無残に敗北しながらも、なんとかお腹に空きを残したまま二人は約束の店に着く。
店員に待ち合わせをしていることを告げると、フィーダはすでに来ており、彼が待つ個室に案内された。
「フィーダ、昨日ぶり」
「お待たせしました」
「おう、そんな待ってないから大丈夫だ」
「この店は何が美味いんだ?」
「早速だな。ここは、北部に生えてる木の皮で肉を包んで、蒸し焼きにした料理が美味いぞ。香りが独特だが、いい具合に脂も落ちて酒が進む」
「ぐっ、酒に合う料理をすすめるとは、フィーダめ!」
「成人してるから問題ねぇだろ?」
「なんか、若返ってからお酒に弱くなったらしいですよ。今毎日少しずつ体を慣らしてるって言ってました」
「なるほどな。若返りの弊害が出たってことか」
「我慢すれば良いって思うんですけどね」
「それはイーズが酒を飲んだことないお子ちゃまだからだ」
「同感」
「なぬ! 良いですよ。こっちではもうあと半年もしたら成人です。そうしたらガッポガッポ水のように飲んで、ハルをコテンパンに負かしてやります」
「面倒臭い酒乱になる未来しか見えないな」
「それにも同感」
「ふおおおお!」
残念ながら、見た目十歳な酒豪は需要がなさそうである。
フィーダ一推しの肉料理はとても素晴らしかった。
ハルは散々悩んだ末、酒を飲むのは諦めたらしい。横でカパカパと杯を進めるフィーダを恨めしそうに見ている姿が、激しく情けなかったが。
食事が落ち着いてくると、今日の本題であるスキルの詠唱の話に移る。
フィーダによればスキルの技を発動する際の詠唱は、最初にコールと言われる属性の名を呼び、次に実行したい動作を言えば大概発動するらしい。
例として水魔法のウォーターアローの詠唱は“水よ、貫け”のようになる。
だが技が大きくなったり、魔力を節約したい時には詠唱が長くなる場合もある。
これに関しては、過去の賢者“提唱“が理論的にコールを説明しているので参考にすると良いと教えてくれた。
説明をあらかた終えた頃、フィーダが酒で赤らんだ顔を引き締めておもむろにイーズに切り出した。
「イーズ、遮音結界を張ってくれるか?」
「音が漏れないようにすればいいですか?」
「ああ、頼む」
「分かりました。――はい、大丈夫です」
「ありがとう」
「フィーダ、何かあったのか?」
「ハル、イーズ ――俺を、二人の旅に同行させてくれ」
そう言ってフィーダは自分の膝にがっしりと手をつき、テーブルにぶつかりそうな勢いで頭を下げる。
その様子にハルは少し顔をこわばらせ、フィーダに向かってか質問を投げる。
「それは――それは、国境まで?」
「違う。アドガンまで。いや、お前たちの旅が終わるまで」
「それは、俺たちが賢者になる可能性があるから?」
「違う」
「異世界人を見つけたから、興味本位?」
「違う!」
「冒険者として名を上げるつもりはないぞ」
「分かってる」
「二度とラズルシードの王都に戻れないかもしれない」
「分かってる」
「では、なぜ?」
「それは、お前たちが異世界人だからだ」
「な!?」
ハルとフィーダの会話をハラハラしながら見ていたイーズは、フィーダの答えにビクリと体を震わせる。
――異世界人だから?
――イーズとしてみてくれたんじゃなかった?
「ハル、イーズ、早とちりするな。
俺が言いたいのは、お前たちはこの世界について知らなすぎるって事だ。
それを誰かに教えてもらう必要があるが、相手に疑われずに知りたいことを都度聞き出すのは大変だ。
だが、俺ならそんなこと気にしなくていい。さっきみたいなスキルの事だけじゃない、一般的な知識も冒険者としての知識も教えてやれる。
二人とも色々な場所を見て回りたいと言っていたが、常に乗合馬車に乗るのか?
じゃあ、行きたいところに馬車が出てない時はどうする?
それに他人と同じ空間で、正体がバレないように常に警戒して過ごすのか?
俺だったら、馬車で好きな所に連れて行ってやれる。必要だったら馬車の動かし方も、馬の乗り方も教えてやる。
お前たちの正体も、マジックバッグを持っていることも、性格も知っている。今更正体を隠す必要はない。
異世界には魔獣がいないと聞く。命をかけて戦う場面がほぼ無いとも。
俺だったら戦い方を教えてやれる。獲物の捌き方も、美味い食い方も教えてやる」
フィーダはハルとイーズをそれぞれゆっくりと見て、さらに続ける。
「俺は、お前たちが心配なだけだ。
確かに強いスキルを持っているかもしれん。でもそれだけじゃ、力だけが全てじゃないのは分かっているだろう?
俺はお前たちが余計なトラブルに巻き込まれて、この世界を楽しめなくなったりしてほしくない。
この世界で安寧の地を見つけるための旅に、俺も連れて行ってほしい」
そう言って再度深く頭を下げる。
だが、そんなフィーダに向かってハルは憤慨したように荒らげた声をあげる。
「そんな、そんなの俺たちがもらいすぎてる!
今までも、馬車での旅の間も、今日だって!
そうやってあんたから知識も、人生の時間も、故郷や仕事も何もかも搾り取って、そうやって尽くされて、俺たちに何を返せと!?
十年、二十年かかる旅になるかもしれない。その時、あんたは幾つだ!?
この世界の寿命なんて知らない。だけどそんな年齢になるまであんたを振り回して、国から遠く離れた場所まで連れてっておいて、俺たちは幸せに暮らせと!?」
「ハル、落ち着いてください」
「でも、イーズ!」
「もう少しフィーダの話を聞こう? ね? ね?」
興奮で体を震わすハルの腕にそっと手を添えて、イーズは彼を落ち着けるようにポンポンと軽く叩く。
ハルは一度大きく長い息を吐き出し、自分の感情を落ち着かせてからフィーダに向き直る。
「……怒鳴って悪かった」
「いや、ハルの気持ちはよく分かった。
正直、何かを返してもらいたいという気はないんだ。
――でも、実際にはあるのかもしれない。
お前たちの話が聞きたい。お前たちの、異世界のことが知りたい。どうやって生きていたのか、何をしてたのか、どんな夢があったのか。
家族のこと、友人のこと。もう会えない人を思い出して辛い時に、聞いてやりたい。どんなふうな家族で育って、どんなダチがいたか。
それにマジックバッグに入ってる異世界の鶏は美味かったな。また食えたら幸せだ。あんな美味いもんを食ってるお前らが、この異世界で感動する食いもんを、俺も一緒に食いたい。
そんなんで俺は満足だ。
ハル、俺の人生に責任なんて感じなくていい。俺はこれまで好き勝手にやってきた。だから、お前たちについていきたいってのも、俺の勝手な願いだ」
フィーダは、馬車旅の途中、夜寝る前に賢者の逸話を語ってくれた時のような、ガラガラなのに不思議と魅力的な声で夢を語る。
おっさんなのに、なぜか瞳はキラキラと輝く希望に満ちた子供のようで、その口の両端には笑みを浮かべている。
「……需要が」
「イーズは黙りなさい」
「ハイ」
「――正直、フィーダの提案は嬉しい。
この世界について俺たちは無知だ。行く先々で情報を集めたり、俺の交渉スキルで聞きたい情報を聞き出していくのにも限界があるし、はっきり言えばストレスだ。
それに十五歳で見習い冒険者という立場は非常に弱い。
もし、旅の間に権力者や貴族に目をつけられたら、何ができる? 日本に貴族はいないから、この世界での貴族への相応しい態度も知らない。反感を買ってしまったらどうにもならない。
色々、本当に色々不安だらけでっ」
「ハル、頑張ってます」
「ん、イーズもな」
自然と互いに伸ばされる二人の手。
不安を抱えてここまでやって来た。
王都は無事出られたけれど、国境はまだはるか先。
自分達の不安定さは、フィーダに指摘されなくても痛感している。
毎日楽しくって、二人で色々感動して。だからこそ、抱える不安も二人で共有してきた。
異世界人としてずっと抱いていかなければいけないこの感情を、他の誰かに背負わせることはできない。
でも、背負えなくとも、荷物を背負う二人の背中を後ろから押して支えてくれる人が、そんな人がそばにいてくれると言うのなら――
「フィーダ、後悔しないか?」
「しねえよ。ここでお前らだけで行かせちまった方が、一生後悔する」
「そっか。だったら――」
そう言ってハルは、イーズと繋いでいない方の手をフィーダに向かって差し出す。
イーズも、同じようにフィーダに向かって精一杯手を伸ばす。
「一緒に、俺たち、俺たち三人の安寧の地を見つける旅に出よう」
「ああ! 三人で!」
そう言ってフィーダも両腕を伸ばし、二人の手を握る。
テーブルを挟んだ歪な輪だけれども、ここに確かに三人の絆は結ばれた。
さあ、明日から、次の目的地に向かって旅が始まる。
新しい日々が待っている。
「あ、だけどその前に、仕事を辞める手続きもあるし、王都の家に色々残してるから一回王都に戻らんとあかんわ」
「おい! 感動を返せ!」
「フィーダ、雰囲気を読んでください」
三人の旅は、まだ始まらない。





