14-12. 二十年レンタル
読んでくださりありがとうございます。
第二部第十四章 最終話となります。
ニヤリとトゥエンが珍しい表情をフィーダに向ける。
一方のフィーダは彼の発言が理解できず、太い眉をいぶかし気に片方だけ吊り上げた。
「このマジックバッグの所有者は君で登録されている」
「あれはギルドでしかできないはず」
「私たちはクランだ。ギルドに行かなくても登録できるようになっている」
「しかし、あれには本人の魔力が……」
そう言いかけて、フィーダはガバッと勢いよくハルを見る。
「ハル! お前! あの道具!」
「ん? どうした?」
「あの時の!」
「えー、僕、何のことだか知りませーん」
ばちばちと素早く瞬きして、ぶりっ子のふりをするハル。
だがその頭に容赦なくフィーダのげんこつが落ちる。
「あだ!」
「イーズも知ってただろ!?」
「えー、私、何のことだか知りませーん」
少し離れた場所からさっきのハルと全く同じフレーズを返し、イーズは高い声できゃははと笑う。
そう、今日応接間で魔力を通したあの魔法具。リーディアが「魔力の個人特定判別機能」と言っていた。
つまりあの時に、所有者の魔力を判別できるように設定したということ。
フィーダの、魔力を。
今更ながらにそれに思い当たり、フィーダは渋い顔をする。だが流石にリーディアに向かって声を荒らげるわけにもいかず、おでこをガシガシと擦る。頭皮を避けたのは良い判断だ。
「フィーダのものになっちゃってるんだって」
「登録者があるものは解除しないと売れないですね。トゥエンさんはやってくれなさそうですよ」
「ギルドに言って解除してもらわないとね。それから、こっちに返却しに来るの? プレゼントを突き返すのはどうかなぁ」
「せっかく登録までしちゃってくれてるのに、フィーダ、心痛みません?」
「お前ら……」
チクチクと繰り返されるハルとイーズからの精神攻撃に、フィーダはプルプルと何が原因かわからないが震え出す。
そこで、三人のやりとりを見ていたトゥエンが一歩進み出て、フィーダに語りかけた。
「対価はもうもらっている。私たち三人の命と、この街の将来。
ギリギリのところで小麦ダンジョン休眠の回避がされたのも、君たちからの連絡があったからとグルアッシュも言っていた。
何も遠慮することはない。こんな老人の使い古しが嫌ならば、もっと別のものを持ってこさせようか?」
「いや! そんなことは!」
「だったら、受け取ってくれ」
もうすでに疑問形ではなく、フィーダが受け取ることを期待されている。
ここで断っても別のマジックバッグを出されそうで、フィーダは覚悟を決めた。
「――分かった。ありがたく貰う。こんなに貴重なものを俺に託してくれて、心から感謝する」
フィーダは両手でマジックバッグを掲げ持ち、トゥエンに向かって深々と頭を下げた。
その夜、宿に帰った後、ハルは念の為にマジックバッグの鑑定をした。
その結果、元々ハルとイーズが欲しいと希望を出していたマジックバッグよりも、はるかに価値の高い、確認されている中でも最大容量と時間遅延機能が付いているマジックバッグだと知る。
だが今更ながらに返しに行くわけにもいかない。
悩んだ結果、三人が出した答えは、「ありがたくいただく」という事だった。
ただお返しは何かしたい。何が良いか?
自分たちの持ち物の中で、異世界産ではなく、勇者だとバレるものでもなく、それでいてお金でもない、価値のある物は――
翌日、五月の空は快晴。
ヒロとタケを引いて門に向かって三人は進む。
トゥエンへのお礼の品は、大変申し訳ないがフェリペ神父に預けた。彼には一週間後にトゥエンの屋敷に届けてほしいとお願いした。突然の不可解な頼み事にもかかわらず、快諾してくれた彼には感謝しかない。
「フィーダ、バッグはどんな感じ?」
ハルはフィーダの肩にかけられているボディバッグ型マジックバッグを見ながら尋ねる。
すっきりした作りで、冒険者用でなくとも日常生活に使えそうなデザインだ。
「とても軽い。全部の荷物が入っているのか心配になる」
少し体を揺らして、そこにちゃんと鞄があるのを確かめるフィーダ。
ハルとイーズもダミーで背負い袋を肩にかけているが、こちらはちゃんと重さがある。
「フィーダの荷物、少なすぎじゃない?」
「元々旅生活だ。物は持っても仕方がなかったからな」
「これからは少しずつ増やしていきましょうね。何たって、賢者大全全巻入れても大丈夫なバッグですから」
「全巻は入れないが、“保護”の賢者の巻は買っておこうと思う」
そう、このマジックバッグの作者は“保護”の賢者だった。
付与魔術師だったと言われる賢者が、ダンジョニアウルフ保護の対価のために作った作品。
つまり通常のマジックバッグよりも何倍も、下手したら何十倍も価値が高い。オークションに出したら貴族が競って高値をたたき出すだろう一品。
ドロップされるマジックバッグとは異なり、ファッション性が高く、小さなポケットやベルトの位置も計算しつくされている。
賢者が作ったものだから、その時間遅延効果も最大。通常の時間遅延と言えば、一日で腐る魚が三日から七日もつくらい。このマジックバッグならば、一年は軽く保存できるだろう。
昨夜、宿の部屋でその話をしたら、フィーダは顔面蒼白にして速攻返しに行くと言い出した。
そこを引き留めたのはハル。
「んーっとさ、たぶんだけど、トゥエンさん、俺たちがソーリャブにいた黒髪貴族っての知ってると思う」
「確かに、キレ者の話してましたよね。確実に分かってそうです」
「あとは、少なくともフェリシェさん自身が話したりはしないけど、彼女の挙動でばれてることはありそうかな。ごまかしきれるほど簡単な人じゃないからね、トゥエンさんは」
うんうんと頷きあう二人を見て、フィーダは半分死んだ目でこぼす。
「それを、俺がマジックバッグを受け取ることにどうつながるんだ?」
「たぶん、俺たちが望んだから?」
「は?」
にやっとした笑顔を作るハル。その隣でイーズもそっくりな笑顔を浮かべる。
「屋敷に通ってる時に今一番欲しい物の話になって、大抵のものはそろってるから、あえて言うならフィーダ用のマジックバッグを狙ってたのに残念だって話を」
「あれは……おとり捜査じゃなくってなんて言うんですっけ? わざと言わせるの」
「誘導尋問?」
「そう、きっとそれです」
びしっと指を立ててキメるイーズの後頭部をぽこんと叩くハル。
フィーダは手に持ったマジックバッグをそっと撫でて、ため息をついた。
ありがたい。ありがたいとは思うが、自分が持つには荷が重すぎる代物である。
エンチェスタにいた賢者様作のマジックバッグがいくつ世の中に出回っているかは分からない。しかも、それをこれから国外に出ようとしている冒険者に託していいものだろうか。
「どうしても気になるんだったら、二十年後に返したら?」
「どういうことだ?」
「二十年したら、フィーダももう冒険者として活動していない頃でしょ。旅も終えてどこかの街に腰を据えたらさ、『大切に使わせていただきました。ありがとうございました』って返せばいいんじゃない?
もしかしたらホウセンとリゼルティアさんの子供が、立派に成長しているかもしれないし」
「二十年後だったら、私の転移魔法も完成しているはずです。パッと行ってパッと帰ってくるなんてできちゃってるかもしれません」
「そうか……そうだな」
「返す時に、お礼に旅のお土産を入れておくのもいいかも」
「なかなか楽しそうです。フィーダは持ち物が少なすぎるから、もっとパンッパンになるくらい沢山持ちましょう」
二人の言葉に、フィーダは何か踏ん切りがついたのか、納得したように頷いた。
そして今までハルやイーズに預けていたものを入れ直したり、食料や飲料、ポーション各種や野営装備を振り分けたりした。
ただでさえ遅めの夕食会を楽しんだ後なので、盛大な夜更かしをしてしまった三人は今日は若干眠い。だからと言って出発をずらすのは、挨拶回りをした手前何とも気恥ずかしい。
当初の予定通り宿舎を後にし、生産者ギルドで退出の手続きを終えて、眠気と戦いつつ南門に向かっているというわけだ。
アドガン共和国には約二ヶ月の道程。
国境都市は若干内陸側に位置しているため、ルートは北東から南西に向かう街道となる。
ルート上で面白そうな街の情報はツェッリから入手済みだ。
門ではトゥエンから預かっていた書類を提出し、イーズも身分詐称を疑われることなくすんなりとエンチェスタから出ることができた。
満足そうなイーズと、少しホッとするフィーダとハル。
街道を少し進んでから、少し横に外れて馬車をどどんっと出してヒロとタケとつなぐ。
「さ、これから暑いですけど、よろしくお願いしますね」
額をこちょこちょとくすぐってイーズは二頭にお願いをする。
車輪や轡の確認を終えて準備が整い、フィーダがまず御者台に、ハルとイーズは荷台に上る。
そっとサトを出してイーズは小さく言い聞かせた。
「まだまだ街に近いから、外には出ないようにね」
「キョ」
「これから旅だから、もっと一緒にいられるからね」
「ケキョ!」
嬉しそうに揺れて返事をするサトの頭をなでて、イーズは視線をフィーダに向ける。
フィーダは軽く頷き、小さく号令をかけてゆっくり馬車が動き出した。
「エンチェスタも面白い街だったね」
「最初はどうなることかと思いましたけど」
「考えてみれば、スペラニエッサも、ソーリャブもそんな感じだったじゃない?」
「それを言うとジャステッドもそうですね」
ジャステッドでは着いた初日に階段から突き落とされそうになり、スペラニエッサでは領主の呼び出しにあい、ソーリャブでは貴族兼魔法使いとして堂々の登場、そしてエンチェスタではハル名探偵物語スタートだ。
普通に穏やかに目立たず静かに旅を楽しむという願いは、完璧ではないが叶ってはいる。でもどうも波乱万丈すぎる。それとも、これが異世界人の宿命なのだろうか。
「アプリに評価を入れておかないといけません。タジェリア国の街はだいぶそろいましたね」
「今はまだスペラニエッサがランキングトップだからなぁ。早く蹴落とさないと」
「蹴落とすって、言い方が……」
「もしくは領主を蹴落とすか」
「さらに悪くなってます」
「キョー」
サトを腕に抱いて笑い声をあげ、イーズは馬車の動きに合わせて揺れる。
この世界に来てもう三年になる。
ラズルシード王国では氾濫に備えた攻略と準備が大々的に進んでいると聞く。攻略が成功したかどうかは、アドガン共和国にたどり着く頃には聞けるだろうか。
馬車の窓を開けて外からの風を吸い込む。
「気持ちいい風だねぇ」
「キョ」
「サトとも出会って二年だねぇ」
「キョー」
「これからもよろしくね」
「ケキョ!」
目の前でワサワサと機嫌良く揺れる葉っぱに、イーズは口元を綻ばせてもう一度強く抱きしめた。
明日はSide Storyです。
お礼の品を受け取ったトゥエン視点となります。





