14-7. 推しの声
とりあえず、何をするにしても検証が必要。
ということで、フィーダは今グレッポプの前に一人残されている。
他の四人は数メートル離れたところで、作ったような満面の笑みを浮かべて見守っている。訂正、無表情のグルアッシュ以外は。
――サワサワ サワサワ
「あー、美味しそうな実だな?」
――ピタッ
………
――サワサワ サワサワ
「あー、その蔓は自由に動かせるんだな?」
――ピタッ
………
――サワサワ サワサワ
「あー、実は美味いのか?」
――ピタッ
………
――ザザザザザ
「うおっ!?」
――サワサワ サワサワ
突然大量のグレープがフィーダの足元に落とされ、フィーダは驚いて悲鳴を上げる。
叫びの後も動き続けるグレッポプを見て、ハルは一つ頷く。
「なるほど、叫び声は好みではないらしい」
「グレープ回収します!」
冷静に状況を分析するハル。
イーズはフィーダの前に回り、辺りに落ちている色とりどりのグレープの回収を始めた。一つ一つ拾い上げるのはめんどくさいので、傷ついたり潰したりしないように気をつけながらも、ザカザカと手早く手でかき集めていく。
「あたしも手伝うよ」
「フェリシェさん、ありがとうございます
「あ、フィーダ、気にせず続けてどうぞ。なんなら蔓がもらえないかの交渉もよろしく」
「……わかった」
――サワサワ サワサワ
目の前でウネウネと動く蔓を見ながら、フィーダはため息と共にグレッポプに向かって語りかける。
自分は何をやってるんだとか考えてはいけない。こういうのは、頭の中を空っぽにするのが重要だと自分に言い聞かせる。
「あーーー」
――ピタッ
………
――サワサワ サワサワ
「その蔓はかっこいいなぁ」
――ピタッ
……
――ザワザワ ザワザワ ザワザワ
フィーダに褒められて嬉しいのか、グレッポプの動きが激しくなった。
「動きが激しくなりましたね。どうやら惚れさせてしまったのではないですか?」
「順調順調。フィーダ、もう一押し!」
後ろからのガヤガヤとした声に、フィーダの眉間に深い谷が刻まれる。
嬉しそうにくねくねと身をよじらせる目の前の植物に光を失った視線を向け、目的の蔓を入手するためフィーダは交渉を試みる。
「その……もし、痛みがないならば、蔓の一部を分けてもらうことは可能だろうか?」
――わさわさわさ わさわさわさ
――ザワザワザワザワ!!
「ぬうおおおっ!?」
グレッポプが蔓を大きく伸ばしたかと思った瞬間――まるで大波のようにフィーダの頭上から蔓が覆いかぶさる。
「フィーダ!?」
「フィーダ!? え? 大丈夫!?」
わずか数秒で顔以外、全身包帯ミイラ男のように蔓にぐるぐる巻きにされたフィーダ。
驚きを隠せず目を瞬かせて、呆然とする。
そして直後、不安定になった足がもつれ、ドサリと地面に尻もちをついた。
さらに手も自由にできないため、そのまま仰向けに地面にひっくり返る。
「うお!?」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です?」
「おい、大丈夫か?」
「怪我は?」
全員恐る恐る近づいて、フィーダを覗き込む。
だが誰からもすぐに手が出ず、四人に囲まれて見下ろされる状況になったフィーダは、むすっとした顔で彼らを見上げた。
「そう聞く前に、とっととこれを解いてくれ」
「そうだな」
返事と共にグルアッシュがフィーダのすぐそばに膝をつき、手っ取り早くナイフで蔓を切ろうとする。
だがそこに、ハルが待ったをかけた。
「あ! 切らないで。なるべく長い状態で残して」
「お前……この状態でよくそんなこと言えるな」
「だって、加工したら短くなる可能性あるじゃん。長い方が後から色々便利だって。多分どっかに巻き終わりがあるはずなんだけど」
「上から下に巻かれてましたよね。そうすると、足元の方にあるかな」
呆れた表情のフィーダとグルアッシュを放って、ハルとイーズは二人で爪先あたりの蔓を引っ張ってほどきだす。
「これって、フィーダに回ってもらったほうが早く解ける気がしません?」
「……嫌なイメージが浮かぶんだけど」
「まぁ、あれですよね。『お代官様、おやめください。あ〜れ〜』的なシーンのフィーダバージョンというやつですよね」
「絵面が酷いよ、それ。だって、髭面おっさんだよ?」
本人の目の前で容赦なく続く二人の会話。
腹筋だけで何とか上半身を起こし、体をくねらせてフィーダは文句を言う。
「お前ら、人の悪口言うんだったら、すぐにこれを全部ぶった切るぞ」
「手まで全部ぐるぐる巻きになっているんだから、無理でしょう?」
「剣術スキル持ち舐めんなよ? 腰の剣に手が届きさえすれば、抜け出せる」
「げ! まじ?」
「そんな!? ダメですよ、フィーダ。これはエンチェスタの希望ですからね。それを切り裂いたら……」
「そうしたら?」
「泣きます。リーディアさんが」
「お前じゃないのか」
「いや、私の涙だと、この場合説得力がないかと思って」
「とりあえず、とっとと解け」
「はーい」
馬鹿な話をしながらも、徐々に解けてきた蔓を足の周りからなんとか外す。
その後、若干あ〜れ〜な状況になりながらも、フィーダの全身が蔓から解放された。
フィーダのほぼ全身を覆っていた蔓の長さは約五メートル。リーディアに渡さなければ詳細は分からないが、確実に魔力を通す丈夫な素材になるだろう。
ハルは満足気に頷き、ロープのように巻き取った蔓をマジックバッグにしまった。
「ふぅ。酷い目にあったが……ありがとうな?」
――ピタッ
………
――ザザザザ! ザザザザ!
フィーダが体を軽く払いながらグレッポプに礼を言うと、木全体が大きく震える。
その拍子に、鈴なりになっていた実がポトポトと五人の上に降り注いた。
「おおお! また増えました!」
「ん。美味い」
「フェリシェ、せめて洗ってから食え」
「まぁ、フェリシェさんならどうとでもなりそうだけど」
丁度自分の胸元に落ちてきたグレープの実をキャッチし、フェリシェは口に放り込む。
落ちたグレープの回収は数分で終わり、今日の野営場所を探しにその場から離れる。
ただ、フィーダが喋るといつまで経ってもここから移動できなくなってしまうため、最後は彼にはおしゃべり禁止令が出された。もとより本人は積極的にそうするつもりであったが。
「んじゃ、ありがとうな!」
「ありがとうございました!」
こうして、一日目の攻略を終えた五人。
次の日、別のグレッポプに出会った際、今度はグルアッシュが同じ状況に陥るとは想像もしていなかった。
六十六階攻略二日目。
一番の目標は六十七階への移動だが、その道中でできればもう一つのマジックバッグの入手とウォーターフィフィグの採取。
六十七階からの帰り道でそれらに遭遇する可能性もあるため、マストではない。だがあって困るものでもない。
朝の移動開始直後に、グルアッシュのあ〜れ〜事件はあったが、五人は順調に六十七階に向けて移動をしていた。
「フェリシェ、もし蔓が有用ってなったら、採取には男性数名を連れてった方がいいかも。どちらかといえば声が低い人かな」
「ああ、そこは何とかするさ」
先ほど出会った三本目のグレッポプは、五人の声のどれにも反応しなかった。どうやらお好みの声がいなかったらしい。
強いて言えば、フェリシェの声の後に二粒だけグレープを落とした。もっと励めと言われた気がする、と思いっきり顔を顰めてフェリシェは呟いた。
「やっぱり魔獣の数は少ないか」
「そこまで需要が高くない階層だが、他の階の移動には使われる。それなりに冒険者の行き来は多いからじゃないか?」
「ああ、そういう考え方もあるのか。そうなると、次の階も魔獣は少なそうだな」
フィーダの呟きを拾ったグルアッシュが可能性を述べる。
イーズのマップにも近くに冒険者の姿はないが、魔獣の姿もない。昨日と同じように、ほぼハイキング気分で階層内を移動する。
途中、たくさんのイチジクを実らせたウォーターフィフィグの木を見つけたが、特徴は実を収穫するときに放屁音を出すくらいだった。
しかも実の熟し具合で音が変わるという芸の細かさ。熟れた実の場合の音は……人に聞かせられる次元では無かった。
フェリシェが面白がって槍を使って大量に収穫し、イーズを笑い死に寸前まで追い込んでいた。
「笑いすぎて光魔法で自分を癒すやつは初めて見た」
「こいつらは元々スキルの無駄遣いが多いから、今更だろう」
「……そうだな」
色々思い出したらしいグルアッシュが、フィーダの言葉に遠い目で同意する。
何か精神的ダメージが入ったらしいが、ハルとイーズにはなんの責任もない。例えば襲撃者に仮装させたりとか、ドロップ回収を効率化したりとか。全部良い事しかしていないはずだ。
昼前に到達した六十七階の目玉は各種メロン、ではなく、これまたマジックバッグ。
ドロップする魔獣はダンジョニアウルフと呼ばれる種で、体毛にトラに似た模様がついている。これのせいなのかは分からないが、綺麗な模様が入ったマジックバッグが出ることもあり、販売時に価値が最も高くなると言われている。
「以前は市場に来たのかってくらい冒険者がたくさんいたんだが、今はどうなってるかな」
そうフェリシェが呟いていたが、実際の六十七階はひしめき合っているほどではない。一時間進んですれ違うのは二、三組程度。おそらく人の多さとしては六十五階と同じくらいと言えるだろう。
イーズも感知範囲にいる冒険者の数をフェリシェに伝え、彼女は満足そうに何度か頷いた。
「なんかよ、昔の賢者様でダンジョニアウルフを殺しちゃダメだって言った人がいてよ」
デザイン的な需要で価値が高いと言われる六十七階のマジックバッグ。それに加えて歴史的にも賢者と関わりが深く、貴族が特に欲しがるという話をフェリシェが始める。
「ああ、確か“保護”の賢者様だな」
「お、さすが元貴族。賢者様のことよく知ってるな」
「エンチェスタ関連の賢者様なら四人だ。“開発”、“保護”、“実験”、“巻軸”」
「“開発”? パウラさんも話してた人ですね。魔法器具関係ですか?」
挙げられた賢者の名前のうちの一つは、王都の魔法道具屋店主のパウラから聞いたことがある。開発中に指を吹き飛ばしたことがあるという逸話が残されている。
「そうだ。“実験”の賢者は、魔法器具開発の時の効率的な進め方を提唱した人物。“巻軸”はダンジョン前の階段に関連した魔法具を作った人物だ」
「んでよ、あたしが言いたかったのは“保護”の賢者だよ。なんでも、ダンジョニアウルフが異世界の故郷の幻の動物だとかっていうんで、殺しちゃダメって言い出したんだとさ」
フェリシェの説明にハルとイーズは首を傾げる。まだ実物を見たことがないが、ウルフと言うのであればオオカミなのだろうか。
グルアッシュは言葉足らずな彼女の説明に、ちらりとハルとイーズに視線を向けて彼が知っている“保護”の賢者の話を語る。
「“保護”の賢者様がいらした国で、乱獲されてその動物が全滅してしまったらしい。その種と同じダンジョニアウルフは絶対に狩ってはならないという要望を出した。
だが、ずっと狩らないでいることは難しい。取引で、“保護”の賢者様のスキルであった付与魔術でマジックバッグを製作するということ、賢者様の死後であれば狩っても良いということになった」
「賢者様が大事にした魔獣ってことで、価値が高いんだってよ」
グルアッシュの説明にハルとイーズは納得したように頷く。
地球で絶滅してしまった動物を見つけたら保護したくなるのも分かる気はする。だがダンジョンに住む魔獣はあくまで魔獣であり、保護をしても意味はない。きっと賢者自身も分かっていたから、死後であれば狩ってもいいということになったのだろう。
「ダンジョニア……ああ、もしかしてタスマニアかな」
「ハルは知ってるんです?」
「いや? だけど、昨日見たダンジョニアデビルがさ、全然デビルっぽくないから不思議だと思ってたんだよね。でも、今の話聞いたら、確かタスマニアデビルっていう動物がいたっていうの思い出して」
「動物番組とかで取り上げられそうな話題です。タスマニアってオーストラリアとかニュージーランドあたりでした?」
「多分、オーストラリアに属してたかな」
二人はフェリシェには聞こえないように、少し潜めた声で会話をする。
内容が予想できるのか、フィーダはフェリシェを呼び止めて六十七階のルートの確認をしてくれていた。
この世界の魔獣は地球の動物に似た種もいれば、全く想像上の怪獣に近いものもいる。
もしかしたら、ダンジョニアウルフの元となった動物が外に生息している可能性はある。だが賢者がこの街に留まって、ダンジョニアウルフを保護しようとしたというのであれば、結果は自ずと明らかだった。
「地球とは違うって分かってても縋っちゃうものかな?」
「動物に関係した仕事についてたりとかだと、あるのかも?」
「そっか、背景が違うと考え方も違うか」
「ハルは食関連のお仕事ですからね。食への追求をそのまま続けてください」
「任せておけ」
ニタリと笑うハルとイーズは突き出した拳を軽く当てて、今後もその欲求のまま進むことを誓う。
ご大層な表現ではあるが、本人たちは至って真剣なのであった。





