3-3. 需要と供給
「……これ、冷めちゃってます。ハルのせいです」
「え? 俺?」
「マジックバッグの存在がバレたのも、それが時間停止という賢者仕様だという事も、ハルが迂闊だったからです」
「イーズも一緒にマジックバッグの物を食べてたよね? さっきのお店でスイーツの大量買いをしたがったのもイーズだよね?」
あれから、フィーダは腰が抜けてしまったようで、ヘナヘナと床に座り込みしばらく呆然としていた。
その様子を見て、イーズもハルもこれなら特に問題ないだろうと当初の予定だった食事に戻ることにした。
残念なことに、少し冷めてしまったが。
二人がメインのほとんどに手をつけ終わった頃、やっとフィーダが立ち上がって席につく。
「俺も食うます」
「ぶふっ」
「フィ、フィーダ、話し方は前のままでいいですよ」
「いや、そんなことは……じゃ、せめて二人も敬語はやめてくれ。そこは譲れない」
「俺は了解」
「んー、キャラ作ってない時は、ですますで話した方が楽なんですよね。なので諦めてください」
「きゃら?」
「役柄とか、性格? 本当はこっちなんですけど、どうやらこっちの人から見たら、見た目に似合わないらしくて。なので普段の“元気はつらつ無邪気なイーズ君”は仮の姿ってやつです」
「なるほど、こっちも分かった。しばらくは……ちょっと前の通りとはいかないとこもあるが、そこは勘弁してくれ」
「りょーかい」
ハルが軽く答えると、フィーダもやっと肩の力を抜き食事に手を伸ばす。
あまり長く隠密をかけていても怪しいので、フィーダが食べているにも拘わらず、二人はこの世界に来た経緯や旅の理由をつらつらと語る。
ハルが元は三十歳を超えていたことなど驚きの事実を聞くたびに、フィーダは喉を詰まらせそうになったり食べ物を口から吹きそうになるのを堪えるのに必死だ。
特に、二人がこの国の王妃への不信感からこの国を出ることを決めた下りでは、大型魔獣も逃げ出しそうな殺気が溢れ出てきた。
「うおう。フィーダから格闘漫画の主人公のようなオーラが出てますよ」
「フィーダ、気にすんな。もともとこの世界が異世界人を必要としてる。だから召喚された人をどう扱うか、その結果がどうなるかは、この国の人間の問題だ。
それに、あちらの思惑に気づかなければ気づかないで、幸せな面もあるからな」
「そうですよ。勇者や賢者として崇められ、高価な物を着たり食べたりするのが、あ、食べ物は羨ましいけど、そういうのが好きな人は一定数以上いると思いますし」
「俺はお披露目とかで注目を浴びるのとか、キラキラな服とかには興味ないし。こうやって自由に美味いもん探して旅する方が、俺の性に合ってる」
「同じくです」
「……お前らがそう思ってるなら、俺はもうどうこう言わねぇ。だが、一つだけ。
――この世界に来てくれてありがとう。
今までも賢者に感謝はしてきた。だがこうやって実際にハルとイーズに会って、さらにそう思えた。だから、ありがとな」
そう言ってフィーダは椅子に座ったまま、深々と頭を下げたあと、照れたように笑う。
「――おっさんの照れ顔は需要がない気がします」
「は?」
「いえ、何でもありません。さて、難しい話は一旦これくらいですかね? 隠密解いて大丈夫です?」
「いいんじゃないかな」
「イーズの結界はすごいな。それに、無詠唱なんて見るのは初めてだ」
「これは結界なんですかね? 多分やってる事は同じでしょうけど。あと詠唱は知らないので唱えようがありませんし」
「さすが、規格外だな」
「詠唱に関しては、フィーダに少し教えてもらったほうがいいかもな。冒険者の依頼の時、周りに他の冒険者がいたらごまかす必要がある」
「確かにな。それくらい良いぞ。簡単なものだけなら知ってるし。そこまで完璧にしなくても、人によって詠唱は異なるから雰囲気が出てればいいと思う」
「ブフフ、ハル、ついに厨二発動ですよ。“出でよ”とか“来たれ”とか言っちゃうんです」
「中二は黙ってなさい」
大体の話は終わったので、食堂を出て街の観光に戻る。
フィーダにいくつかオススメスポットを教えてもらったあと、明日夜にスキル詠唱を教えてもらう約束をして別れた。
「イーズ、ありがとな」
「何がです?」
「あの時、フィーダが俺たちを賢者として扱おうとした時、止めてくれて」
「なんだそんなこと。お礼言われるまでもない事です。
でもハルにしてはフリーズが長かったですね。ああいう場でもすぐ再起動できるイメージでした」
「まぁ、な。――なんだかな、一瞬何を考えればいいのか分からなくなった。この世界での賢者のあり方とか、異世界人の扱いとか。
自分は賢者じゃないけど確かに異世界人で、女神様にも会って、強いスキルもいっぱい貰ってて。
フィーダはこの世界の人間で、ここを離れたらもう会わなくなるかもしれなくて。俺たちの事情を背負わせても、彼には何の得もない。
――ってなことをグルグルしてたら訳わかんなくなって、んで、イーズがカッコよくバシッと女王様みたいなことやり出して、おおおおおってなってたら、もう俺が何か言う雰囲気でも無くなってたってわけ」
「じょ、女王様……!」
「“フィーダ、立ちなさい!”はカッコよかったぞ」
イーズのセリフを真似するハルの背中を、大して力が入っていない拳でポコポコと叩く。
「――本当にカッコよかったよ」
ポツリ、と前を歩くハルがつぶやくと、
「ん」
イーズはそれに聞こえるか聞こえないかくらいの声で短く返した。
「さ、次は芋のジュースだって? あんま美味そうに聞こえないけど、どうなんだかね」
「あ、それ宿のおばあちゃんから聞いたやつです。
昔は冬によく飲まれてたそうで、色々薬草が入っているって言ってました。なんとなくシナモンとかカルダモンが入ったチャイっぽい飲み物な感じがします」
「なるほど。俺はコーヒー派だけど、たまにチャイも飲んでたな。印が無い良品雑貨店のやつ」
「緑のセイレーンではなく?」
「そっちは単価が高い。それに、雑貨店のはお茶パックになってて、甘さが調整できるのが良かったんだよ」
「へー、知らなかったです」
ダラダラと喋りながら、何軒か目についたお店を梯子して宿に帰り着く。
最後は食べ過ぎでお腹が苦しくなっていた二人。しかし、帰ってきた二人と居合わせた宿の店主に、芋のお焼きのようなお菓子があるが食べてみるかと尋ねられる。
一瞬だけ目をさまよわせるも、結局食べてみたい欲望を抑えきれるわけもなく。部屋に持って帰るフリしてマジックバッグに入れておくことにしたのだった。
昨日は甘い物中心だったので、今日は肉!
そう言ってハルが朝から雄叫びを上げるので、王国西部で多く飼育されている牛を使った料理が美味しいお店を宿で教えてもらう。
昨日教えてもらったお店が全て当たりだったので、今日も確実に期待できる。
この地域にダンジョンはなく、肉類は主に畜産か街の外で狩られる魔獣になる。しかし、魔獣肉の供給はどうしても不安定になりがちなため、牛肉を使った料理が一般的らしい。
「魔獣肉の串焼きを食べることができるのはいつになるのでしょう」
「最後の経由地の先に四級ダンジョンがあるらしいから、旅の途中か国境都市かな」
「ではそれまでは牛肉で我慢しましょう」
「十分贅沢だと思うぞ」
「異世界テンプレがなかなかやってこない……」
「厨二を求めるな」
「ハルの影響ですね」
「絶対に違うな」
夜にはフィーダと会う約束があるので食べ過ぎは良くない。
だが、美味しそうな料理を目の前にして通り過ぎる事はできない。
葛藤を抱えた二人は、料理を半分こして残りを持って帰る――フリをしてマジックバッグに入れる、ということにした。逡巡したのはわずか数秒。
フィーダの薫陶が全く役に立っていない二人である。





