14-5. 恩返し
グルアッシュがエンチェスタに到着して十日ほどした頃、やっと話し合いの目途が立ったから会おうとの連絡がきた。
街の中の少しだけお高めの料理店で遅れることなく時間通りに落ち合い、お互いの無事と再会を喜び合う。
すっきりした服装に身を包み、以前よりも髪の毛が伸びたグルアッシュは、最初に会った頃の貴族らしさが少し抜けたようにも感じた。
領主代理の任を解かれ、冒険者に戻ったからだろう。
「話し合いはどうだ?」
前菜の野菜スティックから迷わずキュウリを手に取り、甘辛い豆のディップをつけてフィーダは問う。
対するグルアッシュはセロリをそのままかじって、「まずまずだ」と答えた。
彼の話によれば、スペラニエッサの氾濫前にエンチェスタに冒険者として来たことがあり、その際に今の領主にも面会したらしい。
国王との関係悪化を気にした領主からは、表立った協力は得られなかったが、マジックバッグや魔法器具などを秘密裏に多数貸し出してもらえた。
「ラウディーパとも話したが我々スペラニエッサは、エンチェスタにあの時の借りを返さねばならない。一部の冒険者の受け入れや、食料の援助などを提案した。
あとは、小麦ダンジョンのドロップの輸送にも力を貸す予定だ。ただ二十年は長いから、五年単位で契約を見直すことにした」
ニンジンに味噌風味のディップをつけて小気味良い音を立てながら、ハルは相槌を打つ。
大根のようなカブのようなスティックをにらみ、手を出すか迷っているイーズは、おそらく話半分ほどしか聞こえていない。
「国からの援助は?」
「休眠後の減税と、あとは支援表明をした領も支援規模に応じて減税が約束されている」
「それを決めたのは新しい国王?」
「ああ。このタイミングであの方が王になられていて、本当に良かった。そうでなければ、休眠後にぐだぐだやって、十年の間何も解決しないという事態もあり得たからな」
ハルの質問に、グルアッシュはサンチュのような野菜でひき肉を包んだものを飲み込んでから答える。
スペラニエッサの新国王への信頼は厚い。派閥は違えど、国に対する思いは同じということなんだろう。
新たに運ばれてきた鮮やかな緑色のスープをスプーンでゆっくりかき混ぜつつ、イーズは視線をグルアッシュに向ける。
「エンチェスタにはいつまで滞在されるんですか?」
「あと一月ほどだ。数回は王都とスペラニエッサ、三級ダンジョンと通信でやり取りが必要だからな」
領主特権として、各ギルドにある伝言システムの拡張版のような魔法具が領主館にはあるらしい。手紙とまではいかないが、ある程度の量の情報交換は可能だとか。
グルアッシュは王都、スペラニエッサ、三級ダンジョン都市、そしてエンチェスタの四者間で一通りのやり取りが落ち着くまでは滞在し、取り決めた契約書を持ってまずは王都、そしてスペラニエッサに戻ることになっている。
「王都が先なんですね」
「重要な契約だからな。どっちに行くにしても三ヶ月ならば、王都を優先すべきだろう」
緑色のスープは豆ではなく、どうやら緑色をした芋だ。緑色が出る芋など体を壊しそうだが、味は美味しい。
イーズは自分を納得させて、視覚と味覚がチグハグなスープを楽しむ。
その後も一年前のソーリャブ攻略の事や、ミレズイレで会ったウォードンやヴォルヘムの様子などをとりとめもなく話す。
「ミレズイレにも黒髪の聖女の話は伝わってきていたぞ。妖艶な美女と永遠の少女の姉妹だそうだ」
「ぶふっ!」
「ぶっ! ぐえっほ!」
「くっ!」
パスタを吹き出しそうになるイーズとハル。フィーダは水を持ったまま肩を震わせて喉奥で笑う。
そんな三人を見て、グルアッシュも口の端を楽し気に引き上げて言葉を続けた。
「ウォードンたちがとても楽しそうに噂を誇張して回っていた。おそらく今後も特定されることはないだろう」
「それは……ありがたいのか分からんが、感謝する」
鼻にパスタソースが入って悶えるハルと、ハルの背中をさすって回復魔法をかけるイーズ。
なんとなく腑に落ちないが、正体がバレないでいられるのならばいい。
妖艶な美女の正体がハルとバレたら……逆ギレした男とかに刺されるのではないか?
イーズはフィーダの言葉に合わせて何度も首を縦に振った。
「――“盾波”のクランヘッドと話す機会があった」
ぽつりと言葉をこぼすグルアッシュに、三人の視線が集まる。
「最初にラウディーパからの情報を伝えたのがあの方だと聞いていたから、根回しに礼を言いたくてな。
あちらも俺の存在は知っていたようで、気さくに話していただけた」
食後のお茶を優雅な仕草で傾けるグルアッシュ。
出自に違いはあれど、二人とも黒髪の貴族。それゆえトゥエンもグルアッシュに会った時に、何か感じるものがあったのかもしれない。
三人はそれぞれデザートの焼き菓子に手を伸ばしつつ、彼の話の続きを待つ。
「この街で陰の権力者と言われる方とどうやって知り合ったのかと思えば、またやらかしていたようだな」
「陰の権力者!」
「おお、なんか格好いいです」
「お前ら、話のポイントはそこじゃないだろう」
明らかにポイントがずれた二人の反応に的確なツッコミを入れるフィーダ。
仕方がなくグルアッシュは話の先をフィーダに向ける。
「詳しくは聞かなかったが、マンドラゴラ採取をここでもしたとか」
「ああ、緊急だったから、クラン幹部一人と一緒にダンジョンに潜った。だが、採取方法は教えていない」
「それが妥当だろう。一年以内に閉じるダンジョンで採取方法を伝えても、意味はない」
即座に冷静な判断を下すグルアッシュに、三人も軽く頷いて同意した。
そこで、グルアッシュが思い出したように視線をイーズに移す。
「剣士の……ホウセンの手を治すのか?」
「いいえ。ちらっと『もし再生スキルがあったら、治してもらうのか』と聞きました。そうしたら、『治さない』と返ってきました」
イーズの答えに、グルアッシュは片眉をあげていぶかし気にする。
その横から、ハルが理由の説明を始めた。
「今、職人ギルドとクランの中の職人で、休眠中の二十年の間、産業をどうするかが話題になっているんです。
その中で一番注目を集めているのが――義肢」
「ぎし?」
聞いたことがない言葉なのか、グルアッシュは表情を変えずに口の中で繰り返す。
「義足、義手、義眼など、失った体の部位を他の素材で、生活にある程度支障がないように賄うための器具です」
ハルが説明を加えると、グルアッシュは眉をひそめたまま質問をする。
「だが、本来の手や足とは全く違うのだろう?」
「そうですね。地球ではあくまで見た目を補ったり、一部の動作をできるようにする程度だと考えられていました」
「地球では?」
気になる部分があり話を止めたグルアッシュに、ハルは目を細めてうっすらと笑みを作る。
「ええ、あくまで地球では、という話です。
――この世界にはスキルがある。各個人に魔力がある。魔力を通す素材がある。
ならば、魔力を使って、偽物を本物のように動かすことだって、もしかしたら可能ではないでしょうか?」
数秒、グルアッシュはじっとハルの顔を凝視する。
そして、「はっ!」っと一回だけ大きく笑い声をあげ、口元に手を当てて数回頷いた。
「そうか。確かに武器も素材によっては、魔力で硬化させたり、時には伸ばしたりということができる。
そういったものを組み合わせれば、体の一部を失ってもある程度、日常生活に戻ることができる者もいるという事だな」
冒険者の中には、ホウセンのように魔獣に襲われて体の一部を失ってしまう人も多い。
冒険者でなくとも、事故や病気などで不自由な暮らしを強いられる人々もいる。
「俺も、酷い怪我を負って引退した冒険者を何人も知っている。それができれば、彼らの大きな希望となるだろう」
小さくありがとうとつぶやくグルアッシュに、ハルは苦笑を浮かべて首を振る。
「杖を作るときに、素材の話をリーディアさんから聞いて、もしかして義肢に色々機能を持たせることが可能かを聞いたら……リーディアさんが熱中しちゃって。
だから、リーディアさんが中心で俺は何もやってないから」
「その段階で、一番の実験台にホウセンさんが立候補されたんです。リーディアさんとは家族に近い関係の方ですし、真面目な方で今の職人さんの活動のために自分が必要だと感じてらっしゃって。
なので、腕の再生は断られてしまいました」
残念そうに、だが仕方がないという顔でイーズは笑う。
実際に、職人が義肢を作るために集めた欠損を抱えた人たちは様々だった。指を数本失っている人もいれば、片足、片腕がない人もいた。
それらの人がいる中で、ホウセンの腕だけを治すことはできないし、彼もそれを望まないだろう。
「ちょうど、軽くて丈夫な素材がダンジョンから大量に入手できたからな。職人も大張り切りだ」
「どんな素材だ?」
「昆虫系だ」
チラリとハルに視線をやるフィーダと、顔をきゅっと酸っぱくしてそっぽを向くハル。
なんとなく内容を理解し、グルアッシュは喉奥で低く笑う。
昆虫系――センチピードやアントを倒して得られた大量の外殻。軽くて丈夫で、そして魔力を通す素材。
それらは通常、盾や胸当て、膝当てなどの防具として使われる。
聞いた話では、ドロップの加工の際に職人が魔力を通し、素材を曲げたり伸ばしたりするらしい。
この魔力を通す作業を義肢を必要としている人物が行えば、体への馴染みも良くなるのではないかという検証が進められている。
「そのせいで、もう一回ダンジョンに潜る可能性がある。休眠になる前に必要な素材は回収しておかないといけないからな」
「ああ、その際には俺も同行したい。中の様子も見てほしいとラウディーパには言われている」
「分かった。グルアッシュであれば事情を知っているから、こちらとしてもやりやすい」
「そう言ってもらえれば助かる」
グルアッシュは以前エンチェスタダンジョンに来た際に、B級の階層まで攻略済みとのこと。ポータルで希望の階に問題なく飛べると教えてくれた。
「火龍が王都に出現したのは知ってるか?」
「は? 南に向かってると連絡があったが?」
「ああ。王都の後に南に向かい始めたらしい」
ゆっくりと頷くグルアッシュに、フィーダはうんざりした顔を作った。
ハルとイーズも続きが気になるが、何かしら精神的によろしくない知らせが待っていそうだ。
「王都を一周した際に大きな炎を天に向かって吐いた。去年も言ったが、火龍の鱗はマンドラゴラ保護の協力者に渡されている。
王都では、火龍はそれがきちんと守られているかを確認に来たなどと噂されているぞ」
「マンドラゴラの葉を食べている奴らがバドヴェレスを見たら、死ぬほど驚いただろうな」
「数人、王都から逃げ出した貴族がいたと噂されている。あくまで噂だ。だが、名前は広まった」
口の端を吊り上げて笑うグルアッシュに、フィーダだけでなくハルとイーズも似たような表情を作る。
イーズにはいささか迫力が足りない気もするが、ハルはあえて指摘することは避けた。非常に賢明な判断である。
「南に向かっているという情報は途中で途切れている。また地下に潜った可能性も高い。だが、いつどこに現れるかは分からん。
注意しておけと言っても何もできないと思うが、旅の間に出会わないことを祈る」
全くもって何をどうしたらあの火龍へ備えられるというのか皆目分からないが、グルアッシュの忠告に三人は渋々と頷いた。





