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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第二部 第十三章 魔法の杖編

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13-3. バランスの乱れ



 厚手な冬用ワンピースの上に、アンシェマで買った暖かな上着を着込み、ハイカットのブーツに足を入れながらイーズはふと顔を上げる。


 イーズの視線の先では、ハルが流れ落ちてくる横髪を鬱陶しそうに後ろで束ねては、鏡を見てブツブツ文句を言っていた。


「ロン毛……俺が、ロン毛……茶髪だからまだ許せる……のか?」


 何やらスペラニエッサ以降ずっと伸ばしっぱなしの髪の毛が不満らしい。

 イーズは後ろからひょっこり顔を出して鏡を見ながら、ハルのヘアスタイルをまじまじと検分する。


「似合ってますよ? 美味しいコーヒー入れてくれそうなマスターがいるカフェの、やる気がないアルバイトっぽいです」

「酷い。そこはマスターじゃないんだ」

「今のハルには渋みがたりません」

「コーヒーには渋みが重要だからな」

「そういうことです」


 ハルのボケに、ツッコミもせずそのまま流すイーズの側頭部にゲンコツを軽く当てる。イーズはニンマリとチェシャ猫のような笑いをハルに返した。

 そこに普段より上質な服を着たフィーダが入り口から二人を呼ぶ。


「おい、支度できたなら外出るぞ」

「「はーい」」




 宿舎を出て“盾波“クランから来た迎えの馬車に乗り、三人はクランハウスに到着した。

 馬車から降りると、そこには以前会った副クランヘッドのリゼルティアが待っていた。


「皆様、ようこそお越しくださいました」

「副クランヘッド自らの出迎え感謝する。だが、体調はもういいのか?」

「お気遣いありがとうございます。仮死状態が解ければ体は正常に戻りますので、すぐに動くことは可能です。

 流石に以前お越しいただいた時は、回復から一日目でしたのでお見苦しい姿をお見せして大変失礼いたしました」


 そう言いつつ彼女は優雅に膝を折って礼をした。

 大型クランの副クランヘッドという立場にいながら酷く丁寧なリゼルティアに、フィーダは居心地が悪そうにする。


「あー、ただの冒険者なんで、そう丁寧にしてくれなくていいぞ?」

「次々と万能薬の素材を採取してくださった皆様を、ただの冒険者と呼ぶのは難しいと思いますわ。それと、私のこの口調は幼い頃からの癖ですので、気にしないでいただければ嬉しいです」

「分かった。うちもイーズが似たようなもんだからな」

「イーズさん……フェリシェが、攻略がとても楽しかったと、妹にしたいと言っていました」


 イーズを見て柔らかく微笑むリゼルティアに、イーズはぱあっと顔を綻ばせる。

 しかしリゼルティアが続けて言った言葉に、ピキリと固まった。


「――フェリシェの妹分は私だと思っていたので、悔しいです」

「え!?」

「嘘です。フェリシェの妹分ということは、私の妹でもありますね。仲良くしていただければ嬉しいです」

「は、はいぃぃ」


 一瞬表情を無くした後に少女のように笑うリゼルティアに、イーズはあたふたしながらもブンブンと顔を上下させる。


「おお、小悪魔タイプ。初めて見た」


 そんな二人のやりとりを見て、ハルは誰にも聞こえない声でつぶやいた。 




 通されたのは前回と同じ三階だが別の部屋だった。もうベッドに寝ている必要がないからだろう。

 応接室でリゼルティアに出された茶と焼き菓子をいただきながら、エンチェスタダンジョン攻略について盛り上がる。


「今回は時間がないから階層をどんどん移動しなくてはいけなかったけど、もっと魔獣のドロップや魔植物の採取したかったね」

「B級階層ですからね。美味しいものが期待できます」

「次回は六十五階で踏破記録して、もう一度美味しそうな階を試す?」

「それよりもお前の杖職人を見つけるのが先だろ」

「ぐっ……」


 次回攻略の計画をしだしたハルに、フィーダの的確なツッコミが入る。

 ダンジョンに数週間籠るとなれば、職人と仕様まで詰めてからでなくてはいけない。そもそも職人が見付かればの話、だが。


「杖職人をお探しなんです?」

「ああ。エンチェスタに来た一番の目的が、ハルのための杖を作る事だったんだが……」

「いい職人が見つからないんですの?」

「えーっと、生産者ギルドで何人も紹介していただいたんですけど、残念ながら全員に断られちゃって」

「昨日無事七人目に断られましたね」

「無事とは言わん」


 イーズの付け足した情報に、リゼルティアは目をパチパチと瞬かせてハルの顔を見る。


「七人も……」

「職人が断る理由が明確だから、どうにもならん」

「皆さん、同じ理由で? 差し支えなければ、その理由をお尋ねしても?」


 リゼルティアの言葉に、フィーダとイーズも視線をハルに向けた。

 ハルは三人から見つめられ、ボソボソと仕方なさそうに理由を話す。


「無詠唱の魔法使いの杖は作れない、だそうです」

「無詠唱? ハルさんは、無詠唱なんですの?」

「はい、そう、です……」


 微笑みを絶やさずに話をしていたリゼルティアだったが、無詠唱と知り驚いてポカンとする。


「――リゼルティアをそんなに驚かせるのはなかなかないね」

「ヘッド!」


 応接室に入ってきたクランヘッド、トゥエンにリゼルティアはサッと立ち上がって美しい礼をする。

 そんな彼女を手で制しながら、トゥエンはフィーダたち三人へと顔を向けた。

 前回はベッドの上だったこともあり簡素なシャツ姿だった。だが今日はどこか貴族然とした、だが冒険者を率いるクランヘッドに相応しい動きやすい格好をしている。


「本日はこちらが招いた身でありながら、お待たせして申し訳ない。攻略も合わせて二ヶ月近くトップ不在だったから、色々な雑務が滞ってしまっていてね。言い訳にしかならないが」


 クランヘッドは彼用に空いていたソファの横に立ち、まず最初にそう言ってから深く腰を折った。その横でリゼルティアも同様に頭を下げる。


「皆さんが危険な短期で高難度の依頼に挑もうとしている中、我々のクランの者が迷惑をかけた。

 命を預かる医師でありながら、患者の処置の手を抜き、さらに間違った情報を渡していたとナルディノは認めた。本当に、申し訳なかった」


 頭を下げたままそう話すトゥエン。

 フィーダはすぐに言葉を返すことはせず、数秒経ってから口を開いた。


「分かった。昨日フェリシェから医師に処罰が決定したと聞いた。こちらとしてはそれで十分だ。顔を上げてくれ」


 フィーダの言葉を聞き、クランのトップ二人はもう一度小さく礼を取ってからソファに腰掛けた。


「俺たちの同行にフェリシェをつけてくれたこと、感謝する。彼女の案内がなければ間に合ってなかったかもしれない。それに彼女は一緒に攻略して楽しい仲間だった。良い人選だったと思う」


 フィーダが感謝の言葉を告げると、クランヘッドは何故か苦笑いをする。その隣でリゼルティアも同じように困った顔をした。


「誰か案内役をつけようと話をしていたら、フェリシェがこっちの話も聞かずに『自分が行く!』と言って飛び出していってしまってね。だから役に立てたのなら良かった」

「そ、そうだったのか」


 二人の表情の意味が分かり、フィーダは気の抜けた返事をする。ハルとイーズも驚いたが、内容を聞いてみればフェリシェらしいと言えないこともない。


 リゼルティアがクランヘッドの前に茶を用意して再度座るのを待ってから、ハルは今日の呼び出しの意図を尋ねた。

 

「何かお話があると伺っていますが」

「そう、君ともう少し話したくってね、ハル君」


 名指しで自分に用があると言われ、ハルは僅かに身を固くする。

 目の前の人物は、この地にクランというシステムを根付かせた男。六十歳を超えて現役の冒険者を退いているとはいえ、これまでに出会ったどんな冒険者よりも強い覇気を感じた。

 トゥエンはそんなハルに視線を合わせたまま、話を始める。


「まず、君に興味を持ったのは、君に会う前。

 フェリシェが『この街に着いてほぼ一日でダンジョンにも潜らず、魔力枯渇の可能性を言い当てた奴がいる』と言い出した時だ。

 仮死状態から目覚めてすぐにそんな事を聞かされてね。その人物に会ってみたいと思った。

 まさか万能薬の素材を提供してくれた上に、マンドラゴラの採取依頼を請け負ってくれた君がその人物だったとは――君たちがダンジョン攻略に入ってから知ったんだが」


 フェリシェの報告の下りで少しダメな部下を思うような顔をしてから、トゥエンはハルに興味を持った切っ掛けを語る。

 そして表情を真剣なものに変え、彼はハルに今日一番聞きたかった事を尋ねる。


「それで、実際にダンジョンに入ってどう思った?」


 その問いに、ハルも真顔で自分の考えを説明し始める。


「おそらく、あなたが実際にダンジョンに入って感じたことと同じ――ダンジョンはあと一年もしないうちに眠りにつくでしょう」

「その、根拠は?」

「魔力バランスの乱れです」


 短い問いに、同じく短い答えを返すハル。

 魔力バランスの乱れ――初めて聞く表現にイーズは言葉に出して尋ねたいのを抑え、二人の男性の会話の行方を見守る。


「魔力バランス。いい表現をするね。私は均衡が崩れたとフェリシェに言ったが」

「いえ、フェリシェさんからは何も。どうやら理解が難しかったようで……」

「ああ、まあ、あの子だからね、仕方ない。という事は自分の考えでそこに辿り着いたわけだ。素晴らしい観察眼と頭脳を持っているね、君は」

「トゥエンさんのような方にそう言っていただけて、大変恐縮です」


 トゥエンの手放しの称賛に、ハルは照れたようにわずかに頬を赤くする。そんなハルの表情は新鮮で、イーズは心の中のメモにしっかりと「新たな需要開拓」と記した。


「そうなると、フィーダさんたちはまだ知らないようだから、私から説明しよう」


 そう前置きし、トゥエンは“魔力バランスの乱れ”とは何かを語る。


 まず、ダンジョン自体、魔力で構成されている。それは、ハルとイーズも女神からの話で知っている事だ。

 魔力で作られているため、内部魔力がなくなりすぎると溜め込もうと休眠に入る――それも納得できるメカニズムである。

 しかしある一箇所だけで頻繁に魔力が消費されると、ダンジョンはそこに魔力を回すのをやめてしまうという。

 それは考えてみれば当たり前の流れ。

 何度魔力を送っても、送った先ですぐ消費されてしまう――即座に魔獣が倒されてドロップに変換されてしまうならば、そこへの魔力供給を減らせば魔力を節約できる。


 では、本来そこへ送られるはずの魔力はどこへ行くのか?

 必然的に、他の階、魔力がすぐに消費されない階へと回される。よって、フィーダたちが体験したように、他の階での魔獣との遭遇率が高くなるというわけだ。


 これが、“魔力バランスの乱れ”の真実。




「今、魔力が薄いのは上層階ではポーション素材となる薬草が採取できる階。そして下層階では知っての通り、マジックバッグがドロップされる階だ」


 そこまでを話し、トゥエンは少し疲れたようにため息をつく。

 その横で心配そうにするリゼルティアに微笑みかけ、トゥエンはフィーダたち三人、いや、ハルに視線を戻す。


「人間であれば、バランスを崩したらすぐ体勢を立て直そうとする。そうしなければ、倒れてしまうからだ。

 それと同じで、ダンジョンもバランスが崩れたままの状態を良しとしないだろう」

「その結果が、ダンジョン休眠となるわけですね」

「その通りだ。私も君が考える通り一年も保たずに休眠が始まると思っている」

「それを確かめに、ダンジョンに潜られたのですか?」


 ハルからの質問に、トゥエンはバツが悪そうな表情で白髪を何度か撫でて苦笑いを浮かべる。


「そうなんだ。報告だけでは確信が持てなくて、中を見てみたくなってね。そうしたら周りが心配して大所帯になった上、結局はリゼルティアやホウセンも巻き込んでしまった」

「それは私たちが勝手に動いた事です。クランヘッドが気にする事ではありません」

「そうは言ってもね、万能薬が三本も必要になる事態など、長くエンチェスタで生きていて初めての事だ。

 そんな絶望的な状況を解決してくださったあなたたちお三方に、本当に、心から感謝している」

 

 再度頭を下げるクランヘッドを手で制し、フィーダは発言する。


「まだ、三人目であるホウセンは眠ったままだ。それは全てが解決してからで」

「そうか。そうだな。そうしよう。生産者ギルドからは、二日後には万能薬を届けると連絡が来ている。

 ああ、その場に君たちが来てくれるという事だが?」

「そのお話ですが、ナルディノ医師が担当を外れたのであれば私たちはどちらでも良いと考えています」


 ハルの返事にトゥエンはふむと考える仕草をしてから、チラッとリゼルティアに視線を向ける。

 マンドラゴラの採取依頼を受ける時もそうだったが、かの剣士に関しては副ヘッドの考えを優先しているようだ。

 リゼルティアは彼の視線を感じ、僅かに顎を引いた。だがその視線は正面に座る三人の誰ともぶつかる事なく、胸元あたりをさまよう。


「――できれば、その場はクランの者だけで立ち会いたいと考えております。

 ただできるのであれば、彼の命を救ってくださった皆様に、彼から感謝をお伝えする場を設けさせていただければと思います。いかがでしょうか?」


 彼女の思いは理解できる。片腕を失くして取り乱してしまうかもしれない剣士の姿を部外者に見せたくないのだろう。

 後日会うことができるのであればと、三人はリゼルティアの言葉に同意を示した。





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