3-1. まーーー
本日より第一部第三章です。
前日は本編とサイドストーリーの二話をアップしていますので、読み飛ばしにご注意ください。
馬車旅で水が必要な場面は多岐にわたる。
人間の飲み水はもちろん、料理や使った食器類を洗うのにも必要だ。さらに狭い空間に長時間いるため、お互いを不快にさせないようある程度自身を綺麗に保つにも、水が必要となる。
当たり前だが、馬車旅に重要である馬たちにも休憩の度に新鮮な飲み水が欠かせない。
――そんなわけで、
「ハル! こっちだ! 馬の水こっちに出してくれ!」
「ハルくーん、スープ用に水頂戴?」
「あー、すまねえが、かかあに臭えって言われてよ。あっちで水浴びたいんだが、水出してくれねぇか」
――ハル、モテ期到来。
「モテてねぇ!」
「毎日なかなか大変ですね。相応の謝礼は貰ってるとはいえ、少しハルがマーライオンに見えてきました」
「口からは出してないぞ」
「いっそのこと、口から出してるふりしたら、皆さんから頼まれなくなるかもしれないですよ」
「そんなことをしたら、俺の何かが失われる気がする……」
「ドン引かれるのは間違い無いですね」
旅が始まって初日は、フィーダに「成人の儀を受けたばかりで大量には出せないだろう」と言われ、彼の言う必要最低限しか提供していなかった。
だが、やはり女神からの心がこもりまくった贈り物である。いつまでたっても魔力切れを起こさないハルに、フィーダの要求が増えていった。
それを見て他の乗客も少しずつ頼むようになり、もう三日目となれば、ハルはやけっぱちで率先して可動式マーライオンと化している。
三日の間で二箇所の街もしくは村に寄り、乗客を降ろしている。明日は別の街で乗客を乗せ、明後日には予定通りこの馬車の最終目的地に着く。
フィーダは流石この道のベテランである。乗客の様子に気を配り、ペアの護衛を指導し、そして魔獣が近づいたら的確な対応をする。
イーズも熟練度を上げるために常に感知スキルを展開しているが、フィーダの魔獣への反応はイーズとほぼ同じだった。もしかしたら感知に近いスキルを持っているのかもしれない。
夜にはイーズたちのところに来てはイーズを揶揄い、ハルに冒険者として必要な基本知識を与え、たまに自分が好きな賢者のエピソードを語っていく。ガラガラ声で話されるはるか昔の賢者たちの冒険譚は不思議と、どんなファンタジー小説よりも生き生きとしていた。
「おう! お前らいいもん食ってんな」
「来た!」
「お、チビ。俺を待ち侘びてたのか?」
「チガイマス。アッチイケ」
「こら、イーズ。本音でも失礼だろう」
「坊主もひどいな。んで、そりゃなんだ」
「これは鶏を揚げて甘辛いソースを絡めたものです」
ハルはそう言ってイーズ惣菜シリーズの一つ、ヤンニョムチキンを差し出した。ちなみにイーズ惣菜シリーズには、他にも塩ニンニク味とチリ味唐揚げがある。さらにはハルもご当地手羽先唐揚げを買っていたので、二人が持っている唐揚げの種類は異様に豊富だ。
「お前らなぁ……おい、ハル。お前さん、“錬金”の賢者は絶対読めよ」
「は、はい」
「錬金? 何か作ったひと?」
「そうだな、色々作ったが一番有名なのは――個人判別機能付きの魔道具だ。さらに言えば、所有者登録機能付きのマジックバッグ」
唐揚げを見て頬を引き攣らせたあと、突然真剣な顔で二人を見るフィーダ。
口の中のチキンをごくりと飲み込む音が思ったより大きく響き、イーズは少し慌てる。
「ま、代々家に伝わるやつは、大概血縁者しか使えないように設定されてる。余計なお節介だったら気にすんな」
「いえ……マジックバッグは希少ですか?」
「そうだな、これも教えておくか。
まず、マジックバッグを手に入れるには、三つ方法がある。
一つ、賢者様の家系、それも本家当主である場合。二つ、ダンジョンの深層部で発見される宝物もしくはドロップから。んで三つ、特殊スキルの空間魔法持ちが作ったやつを買う、だ。
一つ目のケースだと、家宝だから何があっても手放さない。二番目も冒険者が独占するケースが多い。冒険者のA級になりゃ大概持ってて、B級だと半分ってとこだな。たまに金に困って売る奴もいたりはするが、そんなのはマレだ。
そうなると、だ。三番目のケースが一般的だが、どんな値段で取引されるか、想像がつくだろ。
古く続いている貴族は絶対持ってる。ある意味ステータスだ。
で、逆に新しく力をつけてきてるのに手に入れていないやつにとっちゃ、喉から手が出るほど欲しいアイテムなんだよ、マジックバッグっつーもんは」
「力ずくで奪われたりすることがある、ということですか?」
「ある。ひどい場合、血縁者設定を掻い潜るために、子供を作るまで監禁してそのあとは――ってのもある」
「分かりました。もし持ってたら危ないので気をつけます」
「おう、もし、持ってたらな。
――しっかし、こりゃ美味いな。もうちょっとピリッとしてた方が俺は好みだが、チビには丁度いいか?」
「うっさい! 勝手に食べて文句言うな!」
次の日フィーダが教えてくれた情報によれば、最終目的地であるドゥカッテンの街は、少し甘めの芋を使った料理が美味いらしい。
大学芋、さつまいも、スイートポテト、もしや焼き芋とか干し芋、蒸しパン!
呪文のように食べ物の名前を唱え出したイーズにため息をつきつつ、ハルはフィーダに言われた場所に水を出す。
それから彼に、様々な知識を教えてくれたことに対して感謝を告げた。
「いいってことよ。お前らみてぇな若いやつだけでの旅は珍しい。変な輩に絡まれて、チンケないざこざで命落したりしそうでな。相棒の護衛も育っちまったから、暇だったついでだ」
「これからもこのルートの護衛をされるんですか?」
「いや、俺はこの復路で王都帰ったら別のルートに配置替えだ」
「フィーダ、何かやらかしたの?」
「馬鹿野郎、そうじゃねぇ。うちの組合のやり方なんだよ。
若い奴は王都から遠く、距離が長くて魔獣もよく出るエリアを担当する」
そう言って、フィーダは両方の手で大きな器を持つように円を作る。
「んで、年取ってくとよ、徐々に徐々に王都とかそいつの拠点場所近くに配属されて、短い距離を任される。んで、最後にゃ都市内部を走る辻馬車担当か裏方になるっつーわけだ」
少しずつ少しずつ輪を縮めて、最後には片手の握り拳が残る。
「フィーダ、ちょっと寂しい?」
「ん? まぁな。王都の喧騒も悪かないが、ゆっくり田舎道を行くのも気楽でいいからな。だが年取ったらしょうがねぇ。ジジイでも雇ってもらえるなら感謝しとけってやつだ」
「そっか」
「おうよ。さってと、あともう少しすればドゥカッテンだ。おい、ハル。あっちに着いたら泊まるとこ探すのも重要だが、ちゃんと組合で次に出る乗合便を確認しとけよ。すれ違いで逃して一週間待ち、とかなったら目も当てらんねぇ」
「はい、分かりました。宿の方はどこかおすすめありますか?」
「条件に“料理が美味しい”ってのは絶対外せないよ!」
「――そうだな、美味い朝食を出すとこがあるぞ。しかも北行き乗合馬車が出る外門に近いから、次の移動の朝は楽になるだろう」
「フィーダはどこに泊まるの? イイヒトに会いに行くの?」
「ばーか、マセガキめ。俺は組合の宿舎だ」
「そんな施設まであるんですね」
「仕事場すぐだから便利だぜ。最低限のものしかないが、移動が多い俺らにとっちゃ屋根があって平らな寝床があれば十分だ」
そう言ってフィーダは快活に笑う。
もうこの街に来ることもほぼ無くなるから、今回は少し長めに復路までの日数を空けてもらったらしい。もしイーズたちの乗る便まで数日があるなら、どこかで美味しいものでも一緒に食べようと約束する。
翌日、二人が乗った乗合馬車は無事、最終目的地ドゥカッテンに到着した。





