12-8. クラン幹部の感情
叫び声を上げたフェリシェに驚いたサトは、慌ててイーズの背中の後ろに隠れる。
隠れきれていない大きな葉っぱがフルフルと小さく震えているのが、横に座っているハルから見えた。
「な、な、な……」
「えーと、フェリシェさん、落ち着いてください」
「そ、それ……」
サトを指差そうとするフェリシェに、ハルは言葉をかけて遮る。
「それじゃなくって、サトっていう仲間です。俺たちの大切な仲間なので、フェリシェさんも大事に扱ってください」
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気が嘘のように、ハルは強い視線でフェリシェを捉える。
「そ、そうだな。マンドラゴラを探す案内役だったな。マンドラゴラ……え? もしかして、マンドラゴラじゃないか?」
冷静になるように自分に言い聞かせた後、フェリシェはガバリと顔をあげ、イーズの後ろに隠れているサト……の葉っぱを見つめる。
「サト、出てこれる? お風呂の中で見せてくれた自己紹介、フェリシェさんにも見せてあげてほしいな」
「……けきょ?」
「うん、大丈夫だよ。ほら、おいで?」
「けきょ」
イーズの言葉に小さく呟いて、大きな葉っぱをモジモジと体の前で動かしてから、サトはイーズの体の正面に回る。
そして葉っぱをピンと上に向け、艶々プリプリモチモチな白い体を姿勢良く真っ直ぐに立てた後、ゆっくりと葉っぱを前に垂らして紳士のように優雅なお辞儀をしてみせた。
「おおお〜、サト、カッコイイぞ!」
「立派なお辞儀だな」
「うん、サト、バッチリだね」
「ケキョ!」
口々に届く褒め言葉に、サトは嬉しそうに葉っぱを揺らす。そして最後にフェリシェを見上げ、「どうだった?」というように体を傾けて小さく「けきょ?」と声を上げた。
「か……可愛いな! お前!」
「ケキョ!?」
「おお、そうだ。さっきはすまんな。ちょっとびっくりしちまってよ。驚かしたな。大丈夫だったか?」
「ケキョ」
「そうか。許してくれるか?」
「ケキョ!」
「ありがとうな。てか、賢いな、お前! じゃなくって、サト?」
「ケキョ!」
「あたしはフェリシェ、A級冒険者のフェリシェだ」
「ケキョ!」
フェリシェの自己紹介に、サトはもう一度小さくお辞儀をする。
その姿にフェリシェ……とイーズは身悶えする。
「サト、可愛い〜な〜」
「そうか、これがさっきフィーダが言っていた愛でるってやつだな。確かにサトは愛でる対象だな。うん、正しい」
「分かってもらえたようで何より」
今更ながらに腑に落ちたように納得感たっぷりで頷くフェリシェに、フィーダはため息をつく。
「サト、もうちょっと詳しく紹介するからおいで」
「ケキョ」
イーズに呼ばれ、サトはイーズの腕の中におさまり機嫌良さげに葉っぱを揺らす。
「サトはご覧のとおりマンドラゴラ、シュガーマンドラゴラと言われる種類になります。出会ったのは、二年ほど前のジャステッドダンジョンです。それからずっと一緒に旅をしている、大切な仲間です」
葉っぱをやさしく撫でてから、イーズは前に座るフェリシェをまっすぐ見つめる。
「マンドラゴラがなぜこのように自我を持っているのかとか、出会った時の詳細は、残念ですがフェリシェさんにお伝えすることはできません」
「……なぜだ?」
自然とフェリシェの口から出た疑問に、フィーダがイーズに代わって答える。
「出会うためにはいくつか条件がある。フェリシェは残念ながら条件を満たしていないっていうのがまず一つ。
次に、その条件はマンドラゴラ採取の方法と密接に関係している。もしクランやギルドに知れたら、マンドラゴラの乱獲が起きる危険がある。それは絶対に防ぎたい」
フィーダのその言葉にフェリシェは悔しそうにしながらも、納得したように頷く。
「あと、エンチェスタダンジョンって休眠が近いでしょ? そうなると、情報が曲がって残ってしまう可能性だってあるしね。色々な状況を考えた上での、俺たちの総意だと思ってもらえれば嬉しい」
「……分かった。そうなると、サトのような子は希少なんだな。出会えたことを純粋に喜ぶことにするよ」
「ケキョ!」
明るい顔を見せるフェリシェに三人はホッとし、サトは嬉しそうな声を上げた。
「サトは、仲間がどこにいるかを認識することができます。なので、六十一階に行ったらサトが案内してくれます」
「本当か!? それは頼もしいな!」
「ケキョ!」
「マンドラゴラの採取を確実にできるなんて話、信じられないとか思ってた。すまん」
言わなくてもいいのに律儀に謝るフェリシェに苦笑しつつ、三人は気にしてないと首を振る。
その様子に安心したようにフェリシェは小さく息を吐き、真剣な顔でサトと向き合う。
「サト、あたしの仲間を助けるためにマンドラゴラが必要なんだ。そのために……あんたの仲間を渡せというのは、矛盾しているかもしれん。
それでも、サトの協力が必要なんだ。六十一階でマンドラゴラの採取に協力してほしい。よろしく頼む」
あぐらをかいた膝に両手を置き、フェリシェは深々と頭を下げた。
それを見たサトはチラリとイーズを見上げた後、トテンッとイーズの膝から降りてフェリシェの下に向かう。
「キョゥ」
「ん?」
「ケッキョン、キョッキョッン、ケキョキョ?」
「ん? んー、すまん、分からん」
白く丸い体をフリフリと揺らしたあと、葉っぱを引っ張ってみせるサト。
しかしフェリシェは困ったように視線をサトからイーズに移し、申し訳なさそうに通訳を頼んだ。
「サトは一体だけでいいのかって聞いてます。あと、それとは別に葉っぱも欲しいのかって」
「葉っぱ? 葉っぱは今はいらないと思うぞ」
「ケキョ!」
満足気にしてイーズの膝へと戻るサトを見送り、フェリシェは不思議そうに首を傾げる。
「なんでサトは葉っぱのことを聞いたんだ?」
「これまでのダンジョンで、サトと同じように自我を持った子たちに、俺たちが葉っぱだけの提供をお願いしてたのを見たからじゃないかな」
「葉だけ?」
「そう。別に今回みたいに丸ごと一体必要じゃない時は、解毒剤のための葉っぱを分けてもらえるんだ」
「サトも、一年に一枚くれるんですよ。ね〜?」
「ケキョ!」
ワサワサと葉っぱを自慢気に揺らすサトに癒されているのに、フェリシェはなぜか頭痛も感じ始める。
「あー、悪い。色々あたしの理解の限界に達したみたいだ」
グリグリとこめかみを揉むフェリシェに三人は苦笑いをする。
考えるのが苦手という彼女には、サトの存在を受け入れてもらうだけで十分だと思っていたが、その判断は正しかったようだ。
「そうだな。今日はもうこれくらいで休むぞ。いいか?」
「「はーい」」
「ケキョ」
「おう」
それぞれの返事にフィーダは喉奥でクツリと笑ってから、手を伸ばして光源を落とす。
やがてコンテナハウスは柔らかな雨の降る音に包まれた。
次の日の朝、サトのことをすっかり忘れ、寝起きで絶叫を上げるフェリシェがいたとかいなかったとか。
六十階に到達しても、冒険者と出会う回数は少ない。たまにすれ違ってもフェリシェがいるためか、クランの新メンバーと思われているようだ。
「フェリシェさんはとても有名なんですね」
「この街で育ってるし、現場部隊の幹部だからな」
「現場部隊って?」
「ああ、こうやって攻略に出る幹部だ。他に武具部隊とか調達部隊とか色々あるぞ。運営部隊は全く表に出ない奴もいるしな」
「なるほど。部門で分かれてるんだ。ある意味軍隊みたいな感じか」
フェリシェの説明にハルは納得したように頷く。
冒険者や生産者を多く抱える大手クランであれば、専門部署で効率よく運営できるよう最適化されているのだろう。
「六十五階以降は混雑しているのか?」
フィーダの質問に、フェリシェは眉をひそめて若干の怒りを含んだ表情で口を開いた。
「混雑なんてもんじゃない。魔獣の影が見えたと思ったら、何十という冒険者が殺到して獲物の取り合いだ。
最近なんかは魔獣との戦闘で怪我するより、冒険者同士の攻撃に当たって怪我するやつが増えているくらいだ」
「うげぇ、こっわ!」
「絶対に行きたくないですね、そんな所」
あわよくばフィーダのマジックバッグ入手を狙っていたが、そんな場所に飛び込んでいく気は失せた二人。
フィーダも二人の思惑には気づいていないが、同じように顔をしかめて頷く。
「魔獣の出現は減っているか?」
「ああ、一年前と比べると明らかに違う。今回フィーダたちの攻略に同行して、ヘッドが言っていた意味が分かった」
「ヘッドが何か予想していたのか?」
「ああ。他の階で魔獣出現が増えていたら、報告しろと言われていた」
「その理由は何か聞いているか?」
「あー、うん、言っていた気もするぞ? たぶん?」
フィーダに理由を聞かれ、フェリシェは視線をさまよわせる。大方、説明を聞いたが内容を理解することをあきらめたんだろう。
フィーダは仕方なしにため息をついて、「次に会ったら聞くか」とつぶやいた。
今日六十一階に到達し、冒険者たちが通りそうな階段へ向かうルートから離れた場所で野営をする。
そして明日朝一番でマンドラゴラ採取を行い、六十階からポータルでダンジョン一階へと戻る予定だ。
入ダンから今日で十日ほど。残り二日で帰還となる。
万能薬作成の期間を考えてもタイムリミットに余裕で間に合いそうだと考えていたその時――
「外に出て、すぐに生産者ギルドだな。ジャスト七日。間に合いそうだ」
「え? どういうこと? もっと余裕あるよね?」
「いや……ギリギリじゃないか? 今日で仮死状態になってから八十日目だ」
途中で自分のバッグに入っていた日誌を取り出して確認するフェリシェ。もう一度見直し、間違いないと頷く。
「は? 今日で八十?」
「計算が合いません」
慌てるハルとイーズにフェリシェは困惑した顔をする。フィーダは一度大きなため息をついて、フェリシェを呼び止めた。
「フェリシェ、今日で八十日目なのは間違いないんだな」
「ああ、そうだ。あたしもあの攻略には一緒に行っていたから、間違いない」
「そうか……ハル、イーズ、今日中に全部片づけたい。いいな」
「うん、分かった」
「問題ないです」
短く返事をする二人に軽く頷き、フィーダはもう一度フェリシェを見る。
「フェリシェ、移動スピードを上げる。今日中に採取まで終わらせて、明日朝一で戻ろう。一日半しか縮められないが……」
「ああ、それは問題ない」
すぐに快諾するフェリシェに、フィーダは歩幅を大きくして進みだす。
「フェリシェ、俺たちはあの日クランに行った時に、医師からあの日の時点で六十七日目だと伝えられた」
「あの日? 十日前だろ? そうすると、計算が合わないぞ?」
「そうだ。合わないんだ。実際はあの時すでに七十日目を越していたということになる」
「フェリシェさん、俺たちは間違った日数を伝えられていたっていうことだよ」
フィーダが言いたい事が伝わっていないフェリシェに、ハルは何が問題なのかを指摘する。
「間違った日程を信じて俺たちが行動して、もし素材が間に合わなかったら俺たちの責任になる。そもそもマンドラゴラなんて一日で簡単に見つかるものじゃない。
俺たちが医者に間違った日程を聞かされていたと主張しても、クランとしては『素材採取に間に合わなかった言い訳』だととらえられる可能性がある。
――医者に騙されたんだ、俺たちは」
ハルの言葉に一瞬足を止めたフェリシェだが、すぐに小走りでフィーダたちに追いつく。
そして反射的に口から出そうになる反論を一旦飲み込み、もう一度確認した。
「ナルディノが、そう、言ったんだな。あの日の時点で六十七日目だと」
「ああ、そうだ。残り二十三日。万能薬の作成に七日かかるから、攻略は十六日以下。
あの時は六十四階まで行かなくてはいけないと思っていたから、二十階をその日程で進められるか考えたのを覚えている」
「実際は残り二十日だった。そうなると攻略は十三日……まぁ、絶望的な数字に変わっただけだね」
ハルの言葉にフィーダは苦笑いで肩をすくめる。
フェリシェは二人の軽いノリに憤慨したように声を荒らげた。
「あんたら、もっと怒れよ! ナルディノに騙されてたんだぜ!」
フェリシェの言葉に、ハルは曖昧に笑って足元に視線を向けた。
「あいつの態度が変なのには気づいていた。ホウセンさんの腕の治療がまともにされていないのにも気づいていた。それなのにあいつの言葉を鵜呑みにして、他の人たちに確認しなかった俺らが悪い。
実際、こうやってフェリシェさんと攻略をしていて日程の確認なんて何度もできたはずだし」
「それは、そうだが……」
あっさりと自分にも非があったと認めるハルに、フェリシェは肩透かしを食らったような顔をする。
「フェリシェさん、万能薬を作っている間の七日があります。まずは間に合わせることを優先して、色々難しい話はクランに戻って七日の間に他の人と話し合えばいいと思いますよ」
ぐるぐると考えて攻略に集中できないのは危険ということはフェリシェも分かっている。
今はイーズの言う通り、マンドラゴラ採取を優先すべきだと頭を切り替えた。
「イーズ、ありがと。A級としてもっと落ち着かなきゃいけないのに、悪い。
うん、難しいごちゃごちゃは、クランに戻ってあいつを吹っ飛ばしてから考えることにするわ」
「吹っ飛ばすことは確定なんですね……」
イーズの呟きはフェリシェの耳には届かなかった。





