12-7. クラン幹部の出会い
「よーし、こんなところだな」
戦闘開始からわずか数分。
周囲には自分たちと散らばったドロップ、そして椅子の上にかけられた豪華なドレスだけがたたずんでいた。
「肉! いっぱいです!」
「お、これが羽かぁ。すっげぇ綺麗。なんでこっちに先に飛びつかないのかな、うちの残念女子は」
「一羽につき何枚もあるな。意外に多い」
「羽根布団にしたら贅沢じゃない?」
「これだけ綺麗な羽根を布団の中に詰める奴はいねえよ。もったいねえだろ」
残念なハルのセリフに、思わずフェリシェは案外冷静にツッコミを入れる。そして散らばった魔石と羽根を順番に拾って、ハルの下へ届けた。
その間に、肉は全てイーズによって回収されていた。
「魔石は十六。思ったより多いね」
「準備入れても数分なのに効率がいいし、旨味も多かった」
「肉は唐揚げがいいです」
肉の調理方法を指定してくるイーズの頭に手刀を落として、フィーダは進路方向を確かめるような遠い目をする。
「ルート上に何カ所か戦闘に適した場所がある。そこを通る時、また仕掛けてみるか」
「時間に問題ない?」
「フェリシェ、五十六はどんな階層だ?」
話を振られて、フェリシェは階層の特徴とそこで出る魔獣を簡単に説明する。
「岩場が多い場所になる。地面に深い穴が広がっていて落ちたら戻れないと言われている。危険な所はクランのマップを見れば避けられるはずだ。
魔獣は昆虫系、とくにアント類が出るから、攻撃力が高くないと越えられない」
フェリシェが出した魔獣の名前に、三人はそろって顔をしかめる。
「アントかぁ。群れる奴だ」
「固い奴らでもあるな。あと、たぶん脚も多いぞ、ハル」
「うげぇ!」
「美味しくない魔獣たちです……」
ハルとイーズの反応に苦笑いしながら、フィーダは少し考えるそぶりを見せる。
「五十六で野営よりも、五十五にしよう。五十六は朝から行ったほうが集中力が続きそうだ。
そうすると少しは時間に余裕があるから、ベルベットスワンは二回……そんな顔をするなイーズ。分かった、三回は狩れるように動くぞ」
「いえーい、肉です!」
「いえーい、唐揚げ!」
途中イーズの不満そうな顔にフィーダは負けて、戦闘回数を増やす。
嬉しそうにハイタッチを交わす二人を横目に、フィーダはフェリシェに声をかけた。
「そういうわけだから、ベルベットスワンの戦闘が何回か入る。開始からすぐ決着をつけたいから協力してもらえると助かる」
「ああ、そんなことは問題ない。体を動かせるのはあたしも嬉しいからな」
「ありがたい」
頷いて歩き出したフィーダに三人も続く。
イーズは手を突き出しながら、右足をドンッと踏み締めてフェリシェを見上げる。
「フェリシェさん、あっという間に三羽狩ってましたね。最初の槍と土魔法が同時に出るの、カッコ良かったです」
「おお、ありがとな。戦闘が始まると魔法に集中できなくて、あれができるのは最初くらいだ」
肩をすくめるフェリシェだが、槍での攻撃とタイミングをずらして土魔法を発動させていたのは何度か見た。
やはりA級冒険者。自分の得意な連携技を何個ももっているのだろう。
「ハルもイーズもほとんど詠唱はないよな。イーズはたまに発動ワードは言うけど」
「私は、戦闘中に他のメンバーに技をかけたことを知らせるためが多いですね。浄化とか、影縛りとか」
「お、おれは特になくても……いいかなって」
「ハルは恥ずかしがり屋さんなので」
少し視線を逸らすハルの代わりに、イーズは両手を頬に添えて照れてみせる。
「恥ずかしがり屋? 詠唱に恥もなにもないと思うが」
「捨てきれない何かがあるようですよ。もう魔法使いになっちゃったので、捨てても捨てなくても関係ないと、いだっ!」
「何を言ってるんだ、イーズ」
「ハルに魔法使いになる権利があるかどうかの話です」
「今は全く関係ないし!」
「よくわからんが、無詠唱は戦闘に便利だよな。羨ましい」
無詠唱なのも賢者の家系によるものなのかと納得しつつ、フェリシェは前を向く。
昔は戦闘しながらの魔法発動は全くできなかった。
魔法を発動させようとすると体の動きが止まってしまう自分を、不甲斐なく感じていた時期もあった。
あの頃、無詠唱で発動できるハルとイーズと出会っていたら嫉妬に狂っていたかもしれない。
ならば今はどうか。
鍛錬を重ね、A級冒険者になり、クランの幹部にまでなった今は――無詠唱に憧れはあれど、妬む気持ちはない。
それだけで、自分が築き上げてきたものが今の自信につながっているのだとフェリシェは確信した。
しとしとと細かい霧雨が降る中で入る風呂は、なんとも不思議な雰囲気がある。
違う世界に入り込んだような……そこまで考えて、今異世界にいるのだと思い出し、イーズはクスリと笑った。
湯気の向こうに広がる景色に背を向け、イーズは湯船の隣に置いた桶の中に浮くサトの葉っぱを撫でる。
「今日はね、サトとフェリシェさんを会わせようって」
「ケキョ!」
「うん、楽しみだね」
「ケキョウ!」
「ちゃんとご挨拶できる?」
「ケッキョン」
イースの言葉にサトはパシャンと桶からあがり、つるつるぴかぴかプルンプルンな体をピシッと姿勢よく立てて、イーズを見上げる。
自慢げに揺れる葉っぱが、女性の花園の演者が背負うゴージャスな羽のように広がる。
それから紳士のように優雅なお辞儀をしてから、再度体を立てた。
「サト、かっこいい。貴族の人みたい!」
「ケキョ」
ぱちゃばちゃと湯を揺らしてイーズは小さく拍手をする。
サトはご満悦な顔をして、もう一度桶に入って体をプカリと浮かせた。
「明後日には六十一階だから、そろそろフェリシェさんに会ってもらおうって。それに、素敵なマンドラゴラ仲間に会えるといいね」
「ケキョ」
「でも、今回は素材になってもらわないといけないから、たくさん回復魔法はあげられないんだ」
「ケキョウ」
「土から出てもらって、すぐにマジックバッグに入ってもらわないといけないんだって」
「ケキョ……」
「仲間は増やせないの……ごめんね?」
「ケキョケキョ」
湯船の端にもたれてひそやかな声で話しかけるイーズに、サトは葉っぱを伸ばしてさわさわと触れる。
「あまりマンドラゴラの秘密を知っている人を増やしても危険だしね。しっかり守れる人じゃないと」
「ケキョ」
「うん。エンチェスタはもうすぐお休みに入るダンジョンだし、サトの仲間もぐっすりおやすみかな」
「キョキョ!」
楽しそうに笑うサトに、イーズも自然と笑顔になる。
「よし! じゃあ、挨拶の時に出てもらうからね。そこからは毎日休憩の時に会おうね」
毎日フェリシェがそばにいない時に外に出しては回復魔法をあげたり、しゃべったりする時間は見つけていた。でもやっぱり、サトが自由に動き回れる時間も作ってあげたい。
イーズはやっとフェリシェに紹介できる大切な仲間の葉っぱを、優しく何度も撫でた。
イーズはお風呂から外に出ると即座にお風呂を丸ごと収納し、すぐ隣にあるコンテナハウスに飛び込む。
霧雨はほんの少しの間外にいるだけでも、服にしっとりと染み込んだ。
「お風呂あがりました」
「お帰り〜。今日は中でご飯だよ」
「外は雨なので仕方ないですね」
「この階で濡れないで飯を食えるってだけですごいぞ」
「寝てる間にテントも何もかも水浸しになりそうだな」
フィーダの言葉にフェリシェはしかめ面で唸る。
「そうなんだよ。朝起きたら何もかも濡れてて本当に嫌になる。
あたしは土魔法で底上げできるからいいけど、他の奴らはだいたい毛布も何もかもびしゃびしゃになってたな」
椅子に座ってハルに髪の毛を乾かしてもらいながら、イーズは目の前にスープやサラダを並べ始める。
さらに小分け用の皿にスープを注ぎ分けていた手を止め、フェリシェの言葉に首をかしげる。
その途端、ハルにペチリと頭を叩かれて「頭真っ直ぐ」と注意され、イーズはシャキンと座る。
「他のメンバーの分はやらなかったんですか?」
「一人分やったら全員だぜ? うちのクランはだいたい五人で組むことが多いからな。全員分やったら面倒でしょうがない」
「それを考えるとそうなりますね。はい、どうぞ」
「ありがとさん」
フェリシェにスープの入ったボウルを手渡し、イーズも自分の分を手に取った。
ハルはイーズの髪の毛を乾かし終えて席につくと、すでに置いてあった大皿を指差す。
「こっちに肉切り分けておいたから、好きなだけ取ってって」
「あ、ヨグンハンの漬けダレですね。おいしそうです。ありがとうございます」
ハルが差し出した甘辛いタレで焼かれた肉に、イーズの目が輝く。
「あんたたちの出す料理は変わったもんもあるけど、全部美味いな」
「旅の途中で美味い食べ物だけ、厳選して買ってきてるからね。そこは自信あるよ」
「フィーダも美味しいものに敏感に反応しますし」
「そんな反応してるか?」
イーズの言葉に首をかしげるフィーダ。
まさかのその返しに、ハルとイーズは驚愕の眼差しを向ける。
「まさかの無意識」
「え? 無自覚ですか!?」
「な、なんだ」
あまりの勢いにフィーダは手に持っていたケランチム、韓国風茶わん蒸しをプルンと揺らす。
不思議そうな顔をしているフェリシェに顔を向け、イーズは呆れた口調でフィーダの癖を説明する。
「フィーダは、自分が気に入った料理に出会うと、長々と解説する習性があるんです」
「習性?」
「そうです。普段の飾り気のない口調がぶっ飛んで、詩的な表現を重ねる吟遊詩人へと変身するんです」
「吟遊詩人……」
小さく変身のポーズをきめるイーズに、ハルは心の中で「伝わらんだろ、それ」とツッコミを入れる。
フェリシェはいぶかし気な顔でフィーダを見るが、当のフィーダも首をひねっている。
「ほら、街に帰ったら美味しい店に行くじゃん。そこで実際に見てもらえばいいんだよ」
「そうか。つまりフィーダを感動させるような美味い料理を食わせればいいんだな」
「そうそう。楽しみにしてて」
「私たちも美味しい料理、楽しみにしてます」
いつのまにか美味い料理目的が、フィーダのグルメレポートを聞く会へと変わってしまった。
本人は憮然とした顔のまま茶わん蒸しの最後の一口を食べたあと、小さく口元をほころばせた。
食事が終わり、テーブルの代わりに布団を敷き詰めた後、おもむろにハルが号令をかける。
「では、只今より、エンチェスタダンジョン内緊急会議を執り行います。
参加者の皆様は各自お席にお着きください」
「はーい」
「おう」
「へ? あ、ああ」
全員が敷布団の上に座ったのを見た後、ハルは満足気に頷いて自分もどさりと腰を下ろす。
「では、本日の議題は『六十一階におけるマンドラゴラ採取方法』となります。
今回は初めての参加者であるフェリシェさんがいますので、一つずつ明確にしていきましょう」
「はい! 議長!」
「なんですかね、イーズさん」
勢いよく手を挙げて発言許可を求めるイーズに、ハルは手に持った木の棒――葉っぱが全て素材として回収されたトレントの贈り物――をびしりと向ける。
「今回は、回復魔法をトリガーにせず、案内役に先導してもらうという手順でよろしかったでしょうか?」
「はい、その通りです。回復魔法だと一晩待たないといけない可能性がありますからね。手っ取り早く案内してもらいましょう」
「回復魔法? 案内役?」
二人の会話の内容に、フェリシェは口の中で小さく気になった言葉を繰り返す。
そこに、フィーダが低い声で彼女の名を呼ぶ。
「フェリシェ」
「ああ、なんだ?」
フェリシェがフィーダと視線を合わせると、フィーダは迷ってから突然変な質問をする。
「あー、フェリシェは、そうだな、動物は好きか?」
「は? 動物?」
「そうだ。小動物とかだ」
「食えるやつ?」
「いや! 違う! 何というか、愛でる種類の」
「愛でる? 貴族が飼ってるような調教された魔獣とかか?」
「あー、んんー、まぁ、それでもいい」
フェリシェは質問の意図が分からないままに、昔見たことのある調教済み魔獣を思い浮かべる。
「そうだな。調教なんてめんどくさいことせずにとっとと解体しちまえばいいと思った覚えはあるな」
「そ、そうか……」
何故かがっくりするフィーダと、ケラケラと爆笑するハルとイーズ。
その反応にフェリシェはよく分からないが間違った回答をしたのだと悟った。
「気にしないで、フェリシェさん。フィーダの質問の仕方が悪いんだし」
「まぁ、ペット枠なのは事実ですけどね。サトは魔獣とも違うので」
「サト?」
ここで初めて出てきた名前に、フェリシェはゆっくりと順番に三人の顔を眺める。
そしてここまで挙がってきた言葉を並べ、あることに気づく。
「案内役、動物、ペット……もしかしてマンドラゴラを見つける魔獣がいるのか?」
その問いに、ハルとイーズの目と口がニヤリと三日月のように細くなる。
「その通り!」
「魔獣ではないですけどね」
「ではご本人の登場です!」
「「どうぞ〜!」」
「ケキョ!」
「ぎゃーーーー!」
優しい雨が降り続くダンジョン六十階に、一体のマンドラゴラの軽やかな声と、クラン女性幹部の悲鳴が響き渡った。





