12-1. クランヘッドの依頼
本日より新章スタートです。
暗黒に支配されしハルの暗躍がもう少しだけ続きます。
二級ダンジョンを抱える大都市エンチェスタ。
そこで長年トップクランとして君臨する“盾波”。
クランヘッドはもちろんA級冒険者。
幹部にも数名A級が在籍し、攻略が必要な階層によってパーティーを編成しているという。
またクランとして、攻略部隊の他に多数の生産者を抱え、素材採取のための低級冒険者を絶えずクランに起用している。
「なるほど。独り立ちできるまでのサポートをする代わりに、一定数の素材を納品させるわけね」
「古くなった防具や武器を安価で売り渡して、既存のパーティーで鍛え、スキルの相性や性格を判断するらしい」
「冒険者というより、企業のようにシステム化されていますね」
「工場系の職業訓練学校がある会社っぽい」
ナグドバに渡された紹介状を持って、三人で“盾波”のクランハウスへと向かう。
元貴族ということなので、念のため三人とも綺麗目の格好をして戦闘態勢は十分だ。
いや、戦う訳ではないが、弱気になったら負けだ。
攻撃は最大の防御なのだと、イーズは鼻息を荒くして気合いを入れる。
「副ヘッドの情報は?」
「いや、分からん。この街にある商会の候補を見たが、絞り込めたのは二つ。
一つはマジックバッグや魔法具を多く取り扱っている商会。こっちは確実に反対派だ。
もう一つはアドガンとの取引が多く、布製品や宝石を輸入している商会だ。こっちは中立派に近い」
「中立?」
反対でも賛成でもない立場の商会がいることを初めて知り、イーズは首をかしげる。
「商人ギルドの多くが賛成派だ。反対派を取ると、取引から締め出される可能性がある。
積極的に立場を明確にしたくない場合には、中立派を名乗っているんだろう」
「なるほど。分かりました。どっちつかずのいいとこ取りってやつですね」
「身も蓋もない!」
真面目な顔で言うイーズに、ハルは大笑いしながら通りの先を指差す。
「ほら、あの大きな建物がクランハウスっぽい」
「大きな盾が並んでいます。分かりやすい」
「盾スキル持ちが多いらしい」
「ヘッドが盾スキル持ち? あ、でもトリプルなら違うか」
外に並べられた素材や形が異なる多数の盾を横目に見ながら、フィーダを先頭に三人はクランハウスの中に進む。
一歩入ると、エントランスホールにはギルドのように受付カウンターに受付係が座っていた。
「“盾波”クランへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「B級冒険者のフィーダだ。生産者ギルドのナグドバ氏の紹介で参った」
その言葉だけで、受付女性は用件を察したような笑顔を浮かべる。
それでもフィーダの差し出した紹介状を恭しく受け取り、中を入念に確かめてから再度封筒へと戻した。
「クランヘッドより皆様のお越しは伺っております。すぐに案内の者が参りますので、少々お待ちくださいませ」
笑顔で深々と頭を下げる女性に、反射的にハルとイーズも小さくお辞儀を返す。
日本人的なものなのか、フィーダは気にせずそのままの姿勢で立っていたのが印象に残った。
三階建ての最上階、いかにも偉い人がいますという部屋に通され、再び数分待たされる。
しばらくすると、メガネをかけた細身の男性が続き部屋の扉から出てきた。
「君たちが面会者? 悪いけど、まだ本調子じゃないから、なるべく手短にしてくれる?」
この三十代ほどの男性はどうやら医師らしく、三人の来訪を歓迎していない態度だ。
ナグドバからは素材の品質が良く、後遺症が全く出ない高品質の万能薬ができたと感謝された。
しかし、こういった対応も想定していたので、三人は気にした様子もなく軽く頷いて了承する。
「じゃ、こっちへ」
そう言って男性は今通ってきた扉を開けて、フィーダたちに入るよう促す。
予想通り、そこにはベッドが二台並べられていた。
一方には細身の白髪の男性、そしてもう片方には見事な金髪の女性がベッドヘッドにもたれるように座っていた。
その二人の姿を見て、思わずハルの口から愚痴がこぼれる。
「あー、それは予想していなかった」
「ハルの妄想でも、どうにもならないことってあります」
「分からないようで、何となく分かるぞ。俺でも」
ハルが言いたいことが理解できてしまったフィーダは、しかめ面のまま冒険者の礼を取る。
ハルとイーズもそれに倣って同じ礼を取った。
それを見て、還暦をとうに過ぎていそうな男性が口を開いた。
「楽にして良い。私もただの冒険者だ。
君たちが今回万能薬の素材を提供してくれたとのこと、礼を言わねばならないのは私たちの方だ。大変感謝している」
「相応の対価は、生産者ギルドより受け取っています。このような場を設けて下さったことに感謝します」
珍しく丁寧な口調で話すフィーダに、ハルとイーズは少し下げたままの顔を歪ませ、静かに腹筋を鍛える。
白髪の男性に続き、今度は二十代半ばほどの女性からもフィーダに声がかかった。
「私からもお礼を。二人分の万能薬の入手など、この身をもって体験しても信じられないほどです。
命を救ってくださり、ありがとうございます」
「いえ。間に合って良かったです」
そこまで会話をしてから、三人はゆっくりと顔を上げる。
ハルは二人の様子をじっくりと観察し、仮死状態の影響は残っていないことに安堵する。
ちらりとベッド脇に控える医師を見てから、ハルはまず自己紹介から始める。
「発言失礼いたします。ラズルシード出身の冒険者でC級のハルと申します」
「その若さでもうC級とは、将来有望だな」
「いえ、運と仲間に恵まれただけです。まだお二人の体調も万全ではないようですので、手短に用件をお話ししたいと思いますがよろしいでしょうか」
「気遣いに感謝する。続けてくれ」
男性の言葉に、ハルは小さく頷いて話を始める。
自分たちが受けた待遇と、他の街から来た冒険者が食い物にされている実態。
そこから仮定した商人ギルドの暗躍と、ダンジョン魔力枯渇が迫っている可能性――それらを順序立てて説明する。
「私たちは新規の余所者冒険者です。この街で、信頼できる繋がりが欲しかった時に、生産者ギルドで万能薬の素材を探していることを知りました」
ハルの視線が、男性の黒に近い瞳を捉える。
「命を対価に交渉の場を設けることはしたくありません。ですが、このクランが私たちの後ろ盾となってくださるのであれば、喜んで三本目の万能薬素材の調達に動きます」
数秒、交差する視線。
先に逸らしたのは男性の方だった。
そして、その視線は隣のベッドに座る女性に向く。
「リゼルティア。ホウセンは、利き腕を失ってしまっている。その状態でも、彼は目覚めたいと願うだろうか?」
その問いかけに、女性はかすかに体を震わせた。
そして薄い唇をわななかせ、開いては閉じるを数回繰り返してから息を吸い込み、凛とした声で話し出す。
「彼は剣士です。ですが、彼が剣士たる所以はその心。たとえ腕を失おうとも、その心がある限り、その心の臓が動いている限り、剣士であり続けます」
「――そうか」
その答えに、かすれそうな弱い声で呟いた後、男性はゆっくりと深く息を吐き出す。
「ハル殿。私、“盾波”クランヘッドのトゥエンからの依頼を受けてくれるか?」
もう一度ハルへ視線を戻した男性――トゥエンが朗々とした声で呼びかける。
「どのような、ご依頼で?」
「剣士ホウセンをその眠りから解き放つため、万能薬の素材の入手を」
「ご依頼、確かに承りました」
ハルはそう答え、胸に手を当てて深くトゥエンに向かってお辞儀をする。
左右に並ぶフィーダとイーズも同様に礼をとった。
いくつか簡単な取り決めを交わした後、三人は部屋を退出する。
数歩扉から進んでから、ハルはチラリとまだ扉付近にいる医師に声をかけた。
「できれば、一度剣士さんの状態を見たいんですけど、できます?」
その要望に、医師はピクリと眉を震わせ忌々しげに答える。
「何もできることは無いと思うが?」
「ええ、それでもです」
ハルたちは部屋を出る前に、トゥエンから「クランは全力で協力する」との言質を取っている。
そのため医師は無下に頼みを断ることもできず、何も言わずに廊下を進み出した。
「絶対に、患者に触れないように」
「はい、分かりました」
同じ三階の別の部屋に、その剣士、ホウセンは寝かされていた。
仮死状態――そう言われなければ、ただ寝ているようにしか見えない穏やかな顔。
衰弱し切ったラウディーパの方が、より死に近かったようにさえ思える。
「この状態になったのは、厳密には何日前になりますか?」
「……今日で六十七日目だ」
――残り、二十三日。
仮死状態が九十日を超えると、患者はそのまま永遠の眠りについてしまう。
薬師が万能薬を制作するには、最低一週間。
タイムリミットは、思った以上にすぐそばに迫っていた。
「フィーダ、昨日の今日で悪いんだけど……」
「気にするな。全力で行くぞ」
「私も大丈夫です」
力強く賛同する頼もしい仲間に、ハルはふにゃりとした力の抜けた笑みを浮かべる。
「よし、それじゃぁ、もう一つだけ」
そう言って、ハルはおもむろに剣士にかかっている布団の右側をまくり上げた。
「おい!」
「触らないから」
腕と同じ高さにまでかがみ込み、ハルはマジマジと今は包帯に覆われている患部を視る。
「毒はなし。でも切られ方が雑だな。うまく治療しないとその先も壊死しそう」
ハルはそう呟いてから、イーズを手招きする。
イーズはハルと同じようにベッド脇にかがみ、二の腕半ばで失われてしまっている剣士の患部を見つめる。
「ハルの言う通り、このままだと残っている部分にも影響がありますね」
「万能薬を飲ませるだけじゃ、命が危ないかもしれないな。……上手く立ち会えるといいんだけど」
チラリと部屋にいる医師を見てから、囁き声で話すハル。
イーズも僅かに顎を引き、右手首のバングルをギュッと握る。
二人は目を合わせて小さく頷き合った後、その場から立ち上がった。
イーズはめくれた布団を丁寧に元の位置に戻し、医師に軽くお辞儀をしてフィーダの横に立つ。
「もういいか?」
「ええ、ありがとうございます。早く素材を採取しようと、決意を新たにしていました」
ハルの言葉に医師はイラついたように舌打ちをし、嘲るような視線を向ける。
「どんな手を使ったか知らんが、奇跡が何度も続くわけがない。お前が死ぬのが先か、こいつが死ぬのが先かだ。どの道両方死ぬ」
「仲間の回復を願わないのですか?」
「お前には関係ない」
ここまで話をしておいて、今更関係ないと身勝手な言い方をする医師。
彼の全身を視るように顔を上下させた後、ハルはニヤリと笑う。
「それでは、もし私が無事に戻り、そして万能薬が完成した暁には、この剣士の方に万能薬を与える役目を私たちにさせてください」
予想もしていなかった言葉に、医師は目を見開く。
「それは医師の仕事だ!」
「万能薬ですよ? 扱いはポーションと同じです。
効果が確約されているものであれば、素人でも問題ないのでは?」
「私はこのクランの医師として、責任がある!」
「では、もしクランヘッドから許可があれば良いのですね?」
「そんなことを、あのお方が許すはずはない!」
肩で息をするほど激しく怒り狂う医師。
ハルは彼を冷静に眺めてから、小さくある名前を呟く。
「リゼルティアさん」
その名前に、医師は雷を撃たれたかのように激しく身じろぎする。
「彼女は、この方の回復を願っていらっしゃいましたね?」
「……お優しい方だから当然だろう」
「そうですねぇ。そんなお優しい方の期待には、ぜひ応えたいですよねぇ」
ワザとらしく語尾を伸ばすハルに、医師の握りしめられた手が小刻みに震える。
「――ま、そうなれるように頑張りますので、応援していてくださいね、ナルディノ先生?」
目と口を消えそうな三日月のように細め笑うハル。
その正面で、ナルディノは仇でも見るような目で睨みつけた。
「さ、帰ろう」
ワザとらしく明るい声でハルに促され、フィーダとイーズは医師をその場に残したまま部屋を出る。
イーズが少し前を行くハルを見上げると、彼は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
「浄化が必要ですか?」
「いらねし」
「悪巧みしている顔だな」
「悪巧みじゃねし。ちょい〜っとつつくだけだし」
ハルの答えに、フィーダとイーズは呆れたように顔を見合わせ、肩をすくめる。
とりあえず、今は立ち止まって話をする時間も惜しい。
一旦宿に戻って着替えた後、フェリペ神父の下へ行き、話を聞いたらまたダンジョンだ。
慌ただしく挨拶もそこそこに、クランのエントランスホールを駆け抜ける三人を、受付の女性が驚いた顔で見送っていた。
昨日短編をアップしました。
タイトル: 勇者を轢いたトラック運転手は私です。
読み手解釈依存のオープンエンド + もやっと感が残るホラーテイスト
あれ? 宣伝にならない……
と、とりあえず、2500文字程度なので、気になる方は是非覗いてみてください。





