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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第二部 第十一章 陰謀都市編

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Side Story14: 不思議な奇跡

ギルド職員ナグドバ視点です。



 生産者ギルドの一角、人気の少ない区画をナグドバは早足で進む。


 調薬が始まって早三日目。

 一番手順が難しい処理は終わっているはずだ。


 扉の前に立ち、数回、ナグドバは小さ目にノックした。


「ナグドバだ。ガエタノ、いるか? 入るぞ?」


 中にいるとは分かっているが、念のため声を掛けてから扉を押す。

 一歩進むと案の定中は暗く、ナグドバは数秒その場に立って目が慣れるのを待つ。

 暗い中歩くと周囲に置いてある高価な機材や、希少な素材を傷つけてしまう可能性がある。

 ここにくる度、ナグドバは普段の粗雑なふるまいからは想像できないほどに神経を使って体を動かす。


 たっぷりと時間をかけてから足を踏み出し、部屋の奥へ進む。

 ソファの上から足が飛び出ているのが見え、ナグドバは口を開いた。


「ああ、いたのか……? 違うな。おい、ガエタノはどこだ?」


 ソファに転がっていたのは目的の人物ではなく、別の薬師、ガエタノの弟子だった。


 今回作成している万能薬は需要も少ないが、素材もめったに出回ることがないため 実際に作った経験のある薬師はほぼいない。

 そのためできる限りの薬師を集め、ガエタノは講義形式で一つ一つの作業を教えている。

 通常であれば気を使う調薬の際にそんなことはしない。だが、今のこの都市の状況を考えれば仕方がない。


「……せんせは、おくで、ねてます」

「そうか。起こして悪かった。やすめ」

「あい」


 返事の直後、すぐにまた眠りに落ちた年若い薬師。

 講師役のガエタノと聴講生のサポートで疲れ果てているようだ。

 ソファの周りには講義中に取ったメモが散乱している。その中の書き込みの量を見れば、彼がいかに調薬に真剣に向かい合っているかが見てとれる。


 ――二十年、成長を見られないのはもったいないな。


 もうすぐ、この都市には暗黒の日々が訪れるだろう。

 優秀な薬師も、将来有望な薬師も、このエンチェスタには必要ではなくなる。

 少しずつ、彼らの身の振り方を考えなければいけない。


 弟子はガエタノは寝ていると言っていたが、ナグドバは彼が寝ていないということを知っている。

 調薬、特に神経を使う難易度の高い薬を作る時にガエタノはほとんど眠らなくなるからだ。

 集中力を切らさないよう数時間の仮眠はするが、熟睡はできないらしい。


「ガエタノ? 入るぞ?」


 調薬室のさらに奥にある個室のドアを叩き、ゆっくり開ける。

 そこは明かりが灯され、案の定ガエタノが起きて調薬器具の整理をしていた。おそらく次の処理に必要になる機材の確認をしているのだろう。

 いつもの農作業着ではなく、全身清潔で調薬用の白衣を着ている。


「おはよっさんす。そろそろ来る頃かと思ってました」

「ああ、どうだ? できたか?」


 ナグドバの問いに、ガエタノは無言で部屋の一角の箱を指さす。

 何が、とは言わないが問題なく調薬に必要な溶液が完成したのだろう。

 ナグドバはそちらにチラリと視線を送って、満足そうに一度頷く。


「状態は?」

「最高級っす」

「ん?」


 ガエタノは機材をのぞき込んでいた体を起こして、ナグドバと視線を合わせる。

 真剣な表情のガエタノに、ナグドバの喉がぐっと締まった。


 最高級の状態の溶液。

 それは、つまり――


 ごくりと喉を鳴らして、ナグドバは声を絞り出す。


「素材の品質か?」


 ガエタノは僅かに首を縦に振る。

 そして次のステップに必要となるトレントの贈り物がしまってあるケースに手を伸ばした。


「これもそうっすが、今回提供された素材はすべて新鮮で、まるで採り立ての状態でした」

「採り立て?」

「そうっす。まるでたった今採取したように、みずみずしい状態でした。

 マジックバッグとはいえ、劣化は避けられないものなのに」


 ナグドバは思わず、そのぷっくりとした両手で顔を覆う。


「……シュガーマンドラゴラの証明書はジャステッドだったぞ?」

「そうっすね」

「ジャステッドから、ここまでどれだけの距離があると?」

「まぁ、普通に急いでも半年はかかりそうっすね」

「それなのに、採り立て?」

「そうっすねぇ」


 狭い部屋に男二人、沈黙が流れる。


「……そうか」

「そうっすねぇ」


 続く沈黙に耐えられないというように、ガエタノは体をフルリと揺らして説明を始める。


「今まで作った万能薬で、最高級ができると思います。

 仮死状態からの復帰も、一日ほどでできるでしょう」

「そんなにか?」

「そうっすね。体の不調は残らないでしょう。それくらい桁違いの品質っす」

「そうか」


 自信をもって答えるガエタノの言葉に、ナグドバは何度も深く頷く。

 あたりまえだが、薬やポーションの品質によって、患者の回復は大きく異なる。

 シックポーションやヒールポーションも品質が良ければ良いほど、患者の治りは早い。


 万能薬の場合、悪い品質だと仮死状態から患者の目が覚めても、一ヶ月以上ベッドから起き上がれないこともある。

 毎日ヒールポーションで体の回復を進め、機能不全になってしまっていた臓器を癒すのだ。

 それを、一日で万全の状態に戻すことができる万能薬など今までに出会ったこともない。

 まさに――奇跡。


 目頭を押さえてナグドバは声を絞り出す。


「クランヘッドの復帰が、早くなるのであれば、それでよい」

「そうっすね。完成したらすぐにでもお話しすることができるでしょう」

「ああ……本当に、よかった」


 ぐっとこみ上げる熱を飲み下し、あえぐように口から安堵をこぼす。

 ガエタノはその背中をばしりと叩き、わざとらしく笑う。


「まだ、溶液ができただけっすよ。残りの工程もあるっすから」

「お前の腕なら心配ないだろう」

「まぁ、優秀な弟子もいますしね」

「そうか?」

「そうっすよ。スキルだけに頼らず、ちゃんと自分の目と知識で判断できる。努力できる才能ってのはなかなかない。父親によく似てるっす」

「……そうか」


 ニヤつく目の前の薬師から目をそらし、扉のほうへ顔を向けるナグドバ。


「本当に、連れて行っちまっても?」

「ああ、二十年停滞するここにいるより、お前といるほうがはるかに人生の役に立つ。お前の役にも立つ。最善だ」

「そうっすけどね」


 やりきれないというようにガシガシと頭をかくガエタノに、ナグドバは先ほどの仕返しとばかりにその背中をたたく。


「二十年たったらあいつも一人前だ。休眠明けにはきっと冒険者が押し寄せる。

 そんな時には薬師の存在が欠かせなくなるだろう。使える薬師を育ててくれよ?」


 少しおどけて、だが真剣さの伝わる目でナグドバは同僚でもあり、友人でもあるガエタノを見る。

 ガエタノはその視線をしっかりと受け止めて、深く頷いた。


「……一つ、考えていることがあるんすよ」


 言うかどうか迷うように一度顔を床に向けてから、今度は溶液がしまってある箱へと目を向けるガエタノ。

 彼の気持ちが定まるのをナグドバはゆっくりと待つ。


「もし、奇跡が起こって、万能薬の三本目を作ることになったら。

 そうなったら、調薬は俺ではなく、あいつにやらせようと思う」


 まさかの言葉に、ナグドバは鋭く息を吸い込む。


 奇跡は何度も起きないから、奇跡なのだ。

 すでに二本分の万能薬素材が集まっただけで、生産者ギルドがどよめくほどの奇跡だった。

 まさか、三本目の万能薬を作ることなど、ありえない。


 三人目となる剣士には申し訳ないと思う。

 彼の命を救えないことに、心が痛むのを気づかないふりをする。

 だが、どう考えても三度目の奇跡が起こるはずなどない。

 つまり、彼の弟子が調薬する機会が発生するとも思えない。


 ――馬鹿げている。


 ナグドバはそう、言おうとした。


 だが開きかけた口を閉じ、ぐっとこらえる。

 望んでいないはずはない。

 父親として、生産者ギルドの部門を預かる者として、そして人として――三本目の万能薬の素材が集まることを。

 否定をするのではなく、それを待ち望んだっていいではないか。


 ナグドバはもう一度、口を開く。

 否定のためではなく、肯定のために。


「弟子で大丈夫か? 盾波じゅんぱ幹部だぞ? 失敗したら責任重大だ」


 いまいち完全な肯定にはなっていないが、そこは父親としての照れととらえてガエタノは肩をすくめる。


「二本分の手順を見せて、それを覚えられないやつを弟子にしてるつもりはないっすよ。

 俺も隣でちゃんと見るから心配しなくても大丈夫」


 そして一拍空け、眉を情けなく寄せてガエタノは言う。


「それに――なぁんとなくっすけど、あの坊っちゃんならもう一本くらい、ひょいっとマジックバッグから出してくれそうなんすけどね」


 その言葉にナグドバも苦笑してしまう。

 パッと見、薄い印象の害にならなさそうな青年は、口を開けば毒だらけだった。


 こちらの弱みを見透かしたかのような目とほほ笑み。

 もしかしたら賢者様が言う「あくま」という生物が具現化したなら、あんな形になるのではないかとさえ思う。

 いや、他の賢者様のおとぎ話には、古びたランプから精霊が出てきて願いをかなえるというものもあった。

 あの青年のマジックバッグから飛び出してきて、こちらの願いをかなえてくれる、そんな素材があるのなら面白い。

 自分らしくない想像をしてしまい、あわててナグドバは首を左右に振る。


「次の工程は今日の午後からか? 俺は部屋に戻るから何かあったら連絡してくれ」

「了解っす」


 雑談を終えて軽く片手を上げて挨拶をかわし、ナグドバは小さな部屋から出る。

 日中でも暗い部屋のソファの上には、相変わらず彼の弟子が足を投げ出して熟睡していた。

 その体の上にそっと毛布を掛け、ナグドバは音もたてずに調薬室の扉を閉めた。




 その四日後、完成した万能薬により盾波じゅんぱギルドのクランヘッド、および副クランヘッドの意識が戻ったことが生産者ギルドに知らされた。








第十一章は今までとは違う推理スタイルになりました。

お堅い内容で雰囲気変えましたが、次章はダンジョン内メインで徐々に三人のテンポが戻ります。

引き続きよろしくお願いします。

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逃亡賢者(候補)のぶらり旅3 ~召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます~
コミカライズ1巻発売中!
― 新着の感想 ―
こんなに真摯で真面目で仲間想いでエンチェスタが大好きなのに、初登場の言動がアレなのが残念すぎる…
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