11-10. 現地調査
低層階、D級以下の許可階層では、各所に後続冒険者に道を知らせるサインがあり、迷ったり危険な区域に踏み入ることもない。
またハルの推測通り、戦闘が発生する回数もジャステッドやスペラニエッサと比較すると圧倒的に少ない。
いや、ほぼないと言った方が正しい。
「ジャステッドでも冒険者は多かったけど、こんなに敵との遭遇率が低くはなかったですよね」
「大型魔獣だったら一時間以上遭わないのはあっても、小型魔獣がでる階層ではもっと頻繁なはずだ」
「こりゃ、明らかに冒険者たちが気づいていてもおかしくないんだけどなぁ」
階層を進むにつれ、道は複雑になる。
そんな時にはフィーダの俯瞰で先の地形を確認し、ギルドで購入した地図とイーズのマップと照らし合わせてルートを決める。
一見遠回りでも、その先の厄介な沼地や急流を回避することができ、戦闘がほぼないこともあって三人はハイペースで攻略を進めていた。
「確かに環境は過酷だけど、準備しておけばそこまででもない?」
「ハル、ここはD級階層だ。マジックバッグを持っていない奴らが来る階層だぞ」
「あ、そうですね。装備を担いでこないといけないんだ……」
「あぁぁ、装備を持ってあの階段を登るのは無理かも」
ダンジョンの造りはハルたちが思った以上に意地悪だった。
五階層ごとに踏破登録ができるが、その間の階層で正反対の装備が必要になることもある。
例えば、二十六階では砂嵐が起こる砂漠地帯。そこでは、体が砂地に沈み込むのを防ぐためになるべく軽い装備が相応しい。
だが、その次の二十七階では大型魔獣であるベア種が跋扈しており、盾や攻撃力の高い武器がなければ太刀打ちできない。
ちなみに、砂漠地帯ではハルが風魔法で砂嵐を防ぎ、体が沈み込んでしまう足元を水魔法で強固にするというゴリ押しで進んだ。
一日が終わる頃には、ハルは久々の魔力枯渇でぶっ倒れてしまったが、順調に進めたのは成果が大きい。
「明日で三十四階だが、ここまで戦闘は十回以下か? 普通の冒険者じゃ、危険と成果が割に合わないだろう」
「確かにそうだよね。低階層だと薬草採取の冒険者がいたけど、ここまで来るとめっきり人がいないし」
「全員B級階層でマジックバッグ狙い、ということなんでしょうか?」
「その可能性が高いな。モグリ……規定階層を越えて来ている冒険者もいるかもしれん」
フィーダの推測にハルとイーズは顔を顰める。
明らかにここまでの階層でも難易度は高かった。
それなのに許可されている以上の階層に進むなど、命を捨てに行っているようなものだ。
もしかしたら、怪我人の続出はそれも関係しているのかもしれない。
「残りあと五日、目標の四十階までは行けるだろう。余裕があったら四十五まで進むぞ」
「異議なし」
「了解です」
ハルとイーズはフィーダに向かって敬礼をしてみせた。
四十階を越えると、ここから五十五階までがC級の許可階層となる。
だが、意外なことに四十階から一気に魔獣との遭遇率が上がった。
「右方向、五体。大きさから、オーク四体、オークジェネラル一体です」
「一旦左に逸れて、後ろに回るぞ」
「「了解」」
C級冒険者がB級階層に流れているのか、魔獣の間引きが間に合っていないのか、魔獣の生息数が異常に多い。
イーズの感知で効率よく進んでいるが、攻略の進みに影響が出始めた。
戦闘開始数分でオークをヒレ肉ブロックとバラ肉ブロックに変え、イーズは丁寧にマジックバッグにしまう。
フィーダはスペアの剣の具合を確かめてから、残りの攻略計画の相談のために二人に声をかけた。
「予定だと残り二日。滞在をあともう二日延ばせば、四十五は行ける。だが、ギルドとの約束もある。
お前たちはどう思う?」
「正直な事言っていい?」
「構わん」
ハルを促すように軽く頷くフィーダ。
イーズもトコトコと二人の所へ戻り、冷えたドリンクを飲みながらハルの発言を待つ。
「出来るなら行けるとこまで行っておきたい。
マンドラゴラの階層に早く着きたいし、現地冒険者がほとんどいないなら全力で突破できるし。それに、あの階段を登り降りするのは減らしたい」
「階段登って疲れ切った後に、立て続けの戦闘は辛いですよね」
「そうとも言う」
ハルは肩をすくめながら、イーズの言葉を素直に肯定する。
「フィーダの剣の調子はどうですか?」
「思ったより具合がいい。そろそろメインの方も替え時なのかもな」
腰にはいた剣の柄をスルリと撫でて、フィーダは笑う。それを聞いてイーズとハルも安心したように笑った。
「生産者ギルドには『二週間ほど』って言われてるから、ピッタリじゃなくてもいいんじゃない?」
「それもそうか」
「フィーダは意外と時間厳守派ですよね。定期便に乗ってたから?」
「そうだろうな。体に染みついた習慣だ」
「いい習慣じゃない? グルアッシュは厳しすぎたけど」
時間厳守大好きな貴族様兼A級冒険者のグルアッシュを思い浮かべ、芋づる式に初対面のアリガタイ説教を思い出してイーズは酸っぱい顔をする。
脳裏で叱ってくるグルアッシュに押されるように、イーズは恐る恐るフィーダに尋ねる。
「二日は遅れすぎです?」
「初回の攻略で帰還が遅いと心配されるかもしれないが……そこは謝るしか無いだろう」
「じゃあ、このまま突破?」
「ああ。イーズも問題ないか?」
「問題なしです」
「よし。だがもし無理そうだったらすぐ四十階に引き返すからな」
「はーい」
「オッケーです。いっぱい肉を狩りましょう!」
「狩るのは魔獣な」
「「はーい」」
どうやらこの階はオークが多く――ダジャレではない――生息しているらしい。
イーズは脳内でブロック肉にワルツを踊らせて、階層攻略に気合を入れ直した。
四十階から三日後、三人は四十四階に到達していた。
その日の攻略を早めに終え、イーズとハル、そしてサトはコンテナハウスから見える景色を眺める。
そこは、一面真っ白な雪景色だった。
「雪だるま作りたかった……」
「パウダースノー過ぎて無理じゃない?」
「そうなんですよ。両手で掴んだらサラサラーって。綺麗ですけど、残念です」
「サトも雪好きなのにな、残念?」
「ケキョ……」
寒いのが苦手なくせして雪の中で遊びたがる二人と一体を笑いながら、フィーダはベッドの上で地図を確認する。
「この階で野営する奴らはいないだろうな」
「スノーブル、C級にしては強かったよね。白くて見えにくいし、こっちはサラサラな雪で足場悪いし」
「一体と戦うのに、こっちの体力があんなに削られたのは初めてですね」
「そうだよなぁ」
イーズは窓辺から離れてベッドに上がる。
足場が悪いせいで体の変な場所に力が入り、凝り固まってしまった全身をイーズはストレッチでゆっくりほぐす。
本当は温かいお風呂に入りたいが、今も降り続く雪の中では無理な話だ。ここはハルも想定外だったようで、屋根をつけてもらうか真剣に悩んでいた。
気づけば、向かいのベッドでもハルが同じようにストレッチをしている。
「ハル、だいぶ体が柔らかくなりましたね」
「毎日ストレッチしてるし、まだまだ若いからね」
「その発言がオッサンっぽいですけど」
「うっさいわ。フィーダ、明日には四十五階に行けそう?」
前屈を続けながらハルは明日の行動を確認する。
今日は運良く二回だけしか戦闘はなかったが、もし何度もスノーブルや他の魔獣に遭遇したら体力が保つか不安になる。
「残りの距離からいけば、問題はないはずだが……この階も魔獣が多そうだからなんとも言えん。必要なら適時イーズに回復魔法をかけてもらって、ゴリ押しで進むしかないな」
「あー、やっぱ、そうなる?」
「一番心配なのは、階段目前の森だ」
ストレッチを一旦止め、フィーダが指差す地図の場所をハルとイーズは覗き込む。
「左右に長いですね」
「迂回は無理そう」
「ここにスノーモンキーとブリザードエイプが出る」
「うへぇ」
「お猿……」
その名前を聞き、二人は揃って苦い顔をする。
モンキーやエイプ系は大概群れる傾向がある。
ハルとイーズは悪い予感を抱きつつ、フィーダに視線を戻した。
「最低でも五体で群れるらしい」
「やっぱりぃ!」
「めんどくさい……」
落ち込む二人を同情のこもった目で見ながら、フィーダは地図をたたむ。
「イーズの感知があるから発見は容易いが、上手く戦闘しないと群れがどんどん集まる危険がある」
パタンと閉じた地図を、壁にかけた背負い袋にしまってフィーダは続ける。
「イーズ、マップは常時俺たちの前にそれぞれ出してくれ。魔法が届く距離に入ったら、速攻で浄化を数回。
ハル、足場が悪いから近接戦は避けたい。お前の魔法でなるべく片付けてくれ。難しければ、俺に来る魔獣を二体までに減らしてもらえれば十分だ。
あと、猿系は声での精神攻撃もあるかもしれない。その時は、以前のように口をふさいでもらえると助かる」
フィーダの作戦にハルとイーズは問題がないかしばらく考えた後、了承したことを頷いて伝える。
「あと、そうだな、ドロップの回収か?」
「雪に埋もれた魔石は見つけにくそうですし、いつものやり方だと回収が難しいかもしれません」
「ケケケケキョ! ケキョッ!」
「お! サト、やる気だな」
「ケキョケキョ!」
葉っぱをピンッと立てて、必死に何度もジャンプして自己主張をするサト。サトはどうやら魔石回収係に立候補したいらしい。
だがほんの一センチくらいしか浮けてない姿にイーズは身悶えし、手と口を覆って出そうになる声と鼻血を押さえる。
役に立たなくなったイーズの代わりに、ハルがサトに話しかける。
「でも大丈夫? 雪の中に潜って魔石を探すのはすごく冷たいよ?」
「ケキョ、ゲゲゲッキョ!」
「うん? うんんん?」
突然、サトが葉っぱをググググッと体の横に下げ、力を入れるポーズをする。その不思議な体勢にハルは首をかしげてフィーダとイーズに助けを求める。
「なんか、思いっきり屁でもこきそうなポーズだな」
「フィーダ、下品です。せめてファイティングポーズと言ってください。
うーんっと、なんでしょう。ん? あれ?」
イーズはそっと指を伸ばし、サトが一生懸命力を込めている葉っぱの上にかざす。
「あ、なんか、膜みたいなのができています。ハル、早く早く!」
「え? あ、本当だ!」
「キョフゥ」
二人が理解したのを確認して、サトは力を抜いて不思議なポーズをやめる。
「魔力で覆ってたのか?」
「かもしれません。でも長く続けられるんでしょうか? サト、さっきのはどれくらい続けられる?」
「ケーケーケーケーッキョ!」
「四分? え? 四十分?」
「ケキョ」
「すげえな。それをするとすごい疲れるとか、影響は?」
「ケキョゥ」
サトは小さく鳴いた後、イーズをちらちらと見る。
その様子にイーズは思わず吹き出して、何が言いたいかを当てた。
「回復魔法がいっぱい必要になる?」
「ケキョ」
「体の中にたまった回復魔法で、自分を回復させて保護しているのかもしれないな」
「へぇ、そう言われると納得」
フィーダの推測に、ハルは感心した様子で頷く。
ちょっと自慢げに葉っぱを揺らすサトを撫でて、イーズは膝の上に置いた。
「サト、もう少し聞いてもいい?」
「ケキョ」
「この技? はどのマンドラゴラでもできるの?」
「ケキョウ……ケケケケケッキョ、ギョー」
一度頷いてから、土の中に潜る仕草をするサト。
どうやら、土の中にいる間は自然と、どのマンドラゴラもしていることのようだ。
「確かに土の中を進む時には、自分を覆っておかないと傷つきそうだな」
「前の猪の時もそうやっていたんでしょうね。全く気付きませんでした」
「サト、土の中じゃなくって雪の中だから、いつもより気合を入れて自分を覆わないとダメってこと?」
「ケキョ。ケケン、キョフフフゥ」
「ふふふ、うん、そうだね。雪の中は寒いもんね」
「ケキョ!」
プルプルと震えて寒さをアピールするサトに、イーズの口から小さな笑い声が漏れる。
つるつる艶々なサトの頭を何度も撫でて、イーズは優しく話しかける。
「それじゃ、明日はサトにも手伝ってもらっていいかな?」
「ケキョ!」
「ありがとう、サト」
「ありがとうな、サト」
「サト、助かったぞ」
「ケキョケキョ!」
自分にもできることがあるのだとアピールするサトに、三人は目を細めて笑う。
「よし、そうなるとドロップ回収も問題なくできそうだな。他に何か気になることは?」
「今のところなし」
「大丈夫です。気づいたらまた相談します」
「よろしく頼む。それじゃ、今日はもう寝るぞ」
そう言って、フィーダは自分のベッド脇の光源を落とす。
イーズもサトを抱えて自分のベッドに戻り、布団にもぐりこむと同じく壁際の光源を落とした。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「あーい、おやすみー」
「きょ……」
最後にハルがベッド傍の光源を落とす。
そして深々と雪が降るダンジョンの中にたたずむコンテナハウスは、静かな景色に溶け込むように闇に包まれた。
マンドラゴラの効能
葉: 万能な解毒剤になる
体: 栄養剤の材料になる
水: お風呂の後のお水には回復効果がつく。また、光魔法である回復魔法を浴びている体から出ただし汁のため、アンデッドに対して微弱な攻撃効果が出る。
*サトや他のお風呂に入るマンドラゴラ特有
その他
・一本丸ごと使うと万能薬の溶液を作ることができる。解毒効果で体内の毒を取り除き、栄養剤効果で仮死状態の弱った臓器を回復させる。
・体内に含んだ魔力を使って、地面を移動する際には自分を保護する。
*サトのように毎日潤沢に回復魔法を浴びていれば可能。ダンジョンにいるマンドラゴラは回復魔法を浴びる機会がないため、その場から動くことはほぼない。
マンドラゴラ裏設定はこれで出し切りました!
*フウユヤで弱った時など、サトの声が弱弱しくなる時は平仮名の「きょ」で表記しています。





