11-9. 打開策は誰の手に
現状調査が一通り終わります!
いっぱい情報が出たので、あとがきにダイジェスト載せました。
午後の生産者ギルドの一室。ここには六人もいるはずなのに、花びらが落ちる音すら聞こえそうな静寂が続く。
誰かの一手を待っているような、緊張感を孕んだ時間。
それを破ったのは、フィーダだった。
「ハル、まずはクランヘッドだ。その次はまだいい。ヘッドの人柄が分からない今、ここで考えてもどうにもならない」
「――フィーダ、ありがとう。うん、そうするよ」
フィーダに向かって小さく頷き、ハルは下に向いていた視線をあげて相手を気遣うような表情を作る。
「私たちが今日ここに来た理由は、すぐに万能薬を作ってほしいからです」
「で、ですが、素材が!」
慌てるガエタノに、ハルは軽く手の平を向けて彼を制止する。
「必要なもの、マンドラゴラ一体を丸ごと提供する準備は整っています」
「な! それは、本当ですか!?」
ナグドバとテレスも目を見開いて驚愕を表す。
ギルド職員の三人の前に、ハルはジャステッドギルドで鑑定してもらったマンドラゴラの証明書を一枚差し出す。
「ジャステッドダンジョンで採取したマンドラゴラを、あちらのギルドで鑑定してもらった証明書です。お確かめください」
ウォードンのパーティーメンバーを回復するために売った一体目では、この書類は作成しなかった。
だが残りの二体に関しては、シュガーマンドラゴラの採取方法を共有した際にギルド職員のデュリスの勧めで証明書の発行をしていたのだ。
いつか、どこかで、マンドラゴラの売買が必要となった時のために。
「――確かに、間違いありません。では、今もマンドラゴラをお持ちということですね?」
「はい、そうです」
「では……それを売ってくださるということですか」
「はい。ただ一点だけお願いがあります」
そのハルの答えに、続く言葉を覚悟するように三人はそれぞれじっとハルを見つめる。
「クランヘッドが回復した後、彼と私たちが会うことができるよう手配をお願いいたします」
「なんだ、そんな、」
「待って、ナグドバさん」
すぐに了承しようとしたナグドバの言葉を遮り、ガエタノがわずかに逡巡してからハルに意図を尋ねる。
「クランヘッドに会って、どうするつもりなんすか?」
ガエタノの質問に、ハルは晴れやかな表情で告げた。
「ええ、ちょっと、ダンジョンの休眠を目指して頑張ってくれないかなって頼む予定です」
「は!?」
「え!?」
「!!」
目と口を大きく開けて絶句する三人に向かい、ハルはふふふと小さく笑う。
「ちょっとね、色々調べてみて、エンチェスタは少しお休みした方がいいかなって思いまして」
「……軽くキレてるな」
「やっぱり暗躍する気満々でした」
「そこ、静かに」
「「はい」」
ガヤを入れる二人をピシャリと黙らせ、ハルは続ける。
「生産者ギルドでも分かっているはずです。商人ギルドが全てを牛耳り、街をコントロールしている今の状況がどんなに都市として不健康で歪であるか。
人の命よりも、ダンジョン。そして冒険者の生活よりも、金。明らかに間違っているとは思いませんか?」
強い眼差しを向けられたナグドバは焦りを滲ませながらも、ハルに反論する。
「だが、休眠はやりすぎではないかね!?」
「では、二年後の氾濫まで引っ張ると? 氾濫が起きれば、それだけダンジョンの魔力も消費される。
傷ついた街を復興させようとした直後、休眠が始まったらどうするというのですか?」
「そ、それは……!」
その可能性を考えていなかったのか、それとも敢えて見ないようにしていたのか。
ナグドバは両手で頭を抱え、必死にハルを止める言葉を探す。
「では、こうしましょう。私たちは、もう一本万能薬を作るための素材を持っています」
そう言ってハルはもう一枚、マンドラゴラの証明書を机に置く。先ほどのものとあわせて、これで証明書は二枚。
昨日見せたトレントの贈り物には、八枚の葉がついていた。これで万能薬を二本作れるのは確実。
次々と出される情報に、ギルド側の三人は展開についていけないように机の上の証明書を凝視する。
「これで、二本分。そして、これらの状況から分かる通り、私たちはある特殊なスキルで、マンドラゴラなど魔植物の効率的な採取を得意としています」
あえてスキルと表現することで、ハルはそれ以上の情報を渡さないという壁を作る。
「クランヘッドの判断に任せますが、三人目を助けたいと願うのであれば、ここエンチェスタダンジョンでマンドラゴラの採取を請け負いましょう。
――彼がそう願った場合には、私たちへの繋ぎをお願いします」
ハルがそう締めくくると、ナグドバは意を決したように固く両手を膝の上で握り締め、一度背筋を伸ばした。
今この状況で揉めるより、万能薬の素材入手を優先することを瞬時に選んだのだろう。
思った以上に彼は優秀なギルド職員だった。
「ご協力、感謝いたします。ヘッドが回復した暁には、皆さんとのお時間が取れるよう、私が責任を持ってとりはからせていただきます」
そして深く、膝に頭がつくほど、ハルに向かって礼をした。隣に座っていたガエタノとテレスも同様に続く。
「ご理解いただきありがとうございます。えー、では、枝とマンドラゴラをここに出せばいいですか?」
「ちょーっと、ちょっと、ちょっと待ってくださいね!
あまりに大金が動くので、ギルドの上の許可が要ります。今日は無理なので、また明日来ていただくことは可能ですか?」
「あ、確かにそうでした。では、明日にします」
既に枝を手の中に出していたハルは、スッと何事もなかったかのようにマジックバッグに戻す。
ちょっと悔しげにしていたのにイーズは気づいたが、見なかったフリをした。
数日後、フィーダたち三人はダンジョンの入口があるという壁の前に立っていた。
そう、壁――ほぼ九十度にそそり立つ山肌。
そこには頑丈に組み上げられた階段が、中腹にぽっかりと開いた入口まで続いている。
「ま、じ、かぁ。入るまでがすでに肉体労働じゃん」
「東京タワーの階段とどっちが多いですかね」
「鎧着た奴らとかには、すでに拷問だな。魔法使い殺しだけじゃねえだろ、絶対」
キラキラした目で見上げるイーズ以外、既にうんざりとした表情で、もう一度階段と壁を見上げる。
そしてうだうだ言っていても仕方がないと一歩目を踏み出し、ゆっくりと階段を登り始めた。
「五階ごとにポータルがあるのに、長期アタックを選ぶ冒険者が多い理由が分かった」
「明らかに、攻略前後のこの階段のせいだな」
「氾濫の時には、入口からボットンって魔獣が落ちてくるんでしょうか?」
「ボットンって表現……どうなんだろう? 氾濫の時は入口は大きく広がるから、地上近くなるのかもよ?」
「収縮の時も普段より広がってたな」
「そう言えばそうでした」
ソーリャブで休眠直前に百人近い冒険者がダンジョンから押し出された時、入口は確かに大きく、そして広くなっていた。
イーズはその時を思い出しながら上を見上げる。
「氾濫が起こったら、階段は壊れますよね。そうしたらまたこの階段の作り直しするんでしょうか?」
「さぁ?」
「作るんじゃないのか?」
登ることに必死で受け答えが徐々に雑になる男性陣に、イーズは小さく諦めのため息をついて自分も足を動かすことに集中する。
今回の攻略は二週間。その期間は、生産者ギルドから万能薬作成と職人の手配に欲しいと言われた日数。
過酷と言われるこのダンジョンでどれだけ進めるか分からないが、目標は四十階、C級階層が始まる階だ。
「できれば、マンドラゴラの採取記録があった階まで到達したいんですけどねぇ」
「六十四だったな。マジックバッグ狙いの階層の手前だから、人が少ないといいが」
「ヘッドの回答に関わらず、最後の一本、間に合わせないとな」
「そうしないと、サトが……」
「く! 絶対それはないから!」
「お前の頑張りにかかってるぞ、ハル!」
「おう!」
昨日、宿でサトにこの都市のダンジョンでマンドラゴラの収穫を行うことを告げた。
ジャステッドでもエンチェスタでも、最初にサトと会った時以外は素材としてのマンドラゴラの収穫は行なっていない。そのため、サトに話を通しておきたかったからだ。
しかし――
「自分を差し出そうとするなんて、健気すぎて涙が出ました」
「最初の時もあっさり自分を差し出したからな。そういう習性なんだろ」
「絶対に怪我しないで、ちょっと無理はするけどマンドラゴラの階にタイムリミットまでに行くから!」
「おお〜、ハルが燃えてる」
「だが、息が荒くなってるのはカッコ悪い」
「ちきしょう! あと百段!」
階段に掲げられたなぜかポップなサインを憎々しげに睨みながら、ハルは規則正しく足を動かし続けた。
エンチェスタダンジョンの過酷さは、その環境にある。
密林、砂漠、豪雪、火山、熱帯雨林、湿地――進むだけでも困難を極める。
そしてそこに襲いかかる魔獣。
慣れない冒険者は絶えず怪我をし、慣れに油断した冒険者は命を落とす。
一階進むごとに神経を削られ、体力を奪われる魔窟。
そんなダンジョンに足を踏み入れたフィーダたち三人は――焼肉を楽しんでいた。
「イーズ、こっち行けそう」
「待ってください。今このピーマンとお芋を育ててるんです」
「おい、サト! そこ、座るな! 葉っぱがシオッシオだぞ!」
「ケ!? ケッキョー!」
ジュワジュワと美味しそうな匂いと音を立てる焼肉具材。
カブが混ざりそうになったが、無事にフィーダにより阻止された。
サトが乗っていたのは、火山で温められた石の上。
サトは萎れ始めた葉っぱに驚いて、水の入った桶に慌てて盛大な音を立てて飛び込んだ。
「キョフゥ〜」
「サト、気をつけないとダメだからね。この辺りの石は高温になってるんだから」
「ケキョ」
イーズの注意に、シオシオな葉っぱを揺らしてしおらしく返事をするサト。
現在、岩場が続く十七階で休憩中の三人と一体。
地熱により高温になっている地帯を発見し、おもむろに焼肉パーティーを始めている。
高温に熱せられた石をフィーダの剣術スキルで平らにし、イーズの浄化魔法で綺麗にし、ハルが水と風魔法で絶妙に周囲の温度を下げて近づけるようにした。
これで、焼肉用鉄板代わりの台が完成である。
ちなみにフィーダの常識が壊れ始めていることは、みんなで気づかないフリをする。
もちろん、イーズの隠密により匂いと気配対策はバッチリだ。
「美っ味え! やっぱりじっくり弱火で焼くと美味い」
「厚切りブラッドベアもなかなかイケますね。ハーブスパイスだけで十分米が進みます」
「おい、米の減りが早くないか?」
「キムチを買ってから米の消費が……」
「エンチェスタで探さないとやばいかも。地上戻ったら商会巡り?」
ハルの言葉に、箸を口に咥えたままイーズは期待を込めてフィーダを見つめる。
話を振られたフィーダはすぐには答えず、石の上でパカッと開いたホタテに慎重に酒を落とした。
そしてやり遂げた感たっぷりで小さく息を吐いたあと、背筋を伸ばしてハルとイーズに視線を移す。
「優先度はまず生産者ギルド、次に魔法杖職人との打ち合わせ、それから神父と会って、んで、次の攻略用に商会巡りだな」
「く! やる事多い!」
「そのうち半分はハルが原因ですね」
「ケケキョキョ」
「自ら面倒ごとに突っ込んでいったな、今回も」
「え? 今回もって?」
ハルの疑問に、フィーダはこれまでのイベントを指折り数えて見せる。
「ジャステッドはまぁ、何もなかった方か。マンドラゴラ採取はあれは偶然だ。
フウユヤはイーズが原因だな。スペラニエッサでラウディーパを癒したのはハルの案。
ソーリャブの休眠作戦もハルの発案。その次の演劇もハルの案か?」
フィーダの指が一つ一つ数えるたびに、ハルとイーズは体を縮こませる。
「今のところ横暴な権力者に目をつけられてねえが、今後は気をつけろよ。アドガンは貴族より金持ちの商人の方が怖いと聞くからな」
「あーい、気をつけますぅ」
「ハルの暗躍もここまでですね」
「暗躍してねし」
「アドガンの海で心を浄化してください」
「浄化の必要なし。そこだぁ!」
「あ! 私のカボチャ! じっくり育てたのに!」
「あちちっ、ふぉっふぁもんばちばもんね」
熱々のカボチャで口の中を一杯にしてハルは意地悪く笑う。
イーズは「精神年齢下がり過ぎだし」と愚痴りながら、ハルの目の前の岩にポイポイとエビを並べていく。
「そこ、俺の肉ゾーン!」
「空いてるスペースの有効活用です」
「こっちでトルティーヤ温めるがいるか?」
「俺食う!」
「私はもうお腹いっぱいです」
「え? エビは?」
「フィーダが食べるんじゃないかと」
「ああ、食うぞ」
「ほら」
「文句言えねえし!」
「ケキョキョ!」
ワチャワチャと賑やかな会話に、時折サトの高い笑い声が混ざる。
地上ではまだまだ気を抜けない状況が、これからも続く。
本来であればリラックスなどできないダンジョン。だがイーズたちは誰の目に留まる事なく、自分たちの自由な時間を楽しんでいた。
陰謀都市編ダイジェスト
・ダンジョン休眠の噂で、冒険者激増
・怪我人が増え、ポーション不足発生
・治療院が混み、教会の光魔法使いが倒れる
・攻略が短期間に過密になり、ダンジョン内の魔力が減少
(薬草や素材の納品減少)
・ギルド各所はダンジョン魔力減少を把握済み。商人ギルドと冒険者ギルドは新規冒険者の追い出しを画策
・クラン幹部三人が仮死状態(タイムリミット一ヶ月半)
・万能薬一本を作るには、トレントの贈り物の葉四枚とマンドラゴラ丸ごと一体が必要
ハルの暗躍
・素材のお代に、職人紹介しろや!
・素材のお代に、宿貸せや!
・素材のお代に、クランと繋ぎ取れや!
・万能薬のお礼に、ダンジョン休眠させろや!





