11-5. 探偵ハルの仮説
案内された建物は生産者ギルドからほど近く、思ったよりも広い場所だった。
冬季に入る前に研修を開始し、夏前に自分たちのギルドに戻る職人が多いらしく、ほどほどにぎわっているが満室というわけではない。
明らかに生産者ではない自分たちに多少の注目が集まっているのを感じるが、不快な視線ではなかった。
「四人部屋だな。そこそこ広い」
「ちゃんとテーブルもありますね」
「風呂とトイレは共同か。日本の研修所と似てるな」
ざっと中を確認し、持っていた荷物をそれぞれ棚にしまう。
それが終わると、イーズはハルに向かって手をおいでおいでのように振った。
「ハル、ちょっとこっちへ」
「ん? どした?」
「はい。では、浄化!」
「ええ!?」
イーズの光魔法がほとばしり、ハルと、ついでに部屋全体が浄化される。
「なんで、突然浄化!?」
「なんか、ハルが暗黒に支配され始めている気配がしたので」
「何それ!」
「人の心を操り、人の欲望を引き出し、そして人の弱みに付け込む……さらには自分の欲望のために、相手が渇望しているものをちらつかせ、そして屈服させる! 暗黒の道を進む修羅のごとき所業!」
「酷い! イーズ酷い!」
頭を抱え、盛大にのけぞってハルは嘆く。
フィーダは外の気温より冷たい視線を送りながら、一番窓際のベッドに腰を下ろし、疲労がたっぷり詰まったため息をつく。
「と、いうのは、冗談にしてもですね」
「冗談かよ!」
「ハル、お疲れ様でした。無事寝泊りできるところがゲットできて安心です。しかもタダ」
「実質はただじゃないが、もともとタダで手に入れた素材だしな」
「そう言ったら、ドロップ品全部そうなるじゃん」
「それもそうだな。助かった、ハル。厩舎でヒロとタケの世話をしてもらえそうだし安心だ」
「どういたしまして」
ふうっと息をついて中央のベッド端に座るハル。
イーズはあたりを見回してチェックをした後、サトを出して床に立たせた。
「ここは人が多くいるから、あまり窓辺に寄ったらだめだよ。声は防音してるから大丈夫」
「ケキョ!」
サトはイーズから小さくたたんだ布を受け取り、それを広げてなびかせながら部屋の探検を始める。
最近のサトのブームは、お布団代わりの布をもって良い寝床を探すことだ。
トテトテと小さな足音を立てて狭い部屋を走り回るサトを、イーズはデレデレと溶け切った顔で見つめる。
フィーダはその様子を呆れたように眺めてから、ハルに気になっていたことを尋ねた。
「ハル、シュガーマンドラゴラのことを伝えなかったのは、何か意図があるのか?」
「うん、ちょっとまだ迷ってたから先に相談したかったんだ。イーズもいい? サトは……うん、後でお話ししようね」
「ケキョ」
ハルの言葉にサトは大きな葉っぱを了解というように上げ、ちょうど陽が入ってきている壁際に布を敷き、ペシペシと叩いてからその上に座り込んだ。
「すぐにシュガーマンドラゴラを売るより、もう少し情報を集めたほうがいいと思って」
「どんな情報だ?」
「一つ目に、万能薬の価値。
希少な素材を複数組み合わせて、優秀な薬師でしか作れない万能薬。おそらく尋常じゃない値段で取引される。俺たちには絶対手が出せないくらいの値段で。
それだったら、素材提供と引き換えに一本もらえるかどうか交渉したい」
それを聞いた後、フィーダは少し考えてから理由の確認をする。
「イーズの光魔法と、異世界のポーションがあるのにか?」
「うん。イーズがいないところで何かが起こったらってのもあるし、日本のポーションは状況によっては大っぴらに使えないから」
「確かに。他の人の目がある場所で何かあって、変な輩に絡まれてもな」
「あとは、逆に万能薬が別の取引の材料として使える可能性もあるしね。希少なものならそういう使い道もある」
「分かった。手に入れられるかもしれない今がチャンスってことだな」
「そういうこと。んで、次に万能薬の取引先」
フィーダに続いてイーズも頷くのを見て、ハルは話を次に進める。
先に立てられていた右手人差し指に続いて中指が立つ。早速ワキワキ動く指を見つめながら、イーズは話に集中する……努力をする。
「これは……俺の勘だけど、もしかしたらウォードンの時みたいに、誰かが緊急で必要としている可能性がある」
「万能薬をすぐ使わなくっちゃいけないってことですか? だったら余計に素材を提供したほうがいいのでは?」
「うーん、そこがね、ちょっと微妙なんだよねぇ」
そこでハルは手を下ろして、腕を組み、左右に揺れながら考えだす。
「何だろ、何かが引っ掛かるんだけど……」
「万能薬のことでですか?」
「というより、この街の……」
ハルのつぶやきを聞き、イーズもこの街について知っていることを指折り思い出しながら挙げる。
「二級ダンジョンがあって、氾濫が二年以内。
休眠作戦は反対されていて、冒険者が多く来ている。長期滞在用の宿はすべて満室。
クランという仕組みがあって、安い宿もそちらで借り上げられている」
「冒険者ギルドがなにやら怪しいのと、商人ギルドが裏で糸を引いている可能性がある」
「そう、そこ!」
びしっと指をフィーダに向けるハルに、フィーダは「どこだ?」と返す。
「冒険者がいっぱい来ている状態で、冒険者を食い物にする冒険者ギルド。しかも商人ギルドの言うがまま。絶対何か誰かの思惑が絡んでる。
休眠作戦反対派なのかは分からないけど……」
「それが万能薬とどうつながるんだ?」
「分からん!」
「「ええ〜」」
ここまで話しておいて、分からないとはないだろう。
フィーダとイーズは揃って眉を寄せ、残念そうな目でハルを見る。
「仕方ないじゃん、まだ着いて一日目だし、情報が足りなさすぎるんだもん。
とりあえず、街全体がなんとなく普通じゃない感じがするから、こっちの情報を出し過ぎるのが怖いんだよね」
「そうは言っても、冒険者ギルドにはこなしてきた依頼と、そこから推測されるスキルとかは伝わってるぞ」
「それはどうしようもないけど、どこの誰だか分からない相手に目をつけられるのだけは、避けられると思う」
真剣な顔で話すハルに、フィーダとイーズも揃って頷く。
――二級ダンジョン都市エンチェスタでの長い長い一日目はこうして終わった。
だが、それはその後に続く騒動の、ほんの始まりに過ぎなかった。
「――なぁんてモノローグが流れそうです」
「イーズ、やめて!? 本当に、それはやめてぇ!」
ハルの情けない声が部屋に響き渡った。
次の日、散策用の服を着て三人で宿舎を出る。
まずは朝食、そしてその後は冒険者ギルドに行く予定だ。
昨日はあまりにドタバタしていて、ダンジョンガイドを手に入れるのを忘れていた。ついでに資料室利用が可能かも確認できればいいだろう。
「その後は、とりあえず観光?」
「美味しいお店情報と、観光名所、ハルの厨二心をくすぐる魔法器具のお店巡り……他には?」
「鍛冶屋で一度剣の手入れをしたい。ダンジョン攻略が上層のうちに調整が終われば、予備の剣でもいけると思うが」
「なるほど。優先度はそっちだね」
宿舎の周辺には食事どころは少なく、街の中央へとどんどん進む。
「そういえば、ダンジョンの入口がどこなのか結局見つけられてませんね」
「確かに。そこ重要じゃん」
「ギルドに行けば分かるだろ。ハル、あそこのパン屋はどうだ?」
「無難そうだね。宿舎から一番近いからよく利用することになりそうだし、食べとく?」
「そうしましょう」
イーズに続いてフィーダも賛同し、店のドアを開けて入る。
「いらっしゃいませ〜」
一歩中に入ると、明るい女性の声が聞こえてきた。
「お持ち帰りですか、お食事ですか?」
「食事で。三人だ」
「席は空いている場所をどうぞ。先にパンを選んでください。飲み物は席で注文をお願いします」
「分かった」
女性とフィーダの会話を聞きながら、イーズとハルはいそいそとパンが並べられている棚をチェックする。
「ん! クロワッサンあります。もう一つは、バターロールにします」
「俺もクロワッサンと……チーズパンかな。あとはジャムパン」
「これは硬そうだが美味そうだ。俺はこれと、あと同じやつで」
フィーダは大きめのハード系のパンを幾つか取り、その横に同じくクロワッサンを並べる。
トレーを持って席につくと、女性店員がすぐに注文を取りに来た。
「お飲み物は?」
「俺は紅茶」
「ベリージュースで」
「ホットミルクティーお願いします」
「はい。少々お待ちください」
去っていく店員を見送り、イーズは店内を見回す。
テーブルは十卓、程よい広さで半分くらいが客で埋まっている。
三人はパンを手にしながら、なんとなしに他の客の会話に耳を傾ける。
「中央教会の神父は潰れたってよ。次は南か?」
「いや、あっちは元々光魔法持ちの神父はいねえんじゃなかったか?」
「ああ、そうだったか……やばいな。ポーションも手に入りにくいのに」
「どこかのクランに頼むか?」
「いや、それもなぁ……」
「“赤塔”が今月クラントップだとさ。“盾波”に賭けてたのによぉ」
「リーダーの攻略が終わったら一気にひっくり返るぞ」
「“赤塔”の天下も今月だけだな」
「最近はクラン組まないパーティーも多いからなぁ。今年のランキングは荒れそうだな」
「ぜひエンチェスタ出身の“盾波”には頑張ってもらわないと」
「商人ギルドに行ったけど、やっぱり素材が集まってないって。今月も全然仕事になんないだろうな」
「そうなると、俺ん所もかもな。低階層の冒険者の動きが悪いし、直接どこかのクランに発注するしかないかも」
「それもなぁ、足元見られるかもしれないぞ?」
「仕事ゼロの生活が続くよりいい」
「まあ、確かに……」
クロワッサンに歯を立てると、カシュッという小気味よい音がする。イーズはもぐもぐと口を動かしながら、会話の内容は分からずともその印象が全体的に暗いことに気づく。
フィーダとハルを見ると、二人も眉間に皺を寄せている。イーズと同じ事を考えているのかもしれない。
クロワッサンの尻尾部分を口に放り込み、ハルはジュースを一口飲んでからフィーダに今日の予定の相談を始めた。
「フィーダ、鍛冶屋はどの区画か分かる?」
「職人街だからここから遠くないはずだ」
「それが終わったら南の教会に行きたいんだけど、遠いかな?」
「――いや、馬車が通ってるみたいだからすぐだろう。女神様に挨拶か?」
「うん。それとちょっと確認したいことがあって」
「分かった。イーズもそれでいいか?」
「大丈夫です。もし途中に花屋さんがあったら何か買って行きたいです。冬なのであまり種類はないかもしれないですけど」
「それくらいどうにかなるだろう」
フィーダが頷き、イーズも感謝を込めて小さく頷き返す。
――南の教会。さっきの会話にもあがっていたけど、ハルには何か考えがあるのかな。
ジュースの残りを飲みながら、真剣な顔で考え込むハルをチラリと横目で見る。
そしてたっぷりバターを塗ったロールパンを口に入れ、満足そうに目をキュッと細めた。





