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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第二部 第十一章 陰謀都市編

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11-4. 交渉とは



 イーズはマップを全員に見える形で表示させ、移動している点を指差す。


「緑っぽいのとオレンジが二つ。緑はおそらくさっきの人ですね」

「オレンジは鑑定士と薬師ってとこだろう」


 イーズとフィーダの言葉にハルも軽く頷き、部屋のドアが開くのを待つ。


「いるか!?」


 バンッという勢いのある音とともにドアが開き、ナグドバが息を切らせて飛び込んでくる。

 その後ろには予想通り二人の人物が立っていた。

 一人は神経質そうな男性、もう一人は農作業着の男性だ。


「連れてきたぞ。鑑定士と薬師だ!」


 思いっきりドヤ顔をしながら、ナグドバが後ろの二人を順番に指さす。農作業着の人が薬師らしい。


「ありがとうございます。まずお二人にも座っていただいていいですか?」

「おい、お前ら、席につけ」

「はいはい」

「……い」


 そして、神経質そうな人はどうやらネクラさんらしい。


「ここの部屋は防音は?」

「そこは問題ない」

「ありがとうございます。枝ごと出しますので、鑑定お願いします」


 ナグドバの返事に頷いてから、ハルは目の前のテーブルに布を敷き、その上にトレントの贈り物を取り出す。



 トレントの贈り物

 トレントに認められたものだけが手に入れられる枝

 葉は万能薬、枝から作られる杖は魔法の威力を倍増させる効果がある



 ハルの目には以前と変わらぬ結果が見えている。

 テーブルの反対側にいる鑑定士がどう指定するのか、じっと見つめて待つ。



 待つ。



 待つ……?



「おい、テレス、どうだ? トレントの葉か?」

「……ずびっ」

「え?」

「ずびずぴっ」


 テレスと呼ばれた鑑定士から、声ではなく鼻をすする音がしてきて、三人はポカンと彼を見た。


「おお、テレス。そうか、そうか!」


 鑑定士が一言も発していないにもかかわらず、ナグドバは喜びの声を上げて彼の肩をバンバンと叩く。

 どうやら鑑定士により、無事トレントの贈り物であるとの判定がされた、らしい?


「ガエタノはどうだ? 万能薬にできそうか?」

「んっと、あー、ガエタノっす。薬師っす。

 触らねえんで、葉を近くで見ても?」

「はい。どうぞ」


 丁寧に自己紹介をしてから、ハルに許可を求めるガエタノ。

 ハルが手のひらを前に出して了解すると、ガエタノは立ち上がり、テーブル横に膝をついて至近距離で葉を見つめた。


「鮮度は申し分ないっすね。採取したての瑞々しさだ。んで、ひーふー……八枚。全部最高品質っす」

「おお! よくやった! ガエタノ!」

「いや、俺じゃなくって、お客さんっしょ」

「え? あああ! すまんすまん! じゃなくて……申し訳ありません。

 ええっと、えーーーーーーっと、申し訳ないが、名前をお伺いしても?」


 喜びで赤くしていた顔を、今度は羞恥で真っ赤にしてナグドバはハルに向かって尋ねた。


「C級冒険者のハルと言います」

「ハル、殿。大変失礼いたしました」


 最初の態度とがらりと変わって丁寧な口調で話すナグドバは、ある意味生産者ギルド職員らしい。


「見事なトレントの贈り物です。素材が悪くなってはいけないので、取引が終わるまでしまっておいていただいて結構です」

「はい」


 ガエタノに言われ、ハルは敷いてあった布ごとマジックバッグにしまう。

 それを見たナグドバが、興味津々といった目でバングルを見つめる。

 最初に枝を取り出した際には、枝ばかりに目が行っていて気づかなかったようだ。


「腕輪型マジックバッグとは珍しいですね。エンチェスタでは見たことがないので他のダンジョンで?」

「私はラズルシードの出身ですので」

「ああ、他国のダンジョンでしたか。産出するドロップも異なるんでしょうね。いえ、失礼いたしました」

「お気になさらず」


 それ以上の詮索は良くないと思ったのか、ナグドバは謝った後に頭を下げた。


「それで、鑑定でトレントの贈り物と出ました。我々としてはぜひ売っていただきたいと思っています」

「取引の前に、お尋ねしたいことがいくつかあります。

 もし答えることが難しければ、そうおっしゃっていただいて構いません」


 ハルのその言葉に、ナグドバは安請け合いをすることなく神妙な顔つきで頷く。


「まず、そうですね。お察しの通り私も鑑定スキルを持っています。また情報に対する真偽も判断できますので、嘘などは通じないと思ってください」


 脅しのようなセリフを述べるハルに、部屋にいたギルド職員は小さく息を飲む。


「教えていただきたいのは、このトレントの贈り物、特に葉の価値です。

 私はある幸運と偶然からこの枝を手にすることができました。

 そして、魔法器具の最先端と言われるこの街で、魔法行使の補助杖を製作していただこうと思って来ました」


 簡単に来訪の理由を説明したうえで、ハルは続ける。


「私にとって、杖に必要な部分以外には興味ありませんでした。ただ、鑑定では有用なものと出た。

 ならば、有効に使いたいと思ってこちらに来たのです」


 ゆっくりと体を起こし、ソファの背もたれに体を預けてハルは足を組む。


「――あなたたちが、値段をつけてください。

 あなたたちが価値を見出すそれに、ふさわしい値段を」


 ある意味傲慢と言えるハルの言葉に、イーズはぎゅっと組んだ手に力をこめる。


 一方、ナグドバは葛藤をかかえ、悩みだす。

 安すぎる値段をつければ、相手は不要と判断し売らないだろう。だが高額をつけすぎれば、八枚すべてを購入することは難しいかもしれない。

 しばらく誰も何も話さない時間が続いた。


「――あなたにとって、価値があるものはなんすか?」


 しんと静まり返った部屋に、響くガエタノの声。


「この街に杖を作成しに来て、枝も杖にするにしか興味ないと思われる。

 じゃ、なんでここに、このギルドに来たのか、理由が知りたいっす」


 ガエタノの言葉にハルは口角を上げ、芝居がかった仕草で組んでいた両腕を広げた。


「ふふっ、いいね。ガエタノさん。あなたは目の付け所がいい」


 くすくすと笑いながらハルは膝の上で両手を組み、体を起こしてガエタノに向かって言う。


「それでこそ、交渉だ。相手が欲しいものは何か? 金か、権利か、情報か、人脈か」


 フィーダはいつかハルが言っていた言葉を思い出し、頭痛がする思いがした。

 そうだ、あれはイーズとハルがドゥカッテンで芋のスイーツを買おうとしていた時のセリフ。

 相手の弱みや欲望を刺激して交渉に持っていくってやつだ。


「人脈……杖の作成ができる職人の紹介?」


 ガエタノのつぶやきに、ナグドバは勢いよく顔を上げる。


「エンチェスタにはたくさんの職人がおります。新規の方には通常ご紹介しないような職人もいます。

 お望みであれば、その方へお繋ぎすることができます」

「それは素晴らしい! お金で買えない、貴重なものだ。

 では、ナグドバさん。あなたなら、その契約に何枚の葉を差し出します?」


 その質問に、ナグドバはウッと言葉を詰まらせる。

 まさか、自分で判断しないといけないとは。


「私、ならば……四、いえ、三枚といったところでしょうか」


 ナグドバは悔しそうな顔をしつつ、だがそれ以上は望めないと諦めを見せる。

 ハルは彼の様子を見つつ、フッと小さく笑う。


「妥当でしょうね。そうですね……まず、三枚をお渡しいたします。そして、無事に杖の製作が完了した時点で、もう一枚をお渡しいたしましょう。

 あなたの誠意に、私からの感謝の気持ちです」


 にこやかな顔でハルが語るのを、イーズとフィーダは半目がちになりながら横で静かに聞く。

 二人は確信している。

 ハルが目指している交渉のゴールは絶対にそこではない。

 なぜなら、三人はここに宿泊場所を求めて来たからだ。


「私は素材に詳しくないんですが、葉は枝から切ってしまえばいいんですか?」

「いいいいいいいいえ!! 駄目っす! そんなことをしたら、せっかくの状態が悪くなってしまいます!」


 慌てて叫ぶガエタノに、ハルはきょとんとした後、苦笑する。


「すみません。価値は分かってもどのように使われるかは分かっていなくって。

 では、ガエタノさんに枝ごと預けるということですか? 一本丸ごと?」

「そ、それも、難しいです。万能薬には他の素材も必要です。今いただいても、他の素材が集まって処理を始めるころには劣化してしまう可能性もあります」

「そうなんですね。それは、困りました。

 私たちは冒険者ですから、ダンジョンに籠る予定です。こちらの状況が整ったらすぐ来る、というのは難しいかもしれません」

「お泊りの宿に状況をご連絡して、戻り次第来ていただくのは?」


 ナグドバの言葉に、ハルは申し訳なさそうに小さく首を振る。


「それも難しいでしょう。長期滞在の宿が全て埋まっているようで、ダンジョンを出るたびに移動になると思います。

 それと、こちらに葉をお渡しするタイミングと、杖を作成するタイミングを合わせないといけないのでは?」

「確かにそうなんですが……そうなりますと連絡が取りにくい状況は良くありませんね。

 冒険者ギルドを通すこともできますが……冒険者ギルドに素材を下ろさず、生産者ギルドに直接売ったという状況を知られるのはよろしくないかと」


 確かに冒険者ギルドには、あまりこちらの状況を知られたくない。

 あのクランハウス紹介の件から見ても信頼できるとは思えず、ハルたち三人は眉間に皺を寄せる。


「そうなると、ますます連絡の取りようがありませんね」


 ハルの言葉に、ナグドバは思い切ったように切り出した。


「少し手狭になってしまうかもしれませんが、生産者ギルドの宿泊施設があります。このエンチェスタの技術を学ぶため、他の生産者ギルド拠点から研修に来る職人が泊まる場所です」

「そちらをご紹介いただけると?」

「ええ。ですが、あくまで研修のための施設ですので、宿のようなサービスはありません。

 ベッドシーツの交換や部屋の掃除も各自ですし、食堂も付いていません。風呂は共同風呂がついているだけです」

「なるほど。少々お待ちください」


 内心ニヤニヤしているだろうに、ハルは真剣な顔でフィーダとイーズに向き合う。

 イーズは口の内側を軽く噛み、笑ってしまいそうになる顔を必死に抑える。


「どうする? 一ヶ所に泊まれるのは便利だけど、不便もあるみたい」

「食事は外でできるから問題ない」

「あの、共同風呂は男女別ですよね? あと、そちらの掃除は?」

「男女別です。生産者には女性も多くいますから。共用部分は業者が入るので、掃除は必要ありません。あくまで各部屋の中だけです」

「だったら私は問題ないです」


 ナグドバの返事に、心配事は無さそうだとイーズもハルに向かって頷く。


「そっか。ナグドバさん、ありがとうございます。ご提案の場所を利用させていただきたいです」

「いえいえ! こちらこそご不便をおかけします。万能薬の他の素材の調達と、杖職人の手配をまず進めます」


 そこで一旦ナグドバは言葉を止めて考え出す。


「職人はどうにかなると思いますが、他の素材に関しては――ガエタノ、どうだ?」

「触媒は冒険者に依頼を出せばすぐ集まるっす。でも溶液がどうだか」

「最近は前よりも出回るようになったって聞いたぞ?」

「んだけど、一体丸ごとはなかなか回ってこねえっすよ」

「上に掛け合ってみるしかねえか。一ヶ月でどうだ?」

「俺に言われても。最近、採取専門の連中もマジックバッグ狙いに切り替わってるし。全体的に素材不足なんすよ」

「ああああ、確かにそうだった」


 ガエタノの返事に、ナグドバはベチンッと勢いよく顔を叩く。

 なにやら必要な材料が足りず、それを採取する冒険者の手も足りていないようだ。


「そんなに入手が難しいんですか?」

「ええ、まぁ。トレントの贈り物ほどではないですが、必要分を集めようとすると難しいんです」


 ナグドバはため息をつきながら答える。


「そんなに大量に?」

「量としては多くないんすよ。

 ただ、一体丸ごと必要なのに、葉っぱがなかったり、体部分もスライスされちゃったりで。傷がない状態のものが手に入りにくくて」

「一体?」

「葉っぱ?」

「体……」


 ガエタノの表現にハル、イーズ、フィーダはポツリと繰り返してつぶやく。

 なんとなくその言い方に、とある生物のシルエットが頭に浮かぶ。

 なんなら「ケキョ」とか「クピョ」とか「ペッポウ」とか叫びそうだ。


 意識して眉間に力を込め、ハルはもう一度ガエタノに質問をする。


「差し支えなければ、どういった素材でどう処理されるのか教えていただいても?」

「素材はどの種類でもいいんでマンドラゴラっす。

 葉っぱを食べるのが主流なんすけど、万能薬にはどちらかというと本体っす。本体を特殊な溶液に付け込んで、さらに同じ個体の葉っぱを溶かしこむんすよ。

 そうすると万能薬のベースになる液体ができるんす」


 ガエタノの説明の後、ナグドバは彼の肩を叩いて自慢げに言う。


「この作業が万能薬調薬で一番重要なんですが、できる薬師がほとんどいないんですよ。

 失敗したら希少なマンドラゴラを失うことになるので、訓練を重ねるのも難しいですから。

 ですので、ガエタノはこの町で一番優秀な薬師なんです」


 しかし、そんな彼のセリフは三人の頭の中を見事素通りしていった。



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