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逃亡賢者(候補)のぶらり旅 〜召喚されましたが、逃げ出して安寧の地探しを楽しみます〜【書籍3巻11月発売!】  作者: BPUG
第二部 第十一章 陰謀都市編

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11-3. いつまでも待つわ



 冒険者ギルドの宿舎斡旋部門から来た職員に連れられ、紹介候補一軒目に案内された。


「おー、見事想像通り!」

「廃墟ですねぇ。中、入れないんじゃないです?」

「外で焚き火をした跡があるな。借りたはいいが、中に入れなかったパーティーが野営したんだろう」


 冬でも鬱蒼としげる木々と、今にも崩れ落ちそうな家を前に、三人はそれぞれ感想を呟く。

 その後ろでギルド員は青い顔のまま、物件詳細の用紙を握りしめている。


「これでクラン用ハウスの賃料取るのって、根性がすごい」


 腕を組み、ギルド職員に称賛の言葉をかけるハル。


「契約書は?」

「は、はい?」

「契約書を見せてもらいたいんだけど」

「え、えっと、ご契約されるんですか?」

「ん? 検討するから、内容見たいんだけど」

「あ、あの、こ、これで……」

「はい、どうもどうも〜」


 ひったくるようにギルド職員から契約書を取り、ハルは内容を確認し始める。


「ふーん、ふん。おー、すごい。へぇぇぇ、ふんふん。いやぁ、やばいね、ギルド」


 ハルが声を上げるたび、ギルド職員がビクビクと肩を揺らす姿は、見ているイーズが気の毒に思うほどだ。だが詐欺のようなこの物件を取り扱っている時点で、同情の余地はないと考えを改める。


「こりゃ、酷いな。契約期間の途中で契約破棄できないし、契約の内容に対してギルドを相手に訴えたら罰金になるし、しかも家賃払わなかったらランク評価に影響って……」


 楽しそうに契約書を読んでいたハルはそこで一度言葉を止め、ギルド職員をまっすぐ見て声を低くする。


「このクソみたいな嘘ばかりの契約書で、どれだけの冒険者から金を搾り取った?」


 それに対し、ギルド職員はプルプルと震えるように顔を何度も左右に振る。


「わ、私は上に言われて書類を作成しただけです! 実際の物件管理は商人ギルドが行っています!」

「――商人ギルド?」


 その言葉を聞き、フィーダから深いため息が漏れる。


「冒険者ギルド丸ごと、いや、この街全体が真っ黒か」


 イーズは愕然とした表情でギルド職員、ハル、フィーダを順番に見る。


「ハル、どうするんですか?」

「ん〜、どうしようかなぁ。家は借りなくっちゃいけないのは事実だしな」

「杖の製作を諦めるのは無理だろ?」

「それはそう……ああ!」


 ハルはそう言ってポンッと何かを思いついたように手を打つ。


「生産者ギルドで宿泊場所探そう!」

「え? 出来るんですか?」

「分かんないけど、出来る気がする」

「ハルがそう言うなら、そっちに行くぞ」

「うん。ってことで、契約書お返ししますね〜。あと、生産者ギルドはここから近いです?」

「え、ええ。一つ先の通りです」

「あざっす」


 呆然とするギルド員をその場に残し、スタスタと歩き出すハルを追いかけてフィーダとイーズは横に並ぶ。


「何か策はあるのか?」

「うん。あのさ、杖作るのにトレントの贈り物使うじゃん?」

「ああ」

「言ってなかったんだけどさ、枝を杖にする予定なんだけど、実は葉っぱにも効果があるんだよね」

「葉にも? サトみたいに何かのポーションの材料になるとかです?」

「その通り!」


 ピシッとイーズを指しながらハルはニヤリと笑う。

 そしてその指先をぐるぐると回し始めた。

 寄り目になりながらイーズはその指先を見つめ、眉を顰める。

 

「ふふふふ。聞きたい?」

「なんか嫌な予感がするのでいいです」

「ええ〜! 聞いてよ! 聞きたいでしょ、フィーダも」

「嫌な予感はするが、聞くしかないだろう。で、どんな効果があるんだ?」


 ハルはフィーダのその言葉に、口をモニャッとゆがめて薄気味悪い笑顔を浮かべる。


「ふふふ、実はですね……万能薬の素材になるんですよ、奥さん」


 途中から声を潜めるハルに、前かがみになって耳を寄せた二人は、その後の言葉にぴたりと立ち止まる。


「……万能薬?」

「って何ですか?」

「知らん!」

「「は?」」


 自信満々に万能薬と告げた後に、知らないとはいったい何なのか。

 あきれ返った白い目で見てくる二人に、ハルはたじろぎながら説明を続ける。


「詳しくは分からないけど、異世界版のキュアポーションとヒールポーションの効果を併せ持った最強のポーションって感じかな」

「なるほど、両方の効果だから万能か。だが作れる薬師も少ないだろ」

「そうなんだよね。俺も今思った。万能薬の存在すら知られてない可能性もあるしなぁ」

「とりあえず、一枚だけ売ってみたりしたらどうです?」

「一枚だけ?」


 イーズの提案にハルは少し不思議そうな顔をする。


「そうです。シュガーマンドラゴラみたいに希少な素材だったら、量がなくっても買い取ってくれるんじゃないかと思って」

「おお、そっか。っていうか、売ろうとしてみて、反応を見れば価値がどれだけとか分かるかも」


 うんうんと頷きながら再度歩き出すハルに向かい、フィーダは声を潜めて呼び止める。


「おい、ハル」

「ん? 何?」

「お前が勝手に人の鑑定をしたくない、という信念は分かる。だが、エンチェスタにいる間はギルドの中、特に交渉相手には鑑定をかけてくれないか?」


 ハルは立ち止まり、フィーダを見上げてじっとその目を見る。


「イーズの敵味方判定だけだと不安?」

「はっきり言って、敵だらけになる可能性がある。少しでも相手の情報が入るなら、鑑定は使うべきだ」

「――分かった。うん、そうだね。今回はそうするよ。提案してくれてありがとう、フィーダ」

「いや、街中じゃお前が頼りだからな」

「遠慮なくスキル使いまくるから、期待してて」


 バンバンとハルの肩を叩くフィーダに、ハルも同じようにフィーダの背中を叩く。

 そんな二人の後ろを歩きながら、小さく「需要……」とイーズが呟いたのには、幸いなことに誰も気が付かなかった。




 生産者ギルドで査定に出してもらうものの代表は、まずトレントの葉に決めた。

 もしそれでうまくいかなかったら、シュガーマンドラゴラや火龍の鱗もある。

 冒険者が多くいるこの地でシュガーマンドラゴラの需要は高いだろうし、火龍の鱗は言わずもがなだ。

 これらがあれば交渉はできるだろうと思っていたのだが、まさか交渉の場に着くまでに苦労するとは思わなかった。


「まーじーに、やばい」


 ギルド内の待合スペースで待たされること一時間以上。ぐったりした様子でハルは椅子にもたれかかる。


 待ってる間にハルは一度カウンターに行き、ポウルーナからの紹介状で職人との繋ぎを取ってもらおうとしたが、すげなく却下された。

 どうやら職人がクラン入りしてしまい、クラン所属の職人には生産者ギルドからの発注は出来ないそうだ。


 カウンターから戻ったハルの報告を聞き、せっかくのポウルーナの厚意が無駄になってしまったとイーズまでしょぼんと項垂れる。

 しかし直後にキッと顔を上げ、手の上にお菓子を取り出して貪り始めた。


「もう! お腹すきました! 何か食べましょう!」

「もう食ってるだろ。ここで食っていいのか?」

「一時間も人を待たせて、飲み物も食べ物もないのがいけないんじゃん。俺、甘いもの食べたい」

「こういう時は素朴な甘さが欲しくなりますよね。フウユヤの蒸しパンは最高です」

「おお、いいねぇ。フィーダは?」

「スライムゼリーが入った果物の牛乳寄せがなかったか?」

「でた、フィーダのプルプル好き。この寒いのにゼリーって」

「人の好みはそれぞれです。お茶は温かいのにしましょう。蒸しパンとゼリーなら、緑茶かな」


 ごそごそと動き出した三人を、ギルド職員が遠巻きに見ているが気にしない。

 椅子だけでは食事ができないので小さなテーブルを出し、その上にさらに食べ物を並べる。

 若干のざわつきが聞こえたが、これも気にしない。


「お湯お願いします」

「うぃー、ゲロゲロゲー」

「「クワックワックワ」」


 急須にお湯を注いでもらいながら、ハルとイーズは二人で呪文らしきものを唱える。

 ざわつきがさらに大きくなったようだが、これもまた気にしない。


「あー、あったけー」

「ギルドは寒いですね。入口が開けっ放しだからでしょうか」

「仕方ないんだろうが、俺たちまで我慢させられるのはな。ああ、温まる」


 フィーダも大きな手を無骨な湯呑みに添えて、ズズズッと緑茶をすする。

 ハルは蒸籠で温められ、温気が上がるホカホカの蒸しパンを手に取る。両手でお手玉して、熱い熱いと言いながらちぎって口に放り込んだ。

 ざわつきが一気にやみ、ギルド内が静寂に包まれる。


「あっふ。美味い」

「ゼリーも美味い」

「寒い部屋で温かいお茶を飲みながら、冷たいゼリーってフィーダの感覚大丈夫ですか?」

「あれじゃね? こたつの中でアイス的な感覚」

「それを言われると、反論できませんね。家には無かったですけど、友達のうちで入った時は感動でした」

「こたつ?」

「んーっと、テーブルの天板の下側に温める機械がついてて、テーブル自体を布団で覆うんだよ。足元がぬっくぬくになるやつ」

「へえ、なかなか面白そうだな」

「土足の場所じゃ難しいけど、コンテナハウスならいけるかな?」

「暖かい場所に向かうのにか?」

「それを言われるとなぁ」


 三人でいつも通りのテンポで会話をしながら、いつも通りに美味しいものを食べてまったりする。

 フィーダもいつの間にか二人に毒されていることに気づいてはいるが、最近はもう受け入れてしまった。

 おかげで頭皮も元気を取り戻してきたように思える。おそらく、気のせいではないはず。未来は希望に溢れているはず、たぶん。




 待たされることさらに三十分。

 途中トイレ休憩をはさみつつ、三人は思い思いの時間を堂々とギルド待合で過ごしていた。


「お待たせいたしました。ご案内いたします」

「おい、行くぞ」

「あ、ちょっと待って。今いいとこなのに」

「ダメです、ハル。その一手を長考するつもりでしょう?」

「ちょ、イーズ、待ってしまわないで!」

「ブッブー! ターイムアーップ!」

「うあああ!」


 ボードが乗ったテーブルごとマジックバッグにしまうイーズに、ハルは片手を伸ばして情けないポーズのまま固まる。


「何やってんだ」

「リバーシです。アンシェマで見つけました」

「ああ、あのボードゲームか。面白いのか?」

「久々にやったらハマった。くそ、イーズめ。どんどん角を取ってくんだから」

「スピード感は大事ですよ」

「俺はじっくり戦略を考える派なの」

「勝負事は瞬時の判断が大事だと思います」

「くうぅ!」

「フィーダも今度やりましょうね。ハルをぼっこぼこにするチャンスですよ」

「あの……ご案内してよろしいですか?」

「あ、しまった。おい、行くぞ」

「「はーい」」


 散々待たされたら多少は苛立ったり疲れ切っていたりするはずなのに、全く気にした様子のない三人。

 終始自分たちのペースで、迎えに来たギルド員を逆に待たせる始末。

 待合スペースが見える位置にいたギルド員たちは、案内役についていく三人の姿を見送りながら、普通ではない彼らの様子に一抹の不安を抱いていた。




「査定に出したい素材というのはなんだ」

「お、デジャブ」

「どこにデジャブ要素が?」

「生産者ギルドに着いた途端、自己紹介もなく話を進められるシーン」

「ああ、ジャステッドであったやつですね」

「おい、お前ら、少しは声を小さくしろ」


 黙るんじゃなくって声を抑えろという注意に、イーズはフィーダを見ながらクスクスと笑う。


「さっさと出してもらおうか」

「……八と九と三のお方?」

「ぶぶ。イーズ、やめて」

「「あたっ」」


 笑いが止まらない二人の頭を軽く叩いて、フィーダは話を進める。


「ハル、どっちからいく?」

「うーんっと、でもどうしようかな。鑑定できる人がこの場にいないんじゃ出しても意味ないし」

「なんだと?」


 ハルが呟いた言葉に、ギルド員の眉がピクリと上がる。


「希少な素材を持ってきてるんですよ。だから、鑑定ができる人じゃないと価値は分からないと思うんですよね。

 あなた、鑑定スキル持ってないじゃないですか。持っているのは……算術と速記?」


 最後にニヤリと笑うハルに、イーズは「おおお、悪者っぽい」と指先だけで拍手を送る。


「わ、私は素材買取部門を預かっている。素材の良し悪しは見れば分かる!」

「良し悪しは、それまでにここに売られたものと比較してですよね?

 比較できるようなものが入ってこない希少な素材なら、どうやって良し悪しを見るって言うんですか?」


 ハルの言葉に、ギルド職員は顔を赤くし、口を開閉させて押し黙る。


「えーっと、ナグドバさん? 素材を出す前に一つ、お尋ねしても?」

「……なんだ」


 ハルに名前を呼ばれ、体を震わせてナグドバは渋々といった様子で返事をする。


「この街に、万能薬を作れる薬師の方はいらっしゃいます?」

「万能薬? ……トレントの贈り物か! おい! ここで待ってろ! いいな、動くんじゃねえぞ!」

「え? ちょっ、ちょっとまっ……てって、もういないし」


 一人掛け用ソファをひっくり返す勢いで立ち上がり、ハルの反応も見ずに部屋を飛び出していったナグドバ。


「まだ持ってるとも言ってないのにな。よっぽど必要だったのか?」

「ぜひセリフの頭に“首を洗って”ってつけてほしかったです」

「それ、意味違うし。でも、素材を一発で言い当てられるってことは、それなりに良い職員っぽいね」

「確かにそうだな」


 部屋に通されたと思ったらまた待たされることになったため、イーズは再度目の前のテーブルにお菓子を並べ始める。


「お菓子食べ過ぎじゃない?」

「だからと言って、本格的な食事もできないじゃないですか」

「さすがにそれはな……」


 さっき甘いものを食べたので、今度は塩っけの強いチップス各種をつまみ出す三人。

 しかしそれほど待たされることなく、複数の足音が廊下から響いてきた。




八と九と三→八九三→や○ざ

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― 新着の感想 ―
[良い点] サブタイトル、その心は…… 『冒険者ギルドのテンプレなセリフ「可愛がってやるぜ!」って言われそうな雰囲気のハルさん、わりと容赦無くヤっちゃいますよ?』 ……ってことで、さっそく【交渉】&【…
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