11-2. 街の現状
エンチェスタ編スタートです。
エンチェスタダンジョン――
お宝ダンジョン、魔法使い殺し、パーティーの墓場など別名を多く持つ。
七十三階までの階層のうち、魔石以外の珍しいドロップを入手できる階層もあり、深層に近いほどマジックバッグのドロップ率が上がるという。
現在、氾濫が三年以内に予想されているため、休眠作戦を推進する派と、氾濫規模縮小を推進する派に分かれている。
前者は言うまでもなく、ソーリャブと同じく内部の魔力枯渇を継続させて完全に休眠を目指す者たち。
後者は、休眠を避け、内部攻略は進めるがそのまま氾濫させるという者たちだ。
ダンジョン氾濫周期を戻したい国は前者を、経済的な利益を求める地元貴族や、マジックバッグを入手したい冒険者は後者の立場を取っている。
数日前に滞在した村で入手した情報を振り返り、フィーダは眉を寄せる。
「内部で分裂か。都市全体がぎすぎすしていそうだ。休眠作戦を取るなら一年以内に開始だろうが……」
「ウォードンさんたち、大丈夫なんでしょうか?」
「A級だけじゃ休眠は難しいし、他の階層も攻略を進めないといけないんだよなぁ。氾濫規模縮小に落ち着く可能性が高そうだね」
「きっとそうなるだろう。ソーリャブが休眠し、三級も休眠できたら、エンチェスタの休眠を急ぐ必要も、周期を元に戻す必要もなくなった」
「確かに」
「なるほど」
フィーダの意見に、ハルとイーズももっともだと深く頷く。
ある程度の荷物をヒロとタケに括り付ける作業を終え、自分たちも不自然でない量の荷物を背負う。
残す一日の距離は、それぞれ騎馬で進むためだ。
一月の冷たい風はハルの魔法で遮られるため、耐えられないほどではないが気温は低く辛い。
「防寒着、買ってもらってよかったです。足元も冷えますね」
「いつも恵まれている旅をしてるって、こういう時に実感するよな」
「これが普通だったはずなのに……」
少し遠い目をするフィーダ。
自分の常識がいつの間にか変わってしまっていたことを嘆いているらしい。
「エンチェスタに着いたら、冒険者ギルドだ。長期滞在の宿は多いと聞くが、今の状況だと空きがあるか怪しい」
「あんまりこだわっていられないかも? 食事が美味いとか、部屋が綺麗っていうとこは埋まってそう」
「残ってるのはお高い貴族とか、お金持ち向けだけだったらどうします?」
イーズの質問にフィーダとハルは押し黙る。
カッポカッポというヒロとタケの蹄の音だけがしばらく響いた。
「三ヶ月は無理だぞ」
「だよねぇ。ダンジョンに籠る?」
「基本ダンジョンで、たまに上の宿に短期滞在か?」
「そうそう。旅と変わらないじゃん」
「できないこともないが、今はダンジョンの中も人が多そうだろ」
「あー、その問題もあった」
「何にせよ、ギルドに相談だな」
「あ、フィーダあきらめた」
「丸投げですね」
考えることを放棄したフィーダは、ハルとイーズの言葉に肩をすくめてみせる。
「二級ダンジョン、どんな場所なんでしょうね」
「山の中腹にあると聞いたが、まだ見えないな」
「ジャステッドみたいな砦にはなってないってことかな」
一日の距離ならば俯瞰で見えるはずが、フィーダの視界には何も入らず首をかしげる。
その答えはエンチェスタに到着するまで見つかることはなかった。
「ここがエンチェスタ?」
「普通の町に見えますけど」
馬を降りてヒロの手綱を引きながら、ハルとイーズはつぶやく。
二級ダンジョンを有する大都市なだけあり、入門審査の列は長く門も大きい。
フィーダもいぶかし気にあたりを見まわすが、見える範囲には、物々しい壁やダンジョン氾濫を抑える防壁もない。
「兄ちゃんたち、エンチェスタは初めて?」
会話が聞こえたのか、前に並んでいた年若い冒険者がふと振り返って声をかけてきた。
「あんたたち、ひょろひょろじゃねえか。エンチェスタのダンジョンは過酷だ。死ぬ前にやめときな」
手を目の前でブンブン振りながら、ハルとイーズを見て若干鼻で笑うように言う冒険者に、ハルの眉がピクリと震える。
「潜ったことあるんです?」
「ああ、あるさ。当たり前だろ。エンチェスタに潜らない奴はモグリだって言うからな」
馬鹿にした仕草で、三人の中で一番年上のフィーダを見てにやつく。
ダンジョンの情報が何か手に入ったらいいかもしれないと思ったが、ハルは彼の態度を見てそれ以上の会話はあきらめた。
だが、それに気づかない相手はそのまま話を続ける。
「他のダンジョンはどうか知らないが、ここは上級がこぞって来る町だ。そいつらの邪魔にだけはなんなよ。
俺だって、この前やっとD級になってパーティーの募集に入れたんだしな」
「ぶふっ」
「ふはっ」
「くっ」
冒険者がそう言った瞬間、三人は一斉に噴出した。
「な、なんだよ、おい」
「いや、なんでも……D級にならないと活動できないっていうこと?」
「そ、そりゃ、その下もいるけど、パーティー組んで効率的にドロップ狙うには、D級くらいにならなきゃメンバー集まんないぜ」
「なるほど。メンバー増やすつもりもないんで、俺たちは」
「へえ、低い階層じゃ三人なんて食ってけねえぜ?」
冒険者の言葉に、ハルは少し考えたあと冒険者ランクごとに許可されている攻略階層を尋ねる。
「各級の許可階層は?」
「そんなんも知らねえの? D級が四十、C級が五十五、B級が六十八までだ」
「ふーん、なるほどね。マジックバッグは六十五階以上あたりってことかな」
「恐らくそうなるだろう」
「へぇ! 楽しみですね!」
明らかにB級階層でマジックバッグを狙う発言に、冒険者は突然慌て出す。
「な、お前ら、勝手に許可階層以上行ったら、上の冒険者にボコられるぞ!」
「でもB級メンバーがいれば、その下のランクでも一緒にいけるんでしょ? じゃ、問題ないじゃん」
「は? E級がB級についていけるわけねえだろ」
「C級だもん。大丈夫」
「C級ですから。問題ありません」
「何の問題もなさそうだな」
「は?」
その時、入門審査の順番が回ってくる。
冒険者の出入りが多いせいか、パーティーごとの審査の窓口が用意されているようだ。
「あ、パーティーのほうが空いたんで、それじゃ」
「B級以上は一番奥の窓口だ。あとギルドの推薦書もあるからすぐだな」
「スペラニエッサとソーリャブの分があるので問題なさそう」
「コネの威力ですね」
「は?」
B級パーティーとして審査を進める三人を茫然と見つめる冒険者をその場に残し、フィーダたちはさっさと門をくぐる。
「ふふっ、俺たちE級に見られてたぜ」
「一番下から二番目に見られるとは……ちょっと悔しいです」
「ここのダンジョンに来る奴らは癖がありそうだな。階層を越えたらボコるとか、普通そんな話は出ないだろう」
「あー、なんかヤダヤダ。用事が終わったらとっとと出たい」
「ハルの用事ですよ?」
「分かってるー。杖一、俺のつえー杖ーのためー」
「今日は冒険者ギルド、明日は生産者ギルドだ。何も問題が起きないことを願おう」
「それは、問題が必ず起きるというフラグ」
「フィーダ、問題が絶対起こる可能性が高まりましたよ」
「……すまん」
いい加減二人が言うフラグの意味が分かりだしたフィーダは、思わずその言葉に素直に謝る。
そして冒険者ギルドに行けば、三人が予想していた通りの展開が始まった。
「申し訳ございません。現在B級以上のパーティーが泊まれる宿はすべて満室となっております」
「C級以下でもいいんだが」
「そちらもB級パーティーのサポートに入られるパーティーの借り上げがされており、満室です」
「サポートのパーティー?」
B級パーティーのサポートをするパーティーとは、いったいなんなのか。フィーダは思わず男性職員に聞き返す。
「このエンチェスタ特有のシステムとなります。長期滞在されるパーティーのため、パーティーの装備のメンテナンスや、ドロップの換金、運営などのサポートをメインで行うパーティーとなります。
クランと呼ばれる方もいらっしゃいます」
「あ、クランね。なるほど、エンチェスタにはそれがあるんだ。ってことは、クラン向けハウスとかもあったりします?」
「ございます」
「そっちに空きは?」
「三名で借りるには少々大きいと思われますが?」
「一応、値段と広さが分かるものを見せてもらっても?」
「承知いたしました」
職員がそう言って一旦窓口から離れるのを見送り、ハルはフィーダとイーズに向き直る。
「イーズはクランは分かる?」
「はい。大型のパーティーのイメージです」
「そうだな。フィーダは?」
「さっきの説明だと全部とは言えんが、攻略を進める部隊と、周りを世話する部隊がいる感じか?」
「そうそう。生産職が入っている場合もあったりすると思う。武器のメンテとか、ドロップの鑑定とか、ポーション作成とか」
ハルの説明にフィーダは頷き、納得した様子を見せる。
「自分たちで賄って、なるべく効率よく金を稼ぐんだな。そうすると、クランハウスは大人数向けということか?」
「たぶん、長期で家を一軒丸ごと借り上げるとかになると思う。高い宿よりかは安くなるかと思って」
「確かにな。高級宿に泊まるよりはまだ注目もされにくいだろう」
「そうそう。ただ、家の中の掃除とかは誰かを雇わないといけないかもしれないけど……」
そう話していると職員が窓口に戻り、数枚の紙をカウンターに並べる。
「現在空いているクラン用向け物件は四件となります。順番はダンジョン入口から近い順に並んでいます」
そう言われて、三人はまず一番近い物件から確認を始める。
「ダンジョンに近いほど割高に、遠ざかるほどお安くなる傾向があります」
ハルを筆頭に三人はふんふんと頷き、内容をざっと確認していく。
一軒目
宿泊可能人数: 十人
距離: 十五分
二軒目
宿泊可能人数: 三十人
距離: 二十分
*割引条件あり
三軒目
宿泊可能人数: 十五人
距離: 二十分
四軒目
宿泊可能人数: 十人
距離: 三十分
*割引条件あり
「ん? 割引条件?」
「はい。物件を所有する商会に優先してドロップを納品すると、家賃の一部割引を受けることができます」
「ふーん……」
ハルはそれを聞いたあと、しばらく物件紹介の紙の角をトントンと指で叩く。
その仕草を見た二人はハルに何かしらの考えがあると悟り、何も口にせず様子を見守ることにした。
「割引率は?」
「三割から四割です」
「ドロップ納品頻度は?」
「二週間です」
「なるほど。自分たちの取り分との割合は?」
「商会へ渡す分が二割です」
矢継ぎ早なハルの質問に、ギルド職員は淡々と答えを返す。
しかし最後の回答を聞いたあと、ハルは小さくクスリと笑った。
「では、最後に、配分価格の上限は?」
「……ございません」
「ありがとうございます。では、この二軒は考慮の対象外としてください」
「かしこまりました」
ハルは二枚の紙をギルド員に差し戻し、イーズは首を傾げつつ残った物件をもう一度見る。
一軒目と三軒目。条件的に見れば一軒目が良さそうだが――
「こちらは内覧は可能ですか?」
その言葉に、ギルド職員がわずかにたじろぐ。
「長期間滞在する場所です。価格もそれだけ高い。内覧は、可能ですよね?」
ハルがもう一度職員に尋ねると、彼は一瞬唇を湿らせて小さな声で「可能です」と答えた。
「では、内覧の手配をお願いします。明日まで待ったほうがいいですか?」
「……いえ、すぐご用意できます。担当をお呼びいたしますので、少々お待ちください」
物件の紙を掴み受付から去っていく職員の後ろ姿を見送りながら、ハルは皮肉気に笑う。
フィーダはため息を吐きつつ、これまでの流れからの予想を口にする。
「どっちかが訳ありっぽいな」
「多分一軒目じゃないかな。条件が良すぎる」
「ね、さっき言ってた割引条件の話は何ですか?」
「ああ、あれね。配分価格の上限がないって意味、分かる?」
「うーんと、配分は分ける。で、相手に渡すお金の限界がない?」
「そう。もし俺たちが家賃の何倍も稼いでも、二割という契約は変わらない。
だから、場合によっては普通に家賃を払うより、この割引条件を受け入れたほうが高くなるってこと」
「え!? それって詐欺じゃ!」
イーズの驚いた声に、ハルは自分の唇に指を立てながら笑って頷く。
「納品頻度も二週間は異常だよ。長期アタックするようなパーティーだったら絶対無理だと思う」
「そんな物件を勧めてくるとは――思った通り、ここのギルドは癖があるな。用心しないと酷い目に遭うぞ」
「俺がいない所でドロップ換金は絶対無しね」
「ハル、頼りにしてます」
「任せなさい」
前途多難なエンチェスタ滞在に、三人は揃ってため息をついた。





