2-7. 刻まれた過去
読んでくださりありがとうございます。
第一部第二章 最終話となります。
短いサイドストーリーを17時にアップします。
明日からは第一部最後の章となる第三章「王国脱出編」となります。
引き続きよろしくお願いします。
秋ももう半ばになった日、朝一番の便が出る馬車乗り場は少し肌寒い。
イーズはちょっとだけ眠い目を擦りながら、部活のバックパックと同じくらい大きな背負袋を担ぎ、窓口でお金を払っているハルを待つ。
「お? 荷物に足が生えてる? 新種の魔獣か?」
ぼーっとしていたら後ろからウガイをする時より酷い、ガラガラな声が聞こえた。
――魔獣が近くに?
キョロキョロと周りを見回していると、同じような格好で大きな荷物を背負ったハルが受付から戻ってくる。
しかし、なぜかその顔に堪えきれない笑いを浮かべている。
「これは魔獣じゃなくって、俺の弟ですよ」
「ぬ?」
「え? はっ! まさか! ボクのこと!?」
「お、荷物魔獣がしゃべった」
「お、おっさん、失礼だな! どう見ても人間!」
「いや、後ろから見たら荷物から足が、こうニョキっと生えてるようにしか見えないぞ」
「失礼! 非常に失礼!」
「こらこら、イーズ。そんなに興奮しない。朝からうるさいだろ。それに多分この人は馬車の護衛の方だよ」
「でもにいちゃん、ゴエーだったら客に優しくするべきだ!」
「いや、他にも客がいるから、もし魔獣が乗ろうとしてたら止めなあかん」
「うああああ!」
どうやらこのおっさん、ここから五日間一緒に旅をする護衛らしい。
「イーズ、受付で水魔法が使えるって言ったら少し割り引いてもらえたよ。次の町でも馬車に乗る前に確かめるようにしよう」
「了解、にいちゃん」
「おお、坊主は水魔法使いか。こりゃラッキーだな。頼りにしてるぜ」
「おっさんまだいたの?」
「出発まですることねえしな」
「おっさんは冒険者?」
「いや、この乗合馬車を運営してる組合の雇われだな」
「ふーん、旅は危険?」
「今回のルートは安全だぞ。ルートによっては護衛が五、六人つくが、今回のは二人だけってのがいい証拠だ」
「そのうちの一人がおっさんってことだけが心配だね」
「おめー、チビのくせになかなかの物言いだな」
「チビ違うし!」
このおっさん、名前をフィーダと言う。ガラガラ声なくせになんか可愛い名前だ。
王都から北へのルートを担当してすでに十年以上のベテランだとか。はなはだ怪しいが。
乗合馬車のルートは最終目的地が同じでも、乗客の降りたい街、天候や街道の状態、さらに魔獣や野獣の繁殖場所や繁殖季節で常に変えていると言う。
ここから北の国境までは二回の乗り継ぎを挟み、移動自体は五日、四日、そして八日の合計十七日となる。ただ乗り継ぎがうまくいかない場合、途中の町で数日足止めされ最長で一ヶ月かかることもあるらしい。
「移動だけだと二週間半くらいなんだね。思ったより他の国に王都が近い感じする」
「昔の一級ダンジョン氾濫で国がなくなってしまっただろ。あれで、王都をなるべく一級ダンジョンから離れた場所に移したらしい」
「坊主、よく知ってるな。じゃ、これも聞いたか? 近く氾濫が予想されるこの国の一級ダンジョンに挑むため、賢者様が四人喚ばれた! っていう話」
「賢者? 勇者じゃないの?」
「お、食いつくのはそこか? どっちでも呼ばれるぞ。ダンジョン攻略までは勇者で、それ以降は賢者って呼ばれることが多いけどな」
「同じ人が両方の呼ばれ方をするってことですか?」
「そうそう。はるか昔から勇者たちはダンジョンに挑んで戦い、そしてその知恵でこの国や大陸を発展させてきた賢者でもある。
この乗合馬車を考案したのは“流動”の賢者だな。手紙の早便とかも生み出してる。
あとは……“慈愛”、“海航”、“食”、“業火”、“立法”、“豊穣”、“音”なんて賢者もいたな。大きな都市で図書館に行けば、それぞれの賢者の偉業が編纂された賢者大全が読めるぞ」
何と、過去の異世界人、すでに色々知識チートをやらかしているらしい。だけど途中にあった“業火”は絶対知識チート組ではない気がする。
「それは……初めて知りました。たくさんの賢者がいらしてたんですね。面白そうなので調べてみます」
「おうよ。百巻以上あって俺は全部読むのは諦めたけどな。貴族様は全巻揃えて名前を覚えるのがタシナミって言われてるらしいぜ」
「……貴族じゃなくて良かったです」
「同感。おっと、他が集まってきたから、俺はもういくぜ。じゃ、水魔法期待してるぜ。チビも、暇があったら構ってやるから、馬車ん中じゃ大人しくしとけよ」
そう言ってフィーダは御者ともう一人の護衛らしき人たちの下へと去っていった。
「ーーお披露目がされたみたいですね」
「そうだな。王城ではだいぶ前にされていただろうから、一般へ情報が降りてくるのにしばらくかかったのかもしれない」
「その可能性はありますね。――読むんですか、賢者大全」
「痛いチートとかやらかしてそうで、なんか嫌な予感がするな。でも、一般教養的な部分もあるかもしれないし、今後の旅で役に立つかもしれない。
一応入手して読んでおこう。イーズ、お前もだぞ」
「えー、百巻以上って言ってましたよ。長寿漫画並みですよ。しかも活字」
「仕方ないだろ。でももしかしたら、“食”の賢者なんかは和食チートしてるかもしれないし、農業系の賢者がいたらどこかで地球と似たような作物を育てているかもしれない。
美味いものが食べられる場所が見つかるかもしないぞ」
「それは是非ゲットして読み込まねばいけませんね」
「食べ物に関連してそうな賢者だけ読みそうだな」
「そうでもありませんよ。“業火”なんて絶対イタイ厨二をやらかしてそうじゃないですか。読んだら大笑いできそうな気がします」
「黒歴史が永遠に残されて、他人に読まれるのも問題だな……」
過去の勇者及び賢者たちに少し同情を覚えつつ、今回喚ばれた高校生四人組は何と言う二つ名がつけられるだろうか予想し合う。
王城で訓練しているのを見た感じでは、男子高生は剣士と火魔法使い、女子高生は風魔法使いと補助魔法使いに見えた。観察していた時に、こちらの気配に敏感だったのは補助魔法使いの方だろう。
大笑いしながら厨二全開の二つ名を付け合っていると、出発の時間が近づきフィーダに馬車に乗るよう促される。
「じゃ、お世話になります」
「オセワニナリマス」
「おうよ! 旅の安全は任せとけ」
最初の街に向け、満員の馬車が軋みを上げながらゆっくりと動き出す。
朝の満員電車よりは良いが、商業ビルのエレベーターに乗り合わせた他人のような距離感。
知っているような知らない雰囲気に少し緊張しながら、イーズは小さな窓の外、歩くスピードと同じくらいの速さで流れる景色を見つめる。
「――やっとだな」
車内の静寂を壊さない、それでいて車輪の喧騒に負けない声量で、ハルがポツリと呟く。
「――うん、やっとだね」
イーズも視線を窓から外すことなく、ハルに返す。
やっと王都を脱出できる。
あと一月もすれば、この国から出ることができる。
それまでは安心して旅を楽しめないかもしれない。
でもついに始まった異世界旅行に、自然とイーズの胸は高鳴る。
隣でも、ハルが嬉しそうに流れる王都の街並みを見つめている。
――女神様、行ってきます。
イーズは心の中で女神に挨拶を送る。
ふと閉じた瞼の裏、あの広い空間で微笑む女神の姿を見たような気がした。





