Side Story13: 不思議の配役
美人さんのアキラ視点となります。
登場人物一覧も同時にあげています。ジャステッド出発以降が対象です。ご参考にどうぞ。
瞼の上に、ゆっくりとアイラインを引く。
下げていた目線を前に向け、その出来栄えに思わずニイッと笑みが浮かぶ。
「おっと、いけねえ。こっちだな」
もう一度、笑顔を作り直す。
鏡の中には、清楚な微笑みを浮かべる人物が映っていた。
小さい頃からアキラは美しかった。
外を駆け回りたいのに、取っ組み合いをしたいのに、男の子たちは相手にしてくれない。
一度泥だらけになったアキラを見た女の子たちに、悲鳴と罵声を浴びせられてから、男の子は絶対に仲間にしてくれなくなった。
女の子に混ざって、やりたくもないお人形さんごっこをするのは苦痛だった。
成長してもアキラの美しさは損なわれなかった。
バカ笑いしたり、人前で鼻ほじったり、屁をこいたり。普通の男の子をしたくても、周りがそれを許してくれなかった。
少しガサツで、アキラを女の子みたいに扱わない少女がいた。好きになった。
告白したら――
『自分より美人と付き合って惨めになりたくない』
と言って振られた。
そして、成人の儀で願った戦闘スキルがもらえなかった時、アキラは吹っ切れた。
――ワシが美人なのはどうしようもねえ。んだが、ワシはワシ。どう行動しようが、ワシの自由だ。
翌年から始めた劇団員の女神役。
それはアキラの当たり役となり、日常でもそれなりの行動が求められた。だけど、それほどまでに役がはまっていたのならばと受け入れた。多少窮屈だったが。
その一方で、他の団員の前では取り繕わない地を出した。
それが、アキラのプライドだ。
唇に、うっすらと紅を引き、もう一度笑みを作る。
十五年以上、毎日繰り返したこの作業。最初は違和感だらけだったが、今となってはこれなしでは一日の気合が入らない。
もうそろそろ代替わりしてもよいと思っていたが、最近上演した劇が大ヒットしたおかげで後継が二の足を踏みだした。
思わず舌打ちをしてしまったが、それくらい許されてもいいはずだ。
「アキラさん……」
戸口から、気弱そうな声がかかる。
「ん? どした?」
「あの、教会の方がお見えになってます」
「ふーん」
「えっと、行かないんですか?」
「まだ支度中だぜ。あと一時間はかかるって言っときな」
「え! そ、そそそんな! 無理です!」
「じゃ、何も言わずに待たせとけば?」
最早まともに言葉を発しなくなった少女に、アキラはとっておきの笑顔を向ける。
「ア、アキラさん……」
うっとりとした顔で自分を見上げる少女。
「んじゃ、よろしく〜」
そう言ってもう一度鏡に向き合い、丁寧に髪の毛をとかし始める。
しばらくすると、少女は深いため息をついて部屋の戸口から離れていった。
自分に憧れて劇団に入ったらしいが、あの性格で果たして役者になれるのか。
「ま、知ったこっちゃねっけど」
ソーリャブダンジョンの休眠作戦を題材にした劇は、上演開始から瞬く間に大人気となった。
そして、教会の司祭たちがソーリャブを見捨てて王都に行って以来閑散としていた神殿は、あっという間に礼拝に訪れる信者で溢れ返った。
教会に残っていた者たちは最初は喜んだ。だが、すぐに彼らは気づいた。
訪れる人々は、女神さまには感謝を示す。しかし、女神さまに仕える自分たちには敬意を全く払おうとしないと。
毎日毎日押し寄せる人々。そして彼らから向けられる冷ややかな笑みと嘲笑。
やがて彼らは知る。
人々の態度の原因が、上演されている劇にあると。
最初は書簡が劇団に届けられた。
不敬な劇の上演を即刻中止すべき、と。
だが、それで止めるような劇団ではないし、市民も反対した。
休眠が達成され数ヵ月がたった頃。冬が始まる直前、やっと王都から司教や司祭が戻ってきた。
そして彼らも市民たちの態度に気づく。
そして、思い出したのだ。自分たちがこの町を出て行くときに何を言ったか、何をしたか、そして――何をしなかったのか。
それ以来、自分たちの権威の失墜は自分自身にあるくせに、その原因をすべて劇にあるとして連日劇団に文句を言いに来る。
「それしかできねえんだから、しょーもねー」
爪にはめた貴石を光に当てて、その輝きを見つめる。
すると、今度は劇団の団長が戸口に立った。
「アキラ、子供たちが来たぞ」
「お! マジ!? 行く!」
「子供たちの前ではちゃんとしろよ」
「んなもん、分かってらぁ。ワシ、天才役者だからよ」
「喋らなければ美人なのに」
「がははは! 美人へのひがみだな!」
予定していた部屋の一歩手前で立ち止まり、アキラは軽く深呼吸をする。
そして、視線だけで団長に扉を開けるよう促した。
ゆったりと、つま先から頭のてっぺんまでを意識して、優雅に、そしてまるで空気を踏むように軽やかに歩を進める。
わぁっと小さな感嘆が部屋のそこかしこから上がった。
「今日は集まってくれてありがとう。それでは早速、来年の劇上演に向けて、君たちの演技試験を始める」
団長が発した言葉に、子供たちの空気が一瞬で緊張感に包まれた。
来年の配役――主役級である聖女と黒姫のキャスティング。
執行委員を務める議員や劇団で話し合って決めたことがある。
毎年、メインの二人を町の子供たちに演じてもらうということだ。
もともと、この二人の配役には苦労した。
なんていったって主人公。誰もが知るその容姿。
そして、何よりも、小さい! 細い! ぺらい!
今年は上演までの短い期間で何とか役者を細く見せ、取り繕った。
だが毎年それでやっていくのは難しい。
子供のような容姿。どうしたもんか。
そんなことを、アキラは本人の前でぼやいた。
一緒についていった団長や団員は、黒髪貴族の前でも取り繕わないアキラを見て顔面蒼白になっていた。
だが、アキラは分かっていた。
彼らは取り繕った偽物の言葉より、何よりも真実を好むと。
そしたら、あの聖女様はニヤリと笑って言ったのだ。
「だったら、子供にやってもらえばいい」
まさか、大事な祭りの演目に子供を起用するなど、と思っていたら彼は指を立ててこう言った。
「今まで、祭りで上演していたのに人が来てなかったんだろう? でも子供が出たらどうだ?
その親は絶対見に来る。その子供の友達も来るだろう。そうしたら、その友達の親も来る」
「覚えるセリフが多すぎて大変だったら、何人も用意するといいですよ。
一幕のここまではこの子で、二幕のここからは別の子とか。
他にも、同じ役を二人一緒に手を繋いで出させるとかもあります。そうしたら、どちらかが体調不良で舞台に立てなくても、穴埋めできるでしょう?」
「それもいいな。そうしたら来る客はもっと増える。
あ、それに、毎年子供を入れ替えたり、オーディションってなんていうんだっけ? 演技試験? それをして、宣伝したらいい。
注目が集まれば、毎年試験を受けたい子供がどんどん増えるはずだ」
ツラツラと続く二人の会話に、その場にいた他の団員の顔がぽかんとなる。
聖女と黒姫本人に会えるならばと期待して来たが、彼らの態度が想像と違ったのだろう。
アキラという事例がすぐそばにあるんだから、勝手な夢を抱くのはやめた方がいいと心底思う。
「ああ、そうだ。この配役の最大の利点を教えてやろう」
ニタリと、全く聖女らしくない顔で青年が笑う。
「子供が劇で主役をしたら、いくら教会でも無理矢理上演を取りやめにするなんて強硬手段に出られなくなるだろう?」
ああ、本当に。いったいこの人物のどこが聖女なのか、誰か教えてほしい。
劇のシナリオ作りといい、子供の配役といい、全くもって聖女らしからぬ思考。
だが――イイ。
「あんた、いいねえ! 最高だよ!」
アキラも思わず素の顔で大笑いしてしまう。
子供が必死になって練習した劇を取りやめになどしたら、市民からの反感は増すだろう。
そんなことを教会ができるはずもない。
ああ、楽しい。
心底楽しくって、アキラは笑いが止められなかった。
部屋に集まった二十人ほどの子供たちを順に眺める。
聖女――兄役は成人した少年から選ぶ。
黒姫――妹役は仮成人を迎えた少女から選ぶ。
黒姫本人は背が低いことが悩みらしいが、子供が劇を演じることには即座に賛成してくれた。
とても可愛らしい少女だった。
ダンジョンの最奥に行って何度もアンデッドドラゴンを消滅させたとは思えないほどに。
兄ほどには腹黒さはなく、まっすぐな瞳が愛されて育った証のように思えた。
「私がこの役に求めることは一つです。いえ、この役を演じたあなた方に求めること。
それは、聖女様と黒姫様の名に恥じない人となることです。
この役が、あなた方を将来真っ直ぐ照らしますように。
光の街、ソーリャブの光となるあなた方でありますように」
アキラは演じる時は、心の底からその役になりきる。
だから、この言葉は真実だ。
あの二人の思いが、ずっとこのソーリャブに生き続けることを願って。
アキラは女神のような微笑みを浮かべた。
第二部第十章これで完結です。
明日からは第十一章「陰謀都市編」となります。
引き続きよろしくお願いします。





