10-3. 違う人
議員と市民代表との会議からわずか二週間後、ソーリャブダンジョン休眠までを題材とした劇の公演が始まった。
今までは、祭りの期間中に上演される劇は一日に一回のみ。それでも空席が目立つほどだった。
しかし、今回は新作。しかもソーリャブ全市民が休眠で歓喜に沸いている中、それをモチーフにした作品。
それを見に行かないわけがない。
公演は一日に二回。それでも立ち見を望むものが出るほど連日大盛況となった。
劇の千秋楽は春に取りやめられたソーリャブ踊りが開催される。フィーダたち三人には、議員であり男でありながら女神役を務めるアキラから特別観覧席のチケットが送られてきていた。
舞台全体の照明が落とされた中、一人の紳士がきらびやかな衣装を着た神父の足元に縋り付き叫ぶ。
「なぜ! なぜ、行ってしまうのですか! 我々を見捨てるのですか!?」
神父は衣装の裾を大きく振り、紳士の手を引き剥がす。そして鼻で笑って言った。
「神が見捨てなければ助かるでしょう。私は新王にご挨拶しなければならないのでね。では、また。ああ、生きていたら、お会いできるかもしれませんね」
ハハハと高笑いして去っていく神父と、その場で号泣する紳士。
その時、舞台の上部に柔らかな光が集まる。そしてそこに現れたのは、まるで空中に浮かんでいるように見える女性。
「あなたの悲しむ声が聞こえました」
ひっそりと響く優しい声に、紳士が顔をあげ、驚きに腰を抜かす。
「あなたの望みは何ですか?」
「この街を、この街の人々を助けてください!」
「自分の命ではなく、他の人を守りたいという無私の願い。 それは必ず叶えられるでしょう。
春になる頃、この街に兄妹が到着します。彼らを止めてはなりません。必ずや、彼らがあなたの救いとなるでしょう」
「ありがとうございます! 女神様! ありがとうございます!」
そう叫んだ紳士は、先ほどとは違い喜びの涙を流した。
女神の予言通り、街に兄妹がたどり着く。まったく力も無さそうな細く頼りない様子の二人に、紳士は最初本当に女神に遣わされたのは彼らなのかと疑ってしまう。
しかし兄妹はアンデッドが跋扈するダンジョンに毎日挑み、徐々に仲間を増やしていく。
アンデッドに対抗する術がない者たちに力を与え、傷ついた者を癒し、再度立ち上がらせる。
絶望にとらわれていた力ある冒険者を従え、ダンジョン最奥に君臨するアンデッドの王へ何度も対峙する。 自らも傷つき、血を流したとしても希望を失わない。
彼らは何かの使命に突き動かされるように、ダンジョンに挑み続けた。
「諦めるな! この街を! 諦めるな! 休眠は必ずや成される!」
「光よ! この者たちをあるべき場所へ還したまえ!」
兄の言葉に鼓舞され、冒険者は剣を振るう。
妹の光魔法にさらされ、アンデッドたちは霞のように消える。
彼らはまさに伝説の再来。
そして、奇跡が起きる。いや、それは彼らが勝ち取った必然。
「ソーリャブダンジョン、休眠! 万歳!」
「聖女様、万歳!」
「黒姫様、万歳!」
街中が歓喜に湧く中、ひっそりと街を離れようとする小さな影を紳士は追いかける。
「なぜ! なぜ、行ってしまうのですか! 御業を成し遂げたあなた方に、我々は感謝し足りないのです!」
その言葉に兄は振り返り、穏やかな顔で言う。
「私の力だけではない。冒険者たちがいたからこそ。それに感謝するのであれば、私にこの力を授けた女神様に」
紳士はそれでも小さな体に縋りつき、涙を流す。
「嘆くことはありません。あなたの願いは叶ったのです。喜びなさい。歌いなさい。踊りなさい。女神様に、あなたの心が届くように」
地面に膝をつく紳士のそばにかがみこみ、妹の手が紳士の手を包む。そして柔らかく温かな光が彼らを覆った。
次の瞬間、そこには紳士だけが残された。
紳士は涙を流して叫ぶ。
「女神様、万歳! ソーリャブ、万歳!」
場内の全員が立ち上がり、舞台上の紳士と同じ叫びを上げる。
「女神様、万歳! ソーリャブ、万歳!」
拍手喝采が止まない会場の端で、ハルは屋台で買ったゲッコーの姿焼の足と格闘しながらおざなりに手を叩く。
イーズは感動も露わに全力で手を叩き続けている。後で手が痺れそうだなと思いながら、フィーダは手元のジュースを呷った。
ハルたちがもらったチケットの観覧席にはジョスバル、ポウルーナ、そしてサンデリンが座っている。
ウォードンはデカすぎて他の人の視界を妨げるから遠慮したようだ。そんな彼は今ハルの後ろでなぜか大笑いしている。
「あんな場所に座って注目浴びるなんて、たまったもんじゃない」
「感動的に消えたようになってるのに、『まだいるんじゃん!?』って感じですよね」
「それは感動が薄れるな」
「フィーダが全く出てなくて残念。ウォードンっぽい人はいましたね」
「俺はいい。お前たちはあんな風に残って問題ないのか?」
勇者や賢者として目立ちたくない二人を思い、フィーダが尋ねる。
「あれは俺じゃないから」
ハルがサラリと言うと、フィーダは首をかしげた。
周りの大歓声に負けない声で話し続けるのも辛い。まだ熱気に包まれたままの会場を後にし、屋台の並ぶ通りへ進む。
「女神様に遣わされた少年も、貴族の聖女も、俺じゃないどこかの誰かだと割り切れば、恥ずかしくもなんともないということが分かった!」
グッと拳に力を入れて答えるハルに、残りの三人からの冷たい視線が突き刺さる。
「あれだけ誇張されると、もう自分とは全く違う人って感じですね。なんとなく主張は分かる気はします」
「明らかに役者の方がデカかったしな」
ガハハと笑うウォードンの分厚いお腹に、イーズは食べ終わった綿あめの棒をぐさりと刺す。
「ぐぉ!?」
「ハルもとても筋骨隆々としていましたね」
「……アレはオレジャナイ。アレはオレジャナイ」
どうやら劇団には二人と同じ体格の役者はいなかったようだ。髪の毛はカツラで誤魔化せても、体格はどうにもならないよな、とイーズは認めるしかない。
今の格好は茶髪に栗色の瞳、格好も動きやすい少年スタイル。一緒にいるウォードンとフィーダでなんとなく正体はバレている気はするが、こちらが貴族だと思っている街の人々が直接声をかけてくることはない。
ただ、時々彼らに向かって深くお辞儀をしたり、女神様に向かって祈るようなポーズが取られる。なんとなく仏像にでもなった気分を味わえる。
「教会は大繁盛だな」
「商売かよ」
フィーダの言葉にウォードンがガハッと笑う。
「混みすぎると女神様に挨拶行けませんね」
「高級な宿には礼拝室あると思うぜ?」
「へえ、支配人に聞いてみようかな」
「そこで従業員ってならないのは、もうお貴族様か」
「やべ」
ハルはフィーダの指摘にガックリと項垂れる。
イーズは食べ終えた綿飴の棒をゴミ箱に捨てると、次のターゲットを探してキョロキョロと屋台の看板を読み上げる。
「タコス、豚の串焼き、芋煮……」
「イーズ、あっちはベビーカステラっぽいのがあるぞ。上にかけるジャムとかソースが選べるっぽい」
「行きましょう!」
若干四人の周囲だけ人口密度が低いように感じる人混みをかき分け、ハルとイーズは目的地を目指す。
「塩っ辛いものも欲しいですね」
「ゲッコーは鑑定でBでまずまずだった。他はCだなぁ。うーん、あ、あれはファヒータじゃないか? 前食べたメキシコ料理のやつ」
「肉! 肉ですよ!」
ファヒータは炒めた肉などをトルティーヤで巻く料理。肉の種類はなんでも良いらしいが、ハルが指した屋台で出ているのはどうやら牛肉らしい。
ベビーカステラを放って肉へ突進しそうになるイーズの首根っこを捕まえ、ハルはひとまずベビーカステラの列に並ぶ。
「フィーダは何か食う?」
「肉は俺も食う。後で酒だな」
「くそ、酒!」
未だにお酒に耐性がつかないハルは、悔しそうに拳を握る。
「ウォードンは今日はいつまで一緒?」
「この後あいつらと教会前で集合だ。旅の祈願してくる」
「そっか。明日出発でしたね」
少し寂しそうにするイーズの頭をウォードンがグリグリと撫でる。吹っ飛びそうになるイーズの体を慌ててハルが支えるのはもうお約束だ。
ソーリャブダンジョンが休眠となり既に一ヶ月。ウォードンたち四人は明日、次に氾濫が予想されている三級ダンジョンに向けて出発する。
「ソーリャブが予定より一年以上早く終わったし、復興の手伝いも何もないからな。もしかしたら三級も休眠できるかもしれん」
もう一つのパーティーであるヴォルヘムたちとそう会話していた姿を思い出す。その彼らも、つい先日祭りが始まる前にソーリャブを発った。
「お前らはエンチェスタで冬越えか?」
「そのつもりだ。エンチェスタの冬は厳しくないと聞いたが、本当か?」
「そうだな。だいぶ南になるから、雪も年に一回少し舞うくらいだ。お前らの馬車なら旅を続けることもできる」
「そうか。そこは状況を見てだな」
これから三級ダンジョンの休眠作戦に取り掛かるウォードンと、南へ旅を続ける自分たち。彼らが二級ダンジョン都市であるエンチェスタに着く頃には、自分たちは既に移動している可能性が高い。
「そんな顔すんな、イーズ」
もう一度グリグリとイーズの頭を撫で回し、ウォードンは快活に笑う。
「ほら、また会えるかも知れないんだろ?」
自分たちが異世界人と知っている彼は、イーズのスキルの可能性を知らなくとも希望を持ってくれる。彼のさりげない気遣いにイーズはニヒャっと笑って見せる。
「十年、二十年経っても、また会いに来ますから、それまで冒険者現役でいてくださいね」
「はは! 二十年後は約束できねえが、十年後ならまだ四十だ。元気で斧を振り回してるさ!」
今回の攻略で学んだが、この世界の冒険者は無謀な戦闘は行わない人が多い。最下層のレイドルールもそうだが、きちんと情報を集め安全マージンを取って攻略を進めている。
A級冒険者へと駆け上がったウォードンでさえも、バジリスクの毒の件から一層慎重になったと言っていた。
ウォードンの笑顔と力強い視線に、イーズも寂しさを無理矢理に押し込め笑みを返す。
ベビーカステラとファヒータを無事に人数分ゲットし、どこで食べるか相談をしている時、周りで大きなざわめきが起こった。
咄嗟に身構える四人。
その瞬間、
――ドーーン! ドーーン! ドーーン!
――うおおおおおおおお!
街に太鼓の音が三度響き渡り、それに続き街中から一斉に地鳴りのような雄叫び上がる。
まるでソーリャブダンジョンが休眠した時の騒ぎ。
同時に人の流れが街の中央に向かって動き出した。
歓声に驚いて固まっていたイーズが人の波に押しつぶされないよう、ウォードンはすぐ後ろに立つ。
フィーダとハルもイーズの両側に並び、ゆっくりと動き出す。それに気づいたイーズは、慌てて持っていた食べ物をマジックバッグにしまう。どんな時でも食べ物のことは忘れないのがモットーだ。
「ついに始まるな!」
「どんなのでしょうね、ソーリャブ踊り!」
「激しいんだろ?」
「おう! 冒険者でも付いていくのが必死なくらいだ」
「そんなに!?」
「頑張りましょうね!」
「ええええ……」
ウォードンの言葉に俄然気合いを入れるイーズと、若干諦め気味のハル。
じきに群衆の動きに押されてメインの通りに辿り着く。
そこには既に景気の良い掛け声と音楽に合わせ、大勢の人々がソーリャブ踊りを一糸乱れず踊っていた。





