2-5. そういう設定
次の日、二人はゆっくり朝を過ごしたあと宿を出て冒険者ギルドに向かった。
二人とも冒険者ギルドに登録できるのは既に確認してあるので、実際の手続きと、戦闘スキルに関して何か良い情報がないか探るためだ。
「一般の戦闘スキル、なかなかこれってのがないな。魔法スキルでいいのが見つかると嬉しいんだけど」
「ハルは肉体派より魔法派になるんだね。脳筋になってもらいたくないですけど、魔に魅入られるのも怖いですね」
「なんだよ、魔に魅入られるって。魔法使いがみんなそんな風になるような言い方するな。いや、武闘家を丸っと脳筋扱いするのも何気にひどいぞ」
「何気なくても酷いかもしれません。でも、あくまで、“ハルが”の話で、全体を指してはいません」
「さらに酷でぇ!」
二人の間で、女神様にお願いする戦闘スキルは魔法系にするということで意見は一致している。
近接戦になりがちな武術系スキルより、安全な距離を取れる魔法スキルが良いと考えたからだ。
ハルは自分が成長した姿を知っている。それはイーズほどではないが、この世界では明らかに小柄だ。日本ではやっていなかった戦闘訓練を積んでどんなに体を鍛えても、力比べになったら負けてしまう可能性が高い。
また二人とも口には出していないが、近接戦で実際に相手――獣であれ、人であれ――を傷つける感触が残るより、遠距離から魔法スキルで処理した方が精神負担が少ないだろうとも考えた。
いつか覚悟しなければいけない問題ではあるが、スキル選びの時点でリスクを背負うことはない。
イーズのスキルについては、ハルがもらうスキルの使い勝手や相性、旅の経験などをもとにゆっくり考えることにした。
ハルとしては戦うのは自分だけで、イーズには補助スキルや回復スキルなどの非戦闘スキルを選んでほしいと思っている。だが、イーズはハルにだけ戦わせるのは嫌だと言って聞かない。
これに関してはお互い平行線なので、成人の儀までに話し合っていく必要があるだろう。
「成人の儀の時に願っちゃえばこっちのもんだもんね!」
「成人の儀の時に本人が願えばどうしようもないことだけど」
どっちの要望が通るかは、それこそ神のみぞ知る、というやつである。
「では、こちらがハルさん、こちらがイーズさんの冒険者登録証となります。大切に持ち歩くようにしてください」
冒険者登録は拍子抜けするほどあっという間に、なんのテンプレイベントもなく終わった。
とは言っても、二人ともまだ冒険者見習いの扱いである。
まず、冒険者には十二歳から登録が可能だ。しかし、成人の十五歳までは見習いより二つ上のランクの依頼までしか受けることが出来ず、都市をまたぐ依頼を受けることもできない。現在のイーズの状態がここに当たる。
ハルは登録直後なので見習い扱いではあるが、半年以内に一定数の依頼をこなせば、最低のF級に上がることができる。
F級の上は、E級、D級、C級、B級、A級である。S級もあるようだが、それこそ“災害級”の力を持った――どこかで聞いた表現だ――冒険者でないとなれないと言われている。
ちなみにD級まで試験はなく、依頼実績で上がることができる。それより上のC級からは、実績に加えて試験やギルド幹部の推薦が必要になる。
「まだまだ先のことだと思いますが、是非C級目指して頑張ってくださいね」
「お姉さんお姉さん! C級はすぐなれる?」
「イーズ君、いっぱい依頼をこなして、頑張って周りに認めてもらえば、そうですね、五年くらいでなれると思いますよ。慎重にゆっくり依頼をする方でも十年はかからないかと」
「うーん、五年かぁ、まだまだ先だね。いーっぱい頑張らないとだね!」
「くれぐれも無理はしないことよ。でもC級を目指す人は多いわ。人数が多いのもC級ね。C級は安定して活動している冒険者がほとんどよ」
「なるほど、勉強になります。失礼ですが、いくつか質問をしても?」
「はい、どうぞ。登録だけで話を聞かない方が多い中、お二人はとても真面目で熱心ですね。是非そんな方に長く冒険者を続けてもらいたいものです」
「ありがとうございます。頑張ります。ではまず――」
その日、ハルとイーズ二人がかりで受付嬢をたらし込んだ甲斐はあり、多岐にわたる情報を得ることが出来た。
冒険者が持っているスキルで攻撃力の高いものの一部や、王都の美味しいスイーツカフェの場所、商人ギルド副ギルド長のカツラ疑惑まで――残念なことに、情報量と質は比例しないものである。
「沢山情報は取れたが、あの受付嬢はなかなか手強いな」
「交渉スキル持ちですか?」
「どちらかと言えば、耐性スキルのような気がしたな」
「交渉への耐性?」
「そうではなく、スキルが引き起こす現象の威力を弱めるスキル――かな」
「ほう! そうなると隠密で隠れても見つかりやすくなるとか?」
「その可能性は高いな。本当にスキルが色々ありすぎて困るよ」
「ラノベで“良くこんなスキル考えついたな”とか、“こんなスキルあるわけない!”ってのが、実際に出てきそうですね」
「覚悟しとくよ」
冒険者ギルドを出た二人は軽く昼を済ませ、次は滞在している宿近くの商店街に足を進める。
無事冒険者に登録できたので、今度は必要な装備を買うためだ。とは言え、まだ見習いな上に成人年齢前後の二人に高額な装備は買えない。そうなると旅の間にも使えそうな服などがメインだ。
ちなみに、王城でいただいた服は下町で過ごすには綺麗すぎて、どうも貴族や金持ちの隠し子と思われているようである。
それに便乗してハルが考えた二人の追加設定は、「母親が亡くなったため、住んでいた家や家具を売り払い、タジェリア王国にある商店に勤める父親に会いに、二人で旅の準備を進めている」というものである。
こうすれば、周りは死んだ母親のことや、複雑な事情がありそうな父親のことなど細かく聞いてこないだろうし、旅をする理由にもなる。
ハルは今すぐにでも詐欺師になれそうだ、と思ったのは内緒である。バレバレな気もするが。
「いらっしゃいませ〜。あら、イーズ君じゃない。今日はお兄ちゃんと一緒なの、良かったわね〜」
「アンジーナさん、こんにちは! 今日はね、にいちゃんと冒険者ギルド行って登録してきたの! ほら、ボクもう冒険者!」
「あらあら、冒険者は十二歳からでしょう? イーズ君にもなれたのかしら?」
「だーかーらー! ボクもう十四歳だし!」
冒険者証を自慢げに見せるイーズを、クスクスと笑いながらからかうのは服屋の店主アンジーナ。
ここには既に何度か来て色々買い物をしているので、イーズやハルの事も知っている。二人の事情を聞いて、心から同情してくれた優しい人だ。チョット心が痛む。
「今日はどうしたの? イーズ君、服もうちょっと詰める?」
「これはこの大きさで大丈夫。成長したら丁度ピッタリになるから」
「そう……だといいわね」
「そうなるの!」
「今日は、旅に使えそうな服を買いに来ました。今までのより、もうちょっと質が落ちたものでいいので、秋から冬の服と、外套を何着か」
「あのね〜、旅にはね、あんまりいい服じゃない方がいいって聞いたの」
「そうね、よく動くし汚れたりもするから、今より厚手でしっかりしたものが良いかしら」
アンジーナはそう言って、既に把握している二人のサイズに合うように、店の棚から商品をテキパキと手早く見繕っていく。
二人にファッションのこだわりはないし、どうせ異世界の流行りなどわからないので、アンジーナが選ぶものをそのまま購入する。
「それで、冒険者になったなら次はラッテンさんのとこかしら?」
「はい。冒険者ギルドでもおすすめされました。さすがラッテンさんですね」
「小ぶりな武器も多いから、イーズ君にも合うものが見つかるはずよ」
「……小ぶりじゃなくってもいいし」
ハルはブチブチとすねるイーズを引っ張って、今度は武器屋に行く。
鍛冶師ラッテンの店は、冒険者登録をしたばかりの子供でも扱えるような採取ナイフや解体ナイフから、ダガーやショートソードを多く取りそろえている。
旅の事情を話すと、
「長距離用の旅に使う乗合馬車には、大概冒険者や商会で雇った護衛が乗るはずだ。ガキのお前らが前線に出るときゃ、そいつらが全滅した後だ」
なんて怖いアドバイスをくれつつ、何本か採取用ナイフや隠しナイフを見繕ってくれる。
ここでも言われるがままに購入し、ついでに外套の下に着込める胸当ても二人の体格に合うように調節してもらう。
「おめー、チビだな。ほっせえし。絶対前衛職にはなるなよ。後ろが全滅しちまう」
「にいちゃぁぁぁぁん!」
「だ、大丈夫です。俺が前衛で、こいつは後衛にさせますから」
「お前もヒョロイし前衛にゃ向いてなさそうだが、他にガタイのいいやつ入れれば、まぁ中衛でいけるだろう」
「そうですね。旅の間は無理ですが、どこかで落ち着いたらパーティーメンバーを探してみます」
「それがいい」
作業する手を緩めることなく、初心者への忠告もしっかりしてくれるラッテン。
しかし、心遣いに感謝はするが、あまりにストレートすぎる。
クリティカルをくらって撃沈するイーズ。それをハルがなだめてくれるが、頬が引きつっていて明らかに笑いを堪えている。
イーズは詫びとしてハルに大量の荷物を全て持たせ、今日のところは買い物を終えて宿に戻ったのだった。





