2. 色に願いを
次の日の朝、祭りの当日。イーズが起きると、すでに外からは山に向かう人々の明るい声が聞こえてきていた。
村の中心部から離れている宿だが、それがかえって山に向かう通り道に近くなっているようだ。
窓から少し身を乗り出して通りを行く人々を見ていたハルが、フィーダとイーズに手招きする。
「見てみて、なんか、服装がお願いの色っぽいよ」
三人で小さな窓にむぎゅむぎゅっと身を寄せ合って外を眺めると、確かにハルの言う通り願い事の四色のどれかをまとっている人が多い。
「じゃあ、ハルは青、フィーダは緑、私は赤色をどこかに入れたほうがいいですね」
「青ならショートベストがあった気がする」
「緑……そんなのあったか?」
荷物をごそごそとあさりだすフィーダ。確かに彼は茶色とか黒とか汚れが目立たない色を着ているイメージが強い。
「髪を結ぶリボンなら緑色ありますよ?」
「いや、それはいい」
ぴろりと指輪型マジックバッグから覗く鮮やかなサテン生地を見て、フィーダは顔をしかめる。
イーズとしてもさすがに頭に結ぶ気はなかったが、どうやら誤解されたようだ。それはそれで可愛らしいかもしれないが万人受けはしないだろう。祭りの日にぎゃん泣きする子供を量産したら心が痛い。
「ん〜、エプロンみたいなのしてる子供も多いね。塗料で汚れちゃうとかかな」
「確かに、お祭りではしゃいで汚しちゃう子とかいそうですね」
ちらりと横のイーズを見てくるハルのほっぺに人差し指を突き刺しながら、イーズは「私は大丈夫です」と自信をもって答える。
「ま、山にも行くんだしそこそこ動きやすい服がいいかな。イーズ、髪の毛編み込むから着替えたら呼んで」
「了解です。ありがとうございます」
ハルは自分の長くなってきた前髪をうっとうしそうにかきあげながらイーズに告げる。
ソーリャブで黒髪であることをアピールするため、二人ともスペラニエッサでは髪の長さはほとんど変えていない。
美を極めた艶やかな前髪がさらりと額に落ちると、全体的にひょろっとしたハルの印象はさらにひ弱に見える。
薄い体に白いシャツ、青いベストに、防寒用のジャケットを着こむハルは、いいとこのお坊ちゃんそのままだ。
「ん? どうした?」
「いえ。ソーリャブでは立派に貴族のフリができそうだなと」
「褒められている気がしない」
「誉め言葉です」
着替え終えて椅子に座ったイーズの髪の毛を少々乱暴にまとめ始めるハル。
そこに緑色のラインが入ったジャケットを着たフィーダが入ってきた。
「そんな服持ってたんだ」
「領主様……グルアッシュの古着だそうだ。いらないと思って断ったが、護衛役としてそこそこいい場所に行く可能性があるからと渡されていたうちの一着だ」
「なるほど。俺たちがお貴族様として行動するときに冒険者の恰好じゃだめってことかな」
「そういうことだろう。まさかソーリャブに着く前に着ることになるとは思わなかったがな」
着心地悪そうに肩をぐるぐる回すフィーダだが、がっちりした体格の彼にはよく似合っている。
「どうせなら無精ひげも整えたらかっこいいと思いますよ。ダンディなおじさま感がでます」
「だんでぃ?」
「渋い男の人みたいな?」
「そのままでも十分だと思うけどね。フォーマルなジャケットと無精ひげ。あえて外したミスマッチ感があって」
「よく分からねえな」
ザリザリと髭をこするフィーダを見てから、イーズは髪の毛を丁寧に編み込んでいるハルをチラリと見上げる。
その視線を感じたのか、ハルの素早い手刀がイーズのつむじを直撃した。
「なんですか」
「なんか、変なこと考えてそうだったから、邪気を追い払ってやった」
「変なことじゃありませんよ。ハルはつるつる美肌だなぁと」
「濃い髭が生えない体質なんだからしょうがないじゃん。っていうか、こっちに来てからさらに生えにくくなった気がする」
心底嫌そうに滑らかな顎をさするハル。どうやら無いものねだりをしているらしい。
「おい、そろそろ行くぞ。山に行く間にも出店があるらしいからな」
「お! 行く行く! もうちょっと!」
「行きます!」
ハルは綺麗に編み上げた髪の毛を手早く根元にきゅっきゅとしまい込み最後にピンで止める。
イーズが選んだ赤い小花が散るスカートはまだ春には早い柄だが、今日という祭りの日にはふさわしいだろう。
「うん、いい感じ」
「ありがとうございます」
扉の前で目を細めて全体をチェックするハルに、イーズははにかみながら礼を言う。扉で二人を待つフィーダに駆け寄り、三人そろって部屋を出た。
宿から廃鉱山まではゆっくり歩きで三十分ほど。
その道の両端にはゆったりとした間隔で様々な店が並んでいる。これから山に向かうのにこんなに買い物はできないだろうと思っていると、どうやら宿に届けたり、荷物取り置きのサービスを提供している店が多いようだ。
明らかに巨大すぎて貴族の屋敷くらいにしか置けなさそうな鉱石なども売られており、眺めるだけでも十分楽しめる。
また他の町から来た商人の店も多い。
ソーリャブへの旅は寄り道を多くできなかったので、この近辺の特産品が一度に見られるのは嬉しい。
「魔植物を編んで作った籠で、虫を寄せ付けないそうです。焼いたパンを乗せたりするみたいですね」
「へぇ、なかなか面白いね。うん、鑑定でもちゃんと効果が出てる」
「おい。こっちはどうだ? コンテナハウスの窓に取り付けたら虫が入ってこなさそうだ」
フィーダが指さすのは網戸のように細かく編まれた布。確かに窓をこの布で覆えば、窓を開けておいても虫よけになりそうだ。
「いいね! 暑いときに窓開けられないのはつらいもんなぁ」
こちらも効果はちゃんとついているということで、早速窓の数の二倍ほどの布を購入しておく。
たった三十分の距離を、ゆっくり店を眺めながら進むと一時間以上かかってしまった。出店の最後はこの村で作られた小物やアクセサリーが立ち並ぶ。
その中の一つにイーズがふと目を止めた。
「ちょっと、あのお店を見てもいいですか?」
「ん? いいよ」
指さす先には髪留めや小さめのネックレスなどが並べられている。ハルもイーズの横に立って一緒に商品を眺める。
「日常遣いにはいいサイズだな」
「可愛らしいのが多いですね。エレネさんにいただいたのは綺麗すぎてもったいなくって」
「エレネさんのファンが彼女のイメージでプレゼントしたやつなんでしょ? イーズとはタイプが違うもんな」
大人でしっとりとした雰囲気を持ったエレネと、まだまだ色々成長するはずのイーズでは似合うアクセサリーも違う。
エレネもイーズが使えそうな物を選んでくれたとは思うが、ゴージャスな髪留めは普段使うにはハードルが高い。
「ね、ハル。これの使い方、分かります?」
髪留めの一つを指さし、イーズはハルに尋ねる。自分が買っても、髪をアレンジしてくれるハルでなければ使えないのは明らかなので確認が必要なのだ。
「ああ、大丈夫だよ。今日みたいな髪型にも合うんじゃない? かんざしみたいな使い方もできるよ」
日本ではマジェステと呼ばれる、棒状のかんざしとバレッタが一つになったような形の髪留め。
ハルが手に取ってイーズの髪に当ててみると、店員がすかさずサッと手鏡をイーズへ渡した。
「お嬢ちゃん、綺麗な髪だね! どんな髪留めでも似合いそうだ」
ついでにイーズの髪を褒め、店員は今見ている商品と似た形のものをいくつか並べる。
「あ、これってもしかしてお願いの色?」
新しく並べられたうちの一つをハルは指差す。
マジェステのバレッタのようなパーツに、四色の小粒な石が規則正しく配置されている。
「おお、そうだよ。このお祭りで一番人気がある配色だね。山に塗るのは一色でも身に着ける分には構わんだろって」
「へえ、なるほど。ああ、ごめん、イーズ。好きなの見て」
「いえ、私もそれが気になったので」
イーズはハルから髪留めを受け取り、両手でゆっくりと揺らす。四色の宝石が光を受けて控えめに輝いた。
「綺麗ですね」
「祭りの記念には良さそうだな」
「俺もそう思う」
男性陣二人からも勧められ、イーズはずいっと髪留めを店員の前に出す。
「これ、買います!」
「ありがとうねえ。っていうか、兄ちゃんが買わないのかい? こういうのは男がプレゼントするもんだろう」
「あー、確かに。そうかも?」
「え? 私が買いたいから自分で買いますよ?」
「嬢ちゃん、こういうのはな、男に買わせとけって」
「うーん、でも、自分の買いたいものは自分が払いたいです」
なかなか納得しないイーズ。ハルはそんなイーズの気持ちも理解でき、それ以上は無理強いしないで一歩下がる。
店員も商品が売れれば誰が払うかは関係ないらしく、結局イーズから上機嫌にお金を受け取っている。
その時、ハルの視線の先に別の店で売られている商品が目に入った。
ちらりと店員と話をしているイーズを確認してから、フィーダに小さな声で話しかける。
「ね、あっちのお店でさ、買いたいものがあるんだけど」
「次に行くか?」
「いや、ちょっと内緒で」
ハルに合わせて聞こえるか聞こえないかの声で返事をしたフィーダは、ハルの言葉に首をかしげる。
続いて声を出さずにゆっくりと動くハルの口を見て、フィーダは片眉をあげてニヤリと笑う。
「まぁ、いいだろう。上手くやれよ」
フィーダのセリフに、ハルは目を細めて唇をうっすらと上げて微笑んだ。
山の前には大きな広場があり、山肌の全部が塗り終えられた頃には料理の屋台などが並べられるらしい。
この会場で鮮やかな花に彩られた山を見ながら食べたり飲んだりするのが、この祭りの醍醐味なのだそうだ。
広場の周りに着々と立てられている屋台にイーズの心は躍る。
「花見ですね!」
「確かに、花見っぽいな。イーズは花より団子だし」
「ハルもお仲間でしょう?」
「失礼な。バイヤーは芸術センスもなくちゃ、職人と深い話ができないんだぞ?」
「うーん、あながち嘘とも言えなそうですね」
「なぜ疑う」
まだ組み立て途中の屋台を覗き込みながらはしゃいだように話すイーズ。ハルもその後ろに並べられている食材を鑑定しつつ、どんな料理が提供されるか想像をする。
フィーダはゆっくりとその後ろを歩いていたが、気になった言葉を尋ねた。
「花見とは花を見て楽しむことでいいのか?」
「そうだね。でも一般的には、四月ごろに咲く桜の木の下ですることかな」
「一つの種類だけなのか?」
「そういえば、お花見といえば桜ですね。春を代表する花だからでしょうか」
「調べたら色々歴史はありそうだよね。川沿いに何千本も連なって咲くと壮観だったな。小さな花びらが風に舞って川面を埋め尽くすんだ……言葉を失うくらい、綺麗だよ」
少し詰まって囁くようなハルの声に、イーズの胸もギュッと痛む。
あの春の景色は、もう二度と見ることができない。
どこまでも続く淡いピンク色の霞と澄んだ青い背景、緑の川べりに咲き乱れる菜の花の黄色い絨毯。
時々込み上げる郷愁は、こんなにも切ない。
「――この祭りは、どの勇者の案だろうな」
ふと山を見上げながらフィーダがこぼす。
ラズルシード王国出身のフィーダが知らない花見という概念。
異世界出身の二人がこの祭りを見て異口同音に告げたその言葉。
ハルとイーズは同じように正面の山を見つめる。
春の装いを待つその山に、遠い昔の勇者の願いが見えた気がした。
◆ご連絡(再掲)◆
2月4日に小説家になろうの大規模サーバーメンテナンスによりアクセスができなくなります。長時間にわたるため、明日の投稿はお休みいたします。あらかじめご了承ください。
▼開始日時~終了日時
2023年2月4日1時(午前1時)~2023年2月4日19時(午後7時)
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