Side Story11: 王都と不思議
通常章の最後にSide Storyですが、今回は内容的に章の途中で入れます。
王都に向かったグルアッシュ&ラウディーパの話になります。
少しずつ遠ざかるスペラニエッサを感じながら、ラウディーパは隣に顔を向ける。なんともない顔を取り繕っているが、兄の心は残してきた恋人ですでにいっぱいのようだ。
「四年も待たせてごめんね」
「お前が悪いことなど何もない。俺こそ、領主になれずに、押し付けてすまない」
「それこそ兄貴が悪いんじゃないんだから、謝ったら怒るからね」
「そうか。では責任を背負ってくれて感謝する」
「どういたしまして」
自分にとっては見慣れた黒髪を見て、ラウディーパはある二人を思い浮かべた。一度偽装を解いた姿を見せてもらったが、その姿は本人たちが言う通り地域性なのか黒髪と言っても若干質感が異なるようだ。
「東アジアって言ってた?」
「そうだな。俺たちの家系には南アジアの特徴が強いとも」
「全然違うよね、顔も肌も体型も。イーズは何度見ても成人前にしか見えないし」
「そんな子供に求婚するな」
グルアッシュの言葉にラウディーパは軽く肩をすくめる。
「家族に二人黒髪がいたら目立たなくなりそうじゃない? イーズと結婚したらもれなくハルもついてきそうだし?」
「偽装していれば黒髪じゃないのと同じだ」
「でも子供が黒髪になる可能性もあるでしょ?」
「子供の気持ちも考えろ」
「そうだけど」
悪気なく自分の願いのためにイーズを巻き込もうとするラウディーパ。イーズへの純粋な好意はあるのだろうが、ラウディーパの中心は兄であるグルアッシュだ。
黒髪貴族への偏見――それをいつか解消できたのなら。
「俺は領主になるお前を支えられるだけで十分だ」
「それは頼りにしてますよ、お兄様」
クスリと笑うラウディーパと目を細めるグルアッシュ。
髪色以外、顔立ちの似た兄弟は王都に向かいながら、これから立ちはだかるであろう敵との対決に備えた。
スペラニエッサは国内でも有数の豊かな領地である。
その理由は明確、領内に一級ダンジョンを有しているからだ。ダンジョンは決まった周期で氾濫を起こす。しかしこの氾濫さえ乗り切ってしまえば、ダンジョンは枯れない宝箱となる。もしくは常に良質の資源を産出し続ける鉱脈、世話の要らない食糧庫。
更に一級ダンジョンと言えば勇者。
勇者が全てを解決すれば、領民にとってダンジョンは全く恐れるべき存在ではない。
だが、スペラニエッサはこの二十年以上かつてない苦しみを味わってきた。
それはほかならぬタジェリア国王からの宣言によって始まった。
「次回のスペラニエッサ氾濫時に勇者を召喚しない。国民の手ですべてを解決する強さを見せろ」
この宣言により、スペラニエッサに激動の日々が訪れる。勇者を招かないということは、氾濫をすべてこの国の人の手で抑えなくてはならないということ。
いや、この国ではない。「スペラニエッサの手で」抑えることが要求された。
たった一つの領の手には余る重責。何度兵力を送るように頼んでも国王は首を縦に振らなかった。
冒険者の手を借りようにも、国内の冒険者の多くは乱れたダンジョン周期回復のために常にダンジョンにこもっている。それらの冒険者すべてをスペラニエッサに集めることなどできない。
兵士を訓練し、少しずつ町の中でも戦える人を増やし、対策を練る日々が何年も続いた。
だが誰の目にも明らかな不安があった。
次代を担う領主長男グルアッシュだ。不幸にも黒髪で生まれてしまった彼は、強大なスキルを持っているにもかかわらずそれを行使することを父親により禁止された。
「お前が力を使えば、国王にスペラニエッサを敵対視される可能性がある」
しかしグルアッシュは諦めなかった。幼い弟を連れ、隠れて何度もダンジョンに挑んだ。
冒険者の手を借り深い階層まで潜りながら、弟とダンジョンの氾濫を抑えるにはどうするか議論を重ねる。
「俺は冒険者になってお前を支える。お前は俺の代わりに領主になるんだ」
「分かった。完璧に氾濫を抑えてみせるよ。黒髪だなんて関係ない。力に負けないんだって証明してやろう!」
二人の兄弟が交わした約束。しかしその約束が果たされる前に、領主が病に倒れそのままこの世を去ってしまう。
まだ二十代の黒髪長男と成人前の次男。恐れをなしたかのように町から避難しようとする領民が出始める。そして兵士たちも。
兄弟は気づいていた。何かがおかしい。あまりにも一気に問題が起こりすぎている。
兄は即座に次男に後継者としての地位を譲る宣言をし、冒険者活動を精力的に開始する。
それまで隠していたスキルをふんだんに活用し、冒険者パーティーを何組も引き連れ、一気にダンジョン攻略を推し進める。
短く刈っていた黒髪をあえて伸ばし、その体には勇者の血が流れているのだと周りに見せつける。
どんな敵をも寄せ付けない、彼の強さにあこがれた冒険者が次々にスペラニエッサに集まりだした。
次男も幼いながらにその優秀な頭脳を使って、町の中の混乱を確実に治めていく。
ダンジョンから獲れた資源を使い兵を集め、若い冒険者を一時的に登用し、屋敷に物資を運びこむ。
町の中にも避難訓練や緊急時の対策を周知し、スペラニエッサ領主としての威厳を見せつけた。
しかし、兄弟の試練は続く。
兄と挑むはずの攻略の中で、冒険者に裏切者が出た。
マンティコアに刺され毒で苦しむ中、渡された偽物の解毒剤。氾濫を乗り切るまで息を休めることもできない日々の中、体に残った微弱な毒は弟の健康をむしばんでいく。
「このままじゃ命に関わる。お前は少し休むんだ」
「駄目だ、ここで休んだら相手の思うつぼだ。でも、これで敵が見えてきた」
普段は笑みを絶やさない弟は、犬歯をむき出しにして獰猛な顔で笑う。毒のせいでやつれ、顔に脂汗をにじませ、額に張り付いた濡れた髪の隙間から爛々と光る瞳を細める。
敵はすぐ近くにいた。
常にこのスペラニエッサの資源を狙い、その地位を指をくわえ、もの欲しそうに見ている貴族。
貴族らしいプライドだけの体に、金をばらまいてマンドラゴラを毎日皿の上に並べる。そして、その裏に潜むもう一人の敵の姿。
「ふふふふ、兄貴、もうちょっとだけ待ってて。もうすぐ、あいつらを全員地獄に叩き落としてやるから」
そう言って笑った弟。
兄は気づいていた。その体の毒はいつか弟の命を奪うと。
少しずつ侵食する毒は、彼の体力を奪う。そして、領主として氾濫に挑むその時に――その命は散るのだろうと。
「まさか本当にこの会に間に合うとは思わなかった」
「早く義姉さんとラブラブしてほしいからね」
「ラブ……だが、ロッサリエは身を引こうとした」
「結局僕の世話をお願いしたら残ってくれたんでしょ。女の人をこんなに待たせて。ちゃんと責任とらないと」
「責任は関係ない。俺の意志で一緒になる」
「でしょうねぇ」
きらびやかに光り輝くホールの中、豪華な衣装を身にまとった貴族たちを眩しそうな目でラウディーパは見つめる。
そして不意にくすくすと笑い始めた。
「どうした?」
「見て、あの侯爵夫人の衣装」
「あれは……」
「火龍の鱗だね。砕いてふんだんに縫い合わせてる。信じられないくらい贅沢な使い方。一番大きな鱗はティアラにつけたんだね。王冠に負けないくらい立派じゃない?」
「やはり新しいと輝きが違うな。光のまとい方が全く別物だ。これは、貴族女性が荒れるぞ」
「ふふふ。女性のパワーバランスが入れ替わるね」
唇の両端を吊り上げて兄弟は笑う。この国の貴族は良くも悪くも欲望に忠実だ。
目の前にもたらされた新しい宝。それを手に入れるために一気に情勢が入れ替わる。
「イーズとサトが鱗の欠片で遊んでたときには心臓止まるかと思ったけど」
「その代わり格安でもらえたな」
「格安っていうか、シルクトードの串を優先的に食べる権利って何?」
先ほどとは違う温かみのある笑みがラウディーパの顔に浮かぶ。
頭の中にはシルクトードの串を両手に持ち、大興奮で不思議な踊りを踊る二人の異世界人。
足元のシュガーマンドラゴラも、葉っぱを思いっきり高く伸ばして同じ踊りを踊っていた。
「この冬の間にマジックバッグにいっぱい保存すると言っていたぞ」
「そうなんだ。ねぇ、知ってる? あの二人の夢」
「夢?」
「うん。この世界で理想の場所を見つけてそこに住むんだって。美味しい食べ物があって、綺麗な景色があって、海も近くて、たまに冒険や旅行もしながら、でも安心できる帰れる家を作るんだって」
「意外に素朴だな」
「そう? なんとなく分かるよ。以前の勇者様もきっとそう願ったんだろうなって」
領主家には幾人もの勇者の記録が残っている。そして彼らは必ず一度はつぶやくのだ――「帰りたい」と。
この世界に飛ばされ、勇者という強大な役目を担わされ、そして賢者として残りの日々を生きる。
そんな彼らの願いはいつも小さなものだった。ただただ、自分たちが生まれた世界に帰りたい。
館に滞在する二人の純粋な、そして悲しい夢を思い、兄弟はしばし沈黙する。
「さ、そろそろ決着の時だ」
「ああ、この演劇にもいい加減飽きた。大根役者には降板してもらわないとね」
舞台に立ったやけにフリルが多い衣装を着た人物を見る。年老いた国王のそばに寄りそう王族たちのその一番端。
一際大きな火龍の輝きをまとう第一王子と比べ、はるかに劣る存在感。贅を極めたその体を覆う衣装には一粒の鱗も縫い付けられていない。
「ふふっ、あの顔」
「他の王子殿下も献上されたものを使ってるんだろうな。あいつ以外」
憎々し気にかみしめた唇と、握りしめられた両手。
楽しそうにそれらを見つめながら、グルアッシュは手元のグラスをくるりくるりと揺らして笑う。
「本日は皆に喜ばしい発表がある」
しゃがれた声が舞台から響いた。
かつて勇者の存在を憎み、拒んだ強さはもう影もない。
「タジェリア国王の座を、春の建国祭に第一王子であるアレクサンダーに譲ることに決めた」
多くの貴族はこの発表を想像していたのだろう。大きな反応はなく、喜びに顔を輝かせる。
しかし、会場の一部で悲嘆に似たざわつきが起こった。
「ふふっ、慌ててる」
「あの豚もいるな」
「豚がかわいそうだよ。オークにしておいて」
「そうだな。冒険者に狩られるだけの肉か」
「そうそう。永遠に人間には勝てない、閉じ込められた箱の中の肉塊だ」
二人は手に持ったグラスを軽く合わせて、中身を飲み干した。
その夜、酒を飲み交わしていた二人の目の前に突如薄いウィンドウが浮かび上がった。
出発前にイーズが、領主館で不測の事態が起こった時、状況を知らせるためにマップを表示させると言っていた。
ただ、このマップの有効距離が分からないためもしかしたら王都まで届かないかもしれないとも。
「へぇ、こんなとこまで届いたんだ。流石勇者様だね」
ラウディーパのつぶやきにグルアッシュも逸る鼓動を抑えながらウィンドウを見つめる。
グルアッシュの頭の中で「不測の事態」という言葉と最悪な映像がぐるぐると回る。
その時、ラウディーパが驚きの声を上げた。
「え? これって敵が一か所に固まってる?」
その声に、グルアッシュは目の前のウィンドウに浮かぶ色をもう一度見つめる。
おそらく襲撃者であろう赤い光が二十個近く、それが一か所、屋敷の演習場傍に固められていた。
「ははは! あの子たち、本当に襲撃者を生きたまま全員捕まえた! すごいや!」
大笑いし始めるラウディーパ。
一方、グルアッシュの目は地図の一点を凝視して固まる。
「ロッサ……ロッサ?」
いつも滞在している場所ではなく、異世界人一行に割り当てられた棟に行くと言っていた。そしてイーズと一緒の部屋で“女子会”をするのだとも。
イーズの言葉を思い出す。
――これは知っている魔力だと、色が変化します。もし見たい人がいたら強く願えば相手の場所が分かります。
二つある光を見つめて強く願う。
「ロッサ」
その瞬間、地図上の光が一際強く輝き、先ほどまで青かった光のうち一つが変化し始める。
敵を示す赤ではない。しかし味方の青でもない。
柔らかな、薄い煌めきを放つ優しい桃色。
グルアッシュはそこに映る愛しい女性の光をそっと撫で、熱くなる視界を瞬きで誤魔化して微笑んだ。
明日はメインに戻ります。





