8-10. 襲撃と愚痴
フラグが立ってしまったものは仕方がない。
グルアッシュを追いかけるなんて無理だし、自分たちがフラグを叩き折ることはできない。
それなりの対策はグルアッシュとラウディーパに預けてある。使う場面がでなければそれでよいが、万一の際に役に立つだろう。
「さてさて、こちらはどう動きましょうかねっと」
机の上に、グルアッシュからもらった領主館見取り図の写しを広げながらハルはつぶやく。こんな重要機密を託したということからも、ロッサリエが狙われているということの真実味が増す。
「イーズの感知、フィーダの俯瞰、俺の鑑定はそれぞれ敵の察知には有効だな」
「ケキョ」
「お? どうした、サト」
「ケッキョキョン、キョッケ」
葉っぱをわさわさと揺らして何かをアピールするサト。
じいっと見つめた後、フィーダは「分からん」とつぶやく。イーズは少し考えてからサトに話しかけた。
「サトも一緒に参加したい?」
「ケキョ!」
「なるほど。じゃあ、庭の警護をしてもらおうかな」
「ケキョ!」
土の中に隠れてしまえば、サトの存在を気取られることはまずない。
普段は忘れているがサトは立派なマンドラゴラ。魔獣すら気絶させられるという咆哮スキルを持っているのだ。
「サト、敵を見つけて気絶させたら、また土に隠れるんだよ? それが約束できないなら参加は許可しないからね?」
「ケッキョン!」
ハルの注意に、いつの間に覚えたのか敬礼ポーズをサトはビシッと決めてみせる。
「か、可愛い……」
メロメロになっているイーズを放って、ハルは庭の花壇にカブマークを書き込む。いや、ワカメにしか見えないけれど、状況を考えればカブに違いない。
「うん。外に一か所罠ができたな。中はどうしよっかなぁ」
なんとなく楽しそうな雰囲気のハルに、フィーダはいぶかし気な顔をする。
「なんでそんなに楽しそうなんだ?」
「あ、そう見える? 古い映画であったんだよ。家に一人で残った子供が知恵を駆使して泥棒を撃退するっていうストーリー」
「ありましたね! 何度見ても面白いやつです!」
「思い出したら楽しくなっちゃって。なんだったらいろいろ罠仕掛けようぜ。現代異世界知識を持った勇者が全力で作る楽しい罠!」
「命の危険はないけど、相手をあきらめさせちゃうやつですね!」
「そうそう! ツルッツルの氷は俺が作れるからいいでしょ。どっかで粘着テープみたいなのないかな」
「部屋の中で火はダメですね。あ、めっちゃくちゃ臭いシップみたいなのが顔に落ちてきたらどうです?」
「うわぁ、エグイ。でも採用! 他には、床にトゲトゲの物体で、階段には見えない糸を足元に」
「隠密で偽装させた物体を置いてみたいです。ドアに見えるけど実は窓とか」
「ぎゃははは! イーズ、すげえ! 採用!」
深刻な状況だったはずがいつの間にか大盛り上がりの二人。
どんどんヒートアップしていく二人の罠案に、フィーダは来るであろう襲撃者たちに若干の同情を覚えたのだった。
「ひゃっはー! ロッサリエさん、最高です!」
「本当!?」
あと数時間で今年も終わるという頃。
甲高い笑い声が領主館の一室に響き渡る。
「ぎゃああああ!」
そして外からは野太い悲鳴。
「すっごい完璧でしたよ! あれを直視したらなかなか耐えられませんって!」
「回復魔法をかけてあげるべきかしら?」
大興奮のイーズの声に続き、窓の外を見ながらロッサリエが心配そうにしている。
「うぁぁぁぁぁ! 目、目が! 目があぁぁぁぁ!」
次々に続く悲鳴に、イーズは軽く肩をすくませた。
「それは最後でいいと思います。さ、もう一発いきましょう!」
「分かったわ! ごめんなさいね〜! 後で治してあげますから〜!」
「じゃ、三、二、一!」
「光よ!」
その瞬間、夜空に舞う花火に負けないくらいの閃光が領主館の窓から放たれた。
その光は何故か一直線に進まず、何度も折れ曲がり、庭に潜む者たちの視界を次々に奪っていく。
「うぎゃあああ!」
「ぐあああああ!」
「ひゃははは! すっごい! ロッサリエさん、完っ璧!」
「お役に立てて嬉しいわ」
笑いが止まらないイーズにつられるように、ロッサリエも綺麗な顔に大きな口を開けて笑顔になる。
美しく微笑む姿はいつも見ているが、顔全体を輝かせた生き生きとした表情はめったにない。
それだけで彼女も心からこの状況を楽しんでいることが伝わる。
もともとA級冒険者のグルアッシュと同じパーティーで治癒師をしていたのだから、荒事にも耐性がある。
そんな彼女に襲撃が予想されることを告げると、自分も戦力に加えてくれと言ってきた。まさか護衛対象からそう提案されると思ってはいなかったが、どのみちイーズと一緒にいることは決まっている。
二人で光魔法を駆使した襲撃者撃退方法を編み出した。
「これはなかなかすごいわ。光魔法を当てるのに鏡を使うなんて」
「遠くにいる敵に届かせようとすると、威力を強くしないといけないですけど、鏡に当てれば光は跳ね返りますから!」
「魔力も全く減っていないし、まだまだいけるわよ!」
その撃退方法とは各所に鏡を置き、反射した光を敵に当てるという技。
イーズとロッサリエはさすがに動き回ることはできない。
しかし、イーズのマップで見つけた敵に向かい光魔法をピンポイントで当てることはできた。
庭の各所に設置された鏡を絶妙な角度に動かすのはイーズの闇魔法、そこに狙った角度で光を当てるのはロッサリエの光魔法だ。
まるでシューティングゲームのように夜空を切り裂いて走る閃光。
そのたびに屋敷の外から悲鳴が上がり、次々と外を警備している兵士たちに捕縛されていく。
「キョーーーーーー!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
その時、イーズがいる部屋とは全く反対方向から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「あ、裏手も頑張ってますね」
「あら、鼓膜大丈夫かしら」
どうやらサトのテリトリーに入り込んだ敵がいたようである。
二人がマップを確認しながら次はどこを狙うべきか相談していると、今度は建物の中から騒音が立て続けに聞こえてきた。
――ガッシャーーン、ドス! ドドドドド!
「うわぁ!」
――ドーン!
「ぐっ!」
「たぁ!」
何かが落ちる音と悲鳴の後、ハルの掛け声が聞こえてきた。そのあと騒音がやみ、つかの間の静けさが戻る。
「あっちは何が仕掛けてあったの?」
「糸に触れるとタライが落ちてきて、階段に向かって暴風が吹く……だった気がします。あれ? 氷で滑り落ちるんだったかな?」
増えすぎた罠のバリエーションを思い出しながらイーズがつぶやくと、ロッサリエは「どっちにしても痛そう」と言いながら腰をさする。
イーズはその間も地図上の赤い点とその傍にある青い点をじっと見つめる。するとすぐに二人組の青い点が近づいたことから、兵士が襲撃者を回収しに来たのが分かった。
「ふう。屋敷の中も順調ですね。あとは一、二、三、四、五。五人ですね」
「こんなに多いのはおかしいわ。私を襲うにしても、誘拐するにしてもこれで二十人近く……」
「襲撃者から色々聞き出せますかね?」
「そうね。そこは兵士長に任せるしかないと思うけど」
次々と一か所に集められていく襲撃者を見つめながらロッサリエはつぶやく。
今までの敵はこんなに直接的な攻撃をしてこなかった。それが突然なぜなのか。
「ラウディーパ様の復帰がなぜそんなに……?」
イーズは熟考しだしたロッサリエを窓際から離し、応接間のソファに座らせる。
「そこはおそらくラウディーパさんもグルアッシュさんも何か知っていると、ハルが言っていました」
「お二人が?」
「詳しくは私たちは聞いていないです。でも、この襲撃を予想していた時点で、何かしらの確証を掴んだのではないかと」
「そう、そうね……襲撃を知っていたのであれば、その理由もご存じよね」
少し落ち込んだ表情をするロッサリエの隣にイーズも腰掛ける。
「言ってくれなくて寂しいです?」
「え? そう……寂しいのかも」
「あとちょっとだけ怒りもあったり?」
「ええ、ちょこっとだけ」
ロッサリエの返事にイーズは視線だけマップに向けてたまま、クスクス笑う。
「分かります。なんで男の人って自分の中で完結しちゃうんでしょうね」
「そう! そうなの! 全部決めちゃって、最後に言うのよ!」
「グルアッシュさん?」
「グルシュはもう典型的な男性貴族なのよ。解決したからいいだろうみたいな? 最後全部終わってから言うのよ? そこに私がいる意味って何なの! って何度言いたくなったことか」
「分かります分かります。うちはフィーダがそんな感じでした。ハルの教育でだいぶ改善されましたけど」
「あら、ハル君は?」
「ハルはちゃんと相談してくれます。なんていうのかな? 先生みたい」
「先生?」
小首をかしげて尋ねるロッサリエは、その雰囲気も相まって少女のようだ。
こうやって二人で話している間も屋敷の各所で騒音や悲鳴が上がり、一つ、また一つと赤い点が回収されていく。
「そうです。私にも状況を考えさせて、意見を出させて、それから、どう思ってるかも聞いてくれます」
「そう、それはいい先生ね」
「はい、とてもいい先生です」
少し照れたようにイーズは小さく笑った。
「あ、フィーダが最後の一人と戦ってます。大丈夫かな」
「外から音が聞こえてくるわ」
再度ソファから立ち上がって二人は窓に近づく。確かに剣を打ち合う鋭い金属音が何度も聞こえてきた。
それと同時に大きな歓声も聞こえ、イーズは首をかしげる。
「あ〜らら」
「あらぁ」
二人似たような声を出しながら窓枠に手をつく。
中庭でフィーダと、襲撃者と思われる人物が剣で戦っている。そしてその周りを兵士たちが円を作って取り囲み、大盛り上がりで野次や応援を飛ばしていた。
「敵さんもかわいそうね。勝っても逃げられないのは確実だわ」
「これは戦意を無くしますね。あ、フィーダ、スキル使った」
キンッと高い音がして、敵の剣が跳ね飛ばされる。
その先にいた兵士たち数人が慌てて逃げ、空いた場所にドスッと剣が落ちた。
最後のあがきで逃げようとした敵の上に数人の兵士が飛び乗る。なぜか必要ない人まで乗っている気もしないでもない。おそらく万全を期すためだろう。たぶん。
「寒いのに元気だなぁ」
上を向いてちょうど目があったフィーダに向かってイーズは手を振る。
「さて、終わったみたいなのでもう安心ですね」
「イーズさん、ご相談があるんです」
「はい?」
ロッサリエの相談は、兵士たちにお礼を言いたいというものだった。イーズは即座に賛成し、二人で建物内を移動している途中でハルと合流して庭に出る。
一部兵士は襲撃者をまとめている場所に移動したようだが、先ほどフィーダが戦った場所にはまだ数人残っていた。
「フィーダ! お疲れ様! 最後カッコ良かったですよ!」
「イーズ」
呆れたようなそして少し照れたような顔をして、フィーダは軽く片手を上に上げる。
そこにイーズ、ハルと続いて手を打ち付け、パン パンっと軽い音が響き渡った。
「ロッサリエさんが兵士さんに声をかけたいって」
「貴重な暮れの日に、夜遅くまで働いてくださったのでお礼をお伝えしたくて」
その言葉に残っていた兵士がざわついた。
グルアッシュの妻として貴族の一員になるかもしれない女性が、わざわざ礼を言いに来るなどないのだろう。
それでも、イーズもハルもロッサリエの純粋な願いを止めようとは思わなかった。
「あと少ししたら襲撃者を収容した場所の警備担当以外は戻ってきます。寒い中申し訳ありませんが、しばらくお待ちいただいても?」
兵士長と思われる男性が一歩進み出、ロッサリエに声をかけた。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げるロッサリエに兵士長はたじろぐ。
何故か兵士たちも押し黙ってしまい、大人数が庭にいるはずなのに異様な静けさに包まれた。
「……おい、イーズ。新春ショーしようぜ」
「しゅんしんしょー?」
「しんしゅしょ、新春ショーだよ。ほら、光の」
「ああ、なるほど。ちょっと待ってください」
ハルの言葉に何がしたいか悟り、イーズはふんわりと光の玉を空中に創り出す。
ゆっくりと分裂していった光は、やがてふわふわとあたりを漂い、たまに兵士の鼻先や頭の上に着地した。
驚いて振り払おうとしたり、手で捕まえようとする兵士をからかうように光は兵士と暗闇の合間を縫って駆け抜ける。
突然一列に並んで兵士を押し戻す動きをしたり、なぜかハートマークで兵士二人を包んでみたり。その動きにだんだんと盛り上がりを見せる兵士たちに、イーズたち三人とロッサリエにも笑顔が浮かぶ。
「ふふっ、イーズちゃんはすごいわ。あんなに綺麗に光を操るなんて」
「ありがとうございます。魔力操作の腕があがって、いろいろできるようになりました」
ロッサリエと話しながら、イーズはマップでほとんどの兵士がその場に集まったことを確認する。
「では、これでおしまいですね」
光の玉を一つずつ合体させ、ロッサリエの近くに移動させて兵士の視線を集める。最後に光の玉は小さなきらめきとなって夜空高く消えた。
「――皆様、寒い中お集りいただきありがとうございます」
静けさの戻った庭に、ロッサリエの温かい声が響く。
「年の瀬が迫る今日、皆様の貴重な家族との団らんの時間をこのように使わせてしまい申し訳ありません。ですが、一言だけお伝えしたいことがあります。
お集まりくださった兵士の皆様。そして客人であるフィーダ様、ハル様、イーズ様。
私の命を守ってくださり、ありがとうございました」
そう告げた後、最後に深くお辞儀をするロッサリエ。
しんとした静けさのあと、パチパチとそこかしこから手を叩く音が響いた。
その音に顔を上げたロッサリエは、兵士たちの顔に浮かぶ笑みに安堵したかのように、もう一度深くゆっくりとお辞儀をした。
章の途中ですが、明日はSide Storyを入れます。
王都に向かったグルアッシュとラウディーパの話となります。





