8-6. 依頼と命令
「――遅い」
「あ、デジャヴ」
「何?」
「いえ、何でも」
昼にダンジョン産の串焼きが並ぶ屋台通りを楽しんだ三人。
残念ながら、スペラニエッサにミルクトードはなかった。絶望で全員の目から汗が出そうになった時、見つけたシルクトードの串焼き。
今日はもう売り切れてしまっていたが、地元民にすでに認知されているシルクトード。毎日完売になるとは、期待に胸が膨らむばかり。いつか、シルクトードの串焼きで腹を膨らませるとイーズは心に誓った。
帰り道にもいろいろ買い物を済ませ、戻ってきたら宿の前にどこかで見たことがある馬車。
どこかで見たことがある使者。どこかで見たことがある部屋に案内され、最後にどこかで聞いたセリフが聞こえてきた。
「朝ぶりです、領主様」
「そうだな」
ひらひらと手を振る領主に、部屋にいたシェゼル以外の使用人が扉から退出する。
「君たちさぁ、もうちょっとさ、こっちの気持ちも考えてくれない?」
それを確認してすぐ、シェゼルがダルダルとソファに座り、文句を言いだした。
「あれは、どういうことだ」
「何がです?」
「ラウディーパを治癒しただろう。なぜだ」
「治せそうだったので、試したら治りました」
ハルが肩をすくめながら答える。
しかし、領主はその目に怒りを込めて吠える。
「私は許可した覚えはない!」
「そうですね。元に戻すことはできないので、勝手な治療を罰したければどうぞ」
「罰する訳がないだろう!」
「では、何をお望みで?」
変わらぬ調子で返答するハルに、領主は拳をきつく握りしめて押し黙る。
「僕は正式に依頼するつもりだったんだけど?」
「そうだったんですか? 知りませんでした」
「……ロッサからは?」
「いえ、特には。あなた方の言い争いの原因を知っているか尋ね、そしてあの患者の所まで案内してもらっただけです」
「本当に?」
「ええ。鑑定で診たらあの患者を治せそうだから治した。あの人がどんな立場だったか、それによってどんな影響が出るか僕は知りません。よって、これに関して謝罪はしません」
「……礼も?」
「要りませんね」
シェゼルの声にハルは端的に答える。
深いため息とともに領主は再度ハルに問う。
「対価を求めないと?」
「要りません。誰かに頼まれてやったことじゃない」
「――そうか。ではお前たち、この都市にいる間は領主館に住め」
「はぁ!?」
「ええ!? やだ!」
「イーズ、それは……」
思わず出てしまったイーズの本音に、フィーダは呆れて名を呼ぶ。
「そんな調子で色々騒動を起こされたらたまらない。目が届く場所にいろ」
「そうだねぇ。なんかジャステッドでもフウユヤでも? 詳細は知らないけどやらかしてそうだし?
これまでの勇者様賢者様の歴史をたどると、異世界人は放置しておくと何やるか分からない感じだし?」
「ええええええ、そんなことしないですよぉ」
「そうです。やらかすのはハルだけです」
「ちょ、イーズ」
「チビちゃんもだからね。ロッサリエから話聞いてるからね。坊ちゃんだけに押し付けないの」
「ううう、ロッサリエさん……」
ロッサリエに文句を言うこともできず、イーズはがくりと項垂れる。
「ここからは正式な依頼だ。患者の容体が完全に回復したと診断されるまで、領主館に住み込み、治癒師ロッサリエと共に患者の治療に当たるように。
これはスペラニエッサ領の今後に関わる重要な依頼だ。分かったな」
「……冒険者活動は?」
「そのまま続けて良い」
「ダンジョンにこもってる間の患者さんのお世話は、ロッサリエさんが?」
「そうだ」
「彼女も領主館に住み込みで?」
「……そうだ」
畳み掛けるようなハルの質問に淡々と答えていた領主の言葉が一瞬詰まる。
わずかに視線をそらした領主が、若干照れたように見えるのはなぜだろうか。
「ピュアッピュアじゃねぇか」
ぼそりとつぶやくハルの声が聞こえる。
こうして三人は冬の間のタダ飯タダ宿をゲットした。
「ぜんっぜん嬉しくないし!」
イーズの叫び声は誰に届くでもなく、虚空に消えていった。
朝、ハルが食堂というにはあまりに広く豪華な部屋に入ると、そこにはすでにイーズが待っていた。
「おはよう、早いな」
「おはようございます。ちょっと落ち着かなくて早く起きてしまいました」
「そう。寝れなかった?」
「少し寝つきが悪かったです」
「そっか。俺もちょっと眠いな」
椅子を引こうとする給仕を手ぶりで押しとどめ、ハルは席につきながら隣に座るイーズの頭をなでる。
領主館に滞在するように言われた翌日、つまり昨日、三人でヒロとタケを連れて渋々移ってきた。
そしてゲスト用の一画に案内され、当然のように一人一部屋が割り当てられた。浴室、トイレ、ベッドルーム、完全完備。なんなら、侍女だって呼べばすぐ来る。
しかし、日向でサトが日光浴をのんびり楽しんだり、お風呂上りに三人でしゃべったりなどはできない。
どんなに豪華でも、がらんとした部屋は自分には必要ないとイーズは感じた。
「早くダンジョン行こうな」
イーズがまだ残る眠気にぼおっと白いテーブルを見ていると、ハルから声がかかった。
「ふぇ?」
「だから、とっととダンジョン行っちゃおうって。トイレもお風呂もベッドも、豪華すぎで落ち着かないんだ」
「俺もだ」
侍従に案内されて入ってきたフィーダが、ハルの言葉に同意する。
「おはよう、フィーダ」
「おはよう。あぁ、寝たのに寝てねえ感じがする。なんだ、あの落ち着かねぇ部屋は」
ぶつぶつ文句を言いながら、フィーダはハルの向かい側に回り、引かれた椅子にドサリと座った。そして背もたれの上に後頭部を乗せ、だらしなく伸びて天井に向かって大きなあくびをする。
「コンテナハウスの布団がいいです」
「俺も」
「俺も」
次々と返ってくる返事に、イーズは軽く笑い声を漏らす。
三人が揃ったところで、幾つものプレートが目の前に並べられた。
美しい白磁の皿に色とりどりの野菜が美しく盛り付けられている。
「ちゃんと皮が剥いてあって、同じ大きさに切られた野菜は久しぶりだな」
「俺は初めてだぞ。こんな細く切って味すんのか?」
「味は同じですよ。でも手間がかかってますね。大衆食堂とは大違いです」
宿や町の食堂で出てくる野菜は、よく言えば“乱切り"、事実を述べるならば“適当かつ大雑把に”切られている。
千切りや透けそうなほど薄く切られた野菜は、それだけでここがどんな場所か証明している。
「向こうではこれが普通だったんだけどねぇ」
フォークではつまめないほど細い野菜を必死になってすくいながら、ハルは呟く。
「こんな高いモンばっか食ってんのか?」
「違うよ。こういうのを大量に切れる機械が発達してたから、小学生……十歳の子供でも作れるんだよ」
「へぇ、料理人の仕事がなくなるな」
「その代わり、味付けとか料理方法が発展したんじゃないかな」
あきらめて指でニンジンをつまみ、ハルは満足そうに口に放り込む。
「それで、ダンジョンはいつから?」
食いしん坊のイーズにしては珍しく、食事のことよりダンジョン攻略が気になる。
「今日は無理だな。ギルドに行って魔獣の分布や危険なポイントがないか調べてからだ」
「じゃあ、明日?」
「うーん、今日の午後にロッサリエさんが移動してくるらしいから、患者のことを話し合ってからじゃない?」
「そう……ですね」
「ギルドの帰りに、攻略に持っていけそうな食料をいろんな店で買おう。んで、攻略中に比較検証だ」
「高評価の勝ち残り戦?」
「そうそう。トップに勝ち残った美味かったやつはこの町を出るときまでにいっぱい買うぞ」
ニヤリと笑うハルに、イーズもニシャリと笑う。
こんな会話を毎晩ベッドの上でしていた。たった一度だけなかっただけでこんなにも寂しい。
綺麗に焼かれたオムレツを口に入れたはずなのに、イーズは何故か苦いものが喉を落ちていくのを感じた。
午後過ぎにギルドから戻り、フィーダが使っている部屋に全員で集まって攻略予定の相談をする。
机の上には、資料の他に何故か魔獣を模したお菓子やおもちゃが並んでいる。
「おい、邪魔だから一旦どかせ」
「あ、ゴブ郎が倒れた」
「オーク爺は残ってます」
「ケキョ!」
「こら、サト。葉っぱの下に何を隠した」
「ケキョキョキョ」
葉っぱを体の後ろに回し、その下に何かを隠してフルフルと嫌がるサト。
「サト、ゴブ美は取っておいていいですけど、アラク姉はダメですよ」
「ケキョ」
「ゴブ美だな。サトにはアラク姉はまだ早すぎる」
「意味が分かりません、ハル」
「とっとと始めるぞ」
「「はーい」」
「ケッキョ」
朝ごはんの後、様子を見に来たシェゼルと相談して自分たちだけの時間を持てるようにしてもらった。
シェゼルは、「冒険者パーティーは作戦を立てる時に、スキルを他の人に聞かれたりするのを嫌がる」という理由で侍従や侍女を下がらせたようだ。
念のため隠密も部屋全体にかけ、これで安心してサトも自由に走り回れるようになった。
そのサトは葉っぱでゴブリンのおもちゃを抱え、イーズの膝の上で嬉しそうに揺れている。
ちなみに、魔獣のおもちゃは数年前の氾濫後に一時期ブームになったらしい。若干デフォルメされているものの、おもちゃにするには少し気味が悪いそれらは、子供たちだけでなく大人にも魔獣の特徴や脅威を教えるものとなっている。
聞けばダンジョン氾濫をただの過去のものにしないため、領主と冒険者、町の人々で考えて作ったらしい。
「何気にやり手だよなぁ、領主サマ」
コモドモドラゴンのコモ蔵をサトにけしかけながらハルは呟く。
対するサトはゴブ美をアクロバティックに動かして空中戦を展開し始めた。
「代理とはいえ、領地経営の手腕は十分だな」
そう言いながらフィーダは手元の紙に攻略概要を書き込んでいく。
「一気に三十階まで行けそうですか?」
「八日もあれば確実、余裕をもって十日で計画するぞ」
ギルドでもらったダンジョンのしおりと、シェゼルを通して領主から借りた兵士の攻略記録をみながらフィーダは答える。
「その後も、一回の攻略を十日から十五日で計画すれば無理なくB級階層まで到達するだろ」
「B級階層はペースを落とす?」
「その予定だ。三人だからな。焦って進んでも各自の負担が増えて危険になるだけだ」
「攻略は面白いですけど、冒険者の第一線で活躍したいわけではないのでそこそこでいいです」
「美味しい肉が出た場合は?」
「狩りつくしましょう」
握り拳を作りうっとりとした顔で即答するイーズに、ハルは喉奥で笑いながらコモ蔵に降参ポーズをさせた。
その腕の上ではサトの操るゴブ美が不思議な勝利の舞を踊っている。
「そう言えば、さっきロッサリエさんの荷物を運んでいる人たちに会いましたよ」
「本館側だったよな。弟さんの看病名目で。もう家族扱いだねぇ」
ニヤニヤ笑いの二人にフィーダは呆れた視線を送りつつ、パタリと読んでいた攻略記録を閉じる。
「昨日栄養剤は渡したんだろ?」
「うん。スープに入れてみるって。それで、どの階で会えそうだった?」
「七十二、七十五、七十八に採取記録があった」
「おっけ。そこでサトの仲間が見つかったら領主とシャロエラさんに相談だね」
「そうだな」
「お友達と会えるといいですね」
イーズがそっとサトの葉っぱを撫でると、サトはピルピルと嬉しそうに体を震わせた。





